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作品名:ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら 作者:杉内健二

第18回   第3章  1983年 プラス20 - 始まりから20年後 ~ 3 止まっていた時
   3 止まっていた時

 それからしばらくして、二人は離れにある一室にいた。
 大きい座卓に向かい合い、それぞれ緊張の面持ちを見せ合っている。
 あの時、驚いた顔で振り返った智子へ、剛志はここぞとばかりに言い切ったのだ。
 とにかく話がしたい、怪しい者じゃないから安心してほしいと告げて、彼女をなんとか離れに招き入れた。
 きっと、剛志に会いたいどうこうよりも、知っているという事実が効いたのだと思う。
 少なくとも目の前の男が、別世界の人間ではないくらいには思えたに違いない。それからは、黙って剛志の後についてきて、差し出した座布団の上にチョコンと座った。
「実は、あなたを迎えにいってほしいと頼まれたんです。今日この時間に、あなたがこの場所に現れるから、心配することのないよう説明してほしいと……」
 伊藤にそう頼まれたと告げて、剛志は智子の前に淹れたてのお茶を差し出した。
「実はあれから、少しだけ時間が経っているんです。だから、火事はちょっと前のことですし、本当はこの場所も、火事のあったあの林とおんなじところなんですよ……」
 そう告げた途端、智子はいきなり立ち上がった。驚いて目を見張る剛志に背を向け、そのまま和室に面した窓まで走る。そして窓ガラスに顔を擦りつけるようにして、さっきまで自分のいた辺りに目を向けた。
 しかし、どうにも納得いかないのだろう。
 釈然としない顔で振り返り、それでもしっかり核心だけは突いてくる。
「さっき、わたしが入っていたのって、あそこになんとなく見えているあれ、ですよね? あれっていったい、なんなんですか?」
 なんとなく見えている――とは、まさに上手く言ったものだった。
 それは、近くからではまずわからない。緩やかなスロープもいつの間にか消え失せていて、一見そこには何もないように思えるのだ。
 ところが距離を取ってから眺めると、そこに丸みを帯びた何かがある、という印象を強く受ける。しかしきっとそんなのも、ついさっきまでの経験がなかったならば、目の錯覚くらいにしか思えないに違いない。ただそんなわけで、智子の言いたい意味はすぐにわかった。
 だから正直に、あれが何かはわからないんだと打ち明けてから、
「あなたはあれに、どうやって入ったんですか?」
 と、ずっと気になっていた疑問を彼女に向けて声にした。
 あの日、智子は伊藤を残して、火事現場から一人消え失せる。それから二十年、彼女の生存は確認されず、剛志でさえ死んだものと諦めていたのだ。
 ところがどっこい智子はしっかり生きていた。見ている限りあの頃のまま、何ひとつ変わったように思えない。きっとあの日、剛志が駆けつけた時にはすでにあれに乗っていて、そしてそのまま、冷凍状態にでもされたのか?
 もしかすると、ものすごい速度で宇宙の果てまで行ってきたのかもしれない。その移動速度が光より速ければ、地球での二十年だって数日程度に感じられるらしい。
 確かあれは、猿の惑星≠セったと思う。
 宇宙へ飛び立ったクルーたちが不時着した場所、それこそが猿の支配する惑星で、遠い未来に存在する地球だったというオチだ。
そんな事実が明らかとなるシーンを、剛志はテレビか何かで偶然目にした覚えがあった。
 若かりし頃のチャールストン・ヘストンが、水爆か何かで滅びてしまった人類に向け、強烈なる悪態を浴びせかける。そんな映画でも、クルーたちは冬眠状態になっていたせいで、ほとんど歳を取らないまま未来の地球に帰還した。彼女も同じような理由なら、庭に現れた物体こそが宇宙船だということになる。
 ――伊藤こそが、宇宙人だったのか……?
 智子を自分の星に連れ去ろうとして、運悪く不都合が起きてしまった。それが何かはわからないが、結果、彼は死ぬことになり、智子だけ二十年間どこかへ行ったままとなる。
 つい昨日まで、こんなことを考えるなんて想像さえしていなかった。しかし目の前にいる若々しい智子を思えば、常識的な考えなどで理解できようはずがない。
 あの日、四方八方炎に囲まれ、智子は何かにつまずき捻挫してしまった。だから伊藤が彼女を抱き上げて、気づいた時には部屋のような空間にいたらしい。
「最初は暗くて、でも、すぐに電気が点いたみたいに明るくなって……気がつくと、わたしはフワッとした椅子に座っていたんです」
 きっとさっきの階段を上がっていけば、そんな椅子のあるところに行き着くのだろう。
「小さな部屋に座るところが一つだけあって、あとはどこもかしこも銀色の壁で……」
 そんな空間で智子に背を向け、伊藤はコソコソ何かをしていたらしい。
「でも、すぐにこっちを向いて、一言だけ言ってから、さっさと外に行ってしまったんです」
 大丈夫……あっという間だからね――こう告げた後、すぐに伊藤はいなくなってしまった。
「だからわたしも、後を追いかけようとしたんです。でも、その時にはもう、出口がどこにあるのかわからない。部屋の明かりもおかしくなって……だからわたし、ああ、ここで死ぬんだなって、本当にそう思いました。でもその後、キーンって耳鳴りがして、急に気持ち悪くなったんです……」
 部屋全体がフワッと浮かんだような感じがして、なんとも居心地の悪さを感じたらしい。
「でも、一、二、三って数えたくらいで、今度は逆に身体がフッと軽くなって、パッと明かりが元に戻ったんです。消えちゃった出口もすぐ左にあったから、だからわたし、急いで外に出ようと思って……」
 椅子から慌てて立ち上がる。そして出口から表を眺め、景色の変わりように動けなくなった。
 ――うそ……火事は? 林は……どこにいっちゃったの?
 智子は素直にそう思って、恐る恐る顔を外へと突き出したのだ。
そうしてすぐに、ちょうど剛志も智子の姿に気がついた。
 なんにせよ、智子の話をそのまま受ければ、やはり彼女にとって二十年間はないにも等しい。
 それでは記憶を消されたか? だったら歳は取ってるはずだ。となれば、やはりあの中にいると本当に、二十年という月日も一瞬となってしまうかだ。
 その時、彼女は身体が重くなって、急に気分が悪くなったと言った。それからすぐに、今度は反対に軽く感じて、閉じていた扉が知らぬ間に開く。
それはまるで、昔のエレベーターそのものだろう。
 今はそんなのに出会うことも少なくなったが、あの時代のエレベーターとは、そもそも気分のいい乗り物じゃなかった。 今とは比べ物にならない唐突さで動き出すから、剛志も小さい頃よく気分の悪さを覚えたものだ。
 ――やっぱりあれが、智子を乗せて浮き上がったんだ……。
 そうとしか思えなかった。それからどこかへ消え去って、二十年経った今日、景色を歪ませながら岩の上に下りてきた。そして智子が表に出ると、緩やかな階段が出来上がっていて、階段左手には剛志の姿があったのだ。
 結局、智子から得た情報はそのくらいで、あとはただただ伊藤が心配だと声にする。
 無論、彼女は家に帰りたいだろう。剛志くんはどうしているかと聞いた後、
「わたし、家に帰れますか?」
 と、恐る恐る聞いてきた。ここで返事を遅らすのは絶対まずい。
 だから間髪容れずに答えるが、その後がどうにも難しいのだ。
「もちろん、家には帰れますよ。でも、今すぐってのは、それがちょっと難しくって……」
 剛志はすぐにそう返し、この後どうするか即行頭を巡らした。
 時計を見れば、すでに五時半を回っている。窓の外も暗くなって、きっと気温もずいぶん下がっているはずだ。だから剛志はとりあえず、智子を自宅マンションに連れ帰ろうと思う。そして明日の朝出直して、あれがなんなのかを調べてみようと決めるのだった。
 何がどうあれ、元の時代に戻れるのであれば、それが何より智子にとっていいことだ。
しかしそう簡単にいくとは限らないし、あの中に入ったら最後、さらに二十年先に行ってしまうことだってあるだろう。 そんなことになったら、五十六歳になった剛志は、やはり十六歳のままの彼女をここで待たねばならなくなる。
 ――何をするにしても、きちんとすべてがわかってからだ。
 剛志は心に強くそう言い聞かせ、離れの部屋からタクシー会社に電話をかけた。
 岩倉という名を告げた途端、向こうからすぐにここの番地と、「岩倉様のお屋敷ですね、正門の方でよろしいですか?」とまで返してくれる。
 だからあっという間に受話器を置いて、剛志は電話の傍に十円玉をそっと置いた。
 智子の時代は十円で、何時間でも話せたからもったいないくらいに思ったのかもしれない。しばらく十円玉をジッと見つめて、どうして? というような表情を剛志に向けた。
 そんな顔する智子に向けて、剛志はここぞとばかりに声にするのだ。
「僕が知っていることは、すべてあなたにお話しします。ただ、実はここ、わたしの家じゃないんです。あなたを出迎えるために、本当の持ち主に、しばらく借りているだけでして……」
 だから、自宅まで一緒に来てほしいと話すと、彼女はほんの少し考えてから、
「あの……ここがあの林のあったところなら、わたしの家はすぐ傍なんですけど、このまま帰っちゃダメなんですか?」
などと、当然であろう言葉を返すのだ。ここで強い否定を声にすれば、きっと智子は不審に思う。しかし実際、今や彼女に帰る家などないのだった。
あの事件後数年で、彼女の父親はこの世を去って、母親もここ数年で亡くなっているらしい。さらに煮込み亭≠ナの話によると、大きかった屋敷は売りに出され、今ではそこに高級マンションが建っているということだ。
 剛志はそこまで思い浮かべて、あえて智子を、そこへ連れて行こうと考える。
 このままこの時代に残ることになれば、いずれ二十年という月日についても伝えなければならないだろう。ただそれが、今である必要はぜんぜんないし、今夜、両親が死んだなんて話すつもりも毛頭ない。少なくとも今は、そこに両親は住んでいない、という事実だけ知ってもらえればいいだけだ。そうして明日にでも、引っ越し先を調べてみようと声にして、その後は玉川にあるマンションに向かえばいい。そう目論んだ剛志だったが、事はそんなに単純じゃなかった。
 二人してタクシーに乗り込んですぐ、智子が辺りの変化に気づくのだ。一度、驚くような顔で剛志を見つめ、その後はただただ車窓に目を向け続ける。その時、彼女の顔は、
 ――どうして? いったい何が起きたの?
 と、まさしく剛志に告げていた。
 考えてみれば、当たり前の話だろう。二十年という年月をあまりに軽く考えすぎた。
 二十年かかって変貌していったすべてが、たった数時間で姿を変えたも同然なのだ。
剛志が気づかない些細な変化も、あの頃のままの智子ならわかってしまう。家があったりなかったり、もしかしたらそこに、親しい友人が住んでいたかもしれない。
 そもそもこの辺の道は、今やほとんどコンクリートかアスファルトで覆われている。
ところが智子のいた時代なら、土剥き出しの道ばかり。
砂利の敷き詰められたところも多かったように思う。
 ――そりゃあ、驚くわな……。
 これが真っ昼間であったなら、彼女の驚きはさらなるものになっていたはずだ。丘からは遠くに高島屋の光が見えて、そこら中にあった畑や田んぼは住宅地へと変わっている。そんな家々から漏れる明かりを、智子は何を思って見ていたろうか?
 そうしてあっという間に、タクシーは最初の目的地に到着するのだ。
 スッとドアが開いて、剛志は表に出ようと身構えた。ところが智子が動かない。ウインドウに顔を向け、身動き一つしないままだ。だから剛志はポツリと言った。
「降りなくて、いいの?」
 何も知っちゃいなかったのだ。だからこそ、こんなお気楽が声にできた。
ちゃんと考えれば当たり前だし、三十六にもなって、情けないくらいどうにかしている。
 剛志の声で、智子がいきなりこっちを向いた。その顔はクシャクシャで、涙が頬を伝って幾つも筋を作っている。
 思えばだ、十六歳の少女がよくぞここまで、堪えていたと考えるべきだろう。
彼女にしてみれば、あの火事から一日と経ってはいない。なのに林は忽然と消え失せ、街並みもおそらく彼女の記憶とは大違いだ。
 あの頃、電信柱の明かりは少ない。あったとしても、確か剥き出しの白熱灯だ。当然明るさ自体ぜんぜん違うし、こんな変化だって智子にとっては驚きのはずだ。
 そしてさらには、タクシーが停車したところに、あったはずの家が、ない。
見事なまでに消え失せて、その代わりに見たこともないようなマンションだ。建物あちこちで照明が輝き、正面に見えるエントランスは昼間のように明るいのだ。
そんな光景を目の前にして、智子は濡れた頰を両手で拭い、そして剛志を見据えて言ったのだった。
「これっていったい……なんなんですか?」
 微かに震える声が響いて、剛志はそこでようやく腹を決めた。
「あの、すみません……このまま、成城の駅に向かってもらえますか?」
 智子の顔に目を向けたまま、彼はタクシー運転手へそう告げる。それから運転手には聞こえないよう注意して、智子の耳元で声にした。
「今は、あれからずいぶん経ってしまった未来なんだ。君はきっと、眠らされたか何かして、知らないうちにこの時代に来てしまったんだよ。どうしてなのかはわからないけど、あの部屋みたいなところを調べれば、きっと元のところに戻れると思う。だから、安心してほしい。明日には絶対、あなたを元の時代に戻してあげるから……」
 囁くように、それでも必死に笑みを浮かべてそう告げる。
 智子の震える声を聞いた時、彼はとっさに思ったのだ。
 ――現実を、見せてしまおう。
 どう説明しようが嘘っぽくはなるだろう。
ならばまず、今という世界を見せてしまう、きっとそんなのが一番で、そうして浮かんできたのが、駅前にできたばかりのコンビニエンスストアだった。
 あそこなら、新聞だって置いてあるし、今という時代を知るには絶好の場所だ。
 あの時代、剛志が高校生だった頃、コンビニエンスなんて言葉さえ知らなかった。まして二十四時間営業なんて店、剛志はお目にかかったこともない。そんなふうに思って、自宅とは正反対にある成城学園前駅に向かうと決めた。


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