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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第32回   第4章 〜 3 バイク事故
 3 バイク事故



 人生で、確か二度目のことだった。それでも前のは小学生だったし、同じモテる≠チてことでも重みがぜんぜん違うのだ。
「藤木くん、またレポート、A評価だったでしょう?」
 なんて声に振り返ってみれば、ちょっと派手目な同級生が立っている。
「すごいな〜わたしなんて、またC評価だよ〜」
 だから一緒にご飯でも行かない? そんな意味不明って感じの誘いを受けて、以前の彼なら一も二もなく諸手をあげて大喜びだ。
もちろん今も、嬉しいって気持ちがないわけじゃない。
相手はクラスで一、二を争う美人だし、モデルなんかもやっていて、たまに雑誌なんかに載っちゃうようなスタイル抜群の女子大生なのだ。
しかし女の本心は分からない。
 ワンレン栗色ヘアーのチョー美人に、真面目だけが取り柄だのとこき下ろされたのだってつい最近だ。ただとにかく……、
 ――これはぜんぶ、あいつのやってくれたお陰なんだ。
 だから安易に喜んじゃいけないと、彼は嘘八百並べてそんな誘いを断った。
 天野翔太になる前の彼は、勉強なんてしたことがなかった。
 成績はもちろん下の方――と言いつつも、学校のレベルのお陰で実際は中の下≠チてところ――で、本来一流大学なんて夢のまた夢だった。
 それがいきなり上慶大の学生だ。幸い、高校の授業とはぜんぜん違うし、毎日しっかり授業を聞けば、日に日に内容が理解できるようになっていく。
――俺ってけっこう、頭いいのかも……?
なんて思う気持ちもあるにはあったが、まるで下地がなければまったく違った結果になっていたかもしれない。
かと言って、大学の授業どころか、受験勉強したって記憶もないままだ。
それでも達哉の脳にはきっと何かが残っていたのだろう。詰め込んだ知識は記憶と一緒に消え去ったとしても、達哉の脳みそには必ずや、知識の残り香――というか、知識を包み込んでいた空き箱のようなもの――が、しっかり存在していたに違いない。
そんなもののお陰で、初めは多少まごついた≠烽フの、今ではしっかり優等生の部類に入り込んでいる。
そして彼には、友人らしい友人がいなかった。
高二の頃までの悪友たちから連絡ないし、大学でも、たまに話しかけてくる女子大生がいるにはいたが、男子学生からはまるでなし。
だからと言って、避けられてるって感じでもない。すでに親しいグループが出来上がっていて、達哉がアクションを起こさない限りこんな状況は続くだろう。
間違いなく、彼はこんな状態を意図したのだ。
サークルにも入らず、親しい友人も作らない。
それは果たして、戻ってくるかも知れない達哉のためか? 
実際のところは分かりようもないが、彼の作ってくれたこの環境を、達哉もしっかり受け継いでいこうと思うのだ。
――明日死んでも悔いないように、まずは一生懸命生きるんだ!
友人らと遊んだりするよりも、まずは自分のやるべきことに邁進する。そんなことを心に念じ、彼は生きて行こうと決めたのだった。
そうして達哉に戻って最初の冬、それは十一月も終わろうかという夜だった。
日も傾きかけた頃、軽いランニングから帰宅した途端、天野翔太が事故に遭ったと連絡が入る。
この時代にはスマホどころか携帯もないから、千尋との連絡は家電のみ。汗だくのままシャワーを浴びようとしていると、まさみがいきなり言ってきたのだ。
「ねえ、本間さんってお嬢さん、近いうちに、うちに連れていらっしゃいよ」
 トレーニングウエアを脱ぎ捨て、いよいよブリーフを下ろそうかという時だった。
「え? なんだよ、いきなり……」
「あ、そんな顔しちゃって、照れちゃってるの?」
「違うって、ホント! そんなんじゃないんだって!」
「ふふ、そうなの? じゃあ、とりあえず、そういうことにしときましょうか……」
 などと言われて、やっと千尋からの電話なんだと教えて貰った。
そうして事故を知り、達哉は慌てて病院に向かう。すると天野翔太は四人部屋一番奥のベッドに寝ていて、その様子を千尋が心配そうに見つめているのだ。
 ――大した事故じゃない。ちょっとした打撲くらいだから。
 事故の起きる少し前、心配する千尋に向けて、達哉ははっきりそう告げていた。
「それだって、教えたっていいじゃないですか? 万が一ってこともあるでしょう?」
「いや、教えてしまったら、注意しちゃって事故が起きないかもしれない。もしそうなったら、もうその先、どうなっていくか分からなくなるから……」
 事故に遭い、山代をアパートへ入れてしまったことから始まっている筈なのだ。
だからそのギリギリまでは何もしないで、事故に遭ったところでほんの少しだけ変化を与える。
「分からないけどさ、もしもだよ、事故より前に、彼にすべてを伝えちゃったら、当然彼は山代の血液型を調べてさ、即行あそこを辞めるよね、そうなった時、あの事故は起きなくなるのか? もしかしたらその逆で、大事故になっちゃったりしないか……とかさ、いろいろ考えられるだろ? だからできるだけ、俺たちが手を出すのはほんのちょっとにしたいんだ」
 つまり翔太にすべてを教えるのは事故の後で、それまでは血液型のことくらいしか話さない。
 ――B型とO型の両親からは、決してA型の子供は生まれない。
「いずれあなたの前に、自分が父親だとウソぶく£jが現れます。しかしそいつはまったくの偽物で、あなたにとって本来、なんの関係もない男なんですよ」
 そんな時期が近付いて来たら、きっとこの続きを話すからと達哉は告げた。
「それまでは、このことは心の中だけに留めておいてください。きっとまた、この三人で会う機会がやって来ますから、きっと、そう遠くないうちに……」
 ところが当然、翔太は納得などしてくれない。
「俺さ、やっぱり、大変なこと≠ニかってどうでもいいよ。だからさ、藤木くんって言ったよね? 彼にもさ、そう伝えといてくれない?」
 次の日、翔太が笑顔でそう言ってきたと、千尋が心配そうに伝えに来たのだ。
 それから数ヶ月が経過して、達哉はまだかまだか≠ニ待っていた。
 実際、事故にあった記憶はあっても、それがなん月だったかなんて覚えちゃいない。
ただ少なくとも、それは寒い冬の日だった……と思うのだ。
 ――頼む、早く起きてくれ……。
 などと、祈り始めてさらにひと月くらい経った頃、天野翔太はバイクの事故で転倒し、気を失ったまま救急車で運ばれた。
 ところが慌てて駆け付けてみると、彼は眠ったままで目を覚さない。
 それじゃあどうして、普通病棟なんだと達哉が聞けば、
「脳震盪だろうって言うの。検査でも特に異常はないし、いずれ目を覚ますからって言われたんだけど……」
 千尋が心配そうにそう返すのだ。
 記憶では、翔太が目を覚ました時に、周りに誰もいなかった。
 それが今は、彼の覚醒を達哉と千尋が今か今かと待っている。
 ――ただこれは、事故本来とはまったく関係ない筈だ!
 だからきっと、もうすぐ目を覚ます筈と、達哉は心配そうにしている千尋に向けて笑顔を崩さずそう告げたのだった。
 そうして彼が目を覚ますのは、達哉が駆け付けてから一時間近くが経った頃。
 目を覚まし、覗き込む二人の顔を交互に見つめ、彼はいきなり声にした。
「三人で会うってのは、このこと、だったのか?」
 それから病室を出たいと言う翔太を支えて、一階にある待合室までなんとか行った。
 長椅子に三人並んで腰掛け、真ん中に座った翔太がいきなり口火を切ったのだった。
「もしかして、三人で会うことなるってのは、この事故のことだったのか? バイク事故のことも、知ってたって、いうことなの?」
「はい、実は、知ってました。でも、僕の知っている限り、大した事故じゃなかったので、すみません、言わなくて……」
「じゃあ、この後に、こんなもんじゃない、大変なことってのが、俺の身に起きるって、言うんだよな?」
「はい、それもこの後すぐに、です」
「ちょっと、ちょっと待ってくれって、この後すぐって? それっていつだよ」
「多分、もう一時間もないと思います。だから、これから僕の言うことを、ちゃんと聞いてください」
 そう言って、達哉はずっと頭にあった言葉を翔太へ告げた。
「すべてはこの一時間に懸かっています。借金を抱えて、挙げ句の果てに、殺人犯という汚名を着せられてしまう。それを防ぐには、ここからが本当の……勝負なんです」

「なんだ、意外と元気そうじゃないか?」
「そうでもないですよ、けっこう全身打ちつけましたから……擦り傷と打撲で、これがなかなかの痛みなんですって……」
「それでも、命があって、それだけ喋れれば上等だろうよ」
「まあ、そう言われれば、そうなんですけどね……で、ちょうど今、お店の方に電話しようと思ってたんですよ。でも、どうしてここだって分かったんですか? 事故のこと、誰かに聞きました?」
 そう尋ねると、バーに来たことのある客が現場に居合せ、わざわざ店に電話を入れてくれたんだと彼は言う。
「若い女性だったから、お前さんのファンなんじゃないか?」
 店の電話に留守電が残されていて、山代は「臨時休業」という紙を扉に貼り付け、慌てて病院までやってきた。
「でも、どうしてここってわかったんですか?」
「そりゃあ翔太、あの大通り辺りで事故ったってなりゃよ、だいたいはここか玉堤の方だろうって」
 病室のあちこちに目を向けながら、山代はいかにも得意げにそう声にする。
「とにかく、大したことがなくてよかったな……二、三日で、退院できるんだって?」
「はい、すみません。退院したら、すぐ店に出勤しますから」
「ばか、いいんだよ。ゆっくり休んでからでいいって……」
 山代はそう言ってから、して欲しいことはあるかと翔太に尋ねた。
「いえ、特には何も……」
「なにか、持ってくるもんとかないのか? よく分からんが、保険証とか、下着とか」
「その辺は、友人が全部やってくれてますから、大丈夫です……ご心配、ありがとうございます」
「そうか、ならまあ、ゆっくり休んでくれや……」
 山代勇はそう言って、驚くくらい簡単に、翔太に背中を向けたのだった。 
「あ、山代さん、ちょっと聞いていいですか?」
 その時すでに、彼は出口に向かって歩き出していた。それでも翔太の声に立ち止まり、背を向けたまま右耳だけに手のひらを寄せる。
 ――なに?
 その姿はまさしくそう告げていて、翔太はそのまま彼に向かって声にした。
「山代さんって、血液型はなんですか?」
 ところがだった。
彼は振り返ろうともせずに、そのまま数秒ジッとしたまま動かない。それどころか、耳に当てていた右手をヒラヒラ振って、彼はさっさと歩き出してしまった。
「山代さん! 教えてくださいよ!」
 そう声にしてみるが、山代はさっさと扉の向こうに消え去ってしまう。
 そんな山代を、呆然と見送っていた翔太に向けて、いきなり声が掛かるのだ。
「なに? 天野さん、あの人の血液型知りたいの?」
 見れば病室にいた看護婦さんで、患者に体温計を渡しながらの声だった。
「え? 知ってるんですか?」
「知ってるわよ。あ、ちょっと、待っててね」
 妙に嬉しそうな顔をして、再び目の前の患者に向き直る。
 そうしてすぐに、「ピッピッピ」という電子音が微かに聞こえ、彼女は体温計を片手に彼のそばまでやって来た。
「一応、測っとく?」
「え? あ、はい……」
「冗談よ〜 面白い人ね〜」
 なんてやりとりの後、彼女はいきなり真剣な顔になり、翔太の耳元そばで声にした。
「あのね、本当はこういうの、教えちゃダメなんだけどさ……」
 一年ほど前、本人からの連絡で、救急車によってこの病院に運ばれた。
「病名は言えないけど、もうね、ホント、大したことないはずなのにさ、もう痛い痛いって大騒ぎよ。態度も最低だし、挙げ句の果てに、ちょっと良くなったら、今度は病室でお酒飲み出しちゃってね、それも酔っ払って大騒ぎするんだから」
 それからもなんだかんだとあって、彼は勝手に出ていってしまった。
「でね、印象最悪の奴だってわけよ……だから、教えてあげる。くれぐれも、ここだけの話でお願いね」
 そう言ってから、彼女は両手で大きい丸を作って見せた。
 それはどう解釈しようとO型≠ネんだということで、やはりここでも、達哉の話した通りになったのだった。


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