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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第6回   第1章 〜 2 平成三十年(3)
 2 平成三十年(3)

事故があってこうなったんだから、もう一度、同じように事故に遭いさえすればきっと戻れる。達哉の出した結論はこうで、これがダメだったら――などと考えたところで始まらないのだ。
 あの日、八雲の家から走ったから、事故に遭ったのは都立大学駅と自由が丘の中間辺りだ。
ところが天野翔太のアパートは東京の外れにあって、駅周りの発展から取り残されたような多摩川沿いの住宅街にある。
 いくら未来だって、三千円あればタクシーでだって足りるだろうが、それでも彼は大事をとって電車に乗ろうと駅に向かった。
 そこで目にした光景こそが、まさに初めて目にする未来の姿だ。
彼は何度も息を呑み、目を点にして驚きまくった。
 ――凄え……。
 なんて言葉が口から漏れて、駅周りに広がる光景すべてに目を奪われる。
 ――ここが、二子玉川園≠ゥよ!?
何度か来たことのある東急線の駅が、まるで別物になっていた。
デカさがまったく比較にならず、視界に収まりきらないビルがいくつも並び、連なっている。
 さらに改札口までやってきて、駅名までが変わっているのに気が付いた。
 ――二子玉川≠チて、まさか、遊園地がなくなったってこと……なのか?
 本当に、自分は未来に来てしまった。
 そんな事実を「これでもか!」ってくらいに突き付けられて、達哉の心は情けないほど縮こまってしまうのだ。
 達哉の時代にだって券売機は自動だったし、自動改札機もあるにはあった。電車ももちろん石炭じゃない。ドアだってちゃんと自動で開閉してた。
あの頃ちょうど新玉川線が開通したばかりで、ステンレス製の車両も記憶の中にちゃんとある。
 ところが何から何までぜんぜん違った。
形やら色やらまるで別物……とにかくなんともカッコイイのだ。
――俺の時代なんて、ダサダサじゃん!
 時刻はかなり早かったから、通勤ラッシュには程遠い。それでもたくさんの会社員らが乗っていて、皆一応に手にある何かを見つめているのだ。
 それがスマホ≠チてやつだと気付くのに、時間はそんなに掛からなかった。
「ああ、これも忘れちゃったんですか? スマホですよ、スマホ!」
 吉崎がそう言って、笑いながらもいろいろ説明してくれた。
 きっと新聞を読んだりニュースを見たり、中には映画の鑑賞中だって乗客もいるのかも知れない。
――あんなにちっちゃなもんで、何から何まで、出来ちまうんだ……。
凄い時代になっている――そんなふうに考えて、達哉のテンションはほんの少しだけ上向いた。そうしてあれやこれやと驚きながら、それでも迷うことなく、あのT字路≠ノ到着する。
先ずは突き当たる道に顔だけ出して、左から来る車との距離をしっかり確認。それから少し後戻りして、タイミングを見計らい、T字路に向かって走って突っ込む。
何度も何度も考えたのだ。
――死んじゃうってこと、ないだろうな……?
そうなる危険は確かにあった。
こんなことになった理由も知らず、なんの確証もありゃしないのだから。
それでもすぐに、彼はアパートの天井を見つめながらに思うのだった。
――だったとしても、このままじゃ、藤木達哉は死んだも同然……。
などと思い直して、達哉はここまでやって来た。
ところが実際やろうとすると、タイミングがなかなか合わない。
走り込む寸前、クルマが目の前を走り去ったり、走り込んでも車と距離がまだあって、思いっきりクラクションを鳴らされてしまったりだ。
彼は慌てて飛び退いて、その都度脳裏に蘇るのだ。

その瞬間、まるで爆音のような音が響き渡った。
「え?」と思って反対を向くと、すぐ目の前にまで大きなダンプが迫っている。
 ――ああ、クラクションだったんだ
 妙に冷静にそう思え、そんなのと同時にブレーキ音が耳に届いた。

――やっぱり、俺はあの時、死んだんじゃなかろうか?
だから元の時代に戻れたとしても、彼の意識は目覚めないまま……墓石の下に眠ることになる。
そんな悪夢への恐れも然ることながら、クルマへ突進する恐怖自体が、次第に彼の心を覆い尽くした。
やがて立っているのも辛くなって、彼は地べたに座り込んでしまうのだ。
――なんでこんなジジイなんだよ! 勘弁、してくれよ……。
それでも生きているだけマシなのか? 心の声が頭のあちこちで響き渡って、達哉は思わず頭抱えて大声を出した。
「クソッ! どうすりゃいいんだよ!」
 その時、肩に何かが触れた気がした。
さらに二、三秒してもう一度、今度は肩をしっかり叩かれる。
トントンと叩く音まで耳に届いて、彼は思わず声にしながら顔を上げた。
「なんなんだよ!」
 ――気軽に叩いてんじゃねえって!
 思わずそこまで声にしかけて、慌てて息を吸い込んだのだ。
「どうか、しましたか?」
 目の前にいたのは制服姿の警官だった。
「この辺りで、見慣れない方がね、ウロウロしているって通報があったんですよ」
 少し離れたところにパトカーまでが停まっていて、運転席には丸々太った警察官がジッとこちらを見つめている。
「えっと、どうしようかな……あなた、身分証とか、持ってます?」
 ここで一気に事態の危うさに気が付いた。
まさかクルマに突っ込むつもりだなんて言えないし、だから咄嗟に頭に浮かんだままを声にした。
「ああ、すみません。この辺で、落とし物をしたもので……」
「ほう、落とし物ですか? 何を、落とされたんです?」
「いや、大したものじゃ、ないんで……」
 走って逃げるか? しかし以前の彼ならいざ知らず、どう考えたって今の身体では逃げきれない。だからある意味正直に、若い警察官に向かって告げたのだった。
「気が付いたら、ここにいたんです……実は記憶が、なくなっていて……」
「ほう、落とし物ってのは、記憶ですか? そりゃ、困りましたね〜」
 まるで信じちゃいないのだろう。
妙に口角が吊り上がり、見事に人を小馬鹿にしたような顔付きだ。
確かに見た目は年寄りで、六十一年って人生を生きればそこそこ分別も付くだろう。
ところが中身はそうじゃない。何かって言えばムカついて、もっとも分別とはかけ離れている青春時代の真っ只中だ。
「なに笑ってんだよ!」
 心に思った瞬間だった。
「こっちはな、マジ困ってんだよ!」
 あっという間に声に出て、途端に警察官の顔が変化する。
 口角が一気に下がり、目付きが突き刺すように鋭くなった。それがスッとパトカーを向いて、そんなのに合わせるように太った方が姿を見せる。
 ――まずい! 
と思った時には動き出していた。
勢いよく立ち上がり、両手で思いっきり目の前の警官を突き飛ばす。そのままT字路に向かって走り出し、
――どこでもいい! どこかの家に入るんだ!
そうして塀の裏っ側にでも身を潜めてやり過ごそうと、達哉は心で必死に思った。
「こら! 待て!」
 そんな声を聞きながら、彼は突き当たり右に曲がろうとする。
重心を右に少し傾け、そのまま一気に駆け抜けようとした時だった。
 不思議なくらい唐突に、右の脚から力が抜けた。まるで「カクッ」と音がしたように、右膝が地面に向かって落ちていく。
「あっ」と思って、両手を出した筈だった。
ところが両手が着くより前に、頭が先に地面に激突。
頭や顔に激痛が走って、それでも意識はまだあった。
それからバタバタという足音が聞こえ、ああ、捕まっちゃうのか――などと思ったところで、パッと痛みが消え去った。


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