まただ…。
気に入らないことがあると直ぐ「離婚」と夫は威す。 こっちだって今すぐにでも離婚したいよ、加代子は心の中で呟いた。 でも、極貧の家に生まれ教育も受けさせてもらえず、おまけに1万人に1人という(難病認定はしてもらえなかった)症状をかかえた中年女。働き口もなければ戻れる実家もない。 今じゃ生きる気力すら残っていない。 それでも仕事をかけ持ち一人で暮らせるように頑張った。 だけど、どの不動産屋も「正社員じゃないと貸せない」「その年齢じゃ無理」というばかり。 この国では一生懸命働く中年女より生活保護受給者の方が優遇される。 身元が安定している?生活保護受給者は保証人も不要だ。 なるほどね、役に立たないおばちゃんは早く死ねってことか。
加代子は何年も前から絶望と無気力のスパイラルに陥っている。
カウンセリングも受け、各種薬も飲んでみた。 〔ポジティブの勧め〕〔前向き万歳!〕みたいな本も読み漁ってみたけれど、1ミリも良くならない。 寧ろ早く死にたいと思う気持ちが大きくなるばかりだった。 ネガティブの沼から抜け出せない。
そんな死んだような毎日ならいっそのこと『明日死んでもいい今日』 『明日死ねるかもしれない今日』を送ってみようじゃないかと考えるようになった。
そして[自殺プロジェクト](死ぬ前にやってみよう) なんて、後ろ向きなんだか前向きなんだか分からないプロジェクトを立ち上げてみることにした。 ネーミングセンスゼロだなぁーと思わず苦笑してしまった。 でも今の加代子にはそれが精一杯だった。
プロジェクトチームのメンバーもスタッフも自分一人。 こんな怪しすぎるプロジェクト 参加者などいるわけがない。 ま、参加されても困るけど。。
[自殺プロジェクト] 人生の最終章。 とにかく自分が喜ぶことをしよう! 今まで出会わなかった人、未知の世界を体験してみるも良し。逆に嫌な事、嫌いな人、不快な事を徹底的に排除するも良し。
@欲しい物を買う どうせ死ぬんだから金は必要ない。なんなら使い果たそう。 A健康なんて気にしないで好きな物を好きなだけ食べる どうせ死ぬんだからダイエットなんてする必要も無い。 B モラハラ夫と極力顔を会わせないようにする どうせ死ぬんだから、とりあえず雨風凌げるだけで充分。 C 面倒くさい人間関係や不用品を断捨離! どうせ死ぬんだから..、ね。 D 今までは行かないような所へ行ってみる 冥土の土産に。
こんな感じで勝手極まりない計画を立ててみたけれど、加代子にはここに至るまでの暗黒の歴史がある。
複雑な生い立ち、壮絶ないじめ、大手術、入院、勤め先の倒産等々。 まるで『不幸のデパートや〜』と言われそうな黒歴史。 それでも努力に努力を重ねてきた。 友達たちがサークルだとか恋愛だとか、青春している頃から加代子は働き詰めに働いた。学費と生活費で貯金など出来なかった。今なら完全に労基法違反の過重労働だ。 その結果がこの仕上がり。 運が良い人は「努力は報われる」と簡単に言うけれど、努力じゃどうにもならない人間もいる。 健康な身体、優秀なDNA、それに加え親からの愛情や経済力の影響は大きい。 ...忖度。権力者は都合が悪くなったら「記憶にない」の印籠かざし、下っ端に罪を擦りつければいい。金掴ませて口封じもよくある話。 エセ一億総活躍社会、格差、差別、てんこ盛りのハラスメント。生産性のない自分は一日も早く死んであげることが次世代へのプレゼント。 若者や働く世代は年寄りの年金を払わされて、今度自分たちの番になったら自己責任だ、という詐欺の国。国がらみでオレオレ詐偽か?
もー、そんなのど〜でもいい、ど〜せ死ぬんだから。
とりあえず@〜Cまでを実行してみた。
そしてD さて何をしよう?考えてみたが思いつかない。昔からあまり欲がない。欲など持ってはいけない状況だったから。 @〜Cだってどーしてもやりたいわけじゃない。でも何もしないで死ぬのもなんだし冥土の土産と思えば悪くない。 Dは、今話題になっている『既婚者合コン』っていうのに参加してみようか? 同じような悩みを持つ既婚者がいるかもしれないし、今まで出会ったことのない人に会って色んな話を聞いてみるのもアリかもしれないと加代子は考えた。
早速ググってみると主婦が参加しやすい時間帯の会が沢山あった。 その中でも加代子くらいの年齢でも参加出来て、参加費も交通費もあまりかからないところを選んでみた。 口コミには「素敵な方ばかりで楽しかったです。女性一人でも気軽に参加出来ました!」とあったし。
思えば若い頃から合コンなんて殆ど参加した経験がない。 金持ち大学生の趣味みたいなもんだと思っていた。
その会場は銀座にあった。 最近は地元のイオンモールに行くくらいで、銀座なんて華やかな場所は久しぶりだ。
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