まさかとは思ったが、部屋の前だった。 コンシェルジュは「こちらのお部屋はスタンダードツインで一番多いタイプになります」と説明しながら加代子たちを部屋へ誘導した。 (エっ?ツイン…?) 何が始まったのか理解出来なかった。そんな加代子をよそに、祐一はこのホテルのこだわりなどを話し始めた。 コンシェルジュも祐一の話に頷きながら更に部屋の中を案内して行く。 ラグジュアリーホテルと言ってもスタンダードルームはさほど広くはなく、大人3人もいれば息苦しくなる。
一体何なのだろう?初めて食事をする女性にホテルの部屋を案内する意味って?
LINEでも、ゲス不倫ような関係は絶対嫌で不倫がしたくてあの会に参加したんじゃないこと、気持ちを理解し合える既婚者から色々な話を聞きたかったこと、お互いに話がしたかったことなどを伝えていた。 その時は祐一も「お話ししましょうね」と言っていた。
戸惑う加代子に気が付いたのか、祐一は「では、そろそろお食事に行きましょう」と言って部屋を出た。 加代子はホッとしたのと同時に少し恥ずかしくなった。勝手に妄想して狼狽えたこと。
高層階のレストランでは窓際の席を案内されたが、あいにく霞がかかっていて眼下は望めなかった。 加代子は(今の私の心と同じだ)と思った。 それでも気を取直してワインで乾杯した。有名シェフが作るその料理は多分美味しかったのだろう。 だが、味を思い出せない。 祐一は仕事で海外に行った時のことや父親が地元の名士だったことなどを話していた。 楽しかったか?と聞かれれば、楽しかったと答えるだろう。
でもやっぱり薄い霞は晴れずにいた。
祐一の帰る駅と加代子の降りる駅は真逆だった。 祐一は私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。 その姿を見てちょっぴり嬉しくなり、さっきのことはあまり深読みしないことにした。
家に着いたのは、ちょうど日付けが変わる時だった。 扉の音がしないように静かに玄関を開けると
「お帰り」 そこには電気を付けて立っている夫がいた。
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