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作品名:同じ日を繰り返す人々 作者:森本晃次

第6回   「同じ日」と「毎日」−3
 ミクとはほとんど歴史の話しかしていないが、毎日のように会っているのに、話題が尽きることはなかった。それは、オサムがミクとの会話に楽しさを感じ、どんなに長く話していても、それがあっという間だったように感じることで、自分がミクを好きなのだという意識を持つことでも感じられることだった。
 今まで自分の好きな話題について来れる人がいないのは、オサムにとって優越感を感じるものであったが、逆に一抹の寂しさを感じさせるものでもあった。
 アケミちゃんとミクとの違いは、明るさを前面に押し出しながら、どこかおしとやかな雰囲気を感じさせるアケミちゃんに対し、目立たない雰囲気であるにも関わらず、気が付けばいつもそばにいるという、逆の意味で存在感を示すミクだったが、その存在感がそれぞれに絶対的であるというところに共通点があった。
 それは、ツトムと横溝の関係に似ているのかも知れない。どちらかが光でどちらかが影。そういえば、オサムが喫茶「イリュージョン」でツトムと横溝が一緒になったところを見たことがあっただろうか?
 オサムもツトムには言わなかったが、学生時代に小説を書いていたことがあった。誰にも言わずに、もちろん、投稿しても、結果は芳しくなかった。
 その時の内容はほとんど忘れてしまっていたが、ツトムの話を聞いて、少し思い出してきたような気がした。
 しかも、ツトムの書いたという小説と、共通点が多いのではないかと思っている。ツトムの話を聞いて自分も忘れていた内容を思い出してくるのだから、引き出すだけのものがあったに違いない。
 オサムが小説を書いたのは、その頃だけだった。
――あの時は、発想が湯水のように出てきて、どんな話でも書けるような気がしていたはずなのに――
 ということを感じていたはずだった。
 しかし、一作品書いてから今度は、まったく発想が浮かんでこない。
――燃え尽きたような感じなのかな?
 その作品を書いている時は、自分でも何かに憑りつかれたかのように無我夢中で書いていた気がする。小説というのは、自分の世界に入らないと書けないものだというのを聞いたことがあったが、まさしくその通りだと思ったものだ。
 自分の作品は、同じ日を繰り返しているというよりも、もう一人の自分が存在していて、その人が数分自分の後ろを生きているという話だった。
 これは、毎日を繰り返しているシンジの話に酷似したものだが、シンジに対して、なぜか親近感が湧いてこない。自分が以前に書いた小説の主人公をそのまま生き写したような彼に対し、親近感が湧いてこないというのは、それだけ書いている時、主人公に対して、客観的な目で見ていたからなのかも知れない。
 その作品が最後になってしまったが、その時一気にだったが、小説はいくつか書いたことがあった。その時も主人公に対して自分を照らし合わせることがあっても、結局は主人公を客観的にしか見ることはなかったのだ。
 そういえば、その時に書いた小説の主人公には彼女がいた。
 相思相愛だったはずの二人は、次第にぎこちなくなっていくのだが、その原因が、主人公がまわりを客観的にしか見ることができなくなったからだ。主人公としては客観的に見ているだけのつもりのようだが、まわりからは冷たく見られてしまい、彼に対しての誹謗中傷がいくつも出てくる。
 それまで彼を支えていたはずの彼女も、そんなまわりを見て、次第に彼と一緒にいることが耐えられなくなっていた。そのうちに、お互いの気持ちが空回りを始め、引き合っていたはずの気持ちがすれ違うようになってくる。
 客観的な目を、冷徹な目として見てしまうと、相手に対して疑念が生まれると、修復することができなくなってしまう。
――一体、私は彼の何を見てきたというのだろう?
 女性の方が我に返り、自分だけを見つめるようになると、もういけない。相手がどうのというよりも、それまで信じていた自分が、信じられなくなってしまう。
 お互いに客観的にしか見ることができなくなると、二人は別次元に入り込んでしまったかのように思うようになった。
 二人の別れはすぐに訪れた。
 別れというのは、実にアッサリとしたもので、別れてしまうまでに、気持ちが冷めきってしまっている自分を再認識するだけだった。
――人と別れるのが、こんなにアッサリしているなんて――
 離婚する夫婦は、結婚した時の数倍もエネルギーがいるという話を聞いたことがあったが、結婚と恋愛とでは違うというのか、それとも、それまでに培ってきた感情の深さが違うからなのか、冷めたものは、最後まで冷めたままだった。
 そのまま別れられるなら、簡単なことだったはずである。
 しかし、別れてしまって、
――もう二度と会うこともない――
 と思うと、急に寂しさがこみ上げてきた。
 別れを決めて、別れが形になるまでは、二度と会えないことくらい覚悟はしていたし、会えない方が却ってアッサリしていると思っていたはずなのに、別れが形になった瞬間、主人公は、初めて後悔した。
 最初はその理由が分からなかった。しばらくしていると、二度と会えないということが頭を擡げ、そう思うことで、逆に今度は彼女を愛おしいと思った自分を感じたのだ。
――付き合い始めた時は、そう感じていたはずなのに――
 今さらながらに思い出しても、後の祭り。すべてが終わってしまって後悔しても、元の鞘に収まることはできないと分かっている。
――どうして、別れようなんて思ったんだろう?
 衝動的な感情がお互いにぶつかったわけではない。逆に冷めた気持ちを自覚しただけのことだ。
 衝動的な感情なら、熱い思いで、相手を説得することもできるだろう。しかし冷めてしまったものを再度熱を持たせることは難しい。しかもその感情は自分にあるだけではなく、相手にもあるのだ。お互いに持ってしまったのだから、始末に悪い。
 小説の内容は、前半が氷のように冷めた感情、そして後半は、後悔することによって生まれて初めて感じた熱い感情をいかに自分で納得できる状態に持っていくかということに掛かっていた。
 しかし、オサムの書いた小説は、決してハッピーエンドではなかった。
 二人が二度と再会することはなく、それは別れを決めた瞬間から決まっていたかのような書き方だった。
 いや、実際には、出会った瞬間から決まっていたのかも知れない。二人は、いや、人間は自分に決められた運命から逃げることはできないのだ。
 そして、二人が別れを形にした瞬間、彼女の方が、同じ日を繰り返す世界に入りこんでしまい、彼の方が、毎日を繰り返す世界に入りこんだ。
 しかも、他の世界に入りこんだ二人とは別に、現実世界にも、二人は存在している。
 それは、同じ現実世界でも、出会うことのない二つのラインを、平行線のように歩んでいるだけだ。
――そんな二人を神のみぞ知る――
 とでもいうべきであろうか。
 小説の中でオサムは、前半の主人公に感情移入していた。その思いが、最後に二人を別々の世界に追いやり、しかも、現実世界にも同じ二人を存在させ、二度と会うこともない、平行線の上を歩かせるという運命を辿らせた。
 それが何を意味していることなのか、その時、自分が何を考えて小説を書いたのか、オサムは感じていた。
 小説を書くということは、少なからず、自分を小説の中のどこかに置こうとするのは、小説家の感情だと思っている。
 それが意識的であれ無意識であれ、オサムは自分の立ち位置を小説を書くことで再認識しようと思っているのではないかと感じていた。
 小説の中で、主人公である自分がどのように立ち回るかという内容は、実はあまり好きではない。確かに主人公を自分になぞらえることはあるが、それは性格の一部が似ているところから、派生した部分を自分と照らし合わせるところであり、その人全体像をそのまま自分に照らしてみようとは思っていない。
 他の小説家がどのように考えているのか分からないが、オサムは自分の小説を他の人にはないオリジナリティを前面に出したいと思っている。
 そういう意味では、自分という人間が他の人と違って変わったところがあることを、いかに自覚し、その部分だけを小説に生かすことができるかということを考えていた。
 そして、そんな自分が、
――恋愛をしたらどうなるか? 相手はどんな女性なのか? 二人の行く末は?
 などと考えていると、自然とストーリーが頭に浮かんでくるのを感じていた。
 オサムは自分の小説の中に出てきたヒロインに、どのような思いを持っていたというのだろう?
――いずれ、似たような女性と出会うことになり、そして、小説と同じように恋をして、最後には同じ別れが訪れるというのだろうか?
 客観的に見てしまう自分の性格は、小説を書いた時には、そこまで強い自覚ではなかった。逆に小説を書いたことで、自分の性格を顧みることができたのか、自覚できるようになったのは、それからすぐだったように思う。
 この小説のミソは、実は現実社会の二人だった。お互いの本心はそれぞれの別世界にあるのだが、現実社会の二人は、別に抜け殻というわけではなかった。
 ただ、出会ったという記憶もなければ、これから出会うということもない。二人が二度と出会うことがないというのは決定していることだった。
 決定している運命に対して、何かを考えたことがある人が、果たしてどれだけいるだろうか?
 運命というのは、確かに決定していることであり、それに逆らうことはできないというが一般的な考え方であって、オサムもその考えに逆らう気持ちもなかった。
 しかし、この小説を書いた時、まだまだ将来を夢見ている青年だったはずで、書いている時も、こんなに切ないラストにしようなどと思っていなかった。それなのに、書き上げてみると、出来上がったのはこんな切ない小説だった。
――これが僕の本意なのか?
 もちろん、公募の新人賞に応募してみたりしたが、思った通り、一次審査にもパスしなかった。何が原因かは分からなかったが、落選したのだから、それなりの理由はあるのだろう。
 正直、その時に落胆がなかったと言えばウソになる。もちろん、新人賞受賞などという大それた考えがあったわけではないが、それでも一次審査くらいはパスしてほしいという思いがあったのは事実だった。
 そのことがあって、しばらく小説を書く気にもならなかった。それまで頭の中で燻っていたはずの発想も、いつの間にか消えていた。
――どこに行ってしまったというのだ?
 それこそ、小説の中に出てきたすれ違いの世界の中に行ってしまったのかも知れない。想像というのは留まるところを知らず、次第に妄想に変わってくることもあったに違いない。
 小説を書かなくなると、自信を持って書いたはずの作品の内容も、次第に忘れてしまっていて、気が付けば、ほとんど頭の中から消えていた。
――どうかすると、書いたということすら忘れてしまいそうだ――
 あれから小説を書こうと思わないと、自分に小説を書くだけの力量がないと思いこんでしまう。それが、書いたことすら忘れてしまうという健忘症にも似た症状を生みだすことになるのだろう。
 そんなことを思い出していると、なぜかミクのことが思い出されてきた。
 ミクと会ったのは喫茶「イリュージョン」で、何度かだけだったが、なぜか以前にも出会ったことがあったような錯覚があった。
 ミクを見ていると、親近感が湧くというよりも、自分が作り上げたキャラクターのイメージがあり、自分が作り上げたものなのだから、自分に都合のいい性格をしているに違いないという勝手な妄想が生まれていた。
――ミクは自分が書いた小説のヒロインのイメージだ――
 と感じた。
 ただ、ミクに対して見えるのは、自分に都合のいい部分というよりも、それ以外のプラスアルファな部分が多かった。
――疑り深い性格なのではないだろうか?
 という思いが強く頭の中に残っている。
 ミクとは歴史の話しかしたことがなかったが、他にどんな話をすればいいのか思い浮かばなかった。ただ、ミクという女性の存在は、オサムにとって、なくてはならない存在であったことには違いない。
 最初はあれだけ波長があっていて、毎回会っているような気がしていたのに、ある日急に、
――会えなくなるような気がする――
 と思ってから、不思議と会わなくなった。
 ミクが来なくなったわけではなく、完全に二人の歯車が狂って、平行線を描くようになったようだ。
 ミクと再会したのは、ミクと会わなくなってからの何回目かに喫茶「イリュージョン」に行った時だ。その時、
――会えるような気がする――
 という予感めいたものがあった。
 ミクも、
「会えるような気がしていました」
 と言っていた。
 その時の話は、歴史の話ではなく、自分が考えていることをミクが話してくれたので、オサムは黙って聞いているか、相槌を打っているだけにしようと思っていたが、それだけでは済まないようだった。
「お話したいなと思うようになって。やっと会えるようになりましたね」
「お話したいと思ってくれたんだ?」
「ええ、歴史のお話で盛り上がったことで、お互いに気持ちが通じ合うことがあるような気がしていたんですが、会ってしまうと、何を話そうか考えていたことが一度リセットされた気がします」
「それは僕も同じかも知れない。何かを話そうと思っていたはずなんだけど、何を話そうと思ったのかということを忘れてしまったような気がするんだ」
 二人は照れ笑いを浮かべながら、相手の顔を見ていた。お互いにウソを言っているわけではないことは分かっているが、相手に気持ちを覗かれているようで、そこが照れ臭かったのだ。
「でも、同じようなことを考えていたような気がするんですよ。そうでなければ、忘れたりしないと思うんです。自分が考えていたことを、相手も考えていると思った時というのは、ドキッとするでしょう? しかも自分の心の奥を覗かれているような気がしてくる。そんな状態になると、思っていたことがフッと、意識から飛んでしまったとしても、仕方のないことではないかと思うんです」
 オサムは、その話を聞くと、驚いてミクを見た。
 ミクはオサムが考えていることをある程度分かっているとは思っていたが、ここまでお互いを分析できているとは思わなかったからである。
 しかも、その発想はオサムの発想に似ていて、さらに話を聞いていくうちに、自分よりも発想が発展していることに驚かされた。
――言葉に出すことで、想像力が増してきて、次々と新しい発想が生まれるのかも知れない――
 と感じた。
 その感覚は、お互いの中で共有しているようだった。
「オサムさんは、夢を共有しているという発想したことがありますか?」
「夢を共有というのは、自分が誰かの夢に入り込んだり、誰かが自分の夢に入り込んできたりということかい?」
「結果的にはそういうことなのかも知れませんが、あくまでも共有なんです。同じような夢を見る人の波長が合うことで、引き寄せられるものがあり、お互いに夢だと思っているから、腹を割って話すこともできる。夢の中で話をしているわけでなくても、同じことを考えていることで、会話しているのと同じ気持ちになれる。声に出さなくとも考えていることが分かり合えるというのが夢の特徴であることに気付くんですよ」
「そういう意味での夢の共有なら、発想したことがあるね。というよりも、いつも無意識にだけど、考えているような気がするな」
「そうでしょう? 私もそうなんですけど、こんな話他の誰にしても、同調してくれる人がいるとは思えなかった。でも、このお店に来て、波長が合うことを知ったオサムさんなら、話が通じ合えるような気がするんです」
 オサムは、その話を聞いて納得したような表情を浮かべた。ミクはその顔を見ながら、満足した表情になり、少しの間、会話が途切れた。
 沈黙を破ったのは、今度はオサムだった。
 さっきまではミクの話を納得しながら聞いていたが、今度はオサム自身が疑問に感じていることであったり、人に確認してみたいと思っていたことがあったことで、今が確認するその時だと思ったのだ。
 オサムはさっきまでと違い、少し無表情になり、淡々と話し始めた。
 ミクはその顔を、神妙な表情で見つめている。あどけなさの残る顔にその表情は、怯えとは違った新鮮な感じを受けた。
「夢の共有と言っても、別にどこかに二人が共有する部屋のようなものがあって、そこで同じ夢を見ているというわけではないんですよね。やはり、夢は最初にどちらかが見ていて、そこに引き寄せられるように入り込んでいくものなんだと思っています」
「私は、最初そうだと思っていて、途中で疑問に思いました。共有という意識が頭の中にあったからですが、お互いに別の場所に行くというのは、一から作り直すことになるので、考えにくいと思ったんですよね」
「でも、誰かの夢に入り込んだとしても、一から夢を作り直すという発想は、僕の中にあったんですよ。途中まで夢を見ていたとしても、相手が入ってきた瞬間に、一度最初にリセットされる。元に戻るという発想ですね」
「それって、同じ日を繰り返しているという発想に繋がりませんか?」
 いきなり奇抜な発想だが、オサムにとって、奇抜ではありながら、自然な気がした。
 実はオサムが同じ日を繰り返しているという発想を思い浮かべたのは、この時だった。その後に、ツトムから言われたのだが、ショックを感じなかったのは、前兆とは別に、ミクの言葉があったからだ。
 夢の共有と、同じ日を繰り返しているという発想が、まさか交差することになろうとは、オサムはまったく考えていなかった。
 夢の共有にしても、同じ日を繰り返すことにしても、どちらも単独で小説のネタにしたことがあった。ただ、夢の共有に関してはテーマを絞りきることができなかったのか、最後は尻切れトンボで、完成には至らなかった。それでも発想だけは頭の中に残っていた。同じ日を繰り返しているという小説は曲がりなりにも書くことができたが、決して満足のいくモノではなかった。
――書きたいと思うことの半分も書けなかった――
 というのが本音で、今から思えば、書きたいことがどんなことだったのかということを思い出すのも困難だった。
 ただ、その時に書いていた小説の集大成が出来上がり、自分なりに納得の行く作品として投稿したものが何ら評価を受けなかったのがショックではあったが、今ではそれもいい思い出となっていた。
――もし、それなりに評価を受けていたら、小説家になっていただろうか?
 と考えたが、プロになれるだけの資質が自分にないことは、本人が一番よく分かっている。
――それに小説家になれば、本作よりも次作、さらにその次と、どんどんいいものを書いて行かなければいけない宿命にある――
 そんなプレッシャーに打ち勝てるだけの自信はなかった。アマチュアとして楽しく書いているのが、性に合っている。そう思っていたはずなのに、なぜ急に小説を書くのを止めたのか、その時の心境を今となっては思い出すことができなかった。
――自分の書いた話が現実になったのかな?
 もし、そうであれば、書いていくことに恐怖を感じたとしても仕方のないことだ。そのことも、小説を書いている時に想定していなかったわけではない。考えてみれば、小説を書いている時というのは、結構いろいろなことを考えていたものだった。
 書かなくなると、今度はスッパリと書いていた時のことを忘れてしまう。そして書きたいとも思わなくなる。
――あの時期は一体何だったのだろう?
 と感じる。
 ただ、覚えているのは、
――書いている時は、違う時間が動いていたんだ――
 という感覚である。
 まったく違った次元が存在し、その中でどんどん先に行くほど発想が豊かになっていく。小説を書いているということは、違う次元に入り込み、気が付けば書いていた時間を飛び越え、あっという間にそれだけの時間が過ぎていることだった。
――知らず知らずのうちに小説が出来上がっていた――
 そんな心境になる時間が存在する。
――タイムスリップした時って、こんな心境なのかも知れないな――
 だからこそ、小説のアイデアにはいつも時間の感覚が裏に潜んでいる。同じ日を繰り返すのも、毎日を繰り返すのも同じことで、時間の感覚が広げた発想であった。
 ミクの頭の中にある、
――他の人が夢に入ってきた時、それまで見ていた夢がリセットされる――
 という発想だが、オサムの中にも前からあったものであった。しかし、
――リセットされた元々の夢はどこに行ってしまうのだろう?
 と考えた時、夢の共有にはデメリットしか感じられないという思いから、どうしても、夢の共有を自分から認めることができなかった。想像はしても、認めることのできない発想は、それ以外にもたくさんあるのかも知れない。
 ミクとそんな話をしていると、喫茶「イリュージョン」に珍しい客が訪れた。実際には珍しいというわけではなく、彼は彼で店には来ていた。ただ、オサムとはいつもニアミスを繰り返し、ほとんど会ったことがなかったのだ。
「お久しぶりです。横溝さん」
 オサムが横溝に話しかけると、横溝は無表情で、何も言わなかった。元々ぶっきらぼうなところがあるが、表情を変えずにしかとするようなそんな人ではなかったはずなのに、オサムはそんな横溝に拍子抜けしていた。
 だが、横溝はいつもの席に腰かけると、すぐに表情が変わり、
「ああ、オサム君か。最初誰か分からなくて、すまなかった」
「いえ、いいんですよ。体調が悪いんですか?」
「そんなことはないんだけどね。でも、オサム君とここで会わなくなってから久しいんだけど、そのうちに会えるようになるとは思っていたんだ。でも、それが今日だとは思ってなかったけどね」


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