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作品名:ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら 作者:杉内健二

第21回   第3章  1983年 プラス20 - 始まりから20年後 ~ 5 過去と未来
    5 過去と未来

「僕はね、実はこの時代の人間じゃないんだ。まあ、そう言ったからって、はいそうですかってわけにはいかないだろうけどね……」
 昭和三十八年二月の終わり、惣菜を届けた智子に突然そんなことを話し出し、伊藤はほんの一瞬笑顔を見せた。しかしすぐに真顔に戻り、彼女に続けて言ったのだった。
「ただ、そうだっていう証明はできるよ。例えばさ、さっきも言ったけど、今度開かれる予定だったオリンピックは、残念ながらあっさり中止になるんだ。でも大丈夫、日本ではあと四回も開催されるからね。二回はやっぱり東京で、残りの二回は東京じゃない。僕の知っている最後のオリンピックは……えっと、なんと言ったかな、ほら、この国の南の方にある……」
「南の方って、九州のこと?」
「九州? 九州……いや、確か違うな……そうじゃなくて、もっと南にあったろう?」
「え、じゃあ沖縄のこと? 違う、よね、だいたい今は日本じゃないし……」
「日本じゃない? ああそうか、そうだったな。でも、その沖縄だ。その頃にはね、日本列島は端から端まで超電導列車で繋がっていて、九州から沖縄も海底トンネルで結ばれているんだ。確かあっちの時代では、もうすぐ台湾とも開通するはずだよ」
 そしてその前のオリンピックは、東北大会だったと彼は言った。
「だいたい、北海道から九州まで三時間かからないからね。もしこの時代だったら、いったい何日かかるんだろう。江戸時代なら、半年はかからないってくらいかな。まあ、とにかくそんなんで、その頃には東京じゃなきゃってこともずいぶんと減る。正確に言うとね、沖縄オリンピックが2092年のはずだから、今から、百……と、二十九年後、になるのかな?」
「へえ、北海道から九州までが三時間……本当に、そんな時代が来たらすごいけど……」
 智子はその時、心から素直にそう思ったのだ。
 来年の秋になれば、世界で初めての高速鉄道が東京―大阪間で開通する。
 二千円ちょっとで、大阪までがたったの四時間。それまで七時間近くかかっていたから、それだってものすごいことだ。なのにもっと短い時間で、北海道から九州まで行けてしまうと伊藤は言った。さらに西暦2092年だなんて言い出すもんだから、いくらなんでもそう簡単には受け入れられない。
「でもね、そんな夢みたいな話、どうして知ってるの? それに伊藤さん、だいたい日本のこと知らなすぎだよ。九州とか沖縄の名前なんて、普通小学生だってスラッと言ってみせるわ。そんなんで未来がどうこうって言われたってさ、信用しろって方が無理じゃない?」
 そもそも未来人ってだけで驚きなのだ。それも百年以上だってことだから、普通、誰だって疑いの目を向けるだろう。
 さらに智子はその夜、オリンピック中止の話を完全否定されるのだ。
「もう悔しくて悔しくて、もう二度と、伊藤さんの顔なんて見たくないって思ってたんです。でも、なかなかそういうわけにもいかなくて……」
 母親の言いつけで仕方なく、智子は伊藤のアパートへ向かうことになった。
 そうして伊藤は誰かに殺され、居合わせた智子もあの時代から消え失せてしまう。
「あの人、日本人のくせに、漢字とかぜんぜん知らなくて。でも、英語だけはやたら上手だったわ。あの頃は、外国で生まれ育ったのかなって思ってたけど、まさか、本当に未来から来たんだとしたら、いったい、何をしに来たのかしら?」
「少なくとも、あの不思議な乗り物で、君は二十年後の世界に来てしまった。となればさ、やはり彼が言うように、本当に未来人なのかもしれないよな。そしてきっと、気まぐれであの時代に現れたわけではないだろう」
 さらに、計画的かどうかは別として、とにかく智子の前に姿を見せた。そしてどういうわけか、未来についていろいろ喋りまくっていたらしい。
「難しい話はあまり覚えてないけど、面白い話もたくさんあったわ。伊藤さんのいた時代の自動車は、ぜんぶがぜんぶ自動運転で、交通事故なんて滅多に起きない。病気で死ぬ人もかなり減っていて、それなのに、子供があんまり生まれなくなったらしいんです。だからそのせいで、日本の人口もどんどん減っちゃうんですって……」
 誰でも百歳くらいまで生き、ほとんどの場合、最期まで寝たきりや要介護などにならない。
 誰もが自宅で穏やかに息を引き取り、それまでは特別な病気を除いて、歩行やら排泄だって自分一人の力でできるという。
 脱寝たきりの仕組みが確立されて、還暦になると国民全員老化レベルが審査される。それによって、一人一人に見合った長寿プログラムが割り当てられ、否応無しに実施される……とまあ、こんな感じの話らしい。
ところが智子にとって、こんな話こそが理解し難いことだった。
「歳を取ると、みんながみんな、寝たきりになっちゃうみたいな言い方するんですよ、おかしいでしょ?」
 そう言えば、昔は寝たきりなんて言葉、あまり耳にしなかったように思う。
「それにもっとおかしいのは、六十歳を過ぎると、一日何歩、歩きなさいとか言われちゃうんですって。サボったりしたらすぐにわかっちゃって、どうしても言うことを聞かない人なんかは、専門の施設に入れられちゃうって言ってました。でも、おかしくないですか? すごい未来なのに、普通に歩けだなんて、なんだか笑っちゃいますよね?」
 智子はそう言って、怒ったような顔を剛志に向けた。
 歩数計などが生まれる以前のことだから、一般には歩くことの大事さなどそうは知られていないと思う。智子がそう感じるのも当然で、二十年後の今だって、健康のために歩こうなんて考える世代はごく限られている。
 平均寿命もあの頃なら、男で六十代中盤か、女性でも七十越えたかどうかだろう。それが二十年で男女ともに七十歳をとっくに越えた。さらに来年は女性の八十越えも確実らしい。
 つまり、たった二十年でおおよそ十歳。
単純計算なら百年で、なんと五十年も長生きすることになるのだった。
 実際はこんな単純ではないのだろう。それでもこう考えてみれば、百歳生きるって話も夢物語ってだけではない気もする。
 伊藤の話にはそれ以外にも、デタラメとは言い切れないものがまだまだあった。
例えば電話だ。携帯用が発売されて、それがあっという間に掌に隠せるくらい小さくなる。そんな端末さえ持っていれば、電話どころかカメラやテレビとしても使い放題になるらしい。
「手に隠れるくらいって、そんな小さな機械でテレビなんて見られないじゃない?」
 そこまで小さい画面なら、きっと虫眼鏡が必要だ。そう言って笑う智子へ、彼はさらに摩訶不思議なことを言っていた。
 そもそもその端末とは、リモコンのようなものだという。スイッチを入れれば、何もない空間にスクリーン画面が映し出される。それに触れながら操作すると、いろいろなことができてしまうということなのだ。
「いろんなことって、テレビを見るとか以外にも、何かができるっていうことなのかな?」
「よくわからないけど、それでね、世界中の情報がすぐにわかっちゃうんだって、でも、世界中の情報って、いったいなんなのかしら?」
 まあ、智子によればそんな感じだが、彼女の説明はなんと言ってもザックリしている。
 本当は、剛志の想像を遥かに超えて、もっと奇妙奇天烈な世界かもしれない。
 ただこれだって、すでにある自動車電話を考えれば、携帯可能な電話だってあり得そうだし、テレビだって何年か前に、重量三キロちょっとのポータブルテレビが発売された。もっともっと小型化されれば、いずれ電話とテレビの複合機だって作れるようになるだろう。
 ただ実際電話をしながら、さらにテレビを見るなんてことがあるかどうかは別として、それが掌に収まるくらいなら、ひょっとして百年なんてかからないんじゃないかという気もした。
 ところが昭和三十八年を生きていた智子には、こうなった今でも信じ難い話のようで、
「きっと勉強のしすぎで、伊藤さん、頭が変になったんだって思ってました。だって、どう考えたってあり得ない話ばかりなんだもの……」
 なんてことまで続けて言った。
しかし岩倉邸で目にしたものを考えれば、なんであろうとあるかもしれない≠ニ思うしかないし、実際に伊藤だって遠い未来から来たのだろう。
 そして残念ながら、彼がなぜ昭和三十六年に現れて、どんな理由によって殺されたのか? そんなことにつながる情報を、智子は何も知ってはいなかった。

 剛志のマンションに到着して、智子がまず驚いたのはエレベーターを見た時だ。
 エントランスに入ってすぐ走り出し、エレベーター前で振り向きざまに大声を出した。
「ここって、エレベーターがあるんですか? すごい! デパートみたい!」
 この瞬間、剛志は正直、「えっ?」と思った。それでもすぐに過去の記憶が蘇り、彼はさもありなん≠ニ思うのだ。
 あの頃にも、マンションと名の付くものはあるにはあった。
 しかし今にして思えば、それこそ団地に毛が生えたくらいの感じだろう。
 もちろんこの建物のように、十階建てなんて覚えもない。三階建てくらいでエレベーターがあるはずないし、そう考えれば彼女の反応だって頷けるのだ。
 それから二人はエレベーターに乗って、剛志の住んでいる八階で降りる。誰に見られて困るわけではないが、剛志は急き立てるように智子を扉の中へと誘った。
 一方智子も落ち着かない様子で、リビングに入ってからはずっと無言のままだった。ソファーに腰掛け、キョロキョロと部屋の様子に目を向けている。
きっと、照明一つ取っても驚きなのだ。あの頃より格段に明るいはずだし、第一、照明のデザイン自体がぜんぜん違う。
 確かあの時代、今のように照明スイッチなんて設置されていなかった。
 あの頃、剛志は部屋の電灯を点けるのに、手を伸ばして電球ソケットのツマミを捻っていた覚えがある。ただ智子の家は裕福だから、覚えている限り剥き出しのソケットなんかは見たことがない。それにしたって、今のような照明などではなかったはずだ。
 智子はリビングをひと通り見回して、窓からの夜景に何かを感じたようだった。
 遠くまで見通せる都会の夜景に目を奪われたのか、もしかしたらもっと単純で、八階という高さに驚いただけなのかもしれない。
 ただなんにせよ、まだまだ聞かねばならないことがたくさんあった。だから夜景を眺める智子に向けて、彼は優しく、ちょいとおどけて告げたのだった。
「ちょっと、そこで待っていてくれる? このかたっ苦しいのを着替えてきちゃうんで。そうしたら、まずはさっき買ったやつで夕飯にしよう」
 そう言って、智子を残して寝室に向かった。さっさと背広上下を脱ぎ捨てて、ネクタイだけ外して着古したジーンズをそのまま穿いた。それからいつもの習慣で、立てかけてあった鏡に自分の姿を映し見る。その瞬間、
 ――シャツは、外に出した方がいいかな?
 そんなことをふと感じ、続いて顔に視線がいった。
そこにあるのは紛れもなく、高校生などではない己の顔だ。そしてそれは明らかに、いつものと変わらぬ顔でもあった。
 ――まったく、あいつはまだ、十六歳の高校生だぞ!
 見慣れたはずの己の顔に、一気にそんな思いが湧き上がる。
 彼はその時、知らず知らずのうちにだが、自分をよく見せようなどと考えたのだ。
 もちろん、それ以上の何かを期待してなんかじゃない。ただそれでも、
 ――三十六にもなるいいオヤジが、いったい何を考えているんだ!
 妙に自分が腹立たしく思え、彼は鏡を見つめながら心で必死に思うのだった。
 ――あいつは、俺とは違う時代を生きている。それはもうどうやったって、取り戻す術などどこにもないんだ。
 仮に明日、智子とともに二十年前に戻ったとしても、剛志自身が若返るなんてことはないだろう。逆に智子がここに残っても、二十歳という年の差は消え去ることなく横たわるのだ。
 智子の知る児玉剛志とは、もはやここにいる自分ではない。と同時に、剛志が思いを寄せていた智子という存在も、完全に消え失せてしまったということなのだ。
 もし、智子がこの二十年幽閉されていたのなら、二人の未来はこれからだってあったかもしれない。その間、彼女の身に何が起きていようとも、乗り越えられる自信もあったし、二十年前の二人に戻ることだってできただろう。
 ところがだ。歳を取ったのは自分だけ。
 智子は見事に、行方不明になった時のままときた。
 となればもう、過去の感情なんて忘れ去ってしまうしかない。彼女を元の時代に戻してやるのが何より大事で、さらに言うなら、今あるこのひと時を楽しい時間にしてあげたい。
 そんな思いを心に刻み、彼が再び智子の元に戻ってみると、智子はなぜか中腰で、リビング奥に置かれたテレビを必死に覗き込んでいる。
もちろん電源は入ってないから、画面は何も映らず真っ暗なままだ。剛志がどうしたのかと尋ねると、智子はゆっくり振り返り、
「これって、テレビですよね? あの……チャンネルとかは、どこにあるんですか?」
 そう言って、再びテレビ画面に顔を向けた。
 あの時代、テレビには普通丸型のツマミが付いていた。今のような電子制御じゃないから、そのツマミを見たいチャンネルまでガチャガチャ回し続けるのだ。
 ところがこれはそうじゃなかった。αデジタル≠ニいう最新式で、シンプルなモニター風のデザインに、ツマミなんてどこにも付いてない。さらに画期的だったのは、着脱式なんかじゃない無線リモコンに、MSXパソコンと接続可能なRGB端子を搭載していることだ。
 智子が知っているリモコンと言えば、模型を動かす時のラジコンくらいのものだろう。
 剛志はテーブルに置かれていたリモコンを手に取り、早速テレビ電源のスイッチを入れた。
いきなり画面が明るくなって、智子が驚いて剛志の方を振り返る。そしてそのまま、手にあるリモコンを手渡そうとした時だった。
 そんな時ちょうど、テレビから聞き覚えのある音楽が響き渡った。
たまたまチャンネルがNHKで、「ニュースセンター9時」のオープニングシーンが映し出される。その途端、智子がテレビに顔を向け、驚きの声をあげたのだった。
「え! これって天然色なんですか? すごいすごい、すごく綺麗! でも、今やってるのってニュースですよね? なのに、白黒じゃないなんて、なんかもったいなくないですか? 今はもう、そんなことないのかな?」
 そう言いながらも、顔はテレビを向いたままだ。
 あの頃、テレビはもちろん白黒だった。それでも邦画などでは少しずつ、総天然色のカラー作品も制作されるようになっていた。ただしカラーの作品を作るには、比べ物にならない費用がかかる。そんな事情を当時の人も知っていて、だから智子もそんなことまで考えたのだろう。
 それから剛志は、智子を連れて自宅マンションを説明して回った。
 すると智子は何を見ても、それなりにしっかりと驚いてくれる。さすがに発売されたばかりのウォシュレットではなかったが、洋式で水洗ってだけで智子は目を丸くした。そうしてバスルームまでを見終わって、彼女がポツリと言ったのだ。
「わたし、伊藤さんから聞いていた話、ぜんぶ噓っぱちだと思ってたんです。だけど、もしかしたらあれって、本当のことだったんでしょうか?」
「何? 伊藤さんから、何か聞いてたの?」
「はい……でも、とても信じられるような話じゃなかったんです。でも今、実際わたしの身に起きていることを考えたら、本当なのかもって、少し、思ったりして……」
 智子はさらにそう続け、伊藤から聞いたという話をポツリポツリと話し出した。
 そして今、絨毯に座りっぱなしでテレビに夢中になっている。簡単な夕食を終えてから、もうかれこれ二時間以上テレビの前から離れていない。
 ただ食事中、智子は両親のことなどいろいろ聞いた。
「ごめん、本当にご両親のことは知らないんだ。きっと調べれば、すぐに引っ越し先もわかるはずだよ」
 そんな言葉を返した途端だ。
「あの、いいですか? そもそもあなたは、伊藤さんと、どういうお知り合いなんですか? だいたい、あなたの名前だって、わたし聞いてないし……」
 そう言って、剛志の顔をジッと見つめた。
 この時、剛志はとっさに浮かんだ名前をあげて、
「ごめん、そうだね、名前も言ってなかったな。僕は鈴木……鈴木角治って言います。それで、本当に僕は、ご両親のことは何も知らないんだ。でも決して怪しい者じゃない。本当に、伊藤さんから直接頼まれたんだから……智子ちゃんを、頼むってさ……」
 嘘とホントの半分ずつくらいを必死になって声にした。
 これだけで、智子が納得したかはわからない。ただそれでも、彼女はほんの一時黙った後に、急に顔を上げて剛志に向かって聞いたのだった。
「テレビ、見てもいいですか?」
 それから智子は、欽ちゃんのどこまでやるの≠ノ大笑いして、今は特捜最前線≠ニいう刑事ドラマを食い入るように見つめている。その間、剛志はソファーに腰を下ろし、さっき聞いたばかりの話について考え続けた。


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