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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第3回   第1章 〜 1 藤木達哉
第1章


1 藤木達哉

「ごめん、俺やっぱ、今日は帰るわ」
「え〜なんでだよ! まだ八時だぜ? いいとこじゃんか!」
「ごめん、ごめん、また明日な……」
「おお〜おお〜さすが、いいとこのお坊ちゃんはやっぱり違うね〜」
 そんな声に、「うるせい!」なんて言葉が浮かんだが、結局は何も言わずにそのアパートを後にする。
 所詮、何を言い返したって無駄だってことだ。これまでずっとそうだったし、いつまでこんな関係が続くのかは別として、きっとこれからだって変わらない。
実際、残った二人より、段違いに恵まれている。だから二人が本当のところ、仲間だと思ってくれているかどうかだって自信はなかった。
ただ今のところ、彼らといる時間が楽しいし、他にやりたいこともないんだから仕方ない。
そこは高校の同級生のアパートで、そいつのオヤジが深夜トラックの運ちゃんだから、夜はだいたいみんなでそこに集まった。
何をするってわけじゃないのだ。いつもはだいたいコンビニ弁当を平げて、それから漫画を読んだりテレビを見たりだ。そんな時間がなんとも居心地が良く、家に帰ろうって気にはなかなかなれない。
そしてここ数日は、任天堂から発売されたばかりのカラーテレビゲームに夢中で、彼は昨日も明け方近くまでここにいた。
それでもやっぱり、二日連続で朝帰りってのはマズイだろう……なんて考える自体がお坊ちゃん≠ネんだろうと彼も心の内では分かっていた。
そういう彼は藤木達哉。高校の二年になったばかりだ。
と言っても落第スレスレで、このままだと三年生を迎える前に退学なんてことだってあるかもしれない。
――退学になったら、あいつら、どんな顔するだろう……?
 彼は両親の驚く顔を想像し、ちょっとだけ楽しい気分になる。
 いつの頃からか、達哉は二人のことが大嫌いになった。
 父親は町医者で、毎日毎日仕事ばかりやっている。週に一度ある休日も、どこかの島へ診療しに行くくらいだから、よほど医者って職業が好きなんだろう。
 そんな父親に一切不満を漏らさず、息子のために、食いもしない手料理を作ってくれる母親がやっぱり玄関に立っていた。
「おかえりなさい……昨日は、どこに泊まったの?」
 きっと門を開ける音で気付くのだ。
そうして玄関までやってきて、毎度似たような言葉を投げかけた。
そんなのにも彼はやっぱり返事をせずに、
「ねえ、ご飯あるから……」
 少しでも食べない?――なんて言葉が聞こえる前に、「いらねえよ」と小さく言って、さっさと二階へ駆け上がる。それから大音響でレコードを掛けて、途中コンビニで買った菓子類をコーラと一緒に流し込むのだ。
テレビを見たりゲームをしたり、もちろん勉強なんて一切しない。
 遅寝で遅起き。成績は最低。運動もせずにぶらぶら過ごす毎日だから、中学に入った頃から体重増加が止まらなかった。
小学校の頃はそれでも、女の子からラブレターをもらったことだってあった。
しかし今は、一メートル七十三センチで八十三キロ。顔は丸々膨れ上がって、身体に至っては三倍くらい大きくなった。
一日中、寝る寸前まで食べてばかりだから、太って当然、まさに自業自得ってところだろう。
ただ一方、いいことだって少しはあった。
元々スポーツには縁がなく、本当の殴り合いなんてしてことがない。
それでもこんな体躯のおかげで、そこそこ喧嘩が強そうには見えるらしい。あの二人と仲良くなったのも、こんな体躯があったからだと達哉は信じて疑わない。
 そしてこんな彼でも、父親の後を継いで医者になる――なんてことを思っていた時代があった。
それがある頃から、両親の態度に不信感を募らせていく。
 どうにも、友人たちが話す親とは、まるで印象が違うのだ。愛情がないとまでは言わないが、あえて例えるなら「他人行儀」というところだろう。
怒られた覚えだって数えるほどだ。それも口調は穏やかで、叱っているというより「注意」しているという印象が強い。
さらに言えば、達哉は褒められたって覚えもほとんどなかった。
もちろんそれは、褒められることをしていない、ということなのかもしれないが……。
ただとにかく、そんなだから両親の仲だっていい筈ないのだ。
笑顔で話している二人を見たことないし、金は腐るほどあるだろうに、家族旅行なんて覚えている限り行ってない。
そんな両親への不信が決定的になったのが、彼が高校に入ったばかりの頃だった。
中学時代も勉強とは無縁で、だから入学できた高校だってそれなりだ。
そんな高校の入学式の日に、彼は教室でいきなり声を掛けられる。
「お前さ、藤木だろ? お前、医者の息子のくせに、こんなバカ学校にいちゃっていいのかよ? それにさ、ずいぶんとまあ、丸くなっちゃって!」
 見れば小学校時代の同級生で、記憶にあるまま意地悪そうな顔で達哉のことを見つめているのだ。
この辺までは、達哉も笑顔で返事をしていた。
ところが次のひと言、ふた言で、不思議なくらい一気に冷静さが吹き飛んだ。
「てこたあよ、お前のお袋さんがさ、よっぽど頭が悪いんだろう?」
 この辺で、顔から微笑みが消え失せたと思う。
「あ、違う違う! もしかしたら、親父さんが医者になったのも、裏口入学とかでよ、結局、馬鹿だったりして〜」
 そう言いながら同級生は人差し指をまっすぐ向けて、「ははは」と大きな声で笑ってみせた。
 そうして気付けば、達哉は肩からそいつにぶち当たり、馬乗りになってボコボコにしている。
そんなところに何やら怒号が響き渡って、それからあっという間に同級生から引き離された。
後ろから誰かに押さえ付けられ、あっという間に床に身体を押し付けられる。
結局、それが担任の教師で、達哉はそのまま家に帰され、一週間の停学処分となってしまった。
そんな事件がきっかけとなり、彼は良くも悪くも学校中で注目される。それからすぐに例の二人とも知り合って、ますます優等生から遠のいた。
そうしてさらに、事件は起きる。
停学騒ぎからひと月とちょっと、それは五月の二十日、まるで真夏とも思えるような暑い日のことだった。
例によって友人のアパートからの帰り道、達哉は自宅を見通せる一本道に入ったところで、いつもと違う光景に気が付く。
 夜中の二時だ。まさに丑三つ時って時刻だから、普段なら家中が真っ暗になっている。
 なのに、明かりが点いていた。
 門灯どころか、一階すべての窓からしっかり照明が漏れている。
 ――消し忘れ? あのお袋が?
 それとも起きているのか? などと思ったところで、
 ――どっちにしたって、俺には関係ねえさ……。
 そこから両手をポケットに突っ込んで、達哉はまっすぐ家に向かって歩き続けた。
 暴力事件を起こして停学になっても、声を荒げなかった両親だ。特に父、達郎に至っては、ひと言だって声さえ掛けてこなかった。
一方母、まさみは学校に呼び出され、それなりにオロオロ≠オていたが、だからと言って「どうしてくれ」とは言って来ない。
――結局あれだ……俺なんて、どうでもいいって、ことなんだよな……。
なんて感情が、達哉の気持ちをさらに両親から遠ざけた。
だから照明が点いていようと、そのまま誰が寝ていようと関係ない……絶対の自信でそう思っていたところが、すぐに大間違いだったと知らされる。
「おい! 達哉!」
玄関に入ってすぐだった。
リビングの方から声が聞こえて、彼は何事だろうとリビングの扉をゆっくり開けた。
するとすぐ、ソファーに座る二つの影が目に入る。
それが両親の姿だとすぐに知れ、
――なんだよ! いったいどうしたんだ!?
そんな心の声を叫んだ途端、視線の先に、あってはならないものが置かれているのに気が付いた。
どうして?――と思って数秒……あっという間に事の顛末が想像できた。
ソファーの前に置かれたテーブルに、見覚えのある紙巻き煙草とウイスキーのボトルが置かれている。煙草の方は貰い物だが、ウイスキーについてはちゃんと自分で買ったものだ。
それがリビングにあるってことは、誰かが勝手に達哉の部屋から持ち出したってことになる。なんでだよ!――と、一瞬頭に血が昇ったが、
――どっちにしたって、関係ねえさ……。
 すぐにどうでもいいと思い直して、彼はそのままテーブル目指して歩いていった。
それからさっさと煙草とウイスキーを手に取って、両親に背を向け、さっさと二階へ向かおうとした時だった。
「ちょっと待て……」
 久しぶりに聞く父親の声に、自分でも驚くくらいにドキッとしていた。
「黙ってないで、なんとか言ったらどうなんだ?」
 ここでやっと平静を取り戻し、背を向けたまま彼はやっぱり思うのだ。
 ――お前には、関係ねえだろうよ!
 その次の瞬間、背中にガツンと衝撃があった。
思わず彼はよろめいて、壁に右手をついてなんとか体勢を整える。と同時に、左っ側で抱えていたウイスキーのボトルが滑り落ち、床に激突してドシンと大きな音を立てた。
「何すんだよ!」
「何すんだじゃないだろう! そう言いたいのはこっちの方だぞ!」
 達郎がすぐ後ろに立っていて、振り向いた達哉の目の前に顔がある。
「だからなんだって言ってんだよ! 痛えなあ! 背中叩いてんじゃねえよ!」
「おまえは……ホント、どうしちまったんだ……」
「どうもこうもねえだろう? 俺が何を吸おうが、何を飲もうが、お宅らには関係ねえだろうよ! くそっ! バットがくしゃくしゃになっちまったじゃねえか!」
「高校生のくせして煙草なんか吸って! 関係ないわけないだろうが! 馬鹿なことを言うな! 」
「ああそうだよ! 俺は馬鹿だよ、そんなことも知らねえのか!? なんだったら、こんな馬鹿野郎な息子はよ、とっとと死んで、いなくなってやろうかあ!?」
 そう言い終わった時突然、達郎の表情が大きく揺れた。
 その顔から怒りの色がスッと消えて、まるで無表情って印象になる。
 だから達哉は思ったのだった。
 ――ちょろい、もんだな……。
 そうして、自ら握りつぶしてしまったゴールデンバット≠、あろうことか……心配そうにしているまさみ目掛けて投げ付けるのだ。
「こんなもん、もう吸えねえよ!」
 そんな捨て台詞を吐きながら、手のひらにあった塊を力一杯投げつけた。
その直前、まさみの視線は達郎の方を向いている。ほんのチラッと見たせいで、彼女は飛んできた塊に気付かなかった。
それが達哉の声に驚いて、視線を向けたところに直撃だ。
「痛い!」
 まさみがくぐもった声を出し、顔に手を当てうずくまる。
「お前! お母さんに何やってるんだ!」
「うるせい! てめえらが悪いんだろうが!!」
 達哉は達郎を睨みつけ、無表情だった達郎の顔にも怒りの色が舞い戻る。
 ここで更なる一撃でもあれば、達哉のイラつきも少しは違っていたのだろう。
しかし達哉の怒号を無視するように、達郎はさっさとまさみの側へと駆け寄った。
「どこだ、どこに当たったんだ? いいから、いいから見せなさい!」
 そんな父親の声を聞きながら、達哉はウイスキーのボトルを拾い上げ、その時チラッとまゆみの方に目を向けた。
 ――嘘……だろ?
 たかが煙草で、どうしてそんなことになる!? そう思ったところで、目の前にある光景はどう考えたって現実だ。
 まさみが覆っていた両手を離し、その顔を達郎へと向けていた。その右目が真っ赤になって、涙袋までが赤く染まって見えるのだ。
 一瞬、喉がクーっと鳴って、身体がズシンと沈み込むような感じになった。
 達哉はそんな状態を振り切るように、右手拳を振り上げて、目の前にある壁に向かって打ち付ける。
 ボコン!――と、凄い音がした。
不思議なくらい簡単に、壁に握り拳が減り込んでしまった。
 それからリビングを飛び出して、まるで逃げ出すように玄関から表に飛び出す。「くそっ!」だの「ばかやろう」だのと呟きながら、達哉は暗い夜道をただただ走った。
ところが五分も走ったところで息も絶え絶えとなり、膝に両手をついて立ち止まってしまうのだ。そのまま地べたに座り込み、そこでやっとさっきの出来事に思いが及んだ。
 ――煙草くらいで、なんであんなのことになるんだよ!
 我ながら、驚くくらいに困惑していた。
 何があったって涼しい顔だった父親が、喫煙くらいで怒り出し、それに加えてまさみの顔だ。瞳なんかわからないくらいに真っ赤っかに染まって、
 ――あれは……血が出てたってことだよ、な……?
 まるでゾンビ映画に出てくる死人のような眼球で、どう見たって大ごと≠セって印象だった。
「くそっ!」
誰に言うでもなくそう呟いて、彼はそこでようやく周りの風景に目を向けた。
するといきなり目の前だった。 
電信柱のちょっと先……二、三メートル前方に黒い塊があるのが見える。
コートか何かを着込んだ男が背中を丸め、地べたに這いつくばっている。それは普段の彼ならなんて事ない……横目で眺める程度の光景なのだ。
たまたま目にしたってだけで、こんな光景はどこにだって転がっている。達哉はいつものようにそう思い、男から視線を外して立ち上がる。それからゆっくり歩き出し、すぐに彼の視界から男の姿も消え失せた。
ところが十メートルも歩いたところで、達哉の歩みがピタッと止まった。
T字路の少し手前で立ち止まり、彼はいきなり振り返るのだ。それから元来た道をゆっくり戻り、うずくまる男の前で立ち止まる。
暫し男のことをじっと見つめて、達哉はようやく声にした。
「おい、どうしたんだよ……どっか、痛えのか?」
 しかし男からの返事はまるでなく、達哉は男の背中をチョコンと押した。
 すると触れた背中がビクッと動いた。それから目覚めたばかりのように伸びをして、男は「ふわ〜」と大あくびをしてみせる。そうしてゆっくり上半身が起き上がり、男が達哉を見上げてなんとも言えない笑顔を向けた。
 その時、達哉は瞬時に思うのだ。
――こいつ! どっかで見たことがある!
と思うが早いか、あっという間にしまい込まれた記憶が思い浮かんだ。
薄汚れたコートに白毛混じりの長い髪。そしてなんと言っても、ゲジゲジ眉毛の中央にある大きなホクロは忘れようたって忘れられない。
「お前、あの時のジジイ……」
「ほう、覚えていてくれましたか?」
「こんなところで何してるんだ? くそっ、なんでお前が……」
 ――ここにいるんだよ!!
そう思うと同時に、彼は正座する老人に向けて、足を思いっきり蹴り込もうとした。
その瞬間、老人の顔が目に入る。目を細め、眩しそうに達哉を見上げるその顔が、微かに笑っていたのである。
その時不意に、まさみの顔が思い浮かんだ。
まるで似つかぬシワクチャの顔に母親の笑顔が重なって、彼の足先は地面を擦ったところで動きを止めた。
――もしも、蹴り上げたせいで大怪我したら? 
突然、血だらけの眼球を思い出し、なぜかそんな恐怖に襲われたのだ。
すると一気にムカつきの感情が消え失せる。
「お前なんかな、とっとと、どこかで死んじまえって!」
 それでも捨て台詞のようにそう言い放ち、達哉はいきなり踵を返して走り出した。
 一気にT字路まで走り切って、そのまま右の道へとカーブを切った時だった。
その瞬間、まるで爆音のような音が響き渡った。
「え?」と思って反対を向くと、すぐ目の前にまで大きなダンプが迫っている。
 ――ああ、クラクションだったんだ
 妙に冷静にそう思え、そんなのと同時にブレーキ音が耳に届いた。


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