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作品名:ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら 作者:杉内健二

第35回   第4章  1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり ―  9 蘇った記憶
死ぬまで、この時代で生きていかなければならない。そんなことを思っても、以前よりはずいぶん平静でいられるようになっていた。
 あれから勇蔵のところへも、一週間に一度くらいは顔を出している。
 佐智の病状は相変わらずだ。ただ最近は、勇蔵もすっかり剛志を信用し、剛志の方もいざとなれば、一緒に暮らしたっていいくらいに思っていた。
 そしてさらにこの頃から、剛志はある目的を達成したいと考え始める。
 彼が二十年さかのぼったように、過去に戻るにはあのマシンがどうしたって必要だ。
 しかし過去から未来へは、マシンなどなくたって簡単に行ける。時の流れに身を任せれば、いずれあの瞬間は訪れるし、十六歳の智子がまたあの場に現れるのだ。
 要するに、もう一度あの場面に立ち会って、三十六歳の剛志がこの時代に来ないようにする。そうなれば当然、智子は元の生活に戻れるし、すべてが元通りということだ。
 そんな目標をしっかり定め、やっとこの時代で生きていく意味を手に入れた気になった。
 そうしてまずは、残っている金をどう増やしていくか? そのためには株にしろ土地にしろ、経験済みの人生を正確に思い出さねばならない。
そうじゃなければ、またきっと、ミニスカートとおんなじことになってしまう。
 だから剛志は考えた。前の時代で大企業になっていて、十代の頃から知っている会社に的を絞る。そんな会社の株を買い続ければ、少なくとも倒産はないし、株価も確実に上がっていくはずだ、と決め込んだのだ。
それはオリンピックの興奮も落ち着きを見せ、冬の到来を意識し始める頃だった。
 さっそく大学ノートを買ってきて、思いつく企業名を次々ノートに書き込み始める。
 午前中から大学ノートとにらめっこして、彼は考え、そしてふと思い出したのだ。
 ――オリンピックのおかげで急成長した企業って、いったいどこだったんだろう?
 そんな疑問を思った時だ。
 ――そう言えば、親父が倒れたのも、確かこの頃だったかな……。
 いきなり教室に教頭が現れ、扉を開けるなり剛志を呼びつけ、正一が倒れたからすぐ帰れと続けた。
 ――あれは、いつの日だったか?
 そう考えた次の瞬間、脳裏にしかと&bゥび上がった。オリンピックが終わって一週間、閉会式から数えてちょうど七日目……。そんな日に、父、正一は帰らぬ人となったのだ。
「それって、今日じゃないか!」
 カレンダーを見るまでもない。
 十月三十一日……正一の命日であり、それはまさしく今日という日に違いなかった。
 仕込み中に倒れたらしい。教頭がそう言ってきたのは間違いなく授業中だ。ならば午前か午後か? そう思った時には玄関を飛び出し、慌てて外階段を駆け下りる。
 最後の三段を一気に飛んで、剛志は道路に飛び出した。
「くそっ! どうして!?」
 心で何度もそう叫び、そのまま走り出そうとした時だ。
 微かな風を背中に感じる。
 ――なに?
 そう思って振り返った瞬間、彼の意識はパチッと消えた。

 その日から、一年くらいが経った頃だ。銀座デパート一階の隅で、ある人物がたまたま商品を手に取った。二十代中盤の女性で、日本ではまず知らない人がいないであろう有名人。
 彼女は真っ赤なスカートを手に取って、やはりたまたま通りかかった女性店員に声をかけた。
「これ、一つしかないんだけど、他にサイズはないのかしら?」
 こんなことを聞かれて、店員の返すべき答えはだいたいの場合が決まっている。
――申し訳ございません。それは一点ものなんです。
 閉店間際だったこともあり、実際にその店員も喉元までそう言いかけたのだ。
 しかしそう返してしまえば、きっと彼女はここからさっさといなくなる。ここまでの有名人と話せるなんて、一般人にはそうそうあるような機会ではない。
 だから彼女は思い切って声にした。もしかしたら上司に怒られるかもしれないが、そうなったらそうなった時だと覚悟を決める。
「さすがにお目が高いですね。それって店には在庫はないんです。でも、少々お待ちください。きっと製造元にはあると思うので、事務所から問い合わせてみますから……」
 女性からスカートを受け取り、店員は足早に去っていった。
 本当のところ、製造元にだって残っているかはわからないのだ。
もう一年以上前に返品した商品で、つい先日返し漏れが一点だけ出てきてしまった。けれど、さすがに今さら返せない。寒くなる前に売ってしまえと言われて、つい先日、在庫室から目につくところに出したのだった。
 そうして店員がいなくなると、後ろに立っていた男がスッと女性に近づいた。彼女の耳元に顔を寄せ、囁くように、それでもかなり慌てた感じで声にした。
「先生、もう行かないと……パーティーに遅れてしまいますから」
「いいのよ、どうせ最初はお偉いさんの挨拶なんだからさ」
「それでも、もうギリギリですから……また、社長に叱られます」
 そこでやっと振り返り、
「それでもいいのよ! 何よあいつ、オリンピックのおかげでヒットしたとか、久しぶりのヒットだから盛大にしようとか、本当に失礼しちゃうわ! だから言わせておけばいいの、今回は、少し待たせるくらいどうってことないのよ」
 顔を傾けながらそう言うと、女性は何事もなかったように前を向いた。
 もちろん多少遅れて到着しようが、彼女自身は痛くも痒くもありゃしない。
 パーティーに遅れて叱られるのは、いつでも付き人である男の方だ。しかしそんなことを口にも出せず、彼は小さく息を吐いてから、スッと一歩だけ後ろに下がった。
 昨年から今年にかけて、日本中で大ヒットした柔の道=B
 これは確かに久しぶりのヒットで、昨年の歌謡レコード大賞を受賞した大当たりの曲だった。
 そのヒット記念パーティーが、今夜銀座からほど近いホテルで開かれる。そんな会場に向かう途中、数寄屋橋交差点を過ぎたところで彼女が突然言い出したのだ。
「ちょっとこの辺りに停めてくれる? あそこで、少し洋服見ていきたいのよ」
 いくら時間がないと告げても、もちろんそんなことお構いなしだ。
結局、パーティーには三十分以上遅れて、それでも気に入ったスカートが見つかったと彼女は終始ご満悦。
 あれから、五分ほどで女性店員は戻ってきて、まるで自分のことのように嬉しそうな顔で言ってきた。
「お客様、ありました。製造元に確認したところ、お探しのサイズ、先方にはまだたくさんあるそうですよ」
 そう聞くや否や、彼女はニコッと微笑んで見せる。
ところが後ろを振り返るや否や、瞬時にその顔つきが真顔になって、
「三つ、お願い」
 とだけ声にする。
つまり同じものを三着買うよう付き人に言いつけ、それから再び前を向いて、
「試着は大丈夫だから、あとは、よろしくね……」
 と言い残し、彼女はさっさと歩き出してしまうのだった。
 そんな出来事から一年以上が経った頃、女性は再び大ヒット曲を生み出した。
 歌謡界の女王として君臨する彼女は、その曲のお披露目で、なんと膝小僧を露わにしてステージに立った。銀座デパートから届いた真っ赤なスカートを身にまとい、踊りながらテレビで歌って見せたのだ。
 それが大きな話題となって、それからまもなくミニスカートは流行り始める。
 そしてさらに数年後には、日本各地で空前のブームとなっていた。


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