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作品名:同じ日を繰り返す人々 作者:森本晃次

第10回   リセット−3
「そうだよ。ツトム君も僕の意見に賛同してくれた」
 その話を聞いて少し不気味な気がした。
 一つは、ツトムが簡単にその話を信じたということ。そして、もう一つは、最近、そのツトムと会っていないということだった。
「でも、その話をよくツトムさんは信じましたね」
「最初はビックリしていたさ。でも、彼は自分の考えていたことと照らし合わせたみたいで、しばらくすると納得してくれたよ。でも、この話はあくまでも仮説であって、絶対にできっこないんだって言っていたのが印象的だった」
「実は、僕も今、ヨシオさんの話を聞きながらいろいろ考えていたんですけども、やっぱり過去に戻るというのは不可能だって思ったんですよ。それが夢の中の世界であってもですね。いや、逆に夢の中の世界だからこそ、難しいのかも知れません」
「どういうことなんだい?」
「タイムマシンなど、SFの世界では、過去に戻ることをパラドックスの証明として、タブーが定説になっていますよね」
 パラドックスというのは、簡単に言うと、たとえば自分が過去に戻り、過去のものを壊したとする。すると、そこから先は歴史が変わってしまって、今の世界ではありえないという考えだ。一番分かりやすいのは、自分の親が出会うところを邪魔してみたり、あるいは親を亡き者にすれば、自分は生まれてくるはずがない。
 生まれてこなければ、過去に戻って、親を殺すことはできない。親を殺さなければ自分が生まれてきて、過去に戻って親を殺しに行く。
 要するに、歴史の辻褄が合っていないのだ。時代の流れの矛盾のことを、いわゆる「パラドックス」というのであろう。
 しかし、夢の世界であれば、同じように歴史が繋がっているわけではない。ヨシオの話のように、同じ日を繰り返しているのは、夢の世界であり、夢の世界では同じ日を繰り返すかどうかは、リセットするかしないかにかかっているというではないか。
「パラドックスというのは、現実世界のことであって、夢の世界のように、夢と夢の間であったり、同じ日を繰り返している場合は、日にちが変わるであろう瞬間に、リセットされることになるのだから、過去に戻るという発想は、パラドックスの範囲外ではないんだろうか?」
「確かにその通りなんだけど、やっぱり、リセットされたとしても、過去に戻ることはできないと思うんだ」
「どうしてなんだい?」
「夢の中で同じ日を繰り返している人が、本当に同じ次元に過去を持っているかどうか、疑問に感じるからなんです。同じ日を繰り返すために、夢の世界に入ったのだとすれば、同じ日を繰り返している夢の世界というのは、本当に過去と同じ次元なのかということを考えると、『否』という答えが導き出される気がするんですよ」
 オサムは、パラドックスを感じながら、自分が同じ日を繰り返す扉を開けることになると思っていたが、どうもそうはならないようだ。
 その入り口に立ちはだかったのが、ヨシオであり、出口の近くと、そして、出てきてからその場所にも誰かがいるような気がした。
 その人たちはそれぞれに違う人で、自分のターニングポイントに立ちはだかり、その時に何かを悟らせる要因になるのだろうと思った。
 それが誰であるのかは分からないが、少なくとも今までにその人の存在を身近に感じているのは事実だろう。
 そう思うと、大体の見当はついている。その場で誰が現れるのか、興味深いところであった。
 その考えが、オサムに、
――同じ日を繰り返しているという夢は、永久ではないのではないか?
 と思わせた。
 しかし、実際に入ってしまうと、本当にこの思いを確信として信じ続けることができるだろうか? それがオサムにとって一番気になるところであった。
――リセットという言葉が、これからの自分に重要な役割を示してくれるような気がする――
 と思うようになった。
 ヨシオの話をじっと聞いていると、ヨシオの考えていることがある程度分かるようになり、自分の意見を言えるようになると、今度はヨシオをそこまで得体の知れない存在に思えなくなった。
――僕と似たところがあるのかも知れない――
 そう思うと、最近出会った人たちは、誰もが同じ穴のムジナのように思えてくるから不思議だった。
 ヨシオの話は、オサムに今まで考えたことのないものを感じさせたように思えたが、話をしている時は、確かにその時初めて感じたことではないという意識を持った。今までに感じていたことを忘れていたのか、それとも意図的に意識しないようにしていたのか、自分でも分からない。ただ、意図的にしていたとすれば、ヨシオが話をした時に感じたに違いない。それがないということは、本当に忘れていたのではないだろうか。
 リセットという言葉が、どうしても頭の中で引っかかっていたのは、ヨシオから聞いた話を、自分が意図的に意識しないようにしていたわけではなく、本当に忘れていたのではないかと思ったからだ。意図的に意識しないことと、忘れていたこととでは大きな違いがある。意図的に忘れていたものは、自分の世界の中だけで考えられることだが、忘れていたというのであれば、自分の問題なのか、それともまわりから影響を受けたものなのか、どちらなのか分からない。それだけ考える幅が広がったということだ。
 リセットというのは、そんな自分にまわりが影響しているものなのかを知るには、大きな手掛かりになるのではないかと思われた。オサムは、その時、自分が物忘れの激しいことを今さらながらに思い出さされた。
――物忘れの激しさも、自分だけの問題ではなく、まわりから何らかの影響を受けているからなのかも知れない――
 と感じた。
 物忘れの激しさは、実は今に始まったことではなかった。数か月前から、少しずつ気になっていた。
――仕事が惰性のようになってきた――
 と感じたのだが、それと前後して物忘れが気になり始めた。
 仕事のことで物忘れの激しさを感じることはあまりなかったが、そのうちに仕事に影響してくるかも知れないと思うようになってから、密かに不安に感じていたものだった。
 物忘れというものが、
――他のことを考えていたので、覚えることができなかった――
 と思っていたはずなのに、物忘れが日常生活に影響してくると、その考えが違っていることに気が付いた。
――他のことを考えているから覚えられないというわけではなく、むしろ、何も考えていないからすぐに忘れてしまうのではないか――
 と思うようになったのは、今までの自分が、何も考えていないように思っている時でも、いつも何かを考えていたということに気付いたからだった。
 そういえば、子供の頃から、いつも何かを考えていたように思う。むしろ、子供の頃の方がその傾向が強く、特に小学生の頃などは、いつも算数の数式について考えていた自分を思い出した。
 そのことを忘れていたわけではないのだが、思い出す必要がなかったので、記憶にだけ留めていた。思い出す必要のない時は、しまい込んだまま、引き出すことのない記憶の奥にある部分、そこに小学生の頃の自分の習性についての意識が格納されていた。
 算数というのは、子供心に興味があった。規則正しく並べられている数式には、魔力のようなモノが潜んでいると思っていた。一度算数の時間に先生が教えてくれた魔法陣のからくり、しかし、それよりも算数の数式の方がさらに魔法に思えていた。
 しかも、それを他人から教わるわけではなく、自分で発見するという遊びは、子供のオサムを夢中にさせた。
――規則正しく並んでいるものを、一度崩して新しく組み立て直すと、そこには想像もしていなかった新しい発見が生まれてくるんだ――
 と思っていたからだった。
 その思いは、リセットに繋がるものがあった。
――一度崩すということは、まったくなかったものから新しく作り出すのだから、リセットするのを同じではないか?
 厳密にいうと、リセットというのとは違っているのだが、作り直すという意味では共通点が多い。それを思うとオサムは、今よりも子供の頃の方が、実に真面目で、考えが深かったのではないかと感じるようになっていた。
「二十歳過ぎればただの人」
 という言葉もあるが、自分もまさしくその通りではないかと思っていた。しかし、それは物事を考える上で、深さという意味を考慮すれば、二十歳を過ぎてもあながち、
――ただの人――
 とは言えないのではないかと思っている。
――何か大切なことを忘れているような気がする――
 オサムは、最近そう思うようになっていた。それは自分が同じ日を繰り返しているという意識を持つ前からのことで、忘れてしまってもいいように思うのだった。
 何が大切なことなのか分からなくなっていたというよりも、忘れてしまうことに感覚がマヒしてしまっていたと言った方がいいのかも知れない。その時に感じていたはずもなかったリセットという感覚を無意識に悟っていたからなのかも知れないと感じたのは、その後、ツトムと再会してからのことだった。
 大切なことを忘れていたのは、ヨシオと出会ってからツトムと再会するまでに、かなりの時間が掛かったように思えたのに、実際には翌日だったことだ。それは、オサムが同じ日を繰り返していたからに他ならない。同じ日を繰り返している期間を抜けた時、それ以前の記憶はリセットされて、昨日の記憶はそのまま昨日として意識されるので、そんなに時間が経ったという意識はないはずだ。それなのに、かなりの時間が掛かったように思えた。しかも、忘れてしまうのではないかと思うほど、かなり以前のことのように思えたのだ。その期間、同じ日を繰り返していたという証拠でもあるのだが、自分の思っていたことと違っていたことが少しショックであるにも関わらず、あまり意識していないというのは、やはり感覚がマヒしていたからに違いないのだろう。
 ヨシオの話を聞いた時、オサムはまだ自分が同じ日を繰り返しているという意識はなかったにも関わらず、ヨシオの話では、オサムが同じ日を繰り返しているのだということを聞かされた。
 疑問に感じてはいたが、そのことをヨシオに聞きただすことはしなかった。
――どうせ聞いても答えてくれないだろう――
 という意識があったからだ。
 ヨシオは肝心なことは話すが、話していいことと悪いことはわきまえているようだ。ということは、ヨシオが話をしないということは、オサムが知ってはいけないということになる。それがオサム自身が知ってはいけないことなのか、それとも、知ることは構わないが、今は知るべきことではないということなのか、オサムには判断がつかなかった。ただ、ヨシオが話さないということは、聞いても答えてくれないということだけは、分かっていた。
「オサム君とこうやってお話できるのを楽しみにしていたので、実に今日は楽しかったよ」
「いえいえ、僕もヨシオさんと出会えるとは思っていなかったので、何か安心した気がしました」
「君はこれから同じ日を繰り返すことになるんだけど、君なら大丈夫だ」
 どこにそんな根拠があるのか分からない。
「どうして、そんなことが言えるんですか?」
「君はリセットという言葉の意味を分かっているようだからそう感じたんだよ」
「リセットですね」
 分かったような分からないような気持ちのまま、オサムはヨシオと別れた。その日がオサムにとってどんな日であったのか、きっとそのうちに分かる時が来るだろう。その思いを抱きながら、オサムは家に帰りついた。
 本当はその日、最初から喫茶「イリュージョン」に顔を出すつもりだった。
――喫茶「イリュージョン」に顔を見せれば、横溝がいるかも知れない――
 という思いがあったからだ。
 横溝と会いたいと思ったのは、その日、横溝と出会えば、何かを教えてくれるかも知れないと感じたからだ。
 しかし、意外にもそこにいたのはヨシオだった。
 ヨシオから聞いた話は、オサムの中で考えていたことに対して、
――目からウロコが落ちる――
 と言ったような気持ちにさせる話であった。
 何かを考えていたオサムだったが、それが一つにまとまらなかった。いつも一つのことに集中していると、他のことが目に入らないはずのオサムが、なぜか一つのことを考えている時に、一緒に他のことまで考えようとしていたのだ。
 しかし、それは二つのことではなかった。繋ぎ合わせれば一つになることだったのだ。最初は二つのことを考えているなど、思ってもいなかった。なぜか考えが纏まらないと思っていただけなのだ。
 ヨシオと話すことで、自分の中に二つの考えが存在し、無意識に共通点を探っていたのに、共通点が見つからず、モヤモヤした思いでいたことも、意識の外だった。
――感覚がマヒしていたのかも知れないな――
 ヨシオと出会ったことで、考えが一つになったが、それが本当にいいことなのかどうか、まだ頭の中で測りかねていた。
 オサムは横溝と出会うことはできなかったが、ヨシオと出会ったことが何か大きな影響を及ぼすと思えてきた。それが今日という日のすべてとなるような気がしなかったのは、気のせいではなかったのだ……。


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