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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第21回   第2章 〜 2  変化(3)
2  変化(3)



初めて見掛けてからすでに、一年近く経っていた。そんな日に、彼は由依美と同じ電車に乗って、なんと彼女と一緒の駅で降りたのだった。
 彼が降りようとするのを知って、由依美は慌てて動きを止めた。
 ――尾いて、行こう!
 咄嗟に決めて、彼がホームに降り立ってから、彼女もゆっくり出口に向かう。
 ドキドキしたが、最初はそれでも順調だった。
彼が向かった目黒通りは、幸い何度も通ったことがある。それに不思議なくらいゆっくりだから、見失う心配もぜんぜんなかった。
 ところが住宅街に入ってからは、さすがに緊張感が増してくる。それでも周りに視線を向けながら、歩みはやっぱりゆっくりなのだ。
 ――もしかして、ただのお散歩?
 なんて思いたくなるくらい、彼は辺りをキョロキョロしながら歩いている。そして何度目かの角を曲がって、彼の姿がいっ時見えなくなった時だ。
 何気なく、ただなんとなく……目尻を人差し指で、ちょこんと引っ掻いたのだ。
痒かったのか? 今となっては覚えていないが、とにかく咄嗟に声が出で、由依美はその場で固まってしまった。
いきなりガチャ目になっていて、慌てて左右の目をパチパチしてみる。
――ヒエっ! ウッソ〜!
右目がぜんぜんボケボケで、コンタクトレンズが目から勝手に飛び出していた。
この瞬間に彼を追うことは諦めて、泣く泣く地面にしゃがみ込む。
いくらなんでもスルーは無理だし、
――やっぱり、ソフトにしとけばよかったわ!
歴史がまだ浅いからと、ハードにしてしまった自分を恨んだところで仕方がない。だからさっさと見つけて追い掛けようと、左目だけで必死に地面を睨み付けた。
ところがそれからすぐだった。まるで想定外の出来事で、ある意味これ以上ないってくらいの幸運だ。
きっと、咄嗟の声が聞こえたのだろう。
「うわっ!」だったか、「ぎゃっ!」だったのか、とにかく叫び声が耳に届いて、彼は何かがあったと思ってくれた。そうして由依美の元に駆け付けて、地べたを見つめる彼女に向けて声にする。
「何か、落としたんですか?」
それから一緒に探してくれて、暗くなって別れるまでに、彼の方からいろんな話をしてくれた。
普段は学校の図書館で、閉館ギリギリまで勉強してから帰ることにしている。
そうなると八時過ぎの電車になるが、今日はちょっとした用事があったから早めに切り上げ、ひと駅手前で降り立った。
「ちょっと確認したいことがって、ま、大したことじゃないんだけどね……」
 ――用事ってなんですか? 
そんな由依美の問い掛けに、彼はそう言って、笑いながら住宅街の奥へと消えた。
それからは、顔を合わせば挨拶するし、日に日に会話する時間も増えていく。
そうなると、一気に気持ちが傾いた。
きっと彼の方だってまんざら≠カゃない。
そんな気持ちを抑えきれずに、由依美はいよいよ清水の舞台≠ゥら飛び降りたのだ。
――付き合って欲しい
帰りの電車で待ち合わせ、現れた彼にホームで必死にそう声にした。
しかし彼の答えは予想外のもので、由依美はそれから、彼と出会さないよう電車の時間も変えたのだった。

「だから、ちゃんと待ってたんです! 藤木さんが、合格するのを、わたし、待ってたんですよ!」 
 大学入試のことだけで、今の自分は手一杯だから、合格するまで待っていて欲しい。
「なのに、いつまで経っても電車に乗って来ないから、わたし、ずっと待っていたのに、ぜんぜん現れない! わたしがコンタクト落とした日って、去年の五月二十日ですよ! それからもう、一年以上、経っちゃってるし……」
 ――合格したら、いつもの電車で声を掛けるから……。
達哉だった彼はそう言って、彼女のことを遠ざけた。そして受験に合格しても、彼は彼女の前に現れようとはしなかった。
五月の二十日に、わざわざ寄るところがあるんだとすれば、
――きっと、あのT字路だ……。
だから暗くなるまで探すのを手伝って、あそこで何かが起きるのを彼は待った。そうしてさらに一年が過ぎ去り、とうとうこの世界から消え去ってしまった。
――もしかして、そうなることを、彼は知っていたのか?
だから彼女の前には現れず、忘れてくれることをただただ願った。
そんな想像が正しかったとしても、今この瞬間にはなんの役にも立ちゃしない。
――どうしよう?
そうして思い付いたのは、やっぱり事故のせいにしちゃうってことだ。
ここまでを、あっという間に頭の中で整理して、やっと言葉にしようとした時だった。
「付き合う気がないなら、今ここで、はっきりそう言ってください!」
いきなり視線を彼から外し、彼女は強い口調でそう言った。と同時に、揺らめいていた涙が溢れ出て、頬を伝って喉元までを一気に濡らす。
この瞬間、ハッキリ言ってジン≠ニ来た。
――付き合う気がない!? ないわけないじゃん!
一気にそんな気持ちが溢れ出て、
――どうする? どうしたらいい?
このまま黙っているのは絶対まずい! だからとにかく、さっき思い付いた通りを口にして、彼女の反応を見ながら話していこうと即行決める。
もちろん本当は、今の自分にってことじゃない。
それでもだ。目の前には飛びっきりかわいい女の子がいて、この瞬間、その子が告げているのは正真正銘、達哉になのだ。
だから必死に演技して、さも辛そうに声にした。
「実は、大学入試のすぐ後に、事故に、遭ったんだ……」
 その瞬間、彼女の頭がビクンと揺れて、顔が一瞬ポワンとなった。
「事故自体は大したことなかったんだけどね、実は、その時に頭を打って、記憶が少し、抜け落ちちゃってさ、」
 ここ数年の記憶が消えたせいで、いろんなことに困っていると、達哉は苦笑いしながら告げたのだった。
「それじゃあ……わたしのことも?」
「うん、話したことがあるっていう記憶はあるんだ……でも、何を話したのかって聞かれるとね、なんとなくって言うか、ボケボケって感じ、かな……」
だから許して欲しいと頭を下げて、さらに思い切って声にした。
「で、高校三年生ってことはさ、今度はあなたが受験だよね?」
「はい、前にも言いましたけど、おんなじ大学に行きたいなって……」
「じゃあさ、今度はあなたの受験が終わるまで、僕が待つってことにしない? でさ、受かっていても、他の大学に決まったとしてもさ、その頃にまだ、僕と付き合うって気持ちに変わりがなければ……」
 来年の同じ日に、今日会った場所でまた会おう。約束だからと告げて、達哉は右手を彼女の方に差し出した。それからひと言ふた言、別れの言葉を一方的に告げ、達哉は彼女を置き去りにしてその場を離れることにした。
 結果、どこまで信じてくれたかはわからない。
 しかし実際、今の達哉が付き合ったってうまくいく筈ないし、
 ――どうせ、すぐにフラれちまうさ……。
 こんなふうに思えるってのも、天野翔太だった二年があってこそと、彼はつくづく思うのだった。
 そしてもしも一年経って、再び彼女が現れてくれたら――そんな可能性はないに等しいって気もするが――、その時こそしっかり彼女の気持ちに応えたい。
 ――その為にも、天野翔太に負けない男になってやる!
 不思議なくらい素直にそう思え、彼はそのまま授業も出ずに大学構内を後にした。


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