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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第22回   第2章 〜 3 決意
 3 決意



「おい、ちょっといいか?」
 そんな声が聞こえて、達哉は慌てて声にしたのだ。
「あ、ああ、どうぞ……」
 以前の彼なら確実に、シカト以外はなかったろう。
しかし母親の態度などから推察するに、
 ――きっと親父とも、うまくやってたんだろうな……。
 そう考えて、いつか来るだろうご対面≠、彼はドキドキしながら待とうと思った。
 ところが戻ったその夜に、いきなり部屋にまで現れて、驚きの言葉を掛けてくる。
「今度、いつ行けるんだ?」
「え? 行けるって……?」
「なんだ、忘れちゃったのか? 約束しただろう……ゴルフだよ。今度はな、ちゃんと打ちっ放しに行って、練習していくからな、覚悟しておけよ!」
 たったこれだけ告げて、父、浩一は彼の部屋から立ち去った。
 ――なんだ、忘れちゃったのか?
 ――今度はな……?
 ――覚悟しておけよ!
 まさしく、驚くような言葉ばかりだ。
 大っ嫌いだった父親までが、達哉と仲良くなっている。
 ただの不良≠セったってだけじゃない。母親――父にとっての連れ合い――の、これまた大事な片目を失明させた……ってのにだ。
 ――何を、いったいどうしたら……?
 いくら考えたって、今の達哉に分かる筈がなかった。
 ただそんなのは、両親に限ってのことじゃない。大学からの帰り道、商店街で何人もの他人に声を掛けられ、達哉は驚きの事実をいくつも知るのだ。
「お! 今日は素通りしてくれるのか? 珍しいじゃんか!」
 なんて言ってきたのは、酒屋のクセにアル中だっていうどうしようもない二代目だ。
 そしてもちろん、なんのことだか分からないから、達哉は振り向いてもしばらく声の主をジッと見つめた。するといきなり手を振ってきて、
「タッちゃん! 違うって! 呑んでないって! 俺、呑んでねえのにさ、ぜんぜん入ってこないで、そのまま行っちゃおうとするから、だからさ、声掛けただけだって!」
 そう言ってから、頭をクシャクシャっと掻いて、顔までクシャッと笑顔になった。
 それからも、八百屋の親父や焼き鳥屋のおばちゃん、そしてさらに、魚屋の大将の言葉には驚き過ぎて呆然となった。
「おおい! 達ちゃんよ! なあ、最近は作ってないのかい? どうよこれ! いいぶり≠ェ入ってるぜ!」
 突然、どこからか声が聞こえて、達哉が辺りをキョロキョロすると、
「おいおい、ここだって、どこ見てやがんだよ! まったく! 相変わらずお前さんってやつは、トコトン笑わせてくれるね〜」
 男は魚屋の端っこで、ビールケースに腰を掛け、タバコをプカプカやっている。
「俺はさ、客がいなけりゃよ、いつだってここでしょうが〜」
さらにそう言ってから、ジッと達哉を見つめ、一旦クイっと首を傾げる。それからスックと立ち上がり、打って変わって戯けた感じで言ったのだった。
「まさかあれか? またよ! 記憶喪失ってんじゃ、ねえだろうな?」
 これには本当に驚いて、目を見開いて固まってしまった。
「おいおい、冗談だろ? 本当に? 俺のこと、忘れちまったのか?」
 そう言いながら、男は達哉に近付いて、彼の頭をあっちこっちから眺め始める。
「う〜ん、どうにもなってないけどよ、おい、どうなんだ? 自分の名前、ちゃんと言えるかい?」
 そこではっきり飲み込めた。
 ――二年前、彼もここで、何かを言われたんだ。
 そう思うと同時に、達哉もしっかり声にした。
「達哉です、藤木達哉……名前はね、覚えてるんですけど……」
 すると男は目を丸くして、
「おいおい、勘弁してくれよ〜 ホントかい? う〜ん……参っちまうな〜」
 そんな言葉を投げ掛けてから、男はついて来い≠ニいう仕草を見せて、さっさと店から離れていった。
 達哉が付いていくと、男は三軒隣にあった焼き鳥屋、児玉亭≠ノ入り込み、
「正一! 開店前なのに悪い! ビール一本とグラス二つ!」
 大きな声でそう言って、そこに座れ≠ニ四人がけテーブルを指さした。
 そうして結果、彼のお陰でいろんなことが知れるのだ。
 男は魚屋の大将で、なんと達哉の父、藤木達郎と小学校の同級生だった。
「おりゃあよ! お前が変わってくれて、本当に嬉しかったんだぜ!」
 大将の方は昔から、達哉のことを知っていた。そして中学くらいから、彼がどんどんおかしくなっていくのをずっと心配していたらしいのだ。
 そうしてある日、商店街をフラフラ歩いている達哉を見掛ける。
「なんかよ、気が付いたら、道路に寝転んでたって言ってたぜ? 頭におっきなコブができててさ……で、今度も車か? それともまさか、喧嘩ってわけじゃ、ないんだろう?」
 そして達哉もそうしたように、彼も記憶喪失のフリをした……。
 ただとにかく、日に日にこの街に溶け込んでいき、本来の時代でもそうだったようにみんなに好かれていったのだろう。
「まあよ、普通にしてりゃいいんじゃないの? 何か言われたら、うんうんと言っとけばいいんだよ。そうすりゃさ、大抵のこたあ〜うまくいくって!」
 なぜだかいきなり、事故に遭った以降の記憶が消えて、逆にそれ以前の記憶が舞い戻った。そんな大嘘を信じ込み、大将はそう言ってから、さも嬉しそうに親指を立てた。
 達哉になった彼だって、きっと最初は驚いただろう。
あのT字路で目が覚めてから、訳がわからず困惑しながらこの辺りまで来て、やっぱりここの大将に救われたのか? それからだって、きっと天野翔太だった達哉以上に難しい問題が山積みだった筈なのだ。
それでも置かれた状況の中、長い人生経験を生かして必死になって頑張った。
母、まさみが入院したから家事全般を担当し、さらに退院してからも、失った目に慣れるまでずっと料理を作ったらしい。
だから毎日のように、彼はこの商店街で買い物をした。
そうするうちに商店街の連中とも親しくなって、様々な出来事にも関わっていくようになったのだ。
 酒屋の二代目が酒を絶ったのも、彼の働きがあったからで、
「だってよ、まさに高校生離れしてたかんな、やる事なすこと、あんたはさ……」
 そう言う魚屋の大将も、何やら達哉への恩義を、かなり感じちゃってるらしいのだ。
 そうして結局、勧められたぶり≠買い、ぶり大根の作り方まで教えて貰った。だからその夜は、達哉お手製のぶり大根で、初めての割にはなかなかうまくはできたと思う。
「達ちゃんのお料理、久しぶりだわ……」
 そう言って嬉しそうに微笑むまさみを前に、彼は心の中で呟いたのだ。
 ――ごめんよ、母さん……。
 実際、声にもしたかったが、大将から聞いた話がそんな思いを封じ込めた。
達哉だった彼の奮闘ぶりを思えば、
 ――きっと、散々謝ってくれただろうから……。
 そんなことが、安易に想像できたのだった。
彼は達哉の代わりに、何から何まで一生懸命やってくれた。俺がどう思おうと、とにかくすべてが、以前よりも断然いいに決まっている。
 これからが、どうなっていくかは別として……、
 ――俺が大学生、だもんな……。
 そんな事実に感謝しないでいられるほどに、達哉も以前通りの達哉じゃなかった。
 そういう意味で、あの二年間は辛いものではあったのだが、ありがたい時間だったと言うこともできる。しかし一方、天野翔太に戻った方は、
 ――今頃きっと、天国だ……。
 こっちで意識を失ったまま、目覚めることなく……病院のベッドで死に絶えた?
 ――俺は確かに、死んだんだよな?
 末期の癌で、息も絶え絶えだったから、きっと死んだと思っていたが、
 ――もしも、まだ死んでいなかったなら……?
 あっちにいって、最後の最後でまたまた苦しい思いをする羽目に?
 そんなことを考えていると、フッと思いがけない考えが浮かんだ。
 もしも翔太だった時に、あっちの世界で探していれば、還暦近い自分だってきっとどこかにいただろう。
――じゃあこの時代なら、あいつもどこかにいる筈だ! 
 未来だってだけで、おんなじ地球で日本でのことだ。あそこがパラレルワールドだってことなら話は違うが、この時代でだってきっとどこかで生きている。
「あっちで六十一歳だったから、今なら……えっと、何年だ?」
声に出してそう言って、彼は指を折りつつ、やはり口にしながら考えた。
「三十九年前……だから、今ならいくつだ? えっと、六十一から四十引いて、一を足すと……」
 そうして思い浮かんだ年齢に、彼は少なからずの驚きを思える。
――二十二歳だ!
 たった三つしか違わない彼が、この時代のどこかできっと……。
 ――今も、生きているんだ!
一気に気持ちが昂り、
――助けなきゃ!
 彼を救えるのは自分しかいないと、ここぞとばかりに思うのだった。


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