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作品名:アナザー・デイズ 1977 作者:杉内健二

第10回   第1章 〜 4  山代勇
4  山代勇



例えクソ味噌にヤラれても、笑ったことくらいは後悔させたい……。
翔太はただただ、そんなことだけを心に念じ、施設長と林田の二人を深夜の公園に呼び出した。
そこは荒井と最後に話した場所で、深夜なら人も滅多にやってはこない。
だから変な邪魔も入らないだろうなんて思っていたが、実際は最初から邪魔者だらけになっていた。
――生田絵里香の自殺した理由が分かりました。
そんな手紙を二人に手渡し、呼び出したところまではよかったが、まさかここまで大人数で来るとは思わなかった。
施設長と林田の他に、チンピラ風情の輩が五、六人もいる。
つまり七対一とか八対一だ。となれば荒井の話は何から何まで本当で、彼とおんなじ運命が、翔太にも待ち構えているってことだろう。
――ただで、やられてたまるか!
そう思った途端、施設長めがけて飛び込んでいた。少なくとも林田よりは、人質として使えるだろうと考えたのだが、そこんところが間違いだった。
まるで気にすることもなく、先頭にいたのが拳を振り上げ翔太に向かって突進する。
そこからは、実際ほとんど覚えていない。
身体が勝手に応戦し、五、六発はやられたろうが、相手に与えたダメージからすれば無視していいって感じだろう。気付けば残っているのは林田だけで、彼も足が動けば逃げ出していた筈だ。
多少は戦えると思っていたが、ここまでやれるとは正直思っていなかった。
中一で経験した屋上での一件から、彼は近所にある空手道場に通い始める。月謝は驚くくらいに安かった。施設から出る小遣いで足りたから、彼は必死に強くなろうと頑張ったのだ。
そうして中三の頃にはすでに、全国大会に出場するくらいになっている。
きっとタッパ≠煢e響してたと思うのだ。その頃には一メートル八十センチを超えていて、戦う相手を見下ろしながらのことだった。
だからと言って、実戦でここまで通用するとは思っちゃいない。実戦空手≠ニいう看板は、伊達じゃなかったってことだろう。
ただしきっと、これで向こうは本気になる。
そうなれば、ちょっと腕っぷしが強いくらいじゃ到底太刀打ちできないだろう。
ただこの瞬間は、翔太の前には林田以外誰もいない。
 ヒットした蹴りが彼の足首を砕いたらしく、地べたに這いつくばってああだこうだ≠ニ騒いでいるって有様だ。が、こうなってしまえば戯言∴ネ外の何物でもなかった。
 タダで済むと思うなよ……この借りは百倍にして返してやる……。
 きっと、本当のことなのだ。
 それでも今、この時は、そんな未来のことなどどうでもよかった。
 それから十分くらいして、翔太はひとり、深夜の公園を後にする。
 林田は完全に気を失っていた。死ぬなんてことはないだろうが、何ヶ月も入院生活を送ることにはなるだろう。散々股間を痛めつけたから、もしかしたら二度と使いものにならないかもしれない。
 すべては自業自得……という意味では、翔太にとっても同様だった。
 彼はそのまま施設に戻り、その夜は普通に過ごすことができた。
 ところが次の日、学校へ行こうと施設を出ると、門のところで刑事が二人待っている。
 チンピラの中には重傷者だっていたかもしれない。
 そうじゃなくても、かすり傷程度ってことはない。そんなのが五、六人となれば、何がどうあろうと過剰防衛にはなるだろう。
 ところが刑事が言うところには、林田への暴行容疑ってことだけなのだ。
 どうしてだかは知らないが、チンピラたちは黙して語らずだったらしい。
 ――きっと、自分たちで決着をつけるって、ことだろうな……。
 そんな覚悟を胸に抱いて、翔太はパトカーに乗り込んだのだ。
 それからすべてを正直に話し、そこから林田の悪行が白日の下に晒される。
 そんなことのお陰だろうが、幸い少年院には入らずに済んで、翔太はあっという間に釈放された。
 すべては、荒井の書き残したノートのお陰だ。
 彼のカバンを使うよう言われた同室の少年が、カバンの中のノートを発見。その驚きの内容に、彼は誰にも見せずにずっと隠し持っていた。
 そうして翔太が逮捕され、当然施設の関係者にも調査が入る。
 刑事がしてきた質問以上に、少年は一気にすべてを話し始めた。ノートに書かれていた内容を、林田に関わるすべてを刑事に伝えてしまうのだ。
 ――林田が乱暴したから施設の女の子が自殺した。
 ――だから天野翔太は、林田という悪人を成敗しようとしただけだ。
 だから彼は悪くないと、涙ながらに訴えたのだ。
 どうしてノートを見せなかったのかは分からない。
 ただその発言によって警察が本腰を入れ始め、そう時間かからずに林田への逮捕状が出ることになった。
 それでも出所後施設には戻れず、新聞販売店の寮に働きながら住むことになる。それから半年後、夜学の高校へも通い始め、誰より一生懸命勉学にも打ち込んだ。
 その後チンピラたちからは何もなく、彼は高校を卒業と同時に販売店を辞めた。小さな木造のアパートを借り、昼間はバイク便で小金を稼ぎ、夜は駅前のバー「DEZOLVE」でウエイターとして働いた。
 翔太は二十二歳になっていて、店の雇われマスターは何かと世話を焼いてくれる。
 山代勇、五十四歳。彼も翔太と似たような境遇で、二人は何かと気が合い、あっという間に距離を縮めていったのだ。

「なあ、翔太。たまにはよ、早く閉めちまおうか?」
「え? いいですけど、オーナーに怒られませんか?」
「このまま開けてたって、今日みたいな日に、客なんて入りゃしねえって……」
 そう言って、さっさと看板の電源を切ってしまった。
 その夜は風が強い上に大雨で、駅前の通りも閑散としている。電車が着いてしばらくは人の流れもあるのだが、あっという間にどこかへ消え去ってしまうのだ。
 だから素直に思うのだった。
 ――こんな日に、どこかへ寄ろうなんて思わないよな……。
 とは言え、閉店にはまだ三時間もある。後ろめたい気持ちを抱きつつ、ここに座れと指差す山代の隣に腰を下ろした。
 彼はグラスにウイスキーをなみなみ注いで、翔太の前に差し出した。
 琥珀色の液体を見つめ、翔太は囁くように言ったのだ。
「俺、ストレート、厳しいっすよ〜」
「なんだ、やっぱりお坊ちゃんだな」
「勘弁してくださいって、俺だってそれなりに、辛い人生歩んできたんですよ……」
 そう言いながら、翔太はカウンターに置かれたアイスボックスに手を伸ばした。
「それでもお袋がね、中一で死ぬまでは、まあ、普通に生きていたんですけど」
 それからあった様々な出来事を、彼はざっくり話して聞かせた。
「ふうん、そうなんだ。俺もまあ、似たようなもんだけど、それでもなんかな、違うんだよ、お前さんはさ、なんだか拗ねてねえって、かさ……」
「山さん、バカ言わないでください。思いっきり世を拗ねてますよ、僕は……」
「ほれ、僕≠ネんて言うのはな、やっぱ、お坊ちゃんだよ!」
 そう言って大笑いする山代を、翔太は嬉しそうな顔して見つめ返した。
 ここのオーナーと面接した時、彼は正直諦めていた。
「そう、天涯孤独なんだ……そりゃ、大変だね……」
 なんて言いながら、その顔には「NO」の二文字が浮かんで見えた。
「でもな、俺だって似たようなもんだしよ。だから言ってやったんだ。親がいて、子供がいたって馬鹿な野郎はたくさんいるぜって。逆に、そんなのがいない方が、一生懸命働くもんだって、言ってやったさ!」
 そんなマスターの助言が効いて、翔太の就職はなんとか決まった。
 それから数ヶ月が過ぎた頃には、「翔太」「山さん」と呼び合う仲になっている。
 山代も若い頃に両親を亡くし、今も単身アパート暮らしで家族はいない。だから店が休みとなる月曜日には、翔太は何かと付き合わされた。
 山代はとにかく賭け事が好きで、競輪や競艇ばかりをやりたがるのだ。
「人生ってのは一度っきりだぜ! 大穴を狙わないでどうするよ!」
 なんてことを言いながら、終わってみればスッカラカンだ。
 借金だってあるのだろう。
 たまに店にも催促らしい電話がある。
 そんな時、彼は何度も頭を下げ、電話を切った後必ず何か毒吐いた。
「うるせんだよ! 馬鹿野郎!」などと声にして、すぐに戯けた顔を翔太に向ける。
 実際、ダラしないところもたくさんあって、その最たるものが酒だった。
 ちょこちょこ客の目を盗んでは、ボトルからショットグラスにササっと注ぐ。それを素知らぬ顔してグイッと喉奥に流し込み、彼はなんとも嬉しそうな顔して見せるのだ。
 それで特に酔っ払ったふうでもないのだから、よっぽどアルコールに強いのだろう。
 これで女性問題でも絡んでくれば、三拍子揃った道楽オトコってことになる。
「もうよ、オンナは懲り懲りだ……」
 結婚は、もう考えていないのか?――という問いへの答えがこうだから、きっと若い頃はそうだったのかもしれない。
 とにかくそんなマスターのいるバーは、彼にとって申し分なく、こんな生活がしばらく続くと思っていたのだ。
 ところが勤め始めて半年とちょっとした頃、驚くような事件が起きる。
 その年の十二月、年も押し迫ってきたせいで、バイク便の仕事が次から次へと舞い込んだ。業務委託という立場から、依頼はなかなか断り難い。だからバーへの時刻ギリギリまで、翔太はバイクを必死に走らせたのだった。
 そうして依頼品すべて片付け、そこから直接バーに向かおうとする。
 駅へと続く大通りに差し掛かった時、手前の小道に黒い何かが落ちていた。
 ――カバンか?
 などと思いながら、バイクを減速させて黒い塊を避けようとしたのだ。
 重心を少しだけ右に倒して、ハンドルを微かに傾ける。そのままさらに減速をして、大通り手前で一旦停止……そんなイメージ通りに身体を傾けようとした時だった。
 その瞬間、突然何かが飛び出してくる。
 住宅の垣根から現れたものが、あっという間にバイクの前に躍り出た。


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