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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第36回   第5章 〜 2  行方(2)
 2  行方(2)



 ――寒いのに、山に登ろうなんて物好きが、こんなところにもいるんですねえ〜」
 こんな運転手の声も、イラつきながら「関係ないわ」って正直思った。
タクシーに乗り込んでからずっと、
――長野は寒いでしょう? お嬢さんはどちらから?
なんてのから始まって、
――こんな山奥に、なんの用で?
――靴はどんなの履いてきました? まさか、ハイヒールじゃないですよね?
「昨日の雨で地べたはきっとぬかるんでる≠ゥら」などと、ずっと話しっぱなしで聞いていようがいまいが関係なしだ。
最初はしっかり答えていたが、だんだん返す言葉も面倒になり、千尋はただただ頷くだけになっていた。
そして、山に登ろうなんて物好き≠ノついても、もちろん即行スルーを決め込んだのだ。
ところが次の言葉で、彼女はいきなり大声を上げる。
「しかしまあ、ありゃあずいぶんとノッポさんだったなあ〜、あれはきっと、外人さんだよ、お嬢さん……」
 ――え? ノッポで、外人!?
「運転手さん、そのノッポさんって今、どこにいます!?」
 するとたった今、通り過ぎたばかりだと返される。すぐに戻って欲しいと頼み込み、運転手はギアをバックに入れたのだ。
タクシーの中から後ろを見れば、道路に人が寝転がっている。
――どうしたの?
それが誰だか別として、どうあったって普通の状態である筈なかった。
そう思う千尋の視界の中で、その姿はみるみる大きくなっていく。そうして覚えのある印象を感じた途端、彼女は大きな声で運転手に告げた。
「止めて! 止めてください!」
 それから十数メートルの距離を必死に走って、声を限りに叫ぶのだ。
「天野さん! どうしたんですか!?」

「もう、驚いちゃいましたよ! でも、打撲だけでホントによかった」
「こっちこそ驚いたって、あんなところで自分の名前を呼ばれるなんて、まさか思ってもいなかったからさ」
「もう! 少しは感謝してくださいよねえ〜……だいたい、わたしが来てなかったら、あれからどうするつもりだったんですか?」
「そうだなあ〜 やっぱり、あのままハイキングコースを行ってたかもしれない。今度は滑らないようにさ、慎重にね……」
 そんな返事に、千尋は呆れまくって翔太のことを睨み付けた。
 そこは旅館からすぐの居酒屋で、カウンターに四人掛けテーブルが二つだけっていう小さな店だ。
 あの時、「大丈夫だ、なんでもないから」と言う翔太をタクシーに乗せ、千尋は運転手に告げたのだった。
「ここから一番近い救急病院までお願いします」
 間髪入れずに否定の言葉を発する翔太に向けて、タクシーの運転手までがここぞとばかりに言ったのだ。
「そのコートの感じだと、お客さん、けっこう激しく打ち付けてるから、ちゃんと診てもらっておいた方がいいと思うよ、わたしもね」
 なんとも優しい言い回しだが、そんな言葉で翔太の方も渋々納得したようだった。
 そうして治療を受けて、二人が病院を出た時にはすでに陽が傾いている。
 病院の前にはタクシーがそのまま停車していて、運転手は出てきた二人にすかさず声を掛けたのだった。
「どうするね? 駅に行きなさるかね? 一泊するなら、安くていい旅館があるから紹介するけど」
 そんな声に、千尋が一気に飛び付いたのだ。
「あ、お願いします! その旅館、一泊いくらですか?」
 慌てて否定する翔太だったが、
「どうせ天野さん無職なんだし、わたしも明日はバイト、お休み貰っちゃったからぜんぜん平気〜」
「大学はどうするんだよ!」
「何言ってるんですか? もう十二月ですよ? 大学なんて自主休講でえす! それより、行きたいんでしょ? 荒井さんって人が見つかった場所……明日さ、朝早く起きて行ってみましょうよ〜」
 などという言葉に乗せられて、翔太も渋々受け入れる。
 そうして連れて行かれた小さな旅館は、古い建物の割には清潔感があっていい感じだ。
 さらに加えて、運転手が告げた言葉に千尋が飛び上がって喜んだのだ。
「ふた部屋でも、ひと部屋分の料金でやってやってよ」
 二人を出迎えた上品そうな女将にそう告げて、運転手はタクシーに乗って消え去った。
 素泊まりで六千円。もちろんふた部屋での値段だから、金のない二人にとっても有り難いことこの上無し≠セ。
 最初、千尋は驚くことを言っていた。
「ねえ、ひと部屋にしてもらってさ、三千円にしてくださいって言ったら、してくれるかな? どう思う?」
 本気とも、冗談ともつかない顔でそう声にしてから、目を丸くしている翔太を置き去りにして女将のところへ行こうとする。
 さらに慌てて制止する翔太に向かって、
「あ、天野さん、何か、よからぬことを想像しちゃってます? わたしなら、ぜんぜん大丈夫なのに〜」
 などと言い、本気で残念そうな顔をした。
 とにかく、そんなこんなで泊まることになったが、いきなりだから夕食はない。そこで女将に教えてもらってやってきたのが、歩いて十分ほどの居酒屋だった。
 奥にある四人掛けテーブルに二人は腰掛け、生ビールと熱燗をそれぞれ頼む。ツマミは野菜炒めと湯豆腐で、それとは別に、千尋はとんかつ定食まで注文したのだ。
「わたし、貯金ばっちり下ろしてきたから、今日の払いは任せてね」
 そう言ってから、千尋はさらにメニューへ目を向ける。
そうして翔太の熱燗が届いたところで乾杯し、千尋はジョッキをテーブルに置くなりハイキングコースのことを声にした。
「だいたいさあ、ハイキングコースに行くなんて、わたし聞いてなかったよ」
 そこからどんどん機嫌が悪くなり、終いに口を突き出し翔太のことを睨み付けた。
 朝一番の授業が休校となり、居てもたってもいられなくなった千尋は、思い切って翔太のことを追いかけてきた。
「藤木くんに教えてたでしょ? お友達の実家の住所。それをね、わたしもしっかりメモってたのよ……」
 なのにハイキングコースなんかに入られちゃったら、翔太に会える可能性はゼロだったろうと、
「明日は、わたしもご一緒しますからね」
 ご機嫌斜めって顔はそのままに、そう言って千尋はプイっと横を向いたのだ。
「いや……あのさ、実際はね、ハイキングコースからかなり外れたところにいくんだよ。それで、結構ハードらしいんだ。ホント、地図でもさ、大まかな場所しかわからないし、今回はホント、やめておいた方がいいと思うよ……」
 そんな翔太の声に、千尋が不満そうな顔で何かを言い掛けた。
 ところがそれよりちょっとだけ先に、なんとも明るい声が響き渡った。
「おお! お二人! なかなか、美味そうなのが並んでるじゃないか!」
見ればさっきの運転手が立っていて、テーブルに置かれたあれやこれや≠大袈裟な仕草をしながら覗き込むのだ。
彼は車内で着ていた制服を脱ぎ捨て、なんとスリーピースの背広姿。
そんなのはまさに、驚くくらいの変わりようで、ちょっと見ただけなら彼だとけっして分からないだろう。
ボサボサだった頭もポマードか何かでビシッと撫で付け、まるで別人、驚くような変身ぶりなのだ。
 行き付けのスナックが開くまで、時間潰しに立ち寄ったそうで、
「そういやあそこ、本当にふた部屋にしたんだって? もったいないなあ〜 こんな可愛いお嬢さんを目の前にして、俺だったら、絶対に、ひと部屋にするけどなあ〜」
 などと言いながら、とうに還暦を越えているだろう彼はそのまま、いきなり翔太の隣の席に座り込んだ。
「ああ、それからさ、今、お兄ちゃんが話してたことだけど、お兄ちゃん、あそこから入って、いったいどこに、何しに行こうっての?」
 きっとしばらく、二人の会話を聞いていたのだ。
 彼はそう言ってから、いかにも馴染みだって感じで熱燗を注文。
「それからさ、肴を何か適当に見繕って、持って来てくれよ、あ! 三人分ね!」
 などと声にしてから、再び翔太の方へ顔を向けた。それから翔太は覚悟を決めて、荒井に関することを彼に向かって話し始める。
「だから、本当に自殺だったのか、自分の目で、確かめようと思うんです」
そう言って、翔太があらかた§bし終えた頃、豪勢な料理がテーブルの上にズラッと並んだ。
彼は満面の笑みで、「こりゃあ美味そうだ! さあ、こっちの方も二人でどんどん食べてくれ」などと声にした後、遠慮している二人に向けて怒ったような顔まで見せた。
 と思えば、急に真面目な顔付きになり、静かな声でポツリと言うのだ。
「その、あんたの友達をさ、どうにかしたんじゃないかって奴は、もしかしたら……なんだが、うん、そいつの名前、まさか、林田っていうんじゃないよ、なあ?」
 翔太の顔を覗き込み、名前も知らないスーツの男はそう告げてから、ほんの少しだけ口角を上げた。


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