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作品名:ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら 作者:杉内健二

第25回   第3章  1983年 プラス20 - 始まりから20年後 〜 6 タイムマシンと乱入者(2)
「最初、あの八桁の数字は20になっていた。あれは智ちゃんが二十年後、つまりこの時代にやって来た時のままだろうから、最初の黒い数字が未来への年数で、長押しして白字になると、今度は逆に、過去へさかのぼる年数を表すってことなんだと思う。ただ、八桁ってところがね、ちょっと気にはなるんだ。八桁ってことは最低でも一千万年だ。そんな時代にはまだ人間なんていないし、猿とかゴリラみたいなのがウロついているだけだろう。だからもしかすると、移動する年数より前に、日付か時刻を入力するのかなって思ったりもするんだ。それが入力されていなければ、出発の時と同じ時刻になる、とかね。ただまあ今回の場合、その辺は深く考えても仕方がないことだから……」
 ――これから戻れば、十五時までには出発できるだろう。
 ――絶対とは言い切れない。それでもここまでわかれば、やってみる価値は十分ある。
 ――20とだけ入れてから、長押しで数字を白くするんだ。
 ――そうしておけば、きっと智子は、昭和三十八年の三月十日に戻れるはずだ。

「どうしたの? 大丈夫?」
 智子の声が聞こえて、そこでようやく、剛志は全身から力を抜いた。振り返れば、智子が心配そうな顔をこちらに向けて、その先には庭園の景色もしっかり見える。時間移動はしておらず、数字の色が黒から白に変わっただけだ。
 剛志はホッと一安心。すると現金なもので、急に新たな思いが首をもたげ、彼は迷うことなく智子に告げた。
「お腹、空かないか? 昼飯を食べてから、またここに戻るとしよう」
 たった今見知ったことを、きちんと整理したかった。そうしてから落ち着いた場所で、智子へもしっかり連動する。そう考えたのも確かではあった。
 ただ実際のところ、このまま別れてしまうのが急に惜しくなったというのが大きい。
 未練がましいと思われようが、あともう少し智子と一緒に過ごしたい。このまま彼女が戻ってしまえば、この時代に生きる剛志には二度と接するチャンスはないのだ。だから即座にそう告げて、続けて何が食べたいかと聞いてみた。
 すると一瞬キョトンとなって、智子はそのまま黙ってしまう。
きっと彼女にしてみれば、昼飯どころじゃないのだろう。帰れるものならすぐにでも、というのが本音であるに違いなかった。
 それでもしばらく考えてから、智子は意外な答えを返すのだった。
「こんな時間だから、お店やってないかもしれないけど、わたし、やきとりが食べたいな……」
「やきとり? どうしてまた? 他に何かあるんじゃない? 寿司とか焼肉とか……、あと、この時代のレストランはメニューが多くて、どれにしようか迷うくらいだし……」
 なんてことを剛志は返すが、智子は即座に首を振った。
「もしも戻れるんなら、二十年後、わたしもこの時代を生きるってことになるでしょ? だったらその時まで、楽しみに取っておいてもいいじゃない? でも、やきとりのことはそういうんじゃなくて、この時代のやきとりがどんなだかわかればね、剛志くんのお父さんに、こんなのはどうって、教えてあげられるなって思ったの。もちろん、わたしの言うことなんか信じてもらえないかもしれないけど、とにかく、何かヒントくらい、見つかるかもしれないじゃない?」
 こんな言葉に、剛志の心は思いっきり震えた。
 はっきり知っているはずはない。それでもきっと、児玉亭が楽ではないと薄々感じていたのだろう。もしかしたら町の誰かから、そんな話を聞いたのかもしれない。
 剛志が小学校の頃までは、それなりの人気店だったのだ。ところが中学に上がった頃から、あの辺り一帯に競合する呑み屋が増え始める。売り上げは日に日に厳しくなって、借金もあった児玉亭の経営状態は決していいとは言えなくなった。
 きっとそんな状態を智子は思い、やきとりのことを言い出したのだ。
 こんなことまで智子に思われ、剛志に「ノー」と返せるわけがない。
 それから二人は駅前まで歩いて、昼間からやっているやきとり屋を探した。
しかしどこもかしこも夕方から。
三軒目もやはりダメで、そこで申し訳なさそうに智子が言った。
「ごめんなさい。やきとりはもう諦める。その代わりに、あの時代にはなかったものがあれば、それをぜひ、わたしにご馳走してください」
 そんな言葉に、新宿まで行くか? 剛志は一瞬そう思うのだ。
 しかしそんなことをしてしまえば、彼女の戻りは夜になってしまうだろう。そうなればそれだけ長く、智子の両親はもちろん、あの時代にいる自分が苦しい時間を過ごすのだ。
 剛志は改めてそんな事実を思い出し、己の思いつきをしっかり反省。そうして駅前にあったハンバーガーショップへ智子を連れて向かうのだった。
 ところが予想を遥かに超えて、彼女はそんなところを気に入ってくれる。
「自分の時代にこの店ができたら、わたし絶対食べに行きます!」
 嬉しそうな顔でそう言って、白身魚フライを挟んだバンズに大口開けてかぶりついた。それからあっという間に昼食を済ませ、さっき見知った事実を智子にしっかり説明する。
 あとは腰掛けるだけで、昭和三十八年の三月十日に戻れるはずと、自信たっぷりに告げたのだった。そうして再び岩倉邸へ向かうが、いよいよ屋敷の門をくぐろうとすると、智子が不安そうに剛志に向かって聞いてくるのだ。
「もしもね、あの林に戻った時、まだあそこが燃えていたらどうしよう?」
「いや、それは大丈夫だよ。あの火事はね、不思議なくらいあの後すぐに消えたんだ。雨が降ってたってこともあるだろうけど、燃えていたのは短い間で、夜には完全に消えてたと思うよ」
 二日目になっても、まだ燃えている。そう思ってしまうくらいの火事だったのだ。
 それなのに、伊藤さえ始末できれば炎なんかに用はない――まさしくそんな印象で、火事は実際、あっという間に鎮火した。
「ただきっと、あの辺には警察官がウヨウヨしているから、その格好はちょっとまずいかもしれないな。念のためここで着替えておいて、着いたらすぐに、どこかに隠してしまった方がいいのかもしれないね」
 剛志にそう言われ、智子は改めて自分の格好に目を向けた。
「そうね、こんな高級なお洋服着ていたら、きっとお父様だって驚いちゃうわ」
 ペロッと舌を出し、彼女は手にしていた風呂敷包みを胸に抱える。
「じゃあ、着替えてきます」
 そう言った後、妙に神妙な感じで頭を下げた。
 彼女なりに、この時代を去ることに思うところがあるのだろう。もちろん剛志にしたって同様だ。この二日間の出来事は、一生忘れることなどできやしない。
 さらに木陰に向かう智子を見つめるうちに、
 ――このまま智子を帰してしまって、俺は本当に、それでいいのか?
 そんな疑問が浮かび上がって、「行くな!」と何度も叫びそうになった。しかし剛志がどう思おうが、智子の願いは絶対的に他にある。だから無理やり吹っ切って、
 ――着替えが終わるまで、もう一度、あれをチェックしておくか……。
 そう思うまま、マシンのある辺りに手を差し向ける。するといきなり銀色の扉が現れて、あっという間に変化しながら階段となった。
 今度は不安なしに上がっていけて、さっさと銀色の空間に入り込む。浮かんでいる椅子に腰を下ろし、ほんの数秒間だけ座り心地を楽しんだ。そうしてから、上半身をゆっくり起こし、せり出してくるボードに目を向けるのだ。
 00000020……数字に間違いないし、しっかり白い光を放っている。
 ――これで後は、こいつに軽く触れればいいのか?
 ――それとも、力いっぱい押さないとダメなんてことか?
 そう思いながら見つめる先に、柔らかい光を放つ小さな盛り上がりがあったのだ。
 それは数字の並びから少し離れた右手にあって、掌で包み込めるくらい、ちょうどソフトボール半分くらいの膨らみだ。
 見たところ、材質は周りの銀色と同じようで、少しだけより強い光を放っている。
 さっき、数字がいきなり白に変わった時のことだ。
 ――これが、過去に切り替わったってことなのか?
 そんなことを知るちょっと前、銀色だったその膨らみが、知らぬ間に色を発していることに気がついた。薄いピンクからクリーム色になって、それが青みがかったかと思えば淡いグリーンに変わっていく。
 数字から離れていたせいで、当初その膨らみにまるで気づいていなかった。
 そこから発せられる色とりどりの光こそ、紛れもなく出発できるというサインだろう。剛志が立ち上がるまでちゃんと続き、座席が元に戻ってしばらくしてから消え去った。
 数字を反転させれば、この膨らみが光り始める。
 そう思った通りに、今、それはほんのり光を放ち、あとは光っているうちに出発するという意思を示せばいい。さらに今度ばかりは、数字の時のように確かめるわけには絶対にいかない。
 だから一切手を触れておらず、ここからがまさに一か八かの大勝負なのだ。
 二十年前、伊藤もこの膨らみを押すか叩くかして、それでも慌てることなく出ていけた。であればそれが剛志でも、外に出るくらいの余裕はきっとあるはずだ。
 着替え終わった智子を座らせ、とにかくあの膨らみを触りまくる。そうすれば何か反応があって、そうなったらすぐに智子を残して退散する。
 そこまで思って、剛志が立ち上がろうとした時だ。
 ――あれ? こんなの……昨日もあったかな?
 足元に何か落ちている。見れば革製であろう巾着袋だ。手を伸ばし、真新しい茶色い袋を拾い上げる。そして中を覗いて、中身を目にした途端だった。
「おーい、どこにいるんだあ〜」
 突然、そんな声が聞こえた。もちろん智子のものではまったくない。
 ――智子に、何かあったのか?
 彼は慌てて立ち上がり、マシンから出て階段上から外を眺めた。
「お、こんなところにいやがった。しかしこりゃあいったい、どうなってるんだ?」
 声の主は階段にいて、すでに真ん中辺りに立っていた。剛志との距離も二メートルと離れていない。どちらかが一歩踏み出せば、お互いの拳だって届くくらいの距離なのだ。
 ――どうして? あいつがここにいるんだ!?
 剛志の腹に乗っていた男……昨日四発も殴ってきたヤツが、再び剛志の目の前に現れていた。
 階段下にはあの二人もちゃんといて、昨日のように彼を見上げてニヤニヤ顔を見せている。
 そんな認知とほぼ同時、視界の隅に智子の姿が見えたのだ。
 まずい! と感じた次の瞬間、男が一気に剛志に迫った。足を一歩大きく踏み出し、その勢いのまま両手で剛志を突き飛ばす。不意を突かれて、彼はいとも簡単にマシンの中に吹っ飛んだ。
 一瞬、意識が遠のきかける。
 頭がガンガン割れるように痛かった。
 それでもすぐに、智子を助けなきゃ! そう思ってフラフラしながら立ち上がり、
 ――うそ、だろ……?
 剛志は慌てて振り返るのだ。
 ――やめてくれ……頼む。勘弁してくれよ……。
 誰に言っているのかわからないまま、
 ――どうして……?
 そんな疑問を思うと同時に、
「その後すぐに、キーンって耳鳴りがして、急に気持ちが悪くなったんです……」
 そんな智子の言葉を、頭の片隅で思い出していた。


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