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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第33回   第4章 〜 4 修正
 4 修正



 電話で、ただ辞めるとだけ……告げればいい。
 これが絶対ベストだと、達哉と千尋が翔太に向けて告げたのだ。
 しかしどうにも納得しない。
 今後どうなる筈だったかは別として、これまで世話になった事実を無視できないと、翔太はその為だけに店に出た。そして……、
――わがまま言って申し訳ないが、事情があって店を辞めたい。
そんな感じを一生懸命声にして、これ以上ないくらいに山代の前で頭を下げた。
 すると意外な程にあっさりと、山代はその申し出を受け入れる。
「今日からか、そりゃあえらく急だな、まあよ、元々さ、こんな店、二人もいらねえんだよな。余計なメニューを考え直せば、充分、俺一人でもやっていけるさ」
 などと言い、さらに翔太の今後についても聞いてきた。
 達哉と打ち合わせた通りに返事をすると、
「そうか……学校に通うのか、そりゃあいい、いい考えだ……」
 妙にしんみりした感じで翔太を見つめ、
「お前さんはさ、頭いいから、大学だって夢じゃねえって」
 そう言った後、「頑張んな……陰ながら、応援してっから」と声にして、さっさとカウンターの中に入ってしまった。
 文句の一つや二つは覚悟していた。
 ――ばかやろう! 急になに言ってんだ! 
 くらいのことは言われるだろうと、普段の山代からしてそう決めつけていた。
 ところが予想とあまりに違って、翔太の中でいきなり何かが変化する。
 熱い感情が込み上げて、気付けば声になっていた。
「あの、わたしの母親は、天野由美子って言うんです。そして以前は、飯田姓を名乗ってました。飯田由美子、元、看護婦です」
 一瞬、何を言っている? そんな顔を見せつつ、彼は天井の方へ目を向けた。それからゆっくり腕を組み、ふた呼吸ほどした時だった。
「由美子……飯田由美子か!?」
 上を向いたままそう言って、妙にゆっくり翔太の方へその顔を向けた。
「はい、飯田由美子と名乗っていました……あることが、起きるまでは……」
「じゃあ、まさか、あの時の……?」
「あの時? ですか?」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ」
 山代はそう言った後、唐突に背中を向ける。それから右手を高々上げて、ヒラヒラと大きく二、三度振った。
そんな姿に、彼は「あの……」とだけ声にして、思わず足を一歩踏み出したのだ。
すると突然、
「もう帰ってくれ! お前さんに話すことは何もない!」
不機嫌そうにそう言って、上げていた腕を今度は扉へ向けたのだった。
指先はしっかり出口を指している。
「帰れ」と告げているのは明らかで、
――ありがとう……ございました。
心の中でそう告げて、翔太は「DEZOLVE」を後にする。
店の階段を上がり切ると、大通りの向こうで達哉が手を振っていた。
彼も慌てて手を振りかえし、それから一度、階段下に目を向ける。そうしてやっと吹っ切れたような顔になり、彼は足を前へと踏み出した。

天野由美子は若い頃一度、離婚を経験している。
さらに天涯孤独の身の上だったこともあり、乳飲児だった子供の親権を旦那の方に取られてしまった。
ところが小学校に上がろうかって頃、その子供が交通事故で他界。嘆き悲しんだ由美子は仕事も辞めて、それからずいぶんと荒れた生活を送っていたらしい。
「で、俺が生まれてさ、苗字をね、旧姓に戻そうとしたんだ」
 家庭裁判所に出向き、「やむを得ない理由がある」として、なんとか天野姓に戻ることを認めて貰える。
「で、晴れて天野由美子に、戻れたってわけなんだ」
「それを話していて、急に反応があったんだね」
「きっと、最初はわからなかったと思う。で、すぐに「あ〜」って、思い出したってところかな」
「とにかくこっちには、あいつが父親じゃないって証拠がしっかりあるんだから、何があったって大丈夫だろうけど、できればさ、言って欲しくなかったな……お母さんの名前とかは……」
「ごめん、気が付いたら言っちゃっててさ、でももし、金を払えって言って来たって、俺は払ったりしないから大丈夫だよ……それよりさ……」
 そこで新たに、翔太が何かを言い掛けた。
と、同時に、いきなり千尋の声が響き渡って、
「ね、ね、ちょっといい?」
 そんな声に、二人は慌てて視線を上げた。
 すると真っ赤なバンダナを頭に巻いて、やはり赤いエプロン姿の千尋が立っている。
彼女は二人を交互に見つめ、思いっきりニコニコしながら告げるのだった。
「わたしさ、もう少しで上がらせてもらえるのよ、だからさ、これからウチで、鍋でもツツかない?」
 店の余り物をもらって帰るから、先にアパートの部屋で待ってて欲しい。
 嬉しそうな顔でそう言われ、二人は顔を見合わせてから、ほぼほぼ同時に頷いた。
十二月になって最初の日曜日だった。翔太が「DEZOLVE」から出てくるのを待ち伏せて、達哉は彼と一緒に千尋のバイト先を訪れたのだ。
すると驚くくらいに店はガラガラ。その結果、二人は千尋から鍵を預かり、先にアパートの一室に上がり込むことになる。ビールや日本酒を買い込んだから、先ずはそれらをちっちゃな冷蔵庫に押し込むと、それから五分もしないうちに千尋が息を切らせて現れた。
「ほらあ、凄いでしょ? これ全部、もう切ってあるから、あとは鍋に放り込むだけ〜」
 靴を脱ぐなりそう言って、抱えていたビニール袋を二人に向けて揺すって見せた。
 そうしてあっという間に鍋が煮え、しばらくの間は会話は二の次って状態となる。
 やがて、おおかた鍋の方も片付いて、そうしてやっと翔太は泡の消え去ったビールに口を付けた。
 そんなのを見て、千尋がさっそく声にするのだ。
「そんな気の抜けたの呑んで美味しいの? それも、散々食べた後に〜」
 千尋は顔をクシャクシャにして、顔付きそのまま達哉の方へ向き直る。
 その瞬間、達哉は咄嗟に思うのだった。
 ――あっちだったら今頃きっと、写真や動画を撮ってるな……
「おいおい、その顔、鏡で見てみろよ、物凄いことになってるぜ」
 なんて翔太の声を聞きながら、彼は二十一世紀で体験していた世界を思い返した。
 デジタルカメラどころか、スマホでどこでもカンタン高画質だ。それも、一瞬で転送できるなんて話したら、二人は信用などしてくれるだろうか?
 吉崎涼の家――というか実際は、父親所有のお屋敷――へ、初めて招待された時、信じられない設備に腰を抜かさんばかりに驚いたのだ。
 スマホで家中の家電をコントロール出来て、ネットテレビを恐ろしいくらいの大画面で鑑賞しちゃったりする。そして何より驚いたのが、話しかけると答えてくれる、ちっちゃなテレビのような機械だった。
 ――でも、二人もいずれ、そんな時代を経験するんだ……。
 そうしてマジマジ二人のことを見つめていると、千尋がいきなり達哉に向かって文句を言った。
「ちょっと、藤木くん、わたしの話聞いてる?」
「ああ、ごめん、聞いてる、聞いてるよ……写真のことだろ?」
「そう、写真を入れるアルバムね」
 ――翔太の写真がどうしても気になる。
 そんな感じは聞こえていたから、なんとか怒られずに済んだのだ。
「だってね、いくら離れて暮らしてたって言ったって、生まれてからしばらくは一緒だった筈でしょ? だったらさ、やっぱり変だよ、一枚もないのって……」
 貧乏だろうが、いくらカメラが高級品であったとしても、生まれた頃の写真が一枚もないってのはどう考えたって不自然だろうと、千尋が再び言い出した。
「じゃあさ、天野さんのアルバムに残されている最初の写真って、いったいどこで、誰と撮ったやつなの? 確か、三歳の頃のだったっけ?」
「確か、公園だよね? お母さんと一緒のやつ」
「うん、そう……、丘本公園っていう看板が写ってたから……俺自身には、記憶はまるでないけどね」
「そこってさ、ここから近いの?」
「う〜ん、近いっちゃ近いけど……それでも、もし歩いたら、一時間はかかるんじゃないかな?」
「確か、世田谷区だよね? 丘本って?」
 そんな千尋の質問を受けて、小学校時代までその辺りで育ったことや、おおよその場所を翔太は二人に向かって説明した。
「で、中学校の入学に合わせて引っ越したんだ……」
「でもどうして? あの辺りならさ、おっきな中学校があったでしょ?」
「ああ、あったと思う。でも、どうしてそんなこと知ってるの?」
「うちの大学にね、丘本に住んでる友達がいるのよ。一度、彼女のうちに遊びに行ったんだけど、あの辺り、おっきな家ばっかりで驚いちゃった。それでその時、その子が言ってたんだ。十二クラスもあって、まあ怖いお兄さんばっかりなんだって……だから彼女、必死に勉強して、私立中学に進学したって、言ってたもの」
「いや、俺の場合はそんなんじゃないよ。まるで違う理由だけどさ、こっちも一応、私立をね、受けたからさ……それで、ちょっと遠かったんだよ、そこから通うとなると……」
「へえ〜やっぱり、天野さんって、頭よかったんだね〜」
「それだってすぐに、転校することになっちゃったけどな……」
 翔太はそう言ってから、泣き笑いのような顔をチラッと見せる。
それからすぐに、達哉の方へ顔を向け、妙に真剣な声を出したのだった。
「とにかく、ずいぶんとまあ……不思議な話だったけど、とりあえずこれで、借金を背負わなくていいってことに、なるんだよな?」
「うん、これでもう、大丈夫だと思う……」
「そうか、色々と、本当にありがとう……ってさ、こと、なんだよな……」
 翔太はそう声にして、そのままジッと達哉のことを見つめ続ける。
 そうして深々と息を吸い、ストンと下を向いてから、フーと大きく息を吐いた。
 それから再び達哉を見つめ、ここぞとばかりに声にする。
「それで、どうだろう……もう、いいんじゃないかな、どうしてそんなに、俺のことを詳しく知っているのか、教えてくれてもさ……」


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