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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第12回   第1章 〜 4  山代勇(3)
4  山代勇(3)



三日間ほど胃の痛みが続き、その夜はあっという間に眠りに落ちる。胃痛も幸い起こらない。だからいつもと違って朝までぐっすりの筈だったのだ。
 なのにどうして目が覚めたのか? 
深い眠りから無理やり引き摺り出された印象で、正直目を開けるのも辛かった。
――今、何時なんだ?
そう思って布団から腕を出し、頭の上にある筈の目覚まし時計に手を伸ばす。
ところがそこには何もないのだ。
「あれ?」と思って、頭までかぶっていた布団から顔を出し、翔太が頭上に目を向けようとした時だった。
「えっ」と思わず声に出て、そこで慌てて上半身だけ跳ね起きた。
 暖房など付けずに寝ているから、当然部屋は冷え切っている。
 ところが寒いどころの騒ぎじゃなかった。
 部屋の中を風がピューピュー吹き抜けて、まるで表にいるようなのだ。
 ――どうしてだ?
 年を越し、まだ二月になったばかりという真冬の夜に、窓を開け放して眠る馬鹿などどこにもいない。
 なのにだ。窓が大きく開いていた。
 慌てて窓に近付いて、顔を表に出してみる。
もちろんそこには誰もおらず、雑草だらけの小さな庭があるだけだ。
外はまだ真っ暗で、となればさっさと寝てしまう以外にやることはない。夜空を眺めながらそう決めて、彼は開け放たれた窓を閉めようとした。
その瞬間、「ガタン」と後ろの方から音がする。
「えっ」と思って振り返り、辺りを見回そうとしたその時だ。
 いきなり何かが部屋の隅っこから飛び出した。そのまま翔太の目の前を通り過ぎ、玄関へと続く短い廊下に入り込む。
 そこでやっと、飛び出した何かが人間で、窓が開いていた理由が知れた。
 侵入者はあっという間に玄関口に到達し、内鍵を開けようと何やらガチャガチャやっている。翔太もすぐに玄関口まで走っていって、侵入者の背中に向けて大声を出した。
「お前は誰だ!」
 そう言って、明らかに男だって姿を凝視したのだ
 ところが男は反応なし。背中を向けたまま、鍵を開けようと悪戦苦闘しているようだ。
あまりに旧式過ぎる内鍵は、開けるのにちょっとしたコツがいる。そんなことに気が付いたのか、男はいきなり扉を開けることを諦めた。
下を向いている姿勢を崩さず、そのまま翔太に向かって突進したのだ。
 その時、侵入者の顔がチラッと見えた。
その驚きに、翔太は身構えたままその場で硬直。続いて「ドシン!」と衝撃があり、彼は真後ろにひっくり返ってしまうのだった。
 しこたま後頭部を畳に打ち付け、あまりの痛みに頭を抱えて動けない。
 その隙に侵入者は窓を開け、片足を必死に下枠に乗せた。
そのまま一気に外に出ようとしたのだろう。両手でしっかり窓枠を掴み、あとは残った足を蹴り上げ、身体ごと表へ飛び降りようという算段だ。
その時、もう片方の足の下には何かがあって、侵入者は気にすることなく力一杯踏み込んだのだ。「ガキッ」と鈍い音がして、足が微かに横滑りする。
もしもこの時、一瞬でも飛び降りることをためらっていれば、結果は少し違っていたのかも知れない。
しかし右足を下枠に乗せたまま、男は躊躇なく身体を窓の外へと放り出した。
 ところが左足は窓の下枠を越えられない。横滑りしたせいで踏ん張りが効かず、下枠を越えるどころか、畳から少し浮き上がっただけだった。
身体は縁を描いて窓の外へ落ちていき、いきなり「バタン」と大きな音がした。
その音に気が付き、やっと翔太は顔を上げる。後頭部を押さえつつ立ち上がり、恐る恐る窓の方を振り返るのだ。
すでに侵入者の姿はなくて、開け放たれた窓から冷たい風だけが入り込む。
凍えるように寒かった。
しかし皮膚から伝わる冷気より、より震えてしまう事実が彼を捉えて放さない。
侵入者が振り返った時、豆電球の微かな光が顔付きを照らし出していた。
その顔を見たせいで、後頭部の痛みと共に必死に思っていたのだった。
――嘘だ!
――どうしてだ?
――勘弁してくれよ!
脳裏に張り付いているその顔は、どう考えたって知った顔。
 部屋にいたのは山代だった。
 山代勇が翔太の部屋に忍び込み、慌てて窓から逃げ出していた。 
「山さん……」
 父親であろう男の名を呟いて、翔太はそこでやっと部屋の電気を点けたのだった。
 部屋は見事に荒らされていて、衣類やら何やらが所狭しと散らばっている。
 そんなのを見ても、もはや何も感じなかった。
 実の父親が息子の住まいに押し入って、金目のものを漁って逃げた。そんな現実にショックを受けて、翔太はただただその場に立ち尽くすのだ。
 ――どうせ、盗まれるものなんて、何もないんだから……。
 だから追い掛ける意味さえないと、彼は疑うことなくそう思う。
 ところがその日はそうじゃなかった。片付けは後にして寝てしまおうと、彼が再び布団に就こうとした時だ。
――まさか……?
脳裏に浮かんだ疑念を、翔太はしばし……微動だにせず考える。
――知ってる、筈がない!
「DEZOLVE」のことは、当然知っているだろう。
しかしもしも、もう一方の働き口まで嗅ぎ付けていたなら、
――俺を、尾けたのか?
 となれば、話は一気に変わってくるのだ。
 翔太は慌てて立ち上がり、正面にある壁まで走り寄った。
そこには昼間着ていたジャケットが掛けてあり、一見変わった様子は見られない。
 ――考え過ぎ、だったのか?
 彼はほんの少し「ホッ」として、ジャンパーの内ポケットへ手を伸ばす。
 ところだった。
何も、入っていないのだ。
 反対側にも手を突っ込んだ。
衣紋掛けからジャンパーを外し、あっちこっちを弄ってみる。
それでも何も出てこない。終いにはジャケットを上下左右に振り回してみるが、生地の擦れ合う音が聞こえてくるだけ……。
彼は「クソっ」と呟き、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。
バーの給料とは違って、日雇いの仕事は日払いが原則。それでも少しの無駄使いさえ防ごうと、彼は三ヶ月ごとの支給をわざわざ頼み込んでいた。
そうして手渡しされた三ヶ月分を、次の日にそのまま金融業者へ持っていく。
そんな日雇いの給料の日が、実は昨日だったのだ。
そこそこ厚い封筒を受け取り、それをジャンパーの内ポケットに押し込んだ。どうせまた着るジャンパーだから、次の日まで入れっぱなしにするのもいつものこと。
それをまんまと見つけ出し、山代はどんな顔して喜んだのか?
――クソっ! いい加減にしてくれよ!
まるで疫病神だった。望んでいた父親なんかじゃまるでなく、翔太を苦しめるために出現したとしか言いようがない。
「ふざけるな……ばか、やろう……」
 思わず、声になっていた。
「どうしてなんだ……え? どうしてだよ……?」
 そう呟きながら、彼はゆっくり窓際に近づいて、闇夜に向かって大声を上げる。
「ふざけるな! バカ野郎!!」
 涙がポロポロ溢れ出て、何度もおんなじ言葉を叫び続けた。
 きっと今頃、スキップでもしながらどこかの夜道を歩いている……そんな想像が次から次へと現れて、彼の言葉はさらに毒気を帯びていくのだ。
「山代てめえ! この野郎!」
「地獄に、堕ちやがれ!」
「今度会ったら、絶対殺してやるぞ!」


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