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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第34回   第5章 〜 1 決意
 1 決意



 ハードロック一辺倒だった達哉がある時、ジェフベックのブロウバイブロウ≠ノ出会ってぶっ飛び、すでに世に出ていた、やはりボーカルの入っていないワイヤード≠慌てて買った。
この辺りで彼は未来に行ってしまうから、そこで音楽への興味は途絶えてしまう。
ところが代わりに現れた翔太の方も、いい歳しているくせに、部屋にあったその辺のアルバムを聴いていたらしいのだ。
そうして彼はジェフベックからさらに、ロックっぽさが希薄となるジャズフージョン系へと傾倒していく。
その結果がカシオペア≠セったり、まゆみのお気に入りだったジョージベンソン≠チてことなのだ。
しかし今を生きている翔太の方は、レコードなんて一枚だって持ってない。
洋楽を聴き始めたのも最近だろうし、きっとカシオペアどころか、ハードロックバンドのひとつも知らないだろう。
――そりゃあ、いきなり「ベンソンはどう?」って、言われてもなあ〜。
物事にはだいたい順序があって、きっと達哉の聴かせたのがジェフベックだったり、もっとロックっぽい曲だったら翔太の反応も違っていたのか?
ただとにかく、山代を遠ざけることには成功したし、あの失敗もある意味、ここに至るには必要なピースだったのかも知れない。
だから施設の頃の憎っくき相手、林田や施設長のことを話したのだって、きっと必要なことだった……?
――だから、しようがないだろう……。
と、自分を納得させようと頑張ってみるが、どうにも恐怖が先に立った。
彼は今、なんとも古臭いビルの前に立っている。このビルを知ったのは、彼が翔太のアパートを知ろうとしていた頃、駅を降り、記憶に刻まれたDEZOLVE≠ニいう看板を探していた時だった。
あれ? と思ったのは、その顔を見たからじゃない。
広い歩道を、ただただ真っすぐこちらに向かってやってくる。よそ見している通行人が前から来れば、避けようともせずに歩調を少し緩めるだけだ。
そうして相手が気が付かないと、ぶつかる寸前に立ち止まる。
その瞬間、きっと何かを声にするのだ。
その都度、通行人は驚いて、慌てて道を譲ろうとした。一人はあまりの驚きに、手にしていた買い物袋を放り投げてしまう。
彼はこんな光景を、ずいぶん昔に目にしたことがあったのだ。
それも一度や二度ではなくて、あっちの世界に行く前まではしょっちゅうだった。
入り浸っていたアパートの住人で、腕力だけは人一倍……その分頭はパッパラパーだった同級生。彼には六つ歳上の兄貴がいて、父親と兄弟二人でそのアパートに住んでいた。
働いているのかいないのか、とにかく昼間はだいたいアパートにいて、夜になるとどこかに行ってしまうのだ。
――あいつ、まだあんなことやってるのか……。
見れば相変わらずの強面で、ガタイもいいからちょっと見だけでなんとも言えない威圧感がある。
そんな兄貴を手本としたのか、弟の方も似たようなことをやっていた。それも一切立ち止まろうとしないまま、自ら肩をいからせ≠ヤつかっていく。
そうして出す大声に、たいていの人は腰を抜かさんばかりに驚いた。
  ――前を見て歩かんかい!
  もしかするとそんな台詞も、兄貴からの受け売りなのか……?
などと思っていると、強面がどんどん達哉に近づいてくる。
どうせ達哉の顔など覚えちゃいまいが、それでももしも≠チてこともある。
だからゆっくり右を向き、
――あれ? ここにこんな店があったの?
なんて感じで喫茶店の看板に目を向けた。
看板の下には、店内が見通せる窓ガラスが一面にあって、そこにしっかり通行人も映っている。すぐにあいつの姿も映るだろう……と思って見ていたが、いつまで経っても彼らしい通行人は映らなかった。
――まさか、俺を見つけて睨んでたり?
なんて恐怖をしっかり感じて、彼は顔を少しだけ傾け、歩道の方を覗き見た。
――え? 嘘……。
彼の姿がどこにもなかった。
彼のいた辺りまで行ってみたが、もちろんどこにもいやしない。
となれば、考えられる答えはひとつだ。
――このビルに、入ったんだ……絶対にそうだ。
最後に見かけた辺りからすぐの場所に、古ぼけたビルが建っていた。
三十坪程度の敷地に三階建て。
きっと建てられてから半世紀近くは経ってるだろう。
あちこちコンクリートがはげ落ち、長年の汚れで元あった壁の色がわからない。
一階はシャッターが降りていて、その右っ側になんとも古びた扉があった。恐る恐る扉を開けると、薄暗い中正面に、これまた旧式って感じのエレベーター。その左奥にはコンクリート剥き出しの階段がある。
壁にプラスチック製の案内板が貼られてあり、二階、三階の欄にあった社名を見つけて彼は一瞬にして固まった。
「林田商事」「林田金融」
  それは、この二つを目にして、養護施設にいた林田を思い出した……からじゃない。
  達哉に残っている翔太の記憶。
ここのところ、かなり薄れてきてはいたが、それでも未だ鮮明だってやつもある。その中の一つが、施設長と林田を呼び出した時のものだった。
――生田絵里香の自殺した理由が分かりました。 
そんな手紙で呼び出したところまではよかったが、施設長と林田の他に、チンピラ風情の輩が五、六人も付いてきた。
そしてなんとその中の一人が、まさにさっきの顔だったのだ。
――どうしてあの時、気付かなかったんだ……? 
そんな衝撃に、彼はしばらくビル入り口に佇んだのだ。
高校時代の同級生、そいつの兄貴が林田商事に――金融の方かも知れないが――関係している。さらにその兄貴とは、施設長と林田が呼び付けていた……チンピラ連中のひとりなのだ。
――もう、決まりじゃんか……。
そうして数秒、もしかしたら十秒くらいは経っていたのかも知れない。
「おい、にいちゃんよ、何かようか?」
いきなり頭上から声が掛かって、達哉は慌てて上を見上げる。
すると二階の階段踊り場から顔だけ出して、男が達哉のことを見下ろしていた。それも真っ黒なサングラスを鼻先まで下ろし、そこから覗いている両目がなんとも言えず恐ろしい。この時、咄嗟に声にしてしまった。
「あの、金城さん、金城さんが、ここに入っていったんで……」
「おお、金城の知り合いかあ? よっしゃ、ちょっと待ってろ」
男はそう言って、すぐに顔を引っ込める。
――金城、お前の知り合いが、下にいんぞ!
――知り合いっすか? え? 誰だろ?
――いいから早く行けって! ドン!
扉が開けっ放しなのだろう。
そんな会話が聞こえて、「ドン!」というのは明らかに、
――足で、扉を蹴った音だ!
なんて思ったところでお終いだった。
気付いた時には走り出し、さっさと歩道に逃げ出している。そこからあっという間にさっきの喫茶店に飛び込んで、ホットコーヒーと告げるや否や、
「すみません、トイレ、貸してください!」
  と声にして、彼は教えて貰ったトイレの個室に駆け込んだ。

林田の父親はビルをいくつも持っていて、そんな父親のお陰であいつは好き勝手やっても生きていけてる。きっと今頃は出所して、のうのうと生活しているのだろうと、なんとも悔しげに翔太は言った。
「どうしてそんなに、俺のことを詳しく知っているのか、教えてくれ……」
 千尋の部屋で、そんなふうに告げられて、慌てて翔太へ告げたのだった。
「まだもうひとつ、大事なことが残ってますから……」
 そこからは、施設時代の辛い経験を捲し立て、
「荒井さんと絵里香ちゃんのためにも、このままってわけにはいかないでしょう? 実は僕、つい先日、林田商事って会社を見つけたんです。これって、あの林田と関係あったりするんじゃないかと……」
  やはり達哉の思った通りで、翔太はすでにすべてを知っていた。
「商事だ金融だって言ったって、やってることは暴力団と変わらない。あんなところがどうして、養護施設の運営に関わっているのかが、今でも不思議でたまらないんだ……」
  達哉がけしかける∴ネ前から、翔太なりに少しは調べていたらしいのだ。
  ところが達哉の方には、まるでそんな記憶は残っていない。
  ――やっぱり、以前とは少しずつ変化しているのかも?
  翔太の生涯を知る達哉の存在が、彼の今にも影響を与えているから、かもしれない。
ただとにかく、ノートを預かっていた少年のお陰で警察が本腰を入れ始め、一度は林田の逮捕へと繋がったのだ。
だから施設長らの悪事を暴くとするなら、やはり荒井のノートを見つけるのが一番だろうと、翔太が養護施設に出向いてみようということになる。
「ダメだったらその時はその時だ。とにかく、まずは荒井が書き残したっていうノートを探すことから始めてみよう!」
  翔太は達哉にそう告げて、完全に気の抜けたビールをなんとも旨そうに飲み干した。


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