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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第23回   第2章 〜 4 真実
 4 真実



「ふざけるな! バカ野郎!!」
 涙がポロポロ溢れ出て、何度もおんなじ言葉を叫び続けた。
 きっとあいつは今頃、スキップでもしながらどこかの夜道を歩いている……そんな想像が次から次へと現れて、彼の言葉はさらに毒気を帯びていくのだ。
「山代てめえ! この野郎!」
「地獄に、堕ちやがれ!」
「今度会ったら、絶対、殺してやるぞ!」
 ――殺してやるぞ!
 確かに、翔太はそんな言葉叫びまくった。
 借金を押し付けただけじゃなく、なけなしの金まで持ち去ったのだ。だから多少うるさかったくらいでガタガタ言うな……と、いきなり現れた来訪者に向け、実際そんな感じに思っていたのだ。
 返済する金がなくなってしまった。だから最短で金を工面しようと、ひと月間だけ住み込みで、彼は地方の現場に出稼ぎに出た。
ひと月で、ふた月分を稼ぐのだから、そこそこハードには違いない。
それでもこうする以外道がないから、彼は「DEZOLVE」のオーナーに頼み込んで休みを貰い、着の身着のまま信州の山へと出掛けていった。
 そうしてひと月後、彼がアパートに戻ってみると、すぐに刑事が訪ねてくるのだ。
「山代勇さんを、ご存知ですよね?」
 いきなりそんなことを聞いてきて、
「ひと月ほど前に、ずいぶんと大声を出されていたようですが……」
 ――山代さんと、何かあったんですか?
 この後は、何を言っても信じているのか……いないのか? とにかく刑事は薄笑いを浮かべたままで、最後に驚く言葉を口にした。
「それで、つい殺してしまったと、いうことですかね?」
 開いた口が塞がらないまま、翔太は刑事に連れられ、いやいやアパートを後にする。それからずっとアパートへは戻れないまま、結局五年以上が経ってしまった。
 もしもあれがなけりゃ、借金だってもっと早く返せたろうし……。
 ――何から何まで、あの野郎のせいだ!
 殴り殺したいくらいに憎い相手は、すでにこの世にいなかった。
 もちろんあの日、翔太は絶対、殺してなどいない。
なのに山代の背中にはナイフが刺さり、彼の部屋からすぐのところ、なんとアパートの裏庭で発見された。死後三日が経っており、たまたま迷い込んだボールを取りに入った少年が発見し、大騒ぎとなっていたらしい。
 刺さっていたナイフは折り畳み式の登山用で、翔太が普段使っているもの。
だから指紋だってなんだって付いているし……、 
「借金を押し付けられて、なけなしの金まで盗まれちゃ、そりゃあ頭にも来るよなあ、そりゃあよ、殺したくもなるってもんだ、分かるよ、分かる!」
 取調べの刑事はそう言って、翔太の肩を叩いてからは打って変わって凄むのだ。
「だからよ、吐いちまえって! 窓から出ようがどうしようがだ! 自然に背中にナイフが刺さるなんてことが、この世にあるわけないんだからよ!」
それからも、何を訴えたって信用されず、天野翔太は殺人罪≠ナ起訴される。
結果、懲役十年という刑が確定。
それでも彼は腐ることなく刑期を務め、模範囚として五年とちょっとで出所することができたのだった。
そうして借金を返し終え、あっという間に癌に冒され、死んでしまう。最後の最後で愛する伴侶と巡り会うが、そんな出会いのお陰で、彼は驚きの真実を知ってしまった。
 
「O型って凄いんですよ!」
 そう言ってきたのは、かなり状態が厳しくなってきた頃だ。
痛みの方はモルヒネのお陰で楽にはなるが、体力の方はどうしようもない。
風呂に入るのもひと苦労で、翔太もいよいよ入院のことを覚悟し始めた頃だった。
突然、驚くよう事実を聞かされ、そんな馬鹿な! と、何度も何度も思ったが、
「あなた、これはね、本当のことなの……今はもう、一般の人だって知ってることよ。まあ昭和の時代に、どう思われていたかは、正直、知らないけど……」
そう言う妻の言葉はどう調べたって正しくて、つまりこれまでずっと、彼は騙され続けていたってことだ。
「だって、今は余程のことがないとしないでしょうけど、昔はね、他の血液型の人に輸血できたんですからね」
――どうして凄いのか? 
そう尋ねると、即行そんな答えが返ってきた。
「他の血液型じゃできない、ってことか……」
「そうよ、あなたはA型でしょ? だから、あなたは輸血できないけど、いざとなったらね、わたしはあなたに輸血して、ちゃんと助けてあげられるわ」 
だから血液型が違うってことは、カマキリ≠ニバッタ≠ュらいには、違う生き物って言えるんだと、真剣な顔で妻が翔太へ告げたのだった。
――血液型なんて、なんの影響も及ぼさない。
テレビ番組を観ていて、そんなコメントにいきなり反応したのが妻だった。
 そして真相がどうであろうと構わなかったが、彼もそんな妻の反応にポツリと返した。
「そう言えば、俺の父親ってのも、確か、O型だったな……」
「そうなんだ、じゃあ、お母様がA型なのね?」
「いや、A型じゃないな……お袋は確か、B型だったよ」
「え? 嘘よ、それじゃあ、A型のあなたは生まれてこないわ」
 そこで急に笑顔になって、
「A型ってのが、違ってるんじゃない?」
「いや、病院で胃癌の検査を何度もしたしね、こればっかりは、間違いじゃないよ」
「じゃあ、あれよ、ご両親のどちらかが違うのよ。昔はね、結構いい加減に覚えていたらしいもの、血液型……」
 そこで間違いないって理由を話して聞かせ、
「いくらなんでも、母子手帳への記載は間違えないだろうし、父親の方もね、こっちも間違いようがないんだよ。亡くなった時にね、色々と、あったから……」
そして彼は、逆に妻へと尋ね返した。
「その、A型が生まれないってのは、絶対なの? なんパーセントとかは、そんなこともあるとかさ、あるんじゃない?」
 そう言葉にすると、彼女は少し考えるように横を向き、視線を逸らしたままで呟くように声にした。
「わたしの元夫ってね、医者、というか、大学病院の研究員だったのね……」
 そこで再び翔太を見据え、だから結婚した頃は、様々なウンチク≠暇さえあれば聞かされたんだと続け、ほんの少しだけ口角を上げた。
「一応ね、血液が専門だったから。短い結婚生活だったけど、わたしもその辺に関しては医者並ってくらいに詳しいわ」
B型とO型の両親からは、決してA型、AB型の子供は生まれない。
「ごめんなさい。でも、これって、本当のことなのよ」
 黙り込んでしまった翔太に向けて、彼女は言い方を変え、それが真実なんだと訴えた。
「もし、ご両親の血液型に間違いがないならば……きっと、ご両親のどちらかが、違うってことなんだと思うわ……」
 ――もしもそれが、父親の方だったなら?
そう考えるだけで可笑しくて、なぜだか涙が溢れ出た。
大声出して笑っていたが、目から涙が次から次へと流れ出る。
 何をどう考えようが、そう思うしかないからだ。借金も、殺人犯という濡れ衣も、すべてが意味ないものだった。
 ――あいつが父親じゃないのなら、俺はいったい、なんのために……?
 悔しくて、情けないほど腹が立ったが、今となってはどうしようもなかった。だからさっさと忘れてしまって、残り少ない時間を、楽しいものにしていきたい。
 翔太は無理矢理そう考えて、血液型の話を頭の隅へと追いやったのだ。


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