第4章 1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり
岩倉家の庭園に出現したタイムマシン。 そしてそこから現れ出た……昔と変わらぬ桐島智子。 剛志はマシンを使って、智子を昭和三十八年へ帰そうとするが、思わぬ乱入者が現れて……。
1 昭和三十八年 三月十日
まさしく、小さい頃に乗ったエレベーターのようだった。 ただし記憶にある印象より極端で、上から押されるように感じたかと思えば、その数秒後、身体が少し浮き上がったように思う。 彼がフラフラと立ち上がった時、すでに出口は消え去っていた。驚いて振り返れば、あの膨らみが眩いくらいに輝いている。まるで爆発寸前の宇宙船のように、七色の光がぐるぐる回りながら空間全体を照らしているのだ。 どうして? そう思うと同時に、身体全体であの違和感を受け止めた。 ――吹っ飛んだ拍子に、あの膨らみに当たったのか? そんなことを思った時には、すでに過去の世界にいたのだろう。 音もなく、妙にシーンと静まり返って、 ――くそっ……ここはやっぱり、あの林じゃないか! 再び現れた出口から、庭園ではない光景が視線の先に広がっている。 きっと、あとほんのちょっとだったのだ。あと少しで膨らみは壁の中に消え去ったろうし、そうなった後ならば、剛志が吹っ飛ばされようとこんなことにはならなかった。 あと一歩のところでマシンは起動して、少なくともあの林が残っている時代にやって来た。そうして勝手に扉を開き、あとは何事もなかったようにただ静まり返っている。 ただとにかく、ここが昭和何年であろうが戻るしかない。一時でも留まる理由がないし、元の時代にいる智子のことも心配だった。ところがそうは問屋が卸さない。 ――なんで、扉が閉まらないんだよ! それ以前に、知らぬ間に消え去ったあのパネルが出てこないのだ。 パネルがなければ数字の色を変えられないし、あの膨らみだって光ってはくれない。 ――一度ここから出ないと、続けては動いてくれないのか? それとも単に、一定時間経過しないとダメだってだけか? ただ、そうでないなら、いくら待ったって起動しないままということになる。 とにかく一度階段を駆け下りてから、またすぐここに戻ってみよう。 そんなことを即行決めて、恐る恐る外の景色に目を向けた。 すると遠くに人影はあるが、幸い誰も剛志の方を見ていない。今しかない! とっさにそう思って、階段を一気に駆け下りる。そのまま数メートル走ってから、慌てて戻ろうと後ろを向いた時だった。 目に飛び込んだのは、テレビで見慣れた光景そのもの。マシンを取り囲むように警察官が何人もいて、その周りあちこちにも関係者だろう姿があった。それから当然の成り行きで、そのうちの何人かが剛志の姿に目を向ける。そこからは、まさにあっという間の出来事だ。 一目散に階段を駆け上がり、飛びつくように座席に座った。すると思った通りに、壁からパネルが迫り出してくる。この時、剛志は紛れもなく警官にとって不審者で、ちょうど数字を黒くしたところでのご登場! 「おい、そこで何をしている!?」 振り返れば入り口に警官が二人、一人はすでに飛びかかろうという体勢だ。 この瞬間、剛志の判断は早かった。数字の横にある突起を思いっきり叩き、そのまま出口に向かって飛び出したのだ。 警官一人は階段から転げ落ち、もう一人は剛志とぶつかり何やら大声をあげていた。 ただ少なくとも、あれが消え去った時には外だったろうし、たとえまだ中にいたとして、気にしている余裕はもちろんない。 ちらっと後ろを振り返ったが、あったはずの入り口が消えていた。だから動き出したのは間違いないし、後はただただ逃げるだけだ。 ところがそこは庭園じゃない。広場のような空間から外はまさに自然のままだった。 木々の中へ走り込んですぐに、剛志は足を何かに取られ、そのままダイブするように倒れ込んでしまった。 逃げられない! そんな覚悟を瞬時に思い、彼はとっさに腕を伸ばした。木の根の間に手を突っ込んで、心の底から願うのだった。 ――頼む! お願いだから見つからないでくれ! 次の瞬間、そんな心の声を押しつぶすように、背中に何かがドシンと乗った。 途端に息ができなくなる。 「確保!」 そんな大声が耳に届いて、彼は薄れゆく意識で微かに思った。 ――腕時計は智子が持っている。だからきっと、大丈夫だ……。
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