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作品名:いのちのみのり。あたためて 作者:秋邑茨

最終回   1


   雨の誕生日


「ごめんね、大事なようじがあるの」 
 長靴に足を入れながら、わたしは言いました。
「じゃ、メールするから返信してねっ」
 好っちゃんが言ったときにはもう駆け出していて、
「うん!」 
 返事をしたときは雨のなかです。
 秋子おばあちゃんから届く絵はがきのことで頭がいっぱいで、好っちゃんのことばなど、すぐに忘れてしまいました。
 去年届いたおばあちゃんの絵はがきは、まだ雪の残る山の絵と、クローバーの葉を押し花にしたもの。その前の年は、庭先で長いベロを出して跳びはねる愛犬のシロの絵と、納屋のそばにある淡いむらさき色のフジの押し花の絵はがきです。
 絵はがきには、かならず同じメッセージが書かれています。
 ――おめでとう。いつもニッコリね。
 今年はどんなだろうな。
 池のような水たまりも、シャワーのような雨も気になりませんでした。

  
 あれ? 
 出かけるなんて言っていなかったのに。
 雨でびっしょりのランドセルを開け、内側のポケットからカギを取り出します。 「今年は行けるの?」 
 きかれるのがイヤだから出かけたのかも。お母さん。
 言わないわよ、もう九歳なんだから。どうせ、 「遠いからねえ」 って言うに決まってるし。
 ランドセルを玄関に置いて団地の細い階段を駆け下り、さっき見たばかりの10ある集合ポストをのぞきます。 
 良かったあ。まだきてないわ。
 一、二、三、四、五六七・・・・・・
 一分って、長いなあ。
 い〜ち、にぃ〜い、さぁ〜ん――――――雨降りでなければ、ブランコにのって見ていられるのに。
 視線を落とすと、ピンク色のゴム長は、どろの水玉でびっしり。 
「仕方ないじゃない。雨降りなんだから」 声に出して言いました。雨音がだけでさびしいから。 
「そうだ。好っちゃん、言ってたっけ」
 携帯電話に着信はありません。メールも電話も。 
「どうしよう、送ろっかな」 でも、ようじが有るって言っておいて、わたしから送るのもヘンだし。
 雨の団地は人のとおりもなく、高い木々や電線にいるはずの鳥たちもいません。
「つまんないなあ」 
 みんなどこにいっちゃったの? 何しているの?
 おじいさん猫が雨のなかを、とぼとぼ歩いてきます。ぬれねずみです。うふふふ。 「ミャーオ」
 ・・・・・・ <どうしたんだね、そんなところで。>
 立ち止まった猫が、そんな顔を向けます。細い目を三角にして。
「おばあちゃんの絵はがきを待ってるの」
<ふぅん。>
 ・・・・・・・・・
 寂しいな。なんだか。
 こんな事ならちゃんと話せばよかったな。好っちゃんと。
 ぴちゃ、ぴちゃっ、チャッチャッ、チャッチャッ――― 
「ツグミちゃんっ!」 「好っちゃん!」
「大事なようじがあるのに、来ちゃってごめんね」
 控え目な好っちゃんの言い方が、あたたかいです。
「いいの。もうすむから。それより、どうしたの?」
 黄色い傘が役に立たなかったようで、好っちゃんのからだはびっしょりです。
「お誕生日だから」 
 好っちゃんは、はずかしそうに言って、ビニール袋をの中から小さな包みを差し出しました。 「これ。プレゼント」
 赤いほうそう紙に、愛実の好きなグリーンのリボンがとても愛らしいです。
「おめでとう」
「うれしい! ありがとう」
 学校帰りに渡そうと思ってたのかな。 「ごめんね」
 涙がにじんできました。 
<どうしたの?> 心配そうに見る好っちゃんの目がいっそう涙をさそいます。 
「あ!」 
 近づいてくるオートバイの音が涙を止めました。
「郵便屋さんがくるのを待ってたのね、ツグミちゃん」 
 二人いっしょに通りを見ます。
「おあばちゃんの絵はがきがくるの。毎年」
「そうだったの。覚えておくね」 
 好っちゃんは笑顔で言いました。
 204の佐々木愛実です――
「ツグミちゃん、って読むのかあ。ごめんね、遅くなって」
 手渡された絵はがきはほんのりとあたたかくて、秋子おばあちゃんと、郵便のお兄さんの体温が伝わってきます。
「上手ねえ」 
 好っちゃんがからだを寄せます。 
「やさしいね。ツグミちゃんのおばあさん」
「うん」
 田舎の風景も、あざやかな黄色いヤマブキの押し花も、 「いつもニッコリ」 の文字もどれもやさしいです。
「この子、ツグミちゃんね」
 田植えの終わった畦にたたずむ女の子を指さして、好っちゃんは言いました。
「そうかな。お母さんかもしれない」
 子供の頃のお母さん。何となくそんな気がしました。
「ツグミちゃんが緑いろが好きなわけ、わかった気がする」
 好っちゃんの言うとおりかもしれません。秋子おばあちゃんのいる田舎の風景に、わたしは影響されていたのかもしれません。
「それよりあがって。お洋服かわかさないと、カゼ引いちゃうから」
「ありがと。でも帰る。雨の日は、お夕食の手伝いがあるから。美希が待ってるし」 
 お母さんに言いわけをして来てくれたのね。プレゼントを渡すために。おめでとうを言うために。
 鼻の奥がまた、ツゥーンとしてきました。
「おばあさんの誕生日っていつ?」
 ハッとして涙が引っこみました。おばあちゃんの誕生日など、気に留めたことがなかったからです。
「じゃ、また明日ね。ツグミちゃんも着替えないとだめよ」
 わたしの返事を待たずに、好っちゃんは雨のなかへ駆け出しました。
「秋のお花の絵はがきを送るの!」 もちろん好っちゃんのお誕生日、忘れてないよ。
「ツグミちゃんと同じくらい喜ぶね! おば〜さん」 
 傘を持つ手を上げて答える好っちゃんが、絵の中のお花に見えました。





     ふたりのぶらんこ


 ふたつ違いの妹が、ダウン症と聞かされたのは、小学生になってすぐのことでした。
「あの人、美希に似てるね」
 スーパーですれ違った女の人を見て言った、わたしのひと言がきっかけでした。
 だけど両親の話しを聞いても、ダウン症が何なのか。今もよくわかりません。 

 色んな人がいることは、もう三年生なのだからわかります。
 病気で寝たきりの人もいれば、手がなかったり、ひざや足のつけ根から下がない人、目の見えない人、ことばを話せない人。男の人同士や女の人同士が好きな人。人より成長の遅い人。世の中には、ほんとうに色んな人がいます。
 でも私は、 「それが何?」 って、思うんです。けっして冷たい意味ではありません、みんな同じだと思うの。美希を見てると。 
 美希は人がいっぱいいるところで、 「あーあー」 と大きな声を出します。大人の人たちにヘンな顔で見られてもおかまいなしです。明るくあーあー。うれしくて、あーあー。
 ふつうの子だよ、美希は。特別じゃないよ。
 
 その美希が、小学校に通い始めました。
 養護学校に入るようにすすめられても、お父さんとお母さんは、 「ふつうの学校」 に通わせると言い張り、美希本人も、
「お姉ちゃんと同じ学校に行く」 と言ってききませんでした。
 美希は、私よりずっとお絵かきが上手で、パズルだって部屋のおそうじだって途中で投げ出したりしません。勉強だって嫌がらないし、六歳なのにやさしい漢字がわかります。
 みんなといっしょが大好きだから、私たち、お姉さんたちにまじって、バドミントンやかくれんぼをします。お母さんのお手伝いだってすすんでやります。
 美希は思いやりのあるやさしい子です。とても素直な子なのです。私なんかよりずっと。ずっと。
「たのむよ。好子」
 毎朝お父さんはそう言ってから会社に行き、お母さんは 「お願いね」 と言って私たちを送り出します。
 心配しなくてもいいのに――と思うけれど、学校では私がお母さんの代わり、 
「うん。まかせて」 と答えます。
 だから休み時間には一階に降りて、美希の様子を見にいきます。
 でも・・・・・・もう行くのをやめようと思います。美希のいる教室はいつ行っても明るいから。みんなやさしいから。元気に、あーあー言ってるから。
 いろいろあっていいと思うんです。
 私だっていろいろあるし、いろいろあるのが当たり前なのだから。
「お姉ちゃん」 
 美希の笑顔が、私を下からのぞきます。
「ぶ〜らんちゃん」
 私は美希の手をキュッとにぎりました。
 ふたつの手がひとつになって大きく揺れます。ぶらんこです。
 ぶーらん、ぶーらん、ぶ〜らんちゃん ♪
 私も美希みたいな子に、なりたいな。
「ぶ〜らんちゃん」




     いのちのみのり。あたためて


 ねえねえお父ちゃん、あの鳥さんは?――
 美希ちゃんにきかれるたびに、(わたしの)お父さんは、困っていました。
 最近の美希ちゃんのきょうみは動物で、なかでも野の鳥が大好きなのです。
 そういうお父さんも動物が好きで、うちには、白ぶんちょうのつがいが二羽と、ハムスターがいます。だから美希ちゃんは、お父さんにきけばわかる、と思ってたずねるのでしょう。

「買ってきたよ」
 お父さんは、 【日本の野鳥たち】 と書かれた、教科書三冊分くらいある厚い本を、テーブルに置きました。
 お母さんは手に取ると裏側を見ました。お母さんの目がふくらみます。 
<んまあ。何も、こんなに高い本じゃなくてもいいのに。> 顔がそう言っています。
 鳴き声や外国語の名まえも載ってるし、とくちょうも詳しく書いてあるんだ。一生ものだぞ―――
 むずかしそうな本なので、きっとお父さんの言うとおりなのでしょう。でもほんとうは、 「この本さえあれば、美希ちゃんに何をきかれても答えられる」 と言いたかったのかもしれません。
 それからの美希ちゃんは、
「クイックイッ、キョロ、キョロ」
 ――この鳥さんはね。愛実と同じ名まえなんだよ。
“お父ちゃん” が教えた、 “ツグミ” という鳥の鳴きごえを、真似するようになったのです。
「家でもするのよ。美希ったら」
 好っちゃんはお姉さんっぽく言います。学校では言わない約束で、
「おはよう、クイックイッ」 「いただきます、キョロキョロ」 「お休みなさい、グワッグワッ、」 って、言うのだそうです。
 美希ちゃんは、わたしと同じ名まえのツグミが大好きなのです。
 でもわたしは、あまり好きではありません。だって、からだは茶色く枯れ葉みたいで、少しずんぐりしてるから。お父さんは、わたしの名まえとは関係ないって言うけど、やっぱり気になります。
 わたしはスタイルばつぐんのキセキレイが好きです。学校のそばの小川で見かける、黄色いお羽がきれいな小鳥が、この鳥に違いありません。
 だからわたしは美希ちゃんに向かって、 「チチチッ、チチン、チチン」 って言います。可愛らしいキセキレイのこえで。
 すると美希ちゃんはスズメのスズちゃん、好っちゃんは、ハトのマメちゃんの真似をします。とても楽しいです。


「ユキちゃいないっ、ユキちゃいな〜い」
 美希ちゃんは家にくるとまっさきに、小鳥のいるお部屋に行きます。
「いるよ、いるよ。いるから大丈夫よ」
 わたしは美希ちゃんをなだめました。白ぶんちょうの、 “雪ちゃん” と “タロちゃん” は、卵を温め始めたのです。
 お母さんになる雪ちゃんは、四角い木箱の巣の中にこもるようになり、お父さんのタロちゃんは落ち着かない様子で、まわりをけいかいするようになりました。そんな時お母さんが、 
「これをかけてあげるといいわ」 
 白いシーツを切って縫った、鳥かごのカバーを作ってくれました。これをかけてやると、安心して、落ち着いて子育てができるのだそうです。
 カバーでおおわれた鳥かごは、エサ入れのそばの止まり木にいる、タロちゃんの足が見えるだけで、中のようすがわかりません。美希ちゃんは気になって仕方がありません。
「のぞかないでね。赤ちゃんが生まれなくなっちゃうから」
 お母さんは、美希ちゃんの肩に手をそえて、やさしく言いました。わたしにした時と同じように。
「お母ちゃん、な〜でも知ってるね、先生ねっ!」
 美希ちゃんは、お母ちゃん先生の言うことをきいて部屋を出て行きます。
「えらいね、美希は」 
 好っちゃんが美希ちゃんをほめます。好っちゃんはいつも、誰にでもこうです。見習いたいなと思います。
「タンタがかえらないよ、赤ちゃん、生まれなくなっちゃうよ」 
 美希ちゃんは見たいのをがまんして、まだ部屋にいるわたしたちに言いました。


「お母さんも、動物が好きだったんだ」 
 夜ごはんを食べ終わってから、わたしはききました。
 雪ちゃんやチャムちゃんの世話はわたしにまかせっぱなしで、お母さんがそばにいる事をあまり見たことがありません。ときどき、 「お水かえた?」 ときくくらいで、動物が好きだとは思えなかったのです。
「母さんのほうが詳しいし、父さんよりずっと動物好きさ」 
 お父さんが言いました。いがいでした。
「お母さんが小さい頃は、遊ぶところも、遊ぶものもなかったの。動物が話し相手だったのよ」
 お母さんのいなかは雪深いところで、近所に友だちがいなくて、長い冬は外で遊ぶことが出来なかったのだそうです。
「動物が何を考えているのか、どうして欲しいのかを考えなさいって。おばあちゃんが教えてくれたの」
 なつかしそうにお母さんが話します。だから、雪ちゃんとタロちゃんの気持ちがわかったのです。
 お母ちゃんは先生ね――。美希ちゃんのことばを思い出したわたしは、おばあちゃんが、お母さんの先生だったことを知りました。
 そして、ききました。 「おばあちゃんのお誕生日って、いつ?」 
 とても大事なことです。
「来月。七夕の日よ」
 七夕と言えば、七月七日。秋ではありません。
「秋子、なのに?」
 秋に絵はがきを送るつもりでいたわたしの話しを聞いたお父さんとお母さんは、声をあげて笑いました。
 好っちゃんに言わなければいけません.。来月絵はがきを送るって。ちょっとはずかしいけど。 
「父さんもそう思ってたんだよ」
 おばあちゃんも、よく言われたそうです。秋に生まれたから、秋子なんでしょって。


「秋という字には、 『お米が実る』 という意味があるの。お米がないと、ごはんが食べられないでしょ」
 秋子おばあちゃんの家は農家で、いま食べているごはんは、おばあちゃんの家でとれたお米です。
「ごはんを食べないと大きくなれないだろ」
「うん」
「雨や夏の暑さに耐えて実を結んだお米を、みんなに食べて貰うのと同じように、自分のものを喜んで与える人になってほしいと願って、つけられた名前なのよ」
 お母さんが言います。
「相手を思いやる気持ちを忘れずに育ってほしいという思いが、こめられた名前なんだ」 
 おばあちゃんは自分のことのように、わたしたちのことを考えてくれます。わたしが喜ぶことをおばあちゃんはしてくれます。名まえのとおりです。
「愛実と同じなんだよ。な」 
 お父さんはお母さんを見てやさしく言いました。
「おばあちゃんと同じなのよ、愛実という名前は」
 そうお母さんは、わたしが生まれる前から、大好きなお母さんと同じ意味をもつ、愛実という名まえをつけようと決めていたのです。わたしの名まえには、秋子おばあちゃんみたいな人になってほしいという、お母さんとお父さんの気持ちが込められているのです。せきにん重大です。
 
 おばあちゃんも、こんな気持ちなのかな。わたしの誕生日が近づくと。
 楽しみです、絵はがきを書くのが。
 おめでとう、ありがとう、いつもニッコリ元気だよ、いつまでも元気でいてね。会いたいです。のどかな景色が見たいです―――伝えたいことがたくさんあって、書ききれそうにありません。
 そう、好っちゃんと美希ちゃんといっしょに初夏のお花を描こう。好っちゃんからプレゼントしてもらった、虹色の色えんぴつで。
 待っててね、おばあちゃん。



 好っちゃんと美希ちゃんの名まえには、どんな思いが込められてるのかな・・・・・・・・・




                                了


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