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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第38回   第5章 〜 4 追跡
 4 追跡



「確かこの辺だって、言ってたんだけど……」
 そう言って、不安そうな顔を千尋が見せると、翔太がすぐさま言って返した。
「彼が逃げ込んだ喫茶店ってのが、きっとここだよ。とすれば、ここからそう離れていない、古ぼけたビル……って言うとさ……」
 そう声にしてすぐに、彼はキョロキョロと辺りを見回した。
 そうしてから無言のまま歩き出し、千尋も慌ててそんな彼を追い掛ける。
「きっとここだ……ほら」
 そう言って見上げる翔太の前には、しっかり古ぼけたビルがある。
 三階建ての一階大半がシャッターで、その端っこにある扉を開けると、きっと達哉が言っていた案内板に「林田商事」とあるのだろう。
「それで、これからどうするの?」
「もうこうなったらさ、正面から行くしか手はないさ」
「なによ、正面からって!?」
「とりあえず、さっきの喫茶店で待っててくれるかな? それでもし、一時間経っても戻って来なかったら、このことを警察に行って話して欲しいんだ」
「ちょっと待ってよ! 警察に話すって、なにをどう言えばいいの?」
「ありのままを話してくれればいいよ。昨日から友達が行方不明で、そいつを探しに事務所に入ったもう一人の方も帰って来ないって……」
 今朝、長野駅から電話をすると、達哉の母親が心配そうに言ってきたのだ。
 昨日、午前中から出掛けたっきり帰って来ない。
 ここ何年かはこんなこと一切ないし、実は心配していたと……。
「でも、大丈夫。俺は絶対戻ってくるさ……」
 彼は千尋にそう言って、止めるのも聞かずに扉の向こうへ消え去った。だから仕方なく喫茶店に入り、ドキドキしながら翔太の戻りを待ったのだ。
今日、午前中に長野を出て、東京駅に着いたのが午後一時半頃。それからなんだかんだあったから、すでに三時近くにはなっている。
ところが待てど暮らせど√ト太が戻って来なかった。
だからと言ってただただ待つしか手立てはないのだ。
それでも四十分が過ぎたところで、どうせ待つならビルのそばにいようと思い立つ。だからさっさと会計を済まし、千尋は喫茶店を後にした。
そうしてビルに向かって歩き出し、前方に目をやってすぐだった。
――よかった!
歩道に立った翔太が目に入り、千尋は瞬時にそう思う。
ところが彼はひとりじゃなかった。その前後にはスーツ姿の人影があり、彼はその二人に導かれるように車道に停めてあった大型車に乗り込んだ。
――ちょっと待って!
 心の中でそう叫び、走り出そうと力が入る。
 しかし千尋は走れなかった。
 ――どうして? どうしてよ!?
 と、心で何度も声にして、車が走り出してやっと心の呪縛が解き放たれる。
 慌てて視線を左右に動かし、流しのタクシーを必死に探した。
――こんな時に限って! どうしていないの!
 片側二車線という幹線道路だから、車はひっきりなしに走っている。
なのにタクシーだけがいないのだ。
 ところがなんという偶然か? そこでいきなり声が掛かった。
「おーい、なにやってんだあ〜」
 慌てて声の方を見てみれば、少し離れたところに軽トラが停まって、助手席からヒラヒラと手を振る姿が目に入る。
その先に、見知った顔が確かにあった。
大山の店長がおどけた顔で、懸命に顔を覗かせていた。
仕入れからの戻りの途中、たまたま偶然、赤信号で停まっていたのだ。
 千尋は慌てて助手席に乗り込み、
「店長!一生のお願い! ほら! 信号のとこに、おっきな外車が停まってるでしょ? あの黒いやつをお願い! このまま追っかけて欲しいの! 」
 そう言いながら、彼の肩口を必死になって揺さぶった。
 助手席に乗り込んだ途端目に入ったのが、信号手前で停車しているさっきの車。
 キャンピングカーか? というくらいに大きな車体のせいで、頭ひとつは出っ張っていたからすぐ目に飛び込んだ。
 しかし当然、返事は「ダメだ」に決まっている。
 ――これからずっとお金いらない! ずっとタダでバイトするから! 
だからお願いと、すぐにそう続けようとした千尋に向けて、鳥取県、大山町生まれだというこの男、なんとも粋な返事を返すのだった。
「お! 太陽にほえろ≠イっこか!? よしゃ! まかせとき!」
 あと一時間ちょっとで開店時刻だ。
なのに彼はなんとも明るい声を千尋に返した。
 心配になってその辺りを尋ねると、彼は笑いながらに言うのである。
「ウチはチェーン店とかじゃねえんだから、一日くらい開店が遅れたからってどうってことねえさ。それよりよ、千尋ちゃんみてえによく働くバイトを失っちゃう方が、よっぽど痛いってことだあ〜な〜」
 そう言ってから、「まあ見てろ、こう見えて地元じゃ昔、そこそこ名の通った走り屋だった」と続けて、信号が青になった途端、大きな空吹かしをしてみせた。
 そうして実際、次の赤信号で停まった時には、たった車数台先にあの車がいたりする。
「ここから先は、このくらいの距離をキープで着いて行こうかね〜」
 店長はそう言って、千尋に向かって笑顔を見せた。
 きっと、そこそこ危ない感じは悟っているはずだ。
日本じゃ滅多にお目にかかれない大型サイズのワゴン車に、スモークガラスで車内は完全に真っ黒けっけ。そんなのを追って欲しいと言われたら、少なくとも彼氏なんかの車じゃないってすぐ分かるだろう。
 それでもなんにも聞いてはこない。
 前の車がなんなのか? 
いったい何があったのか?
 きっと千尋が話してくるのを、今か今かと待っているのだ。
 ――ごめんね、店長! 今はまだ話せない!
 説明しようにも、何がどうなったのか、千尋自身がまるで分かっちゃなかった。
 ただとにかく、今は翔太のことが一番大事だ。
 ――彼までいなくなっちゃったら……?
 そうなればもう、いよいよ警察に出向くしかない。
 ――お願い、早く停まって!
 車はすでに横浜市を過ぎて、横須賀方面へと向かっている。
「ごめん、お店、遅くなっちゃうね……」
「いいさ、いざとなったら、今日は休みにしちまうよ〜」
「本当にごめんなさい……」
「でも、あれだなあ〜 どこまでいきやがるんだ? このまま行くと、三浦の方まで行っちゃうぜ」
 そんな言葉からそうかからずに、車は有料道路を降りて一般道に入っていった。


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