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作品名:ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら 作者:杉内健二

第33回   第4章  1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり ― 7 小柳社長
 不思議なくらいトントン拍子に話は進んだ。未来から来たと知っている? そう思いたくなるくらいの信じようだったのだ。ただ、最初の頃はそれでも、
「以前、お勤めだった会社で、一度お会いしたことがありまして……」
 そんな剛志の大嘘に、首を傾げていたのも確かだった。
 小柳氏は去年まで、屋号が変わったばかりの化学繊維メーカーに勤めていた。そんな時代に世話になったと礼を言って、剛志は準備した言葉を次から次へと並べていった。
 ミニ丈のスカートがどこでどのように誕生したか? さらに日本で受け入れられる根拠など、多少の誇張も含めて一生懸命話して聞かせる。そうすれば、いずれは信用してくれる。  
そう信じていたが、それでも何回かは通うことになるだろうと覚悟はしていた。
 ところが案ずるより産むが易しという感じだろうか……、
「こりゃいい。アッパッパーがあれだけヒットしたんだ。えっと、サックドレスって言ったっけ? そいつの短い版が流行るってんなら、そりゃあスカートだって、同じくらい短いのがあったっていいわけだ。とにかく、人がすでにやってることを、後から真似したってたかが知れてる。いいよ、いいじゃないか……で、それってのは短い以外に、ほかに何か特徴とかはあるのかな?」
 おおよそを話し終わって、小柳氏はちょっとの間考え込んだ。と思ったら、いきなり大声でそんなことを言ってくる。それからさらに、剛志が無職だと口にすれば、
「よし、あんたを企画担当として雇うよ。そうすりゃ、自由にここを使ってもらえるしな。最初はたいした給金は支払えないが、あんたの言うミニスカートってのが売れちまえば、そのあとはいくらだって支払ってやれるだろうしさ……」
 そう言って、構わないだろ? という笑顔を見せた。
それからさらに、剛志の顔をニヤニヤしながら覗き込み、
「でもさ、あんな景気のいい会社を辞めちゃうなんて、あんた、本当にいい度胸してるよ」
 と続けて、彼はケラケラと大声で笑った。
 剛志が働いていた婦人服の専門店は、この時代の方が遥かに優良企業だと言えた。そのような会社をさっさと辞めて、ミニスカートで一旗揚げたい。そんな剛志の言葉を、小柳氏はなんの疑いもなく信じ切った。
 まだまだ転職だって珍しい。もちろん滅多なことではクビにもならない。会社のため家族のために、定年まで勤め上げるのが当たり前というときだった。そんな時代に自分と同様、会社を辞めて一発勝負に出ようとしている。その辺もきっと、剛志を受け入れ易くした要因だろう。
 ただ一つだけ、いくら考えても答えの出ないことがあった。
 それは初めて、小柳家を訪ねた時のことだ。彼の母親が玄関口に出て、庭なら勝手に入って構わないと言ってくれる。剛志は玄関から庭の方に回って、ドキドキしながら建物の扉をノックした。
 当然、若いながらも知った顔が現れる。そう思っていたのだが、現れたのはどうにも記憶と違う顔だ。年の頃は似通っている。しかしこれ以降の二十年で、知っていた顔になるとはどう考えても思えなかった。
 ――どうしてだ? 俺の記憶がおかしいのか?
 それとも自分が現れたせいで……以前の世界と変化したのか?
 せめて苗字でも違っていれば、当初、共同経営者でもいたんだろうと思えばいい。
 ところが苗字も一緒で、その顔つきだって似ているところもなくはない。
 ――もしかして、兄弟がいたか?
 ふと、下の名前を聞こうと思った。ところがそれを知ったところで、もともと名前を覚えちゃいない。ただそれ以外はなんの問題もなく、ほぼ順調に製品化に向けてスタートできた。
 大急ぎで何パターンかサンプルを仕上げ、それらを抱えて売り込みをかける。あと二ヶ月で年が変わってしまうのだから、何より販売先くらいは決めておきたい。
 ただ実際、剛志は最初に売れ始めた店を知らなかった。
 それでも一向に心配などしておらず、
 ――俺が高校生だった頃の歴史は、きっとここでも、同じように繰り返されるはずだ。
 そんなふうに信じて、名の知れた百貨店すべてに電話をしまくる。そしてアポイントの取れたところから、サンプルを抱えてプレゼンして回った。
 もともと婦人服のバイヤーなのだから、なんとかなるだろうという自信はあったのだ。
 ところが行く先々で断られる。初めて目にするスカート丈に、どこの担当者も予想を超えて目を丸くした。ひどい時には、あんた、真面目に言ってるの? そんな顔つきをあからさまに見せて、老舗百貨店のバイヤーは何も言わずに席を立った。
 さらに剛志の方は、できたばかりのあまりにちっちゃな弱小だ。そんな会社との取引を、できるならしたくないという本音がどの百貨店でも見え隠れする。
そんなこんなでふた月経っても販売先は見つからない。剛志はいよいよ困り果て、一か八かで勤めていた会社に連絡を取った。
 二十年後には全国に何百と広がる小売店舗も、この頃はまだ銀座に二店舗目ができたばかりだ。
それでも知っている社員はきっといる。ただ剛志の期待する人物が、この時代でどの立場にいるかが問題だった。
 昭和五十八年には出世していて、この時代ならバイヤーくらいしてそうな人物……そんな名前を思い浮かべ、彼はドキドキしながら銀座の店に電話をかけた。するとなんとも嬉しいことに、一人目の名前を挙げたところで、
「彼なら仕入れ担当ですよ。ちょっと待ってください。今、代わりますから……」
 なんて答えがさっそく返った。ここからはまさにトントン拍子で、あっという間に商談日を迎える。そしてこれまでの苦労が嘘だったように、
「やっぱり、ここまで短いと、寒いうちは厳しいでしょうから、夏物の打ち出しの時、店の一番地で扱わせてもらいますよ」
 と言って、二十年後には事業本部長になっている男は、来年四月の納品をあっさり約束してくれる。そうしてその夜、近所の小料理屋で祝杯をあげた。
 元いた時代の小柳氏は酒好きで、打ち合わせを名目に剛志もよく付き合わされた。ところがこの時代の彼は酒が弱く、ビール二杯で顔を真っ赤にしてしまう。
たったそれだけで上機嫌になって、
「俺はね、ミニスカートに懸けたんだよ!」
 さも嬉しそうに剛志に向かって言ったのだった。
「前の会社では布帛を担当してたから、名井さんの言ってることはよくわかるんだ。売り先さえ見つかれば絶対に売れるって思うし、だからもうこっちのもんだ。いいんだよ一店舗だって。確かあの会社、最近銀座にもう一店舗つくったろ? 妙に丸っこいビルだって新聞で見たよ。つまりさ、売れちまえば、そこにだって置いてくれるだろうし、銀座の一等地で売れたとなりゃ、もう百貨店だって黙っちゃいない。だからぜったい間違いなしだ……」


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