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作品名:同じ日を繰り返す人々 作者:森本晃次

第12回   飛び出す未来ー2
 見たこともない初めて来た場所なのに、
――以前にも来たことがあるような気がする――
 という、いわゆる「デジャブ」を感じることがあるからだ。
 それも、自分が誰かの生まれ変わりだと考えれば分からなくもないと思えることであったが、その信憑性は不完全なものだった。
 なぜなら、自分が誰かの生まれ変わりであれば、少なくとも、今から考えれば時代はすでに二十年以上は経っていることになる。それなのに記憶している時代は、さほど過去のものではないように思える。まわりが何もない平原のようなところであれば、時代の流れを感じさせることはないが、そうでなければ、同じ現代に思えてならないからだ。
 ということは、
――最近、どこかで見たことを、完全に忘れてしまっているからだ――
 と考えた方が、信憑性に関しては、完成度が高い。
 オサムは、特に忘れっぽくなっていて、しかも覚えていたいと思うようなことほど、忘れてしまっている傾向が強いようだ。
 一度自分の記憶能力を疑ってしまうと、もはや信じることはできない。逆にその代わり、別の特殊能力が備わっているかも知れないと考えると、
――自分が同じ日を繰り返していることで得た特殊能力ではないか?
 という考えを持つことができるようで、忘れっぽいということや、他人事に思えてしまうということからも、自分の考えが行きつくところは、どうやら、
――同じ日を繰り返している――
 というところに、最後は落ち着いてしまうようだ。
 オサムは、最近自殺を試みる人をよく見かけるようになった。
 最初に見かけたのは、電車に飛び込もうとした人だった。その人は、走ってくる電車に向かって飛び込もうとしていたのだが、その人の様子がかなり怪しかったにも関わらず、まわりの人は誰も気にすることはなかった。
 オサムは同じホームのかなり遠くから見ていて気が付いたにも関わらず、同じ列で並んでいる人誰もが、その人を気にすることはなかった。新聞を読んでいる人、スマホを弄っている人、さらには、何を考えているのかボーっとただ立っているだけの人とさまざまであったが、誰一人、先頭に並んでいる男性の怪しげな雰囲気に気付く人はいなかった。
 逆に並んでいる人全員が、怪しげな雰囲気に見えてくるから不思議だった。最初こそ、自殺をしようとしている人の怪しさにだけ気を取られていたが、よく見ると、その付近の雰囲気が完全に異様だった。自殺を試みようとしている人だけが怪しく見えるのではなく、全体の雰囲気に飲まれてしまっていたことで、先頭の人だけを怪しく感じたのだと思ってみたが、やはり怪しいのは先頭の男性だけだ。
 ホームに流れ込んでくる電車に、今にも飛び込みそうな雰囲気で、反射的に、
――少しでも近づいて助けなければ――
 と思ったが、オサムは身体を動かすことができない。
――夢でも見ているのか?
 と思った瞬間、確かに男は電車に飛び込んだ。
 瞬きをする瞬間がこんなにも長く感じられたことはなかったが、その男性は確かに飛び込んだはずだ。それなのに、何事もなかったかのように、電車が到着し、自分の目の前の扉が開いた。
 自分の後ろに並んでいた人は自分を追い越して電車に乗り込む。あっけに取られて飛び込んだはずの方を見ているオサムを、誰も意識していないようだ。他の人の顔を見ると誰も無表情、まるで氷のような冷たい世界に入りこんだようだ。そう思うと、今度はまわりが固まってしまって、誰もが微動だにしない世界に入りこんでしまっていた。目の前に見えている光景もさっきまでとは違い、色がモノクロームになっていた。
――本当に凍り付いてしまったのだろうか?
 これも子供の頃に見たテレビドラマで画面に広がっていた光景だった。凍り付いた時間はまわりを微動だにせず、色はモノクローム……。本当にそんな世界が広がっているのを見ることになるなど、ありえるはずのことではない。本当に夢を見ているわけではないのかと疑いたくなるのも無理もないことであった。
――やっぱりウソなんだ――
 さっきまで感じていた光景が、嘘だと感じた瞬間に、消えてなくなり、時間は流れを取り戻し、何事もなかったように、過ぎていく。
――ただ、さっきホームに飛び込んだ人はどうなったというのだろう?
 さっきまであんなに気になっていたのに、さっきの世界がウソだと思い、元の世界に戻った瞬間、まったく気にならなくなった。完全に他人事に思えてくると、その思いが本当に過去のことであることを思い知ると、落ち着いた気分になっていくのを感じていた。
――人の死なんていうのは、こんな感覚なのかも知れないな――
 と感じた。
 目の前で人が死のうとしていても、実際に死んでしまっても、死ななくても、さほど関係ないと思うのではないだろうか。ショックを受けた瞬間、自分の中にある他人事だという思いが顔を出し、自分の気持ちに蓋をしようとする。防衛本能と言ってしまえばそれまでだが、逆にこの思いを誰もが持っているとすれば、自殺をする時も、まるで他人事のように思って割り切ってしまうことで、いとも簡単に死ぬことができるようになるのかも知れない。そうでなければ、自殺など、そう簡単にできるものではないと思っている。
――自殺をする人としない人とでは精神的に紙一重なのかも知れない――
 オサムは、今までに自殺をしようと思ったことはあったが、実際に具体的に考えたことはなかった。自殺するにもいろいろある。手首を切る。電車に飛び込む。ビルから飛び降りるなど、いろいろあるのだが、方法は考えても、そこから先を考えない。最初は考えるだけで怖いと思っていたが、それよりも、他人事のように思う方が強かったことに、後になって気が付いた。
――他人事のように思うのは、逆に自殺しやすくなるのではないか?
 死への恐怖を拭い去るには、自分を他人に思うというのも一つの手である。
 死を恐れるということは、自分がこの世にやり残したこと、未練があることで死を恐れているというのであれば、自分をまるで他人のように思うことができれば、その部分の恐怖は拭い去ることができる。いわゆる
――開き直り――
 というやつである。
 しかし、実際の死というのは、それだけではない。
 痛い思いをしなければならないのは当然のことで、
――痛い、苦しい――
 というこの世にやり残したことや未練などという抽象的なものではない直接的な苦痛を考えると、開き直りだけで死を選べるものではないだろう。
 しかも、死んでから先を考えてしまう。
「死んだら、どうなるの?」
 子供の頃に、祖母に聞いてみると、
「いいことをした人は天国に行けて、悪いことをした人は地獄に落ちるんだよ」
 という、当たり前の答えが返ってきた。
 さすがに子供でもそれくらいのことは分かっていた。要は地獄というところがどんなに辛いとこなのかを聞きたかったのだが、教えてはくれなかった。考えてみればそれ以上知るのは怖いだけ、知らなくてもいいことをその時に怖い思いをしてまで知る必要はなかったのだ。
――聞いておけばよかったかな?
 今となってはそう思った。
 知らないだけに最悪を想像してしまう。祖母が話してくれるであろう話は、戒めも入っているだろうが、子供相手なので、ショッキングなことはなるべく言わないようにしたに違いない。しかし、恐怖を煽るような言い方しかできないであろう地獄を、祖母が柔らかく言えるかどうか疑問だった。やはり苦しめなかったという意味でも、あの時は聞かなくて正解だったに違いない。
 地獄というのがどういうものなのかを知ったのは、祖母が亡くなってからのことだった。別に興味があったわけではない時期だったので、知らされた時はショックだったが、その時もまるで他人事のように見ていたので、印象にはさほど残らなかった。そのおかげで、今でも地獄を想像することは難しい。
――死んだらどうなる?
 天国に行くか地獄に行くか、想像できるわけもなかった。少なくとも地獄を他人事だと思っている間は、ずっと考えたとしても、堂々巡りを繰り返すに違いない。
 オサムは自分が死ぬということを今までに何度考えたことだろう。そのたびに、
――死んでからどうなる?
 と考えた時点で、他人事に変わってしまい、気が付けば意識しなくなるという状態を、何度も繰り返していた。同じ日を繰り返しているというのに、そんな感覚がないのは、やはり他人事のように思うくせがついてしまっているからに違いない。
 同じ日を繰り返している時、オサムは、
――自分は死んでいるのだろうか?
 と考えていた。
 しかし、身体から魂だけが抜けてしまい、その魂だけが同じ日を繰り返しているのではないかという思いも生まれてきた。なぜかというと、
「死んだらどうなるの?」
 と子供の頃に祖母に聞いた時、
「身体から魂が抜け出して、魂が生きているから、ずっと生き続けることになるのよ」
 と言われたのを思い出した。
 子供心にいろいろと考えてみたが、その時は、
――誰か違う人に生まれ変わるんじゃないのかな?
 と感じた。その思いは今も残っていて、
――死んだ人は誰かの生まれ変わりになるんだ――
 と思うようになった。その思いが、同じ日を繰り返しているというよりも、向こうの世界から誘われていると考えた時に感じた「生まれ変わり」に似ているのだ。
――そこに繋がってくるんだ――
 と思うと、考え方がどこからどこに繋がっているのか分からない気がしていた。オサムは自分が同じ日を繰り返しているということを本当なら意識できなかったかも知れない。それをまわりから言われることで嫌でも意識するようになったのは、必然のように思えてきた。
 ヨシオがツトムのことを話した時、オサムはどうしても他人事のように思えてならなかった。そして、ヨシオが自分の前に現れたのは、ツトムのパターンとオサムのパターンが違っていることに注目したかったのかも知れない。
――それにしても、ヨシオはどうして自分が同じ日を繰り返しているということを知ったのだろう?
 という疑問が頭を擡げた。
 誰かがヨシオに教えたのだろうが、ツトムではないことは確かだ。
 ツトムとはあれから会っていない。同じ日を繰り返しているにも関わらず会っていないということは、二人のパターンが違っているからなのかも知れない。
――横溝が関係しているんだろうか?
 横溝のことを思い浮かべると、ツトムがヨシオにとってどういう関係なのか、おぼろげながら想像できるような気がした。
――ツトムはヨシオにとっての実験台なのかも知れない――
 そう思うと、ヨシオはツトムのことは手に取るように分かっても、オサムや横溝のことは分からないだろう。
 そもそも、ヨシオと横溝が顔見知りだという証拠もなければ、自分が同じ日を繰り返していることに横溝が関わっていることも、オサムの勝手な想像なのだ。
 ツトムやヨシオは、一度同じ日を繰り返す世界に身を投じ、その世界から戻ってきた。その時に、
――日にちが変わった瞬間に、過去のある位置に戻って、そこから前に飛び出したのかも知れない――
 ただ、その方法を最初から分かっている様子だった二人は、すぐにこちらに戻ってくることができなかった。
――なぜなのだろう?
 ヨシオと話をしていたのを全部覚えているつもりだったが、どうやら、覚えているのは一部だけのようだ。今昨日の話を思い返しているうちに、その時に話したことで忘れてしまったことが思い出されてくると、次第にその感覚が繋がってくるように思えてくるのだった。
 しかも、繋がってくると、今朝目が覚めた時に感じたヨシオとの話の内容とは、若干違っていることも分かってきた。
――憚られたのかな?
 向こうはそんなつもりもなく、オサムの方が勝手に勘違いをし、勝手な解釈をしてしまったのかも知れない。そこまでヨシオが計算しているとすれば、それはオサムにとって恐ろしいことであった。
――過去に戻ってしまうと、今度は未来に向けて一気に飛び出すことはできないのではないだろうか?
 と思うようになった。
 しかし、それは同じ日を繰り返しているという、限られた範囲の世界でのことであり、もし、飛び出すことができれば、それはこの世界から逃れるためのキーになるということになるのだと、オサムは感じた。
 オサムは、
――自分ならどうするだろう?
 と考えた。
 日付が変わって、同じ日だと一瞬で判断できるかどうかにもよるが、そう思うことができれば、どこに戻ろうとするだろう?
――やっぱり、日付が変わるその瞬間に戻るに違いない――
 それは、手を伸ばせば届きそうなすぐそばにある一瞬である。しかし、それも毎日をきちんと飛び越えている人に言えることで、同じ日を繰り返している人にとっては、すぐそこに見えているようで、超えることのできない目に見えない結界が、目の前に広がっているのを見て取ることができるのだろうか。
 だが、それもヨシオが創造し、ツトムが実験台になっているパターンの世界での出来事である。オサムには当てはまらないのではないだろうか? そう思うと、オサムは頭の中で自分が目の前に見える過去に容易に戻ることができ、そして、今度はそこからどうするかを考えればいいという思いに駆られた。
 一つ段階を進んだように思えたが、進んだ段階で、次はどこに飛び出せばいいというのだろう? ヨシオとツトムの二人のパターンと同じであれば、元の世界に戻ることはできないような気がする。
 つまりは、過去に戻ってから未来に飛び出す瞬間、どこに飛び出すかを最初から決めておく必要はないように思えた。
 いや、最初から決めてしまうと、本当にそこに戻れるのかどうか怪しい気がした。本能のまま、自分の理性や欲という正反対のものが、本能として息吹をとなった時、自然と飛び出す瞬間に導いてくれるような気がした。
 オサムが、ヨシオとツトムとの一番の違いがどこにあるかと聞かれると、
「自分の未来は自分が決めるものではない」
 という答えが引き出される。
「それではあまりにも消極的なのでは?」
 と言われるであろう。
 しかし、それは自分では決められない優柔不断な考えであり、いろいろなことを考えて決められないことが、本当の優柔不断ではないということを改めて教えられることに繋がくる。
――優柔不断というのは、本当はいろいろなことを考えているつもりでも、実際には考えが浅いから、すべての考えが中途半端になり、結論がないことになる。結論がないことをいくら繋ぎ合わせようとしても、それはただの自己満足にしかすぎない――
 自己満足させるための「言い訳」として、優柔不断ということが使われる。元々あまりいい意味ではない優柔不断という言葉でも、それを言い訳にしなければいけないほどの考えというのは、
――それだけ自分に対してウソをついている――
 ということになるのではないだろうか。
 オサムはここまで考えてくると、嫌な予感が頭を過ぎったのを感じた。
――どうやら、この考えは自分にとって不利なことをいくつか考えさせることになるのかも知れないな――
 と思わせた。
 何がそのように感じさせるのか、すぐには分からなかったが、
――同じ日を繰り返しているということは、自分にとって知りたくないことを思い知らされることに繋がるのかも知れない――
 それが嫌な予感の一つだった。
 元々、オサムは自分が忘れっぽいことや、優柔不断なところがあることを意識していた。それと、
――同じ日を繰り返していることと結びつかないでほしい――
 という思いとが交錯して頭の中で嫌な予感を作り上げているようだった。
 ただ、オサムには同じ日を繰り返していたとしても、それは永久的なことではなく、近い将来、必ず抜けると思っている。
 しかし、嫌な予感を感じたことで、一つ疑念が浮かんできた。
――同じ日を繰り返している間を抜けたとして、一体次の日というのは、いつの一日になるというのだろう?
 繰り返したその一日の次の日になるのか、それとも、繰り返した日を一日一日と考えて、いきなり数十日後に飛び出すということなのだろうか。もし、後者だとすれば、その間の記憶はどうなるのだろう? 考え始めると、そう簡単に自分を納得させることはできないような気がしてきた。
 オサムは、自分の肉体に本当に戻れるのかということが嫌な予感の正体であることにすぐには気付かなかった。
 同じ時間に、たくさんの人が死に、たくさんの人が生まれる。すべての人が生まれ変わりだとは言わないが、生まれ変わった人もいるのは確かだろう。もちろん、意識も感覚も完全にリセットされ、まったく違う人として生を受けるのだから、生まれ変わりなどという意識はない。それこそ、
――神のみぞ知る――
 というべきであろうか。
 ただ、新しく生まれてくる人の中には、死なないまでも、同じ日を繰り返して、そこから逃れるため、過去のある地点に戻り、さらにそこからどこかに飛ぼうとして、行きついた先が、生まれ変わりだったとしても、不思議に感じないのは、同じ日を繰り返しているということを信じているからに違いない。
 オサムにとって嫌な予感というのは、戻ったつもりで、自分がリセットされてしまうのではないかということだった。新しく生まれ変わるということは、今の自分が死んでしまうということと同じである。
――でも、今の人生に満足しているわけではないからな――
 何に不満があるというわけではないが、過去を思い返すと、将来に対して何ら希望を持っていないことを思い知らされる。
――先が見えないから、同じ日を繰り返すという道に入りこんでしまったのだろうか?
 ただ、ここまで同じ日を繰り返すということに対して深く考えたのは、ツトムやヨシオ、そして横溝の存在があったからだ。そしてその入り口にいたのがミクであり、アケミとシンジであった。
――ひょっとして生まれ変わるとすれば、ミクであったり、アケミやシンジなのかも知れない――
 別に男でなければいけないというわけではないだろう。何しろリセットされるのだ。感覚や記憶以外に、理性や本能もリセットされることだろう。
 そう思うと、オサムは喫茶「イリュージョン」という空間が、異空間の入り口のように思えてきた。
 ただ、オサムは明日という日に、ツトムと会うことを自覚している。それは同じ日を何度か繰り返して戻ってきたところでツトムと再会するのだろうと思っていた。しかし、リセットを思うと、すべてを考え直さなければいけないように思えてきたのだ。
――この世界は、解釈一つで何でもありなんだな――
 と思ったが、それもリセットという発想を持ってしまったからだ。
 考えてみれば、
――夢の世界だって何でもありじゃないか――
 とふと感じたが、
――夢の世界というのは潜在意識が作り出すもの――
 という意識があることから、夢の世界こそ、制限だらけのような気がして仕方がなかった。
 ただ、夢の世界が願望のかたまりであることに変わりはなく、潜在意識がどこまで願望を許容しているかということに繋がってくる。
 オサムは願望を、欲と一緒に考えることをしなかった。
 オサムにとって欲というものは、悪いものではなく、
――人間にとって必要不可欠な感情だ――
 と思っていた。
 願望も確かに必要不可欠に見えるが、
――願望というのは、叶えてしまえばそこで終わりだ――
 という思いがあったのだ。
 それに比べて欲というものには限りがない。もし叶えられる欲があったとしても、すぐに他の欲が顔を出す。要するに、願望に比べて欲というものは漠然としたものであり、曖昧でもあるのだ。
 そういう意味で、必要不可欠な感情なのである。
 潜在意識は現実世界の意識に比べて、幅が広いように感じるが、夢の世界が欲ではなく願望だと考えれば、限りなく狭い範囲に落ち着いてしまうだろう。
 同じ日を繰り返しているのも夢の世界の一環のようなものだと思えば、必ずいつかは目が覚める。それが、必ず同じ日を繰り返している世界から抜けられるということへの確証でもあったのだ。
 では、この世界をヨシオとツトムはどのように思っているのだろう?
 ツトムがヨシオの実験台になっているというのは、ヨシオの話を聞いていて分かってきたことだったが、ツトムにとってヨシオはどういう立ち位置にいるのだろう。ツトムがみすみす、ヨシオの言いなりになっているというのは解せない気がする。ツトムとしても自分の書いた小説と同じ世界を創造していたのだ。それなりに考えがあったはずだ。
 逆に言えば、それなりの考えがツトムにあったからこそ、ヨシオにとっての実験台として存在しえたのかも知れない。そう思うと、二人の目に見えない駆け引きがどのように行われているのか、興味深いところだった。
 そういう意味でも、早く明日になって、ツトムと再会したいと思った。ツトムと再会することで、何か吹っ切れるものがあると感じたからだ。


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