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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第28回   第3章 〜 4 本間千尋と
第3章 〜 4 本間千尋と



「あのさ、ここって、なんというお店だか知ってる?」
「知ってますよ、おおやま≠ナしょ? でっかい看板、表にあったし」
「違うんだなあ〜 大山って書いて、だいせん≠チて読むんです〜」
「へえ〜そうなんだ、でも、ほとんどの人は、おおやま≠セって思ってると思うけど、だいたい、だいせんって何よって、感じじゃないかな……」
「え〜そうなのかな〜 大山だよ? 鳥取のさ、有名な山。大山どりとか言うじゃない?
結構有名だって思うけど」
「それは確かにそうだけど……でも、だいせん≠チてのが山ってのは、僕も知らなかったから」
「ふ〜ん、そうなの? それは、残念無念だな〜」
 などと言って、彼女は生ビールのお代わりを注文する。
 待ち合わせは夕方の五時だった。
ところが達哉の方が一時間近くも遅れ、本間千尋はビールのジョッキをほぼほぼ全部飲み干していた。顔は真っ赤で、彼が現れるや否や、店の名前についてを言い出したのだ。
「知ってる? ここってね、アルバイトは、生ビールは百円、料理はなんでも半額なんだよ」
 そう言って、笑顔を見せてくるのは有り難かったが、あんまり酔われてしまっても困るのだ。
だからさっさと本題に入ろうとするが、千尋がそれを許さなかった。
 自分の生まれはどこで、両親の反対を押し切って、東京の大学に通い始めたのが今年の春から。それでも学費は親頼み……だから、仕送りなんて期待してなかったのに、アパートの家賃代にプラスちょっとが毎月ちゃんと送られてくる。
 これにはけっこう感動したんだと、なんとも神妙な感じで言ってきた。
それでも当然、それだけでは生活していけないから、
「だからわたしはね、一生懸命バイトして、勉強もね、頑張っちゃうんだ!」
 そう言って、そこで千尋は達哉の顔をジッと見つめる。
「あなたってさ、わたしと学校一緒でしょ? 学部はさ、違うんだろうけどね……」
「え? 学校って、大学のこと?」
「うん、あなたのお母さんがさ、上慶大学のお友達かしらって、言ってたから……」
 電話口に出たまさみの声が、千尋には妙に若々しい感じに聞こえたらしい。
 ――え? うそ、女が出た……。 
 てっきり本人が出ると思っていたせいで、一瞬、言うべき言葉を失ってしまった。
「どなたですか?」という声に、千尋はてっきり達哉の彼女だと勘違いする。
 すると急に、電話した自分が大間抜け≠ノ思えて、
「えっとね、いるんでしょ? そこに……さっさとそいつを出してちょうだい」
 などと、まさしくつっけんどん≠ノ返してしまうが、母親であるまさみ≠ヘただただ言葉通りに受け取った。
だから素直に千尋に向けても声にする。
「えっと、主人じゃないですよね? もしかして、上慶大学のお友達かしら?」
 ――え? 上慶? お友達?
その瞬間、自分の大ポカに気が付いて、千尋は慌てて説明してしまった。
 そちらの御子息が、本日自分のアパートまでやってきて、電話番号の書いたメモを置いていった。自分は彼の言付け通りに電話しただけだから……と、声にしたところで、
「少々、お待ちくださいね……」
 そんな声を残し、まさみは電話口から離れていった。
 ただとにかく、実家暮らしでおんなじ大学に通っている。
 それだけで、ずいぶん安心したんだと千尋は達哉に打ち明けた。
「でね、血液型を聞きにさ、わたし昨日、彼の部屋に行ったわよ。で、いきなり血液型を教えてって訳にはいかないでしょ? だからまあ、いろんな話をしてね、そうしてから聞いたのよ、血液型は、なにってね……。でもさ、実は知らないって彼が言うのよ。お母さんのは知ってるんだって、でもね、自分のは正直分からないって……でね、逆に、どうしてそんなこと聞くのって聞かれちゃったから、誤魔化すのに、正直ずいぶん苦労しちゃったわ……」
 母親が入院し、血液型のことはその頃何度も耳にした。
だから母親がB型だってことに間違いない。ところが自分の方は小さい頃に聞いたような気もするが、ぜんぜん思い出せないと言って、彼は千尋を見つめて笑顔を見せた。
「だから結局、どうなんだかまだ分からない。でも、あなた、言ってたわよね、彼のお母さんの名前、天野、由美子さんって……お父さんの行方不明もそうだけど、どうして、そんなことまで知ってるの?」
母親の方はB型で間違いなかった。
 そして翔太の方も、いずれ交通事故を起こして血液型を知ることになる。
「実は、彼の父親だって名乗り出るやつは、あの店にいるマスターなんだ。彼が借金を抱えていて、その借金を肩代わりさせようとして……」
「ちょっと待ってよ! そんなことより先に、どうしていろいろと知っているのかを教えてよ、すべてはそれからだって!」
 口に運んでいたジョッキを勢いよく置いて、千尋がいきなり達哉の言葉を遮った。それから両腕をテーブルの上で組み、顎をその上にドカンと乗せる。
「それからね、未来が見えるとか、予知能力があるとか言っちゃうのはやめて頂戴ね。こっちはちゃんと聞こうってんだからさ、そっちもおチャラケ≠ネしで話してちょうだいね!」
 本間千尋は上目遣いに達哉を見つめ、言い終わった途端広角を上げた。
 ――僕は彼の未来を知っている。
 ――どうしてだかは言えないけれど、とにかく信用して欲しい。
 これでなんとか押し切ろうだなんて、この瞬間に無理だと悟った。
 ――じゃあ、どうしたらいい?
 そう思いつつ、ただただ千尋を見つめて押し黙る。
「なに? もしかして本当に、予知能力があるとかって、そんな話なの?」
 スッと千尋の顔から力が抜けて、落胆、失望って心の動きが見て取れる。
 ここでやっとこ……覚悟が決まった。
 達哉は突然立ち上がり、「いきなりなに?」って顔する千尋に向けて、
「ちょっと、トイレに行ってくる。戻ってきたら、ぜんぶ、洗いざらい話すから、ちょっと待っててください」
 そう言ってから、居酒屋のトイレに駆け込んだ。
 肩に掛けっぱなしだったバッグの中を弄って、ゴチャゴチャの中からノートを探す。
 ――あった……。
 万一のために、なんて思って入れておいたノートを取り出し、達哉は再び千尋の元に戻っていった。黙ったままノートを差し出し、千尋がノートを手に取ってやっと、彼は泡が消え去ったビールをひと口ゴクンと飲んだのだ。
 そうして再び千尋の方に目をやって、彼は不思議な光景を目の当たりにする。
 ――そこじゃないよ!
 まずはそう思って、そのまま声にしかけた時だ。
 ――ん? 何か、書いてあるのか?
 必死に何かを読んでいる。
 それもノートの真ん中辺り。
 ――あれは、最後のページに書いてあった筈だ。
 そしてそこ以外には、なんにも書かれていなかった……。
 ――俺はちゃんと、前の方のページだって、確認、した……よな?
 そんなことを次々思って、それでも何も言えずに見ていると、なんと千尋がさらにページを一枚捲った。
 となれば、そこには何かが書かれてる? だからって、「何が書いてある?」とも聞けないし、達哉の心は焦りに焦ってしまうのだった。
 ただただジッと彼女を見つめて、そのまま三分くらいが経った頃、千尋は結局五回もノートを捲っていた。
 そうして勢いよくパタンとノートを閉じて、彼女は静かな声を出したのだ。
「これってさ、いったい何? もし、ジョークとかのつもりだったら、わたし絶対、あなたを許さない……」
 そう告げて、視線をゆっくり達哉へ向けた。
 だから慌ててノートを手にして、達哉は千尋が見ていた辺り目を向けた。
 ――なんだよ! これって……?
 ノートの最初から、十数ページ捲った先に文字がびっしり並んでいた。
 そこから六ページに渡っていて、どう見たって天野翔太の書いたものだ。
 あの日、ノートに書かれた彼の言葉を読んだ後、確か達哉は一回ノートを閉じたのだ。
 ――それでノートをひっくり返して、最初の方のページをちゃんと確認した筈だ。
 それでもきっと、一ページか二ページ見ただけでさっさとノートを閉じたのか?
 ところがそれより先に、天野翔太は更なる何かを書いたのだ。
 ――何を、書いたんだ……?
 そんな疑問が当然浮かぶが、視界の隅っこに映っている顔がより気になった。だからとにかくノートを閉じて、見せたかったページを開いて千尋の前に差し出した。
すると彼女は即行ノートを手に取って、息を潜めて開かれたページに目を向ける。

藤木達哉 様

最後の最後で、最高の時間をプレゼントされた気分です
あなたが戻って来るのかは分かりませんが、とにかく、心から感謝いたします
ご両親を、大切にしてくださいね
本当に、ありがとうございました=@       天野翔太


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