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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第31回   第4章 〜 2 超能力
 2 超能力



「じゃあいい? 六時頃にはお店に行くから、その時までに二、三杯くらい飲んでなさいよ。ちょっと酔ってた方が、なんかさ、真実味あるでしょ? あ、一番奥のテーブルだからね……そこんとこ、よろしく!」
確かに、千尋はこう言って、達哉に笑顔を見せたのだった。
だから達哉は、一番奥のテーブルに六時頃だと、頭にしっかり刻み込んだ。
そうして当日、頭にあった通り向かっていると、ずっと前の方から見覚えのあるシルエットが目に入る。
――え? もう来たのかよ!?
と思ったところで気が付いた。
時計を見ればほぼほぼ六時。
今頃は、もう二、三杯は飲んどけってことだった。
そんな事実を知った頃には、やたらノッポのシルエットの横で、明らかに千尋の顔が唖然としている。
――どうしよう?
そう思っているうちに、彼女は一気に顔付きを変え、こちらに大きく手を振った。
「あ〜、藤木くん! どうしたの?」
 かなり大きな声が聞こえて、千尋が走ってやってくるのだ。
「これからさ、天野さんと大山に行くんだけど、どう? 藤木くんも一緒に行かない?」
 千尋は後ろをチラッと振り返り、翔太にも聞こえるよう大声を出す。
やがて天野翔太も追い付いて、千尋は笑顔で彼へと続けた。
「いいでしょ? 知らない仲じゃ、ないんだしさ」
 ここで翔太がほんの一瞬、驚くような素振りを見せる。
 それでもすぐに笑顔になって、「もちろん」とだけ声にした。
 そうしてとにかく、達哉は二人と一緒に呑むことになった。
「いい? 彼ってあんまり呑まないから、ジョッキ二杯目頼んだくらいがさ、きっといい頃合いだと思うから」
 そう言っていた千尋はすで一杯目を飲み干し、二杯目のジョッキを今か今かと待っている。
ところが翔太がぜんぜん進んでいない。
ビールの泡が完全に消えて、それでもジョッキに半分以上が残っている。
もちろん千尋が早過ぎるのだ。
「今日は暑いからね」と言いながら、達哉より早いペースでぐいぐい飲んだ。
 きっと彼女もそれなりに、緊張しているってことなのだろう。
 ただとにかく、すべては翔太の反応次第だ。
 だから少しくらいは酔っていて欲しいと……、
――もしかしてビールが苦手?
なんてセリフを、彼が声にしかけた時だった。
――ビールは、苦手なんだ。
何度も口にしたそんなセリフが、フッと頭に浮かび上がった。
――特に、腹に何も入ってないとね、どうにも美味しいとは思えなくてさ。
昔、医者に注意されたのだ。腹に何か入れてから飲むようにと言われ、そうしていたらいつの間に、空きっ腹では飲めなくなった。
 だから現場終わりの飲み会などで、彼は何度もそんな理由を口にしていた。
「え? ビールじゃないの?」
 なんて驚く周りの声に、笑顔で告げていた記憶がおぼろげながら蘇る。
それでも結局、胃の方は治らずで、最後の最後まで彼のことを苦しめた。
――だから今だって、そうに決まってる!
そんな確信を胸に秘め、それでも何気ない感じを装った。
「あのさ、何か、食べるもの、注文しないか?」
 達哉は千尋に向かってそう言って、壁に立て掛けてあったメニューの方を指さした。
「え? お腹空いているの? まだ六時半だよ?」
「でもさ、お通しの枝豆だけでずっとってのも、辛いじゃん?」
「やっぱりねえ〜、お金持ちさんは違うわよね〜。わたしたちなんていっつも、百円のビールと枝豆だけでお腹いっぱいにしちゃうもの〜」
「でも、それって、本間さんだけでしょ? 天野さんは、違うよね?」
 そこで視線を千尋から翔太に向けて、
「そこそこお腹がいっぱいの方が、ビールが美味いって、もしかして思ってない?」
 そう声にしてから、再び千尋の顔を見た。
すると驚くように目を見開いて、少し考えるような素振りを見せる。それでもすぐに、千尋はしっかり自分の思いを口にした。
「普通はさ、それってないでしょ? だいたいビールは空きっ腹に呑むものだし、空きっ腹だからこそ、クー美味しい〜ってなるんじゃない?」
 そう言ってから、彼女も翔太の顔をジッと見る。
 ――あなたはどうなの?
 まさに千尋の顔はそう告げていて、もちろん達哉も翔太の方に目を向けている。
 そんな二人から見つめられ、翔太は意外にも真剣な顔を崩さなかった。
「どうなの? 空きっ腹にビールって、苦手なの?」
「苦手、だよね? できればさ、チャーハンとか食べた後に、生ビールをグイッと行きたいって方でしょ?」
「そんなの変、絶対変だって!」
「そんなことないって、そういう人っているんだよ」
「おかしいじゃない、だってさ、先ずはビールって言うんだよ。それをさ、先ずはチャーハンって、それでビールってこと? なんか、笑えるよ〜」
「あのね、胃が弱い人とか、ビールって炭酸だから、結構胃のなかを荒らすんだよ。医者に掛かると、飲む前にさ、何か食べてから飲みなさいって、本当に言われるんだって!」
 そこそこ必死にそう言ってから、達哉は翔太の方を向き、
 ――ね? そうだよね!
 という顔を必死に見せた。
「藤木くん、ご名答!」
 ――でしょ?
「凄いな、どうして知ってるの?」
 ――それがさ、問題なんだ……。
「実はさ、そうなんだよ!」
 ――そうさ、だって知ってたもん。
 なんてリアクションを想像し、彼は心の中で確信したのだ。
 ――これできっと、上手くいく!
 ところがだった。いくら待っても反応がなかった。
 真剣な顔どころか、眉間にクッキリ皺まで寄せて何やら考え込んでいる。
 達哉と千尋は顔を見合わせ、暫しそのまま待ったのだ。
 すると十秒くらいが経った頃、いきなり彼がポツリと言った。
「あのさ、藤木くんって、俺の生い立ちとか、両親の名前とか、知ってるんだよね?」
 そんな翔太の声に、千尋が慌てて人差し指を鼻先に当てる。
――わたしが言った。
 そう言っているのはすぐ分かったし、となれば、いきなり本題ってのが筋だろう。
さあて、ここからが本当の勝負の時間……。
「はい、かなりの部分、知っていると思います」
「で、胃が弱いことも、当然知っていると……」
「はい、そのせいで将来、どんな病気になってしまうとか、他にも、実はいろいろと知っています。これから起きる大変なこととか……」
 そこで翔太はビールジョッキに手を伸ばし、残っていたビールを一気に飲み干す。それからフーと息を吐き、空になったジョッキを見つめ、声にするのだ。
「あなたさ、いったい誰なの?」
 ――どうして、そんなことを知っている?
 その顔がまさに、そう告げていた。突き刺すように厳しい目付きで、まるで睨みつけるようにして達哉の返事を待っている。
 達哉はこの時、ほんのちょっとだけムカついた。
 ――なんでそこまで睨むんだよ!
 なんて感じて、フッと魔が差したのだ。
 決して悪意的なものじゃない。
それでもそこそこ強烈に、対抗する感情が湧き起こる。
彼は心に強く思うのだった。
 ――睨みつける相手は、俺じゃないだろう!
 不思議なくらい唐突に、用意していたストーリーが吹っ飛んだ。
そして最後の最後に用意していたセリフが、一気に達哉の口から溢れ出る。
「天野さんさ、中学ん時、施設にいたでしょ?」
 たったこれだけで、翔太の目付きがグラついたのだ。
 ――なんだ、施設のことは聞いてないんだ……。
 そう思った途端、達哉の感情は一気に高ぶり、言葉が次から次へと止まらなくなった。
「天野さん、施設で色々あったじゃないですか? もちろん、天野さんが悪いわけじゃないんだけど、屋上から飛び降りちゃったり、しましたよね? で、その時、一緒だった荒井くん、覚えてます? 覚えてますよね? 忘れるはず、ないもんね……それから、十三歳で自殺した生田絵里香さんのことも、当然、覚えているでしょ? ねえ、どう思っているんです? この二人の仇を、いいかげん、打ってやりたいと思いませんか? 林田や施設長は今だって、何も変わらずやりたい放題やってるんですよ……」
ここでゆっくり翔太の視線が達哉から外れた。
と同時に、その隣に座る千尋の顔も視界の隅っこで大きく揺れる。
「天野さん、俺はね、あんな奴らを許しちゃおけない……。絵里香のことはもちろんだけど、荒井だって、ちゃんとしようと、彼女と一緒に真面目に生きようとしてたんだ。それをあいつら、何から何まで、好き勝手やりやがって……くそっ!」
「ちょっと、ちょっと待ってくれ……それって、え? なんで? おかしいだろう……まさか、施設にいたのか? 千尋と、おんなじ歳だよな? え? いたのか? あそこに、あんたもいたってのか!?」
「名前は忘れちゃったけど、施設で同室だった少年を探したらどうでしょう? 彼がまだノートを持っていれば、あいつらをギャフンと、言わせることができるんじゃないでしょうか?」
 どうしてこんなことを言い出したのか、話しているうちにあの頃の記憶が蘇り、達哉はまさしく興奮していた。
「でもね、天野さん、その前に、やらなくちゃいけないことがあるんだ。それは林田や施設長とおんなじくらい、いや、それ以上に最低最悪なヤツへの復讐ですよ!」
 酔っ払っていたのか? 
はたまた彼との時間に興奮したのか?
ただ、どうだったにせよ、この突発的な発言は、それなりに効果絶大だった。
どうしてそうなったのかは分からない……ある日突然、頭の中に浮かび上がった。だから必死になって探し回って、やっと「DEZOLVE」という店を発見できた。
それから、なんとかして真実だけでも伝えたい。そんな一心で、今、この瞬間を迎えていると、達哉は必死に声にする。
それから施設でのことをいくつか聞かれ、さらに両親のことも質問された。
当然、どれもこれもが過去の事実で、達哉にとっても記憶の中のひとコマだ。だからうる覚えでも外れはないし、幸い聞かれたことぜんぶが記憶にしっかりあったのだ。
母親の生まれた年を尋ねられ、「大正九年」と達哉が返すと……彼は下を向き、両手で顔を覆ってしまった。
そうして翔太が黙りこくって数分間、二人はドキドキしながら待ったのだ。
きっと、どうして知っているのか、どんな理由によるものなのかと、彼なりに考えようとしたのだろう。
しかし何をどう考えようと、納得できる答えなどが見つかる筈もない。
だからいきなり怒り出すとか、この場からいなくなってしまうなんてことにならないよう……ただただ心のうちで必死に祈った。

「で、伝えたい真実って、いったい何?」
 彼がそう声にした時、迂闊にも達哉はその場にいなかった。
「これから起きる、大変なことって、いったいなんなの……?」
 だからそんな彼の質問に、千尋が必死になって答えを返した。
「詳しいことは、藤木くんから聞いて欲しいの、でもね……」
そうして達哉がトイレから戻ると、すでに両親との血液型の話になっている。戻った彼を見上げる千尋に、達哉はそのまま続けるようにと告げたのだった。
結局、天野翔太の血液型がA型ならば、とりあえずのところは信用しようということになる。
 翌日、三人揃って近所の診療所に出向き、翔太の血液型を判定して貰った。
するとやっぱりしっかりA型。
その結果を知って、彼は真剣な顔で達哉に向けて声にした。
「伝えたい真実ってヤツを、教えてください」


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