あすなが前を歩いている正樹に追いつけないのと同じで、後ろの正樹もあすなに追いつけるはずはなかった。そこには時系列が存在し、交わることのない平行線は、時間軸を中心に回っているのだ。 「もう一つ言えることは、堂々巡りは矛盾を感じさせないようにするためだということなんだ」 正樹は呟いた。 「どういうことなの?」 「タイムマシンで元の世界に戻ろうとすると、そこにはもう一人の自分がいる。その自分はもう一人の自分であってはいけないと思うんだ。堂々巡りを繰り返しながら存在している『蛙飛び』の自分。つまり、飛び出した時と、戻る時の自分は、正確には別の自分なんだ。そこに矛盾が生じるんだ」 「もしかして、タイムマシンで飛び出したのが一回だから、自分がもう一人できたということなんだけど、もう一度タイムマシンで飛び出せば、自分は三人になってしまうということ?」 「僕は、最初、そう考えていた。でも、実際には二人しかいないと思うんだ。だから、二回目に飛び出した時に戻る自分は、最初の自分なんじゃないかって感じるんだよ」 「じゃあ、元の自分に戻ろうとすると、二度タイムマシンで飛び出さないといけないということよね?」 「もちろん、これは仮説なので、何ら信憑性はないんだけど、これが僕の考え方なんだ」 「私も正樹さんの発想に賛成だわ」 「正樹さんはタイムマシンに乗ってどこかに行くの?」 「ああ、近い将来、そうなると思う。その時はきっと、僕は死んだことになるんじゃないかって思うんだ。でも実際にはどこかに存在している」 「人が死ぬというのも同じようなものなのかも知れないわ」 「どういうことだい?」 「人が死ぬと、魂と肉体が分離して、魂だけの存在になるっていうでしょう? そして魂だけが行くことのできる世界にいくというのが、よく言われる『死』という考え方ではないかと思うの。でも、魂が存在しているということで、いろいろな小説のネタになったりしていますよね? 例えば、同じ時に死んだ人の肉体に入り込むとか、同じ時期に死産になるはずだった人の肉体に入り込むとかね。それは人間の願望と、魂だけが残るという発想とが結びついて、出てきた発想なんですよ」 「そうだね」 「タイムマシンで飛び立つというのも、ひょっとすると、魂だけが飛び立つことができて、肉体はそのまま残ってしまうんじゃないかって思うんです。そういう意味では、タイムマシンで飛び出した世界で、入ることのできる肉体が見つからなければ、そのまま彷徨ってしまうんじゃないかってね」 「じゃあ、あすなの考え方は、タイムマシンで飛び立てば、出てきた世界では、自分とはまったく関係のない人の肉体に入り込むということ?」 「私は、最近そうなんじゃないかって思うようになったの」 「じゃあ、僕の考え方とはかなり違っているよね。堂々巡りの発想も、もう一人の自分の発想も、あくまでも着地点を自分だと考えた時の発想なんだからね」 「でも、私の考え方の方が、十分に信憑性があるような気がするの。確かに、まったく違う人の肉体に入るんだから、その人のそれまでの記憶が分からないままなので、矛盾も出てくるでしょうね。でも、それも死にかけたことでのショックから、記憶を失ったと思えば、理屈には合っていて、あまり疑われることはないと思うの」 「言われてみれば、確かにあすなの発想にも信憑性はある。でも、もしそうだとしても、僕は入り込む相手がまったく自分とは無関係の人ではないような気がするんだ。どこかに因果関係のようなものがあるんじゃないかってね。それがいい方に作用するか悪く作用するかは分からないけどね」 「そこまで来ると、小説のネタになってしまうような気がする。でも、発想というのは果てしないもので、末広がりに広がっていくことで、その中にある真実が見えなくなりそうな気もするわね」 「でも、真実って本当に一つなんだろうか?」 「パラレルワールドの発想を考えれば、真実が一つだとは限らないわね」 「そうだね、だから一つ一つを解明していくことが、僕の使命なんじゃないかって思うんだ」 あすなは、その時の使命感に帯びた正樹の顔を見ながら、意識が遠のいていくのを感じた。 正樹が目の前から消滅していく。 「待って」 と言うだろうと思ったのに、その様子を笑顔で見送っている自分がいた。 ――もう一人の自分だ―― と感じた時、あすなは、自分が夢の中にいて、今まさに目が覚めようとしているのだと気が付いた。 時計を見ると六時前を示していた。そろそろ起きてもいい時間だった。 あすなは、今朝の夢を特殊なものだと思っている。その理由は、 ――正樹さんが出てきた夢は、最初に見ていた夢の中で、さらに見た夢の世界の出来事なんだ―― という意識を持ったからだ。 途中からこれが夢であることは分かっていたように感じた。だが、まさか夢の中の夢で見ているものだという意識まではなかった。一気に夢から覚めたことで、 「夢の中の夢」 を感じたような気がした。 しかも、正樹とした会話は、今までにもしたことがあったような気がした。 ただし、その時は話をしていたのは正樹の方で、一方的な話を、あすなは黙って聞いているだけだったのだ。 「夢の中で見た夢だったからこそ、前に正樹と話をした内容を覚えていて、自分なりの考えが口から出てきたのかも知れない」 と思った。 夢でもなければ、正樹に意見など言えるわけはなかった。正樹の前に出れば、金縛りに遭ったかのように、ただ彼の話を聞くだけになってしまう。普段は他の人が相手であれば、逆説ばかりをいつも考えていて、まわりからは疎まれているかも知れないと思いながらも自分の意見を吐いていた。それがあすなであり、あすなを敵視する人もいたが、あすなを慕っている人もいるのだ。 あすなは、正樹の死を信じていない。香月が現れようが現れなかろうが、正樹はいつか自分の前に戻ってくると思っていた。 しかし、さっきの夢の中での自分は、明らかに正樹が自分のところに帰ってはこないという意見を話していた。 自分の信念と、自分の願望、この二つの究極の選択は、あすなにとってどのようなものなのか、夢から覚めてまだ頭がボーっとしているが、そのあたりの理屈は分かっていた。 それでもあすなは、 「正樹さんは戻ってくる」 と感じている。 「それにしても、あの香月という人はどういう人なんだろう?」 香月のところにあったという投書も気になるところだった。 「本当にそんなものが存在するのだろうか?」 あすなの中には、その投書が存在するのだとすれば、それを出したのは、正樹本人か、あるいは、正樹の理論から行けば、存在するとされている、 「もう一人の自分、つまりは、もう一人の正樹さんの仕業ではないんだろうか?」 という思いが、あすなの中にはあった。 あすなは、今、自分の左右に鏡を置いて、そこに写っている自分の姿を思い浮かべた。 無数に自分の姿が映し出される。どんどん小さくなっていくのが分かるが、最後には見えなくなってしまうだろう。それでも存在はしているのだ。 「限りなくゼロに近いが、ゼロではない」 数学の発想を思い出していた。 ただ、あすなは、自分の目を信じてはいなかった。 確かに無数の自分の姿が写っているのだが、そこにいるのは二人だけしか存在しないように思う。一人は今考えている自分であり、もう一人は、鏡の中に一人いるであろう、もう一人の自分だけだった。 無数に写っている自分の中のどこに、もう一人の自分がいるのかは分からない。 ――そういえば、正樹さんも「真実は一つではない」と言っていたではないか―― と感じていた。 それにはあすなも同意見であった。しかし、これも、 ――真実がいくら一つではないと言っても、無限に存在するわけではない。では、一体いくつ存在するんだろう? この思いは以前から自分の命題のように思っていた。いくら考えても、途中で行きどまってしまい、最終的に、堂々巡りを繰り返してしまう。それが、いつものあすなだったのだ。 あすなが最近感じているのは、 ――結局、すべてのものは二つに凝縮できるのではないか? ということだった。 一つだと思っていたことも実は二つであり、無数に存在すると思っていることも、実は二つに凝縮できる。これも、忘れてしまってはいたが、正樹の夢を見た時に感じたことだった。 ――でも、この夢は、正樹さんが死ぬ前に見た夢だったような気がする―― というのも、この時に、 ――正樹さん、何もなければいいけど―― と感じた時だったのを覚えているからだ。 ただ、この思いはまだまだ漠然とした思いだった。それをある程度固める結果になったのは、香月の出現だったのだ。 ――何とも皮肉なことだわ―― とあすなは感じた。 「表があれば裏がある。光があれば影がある。昼があれば夜がある。世の中というのは、すべて何かの対になっているものなんじゃないかって思うんだよ。生きている俺たちだって、男がいて女がいるわけだろう?」 これは、香月のセリフだった。 ――この人、私の性格を分かっているのかしら? あすなは、自分の性格や考えていることが分かるのは正樹だけだと思っていた。 今まで誰も信じることなく生きてきたあすなが、やっと信じられることのできる相手を見つけた。それが正樹だったのだ。 「でも、俺はすべてのものを二つに分ける考え方は、あまり好きじゃないんだ。どこか縛られているような気がしてね」 香月はそう言っていた。 「私もそれは思っているわ」 「でも、君は最後にはすべてを二つに分けて考えないと、自分を納得させることができない人なんだって思うよ。それが分かるのは、限られた人間だけなんだろうけどね」 自分もその一人だと言いたげだ。 悔しいがその通りだった。一度自分を納得させる結論を導いてしまうと、それを覆すことができる発想を思い浮かべることは至難の業だった。 「そんなに私は分かりやすいの?」 「分かりやすいかどうか、相性によるんじゃないかな? 俺は君を見ているだけで分かってくることが多いので、思ったことを口にしているだけだけど、君だって、自分が自信を持って相手が見えていると思えば、かなり饒舌になるんじゃないかな?」 あすなは、正樹との会話を思い出していた。 ――確かにその通りだわ―― あすなは、香月という人間に対しての警戒心が次第に解けてくるのを感じた。最初の身体の硬さはどこから来ていたのか、ガッチガチだった自分が恥ずかしいくらいだ。 香月は、改まった顔になり話の矛先を変えた。 「例の投書のことなんだけど」 「ええ」 「あれは、俺が書いたものなんじゃないかって思うんだ」 「どういうことですか?」 「三十分前を歩いているもう一人の自分がいて、その自分が知りえた情報を元に投書を書いた。つまり、調査をしている自分がいて、その情報を元に行動する自分がいるということだよ。今の自分は、行動する自分なんだろうね」 「同じ自分でも役割が違うと?」 「そうだよ。それが君も考えている『もう一人の自分』の発想に結びつくんじゃないかな?」 言われてみれば、もっともな気がした。 しかし、簡単に認めることは、あすなにはできなかった。それはプライドや警戒心というものではなく、根本的に相容れない発想が元になっているからだと思えてならないからだ。 「もう一人の自分って、何なんですかね?」 思わず、投げやりな言い方になったが、これもあすなの性格の一つで、投げやりな言い方をすることで、相手の警戒心を解き、自分が張り巡らせたバリアの一部に「抜け穴」を開けたのだ。 それに気づくかどうか、そして気づいた上で、抜け穴を通り抜けることができるかどうか、二段階必要だった。 「もう一人の自分にももう一人の自分がいて、それが一体誰なのか? この発想が俺とあすなさんの発想の違いなんじゃないかって思うんだ。そして、この発想は正樹さんにも通じることで、彼は彼なりの発想を持っているような気がする。だから、本当なら、彼の意見を生で直接聞いてみたいんだ」 ――この人は、正樹さんの死を信じていない―― この時、それまでの疑惑が確信に変わった瞬間だった。 「香月さんは、やけに投書にこだわってるんですね?」 「ええ、元々のきっかけは投書だったからですね。でも、考えれば考えるほど不思議なんですよ。いくら僕がジャーナリストだとしても、どうして投書の相手が自分だったんだろうってね。だってそうでしょう。ジャーナリストは他にもいっぱいいるんだし、そもそも投書がジャーナリストである必要があったのかと思ってですね」 「確かにそうですよね、私たちの身内に対しての手紙でもよかったわけですよね。相手が香月さんだったから、『投書』という言葉になっただけで、身内だったら、そんなことはない。どうしても投書というと、『密告』というイメージが強くなって、あまりいいイメージにはなりませんからね」 「そうです。ジャーナリストと言っても、ピンからキリまでいますからね。人によっては、面白おかしく書くだけの人もいる。信憑性も何もなく、ただ面白さだけを求めて記事にする人もいる。また雑誌社の中には、そんな話題性だけを元に、売っている会社もあるんですよ。信憑性なんて二の次で、ただ面白さだけを追求するあまり、読者を煽るだけ煽るんですよ」 確かに、雑誌に限らず新聞の中にも、 「〇〇氏、電撃離婚か?」 などという根も葉もない話題を拍子に大々的に持ってきて、最後の「か?」という文字だけ、ものすごく小さく書いている。 「新聞や雑誌に対して、読者の誤解を受けるような表記を欺瞞として捉える法律があればいいのだが、食品や日用品などの必需品とは違い、報道にまで法律での規制は掛かっていないですからね。どうしても、『報道の自由』というのが憲法で規定されている以上、報道は別格になってしまう。さすがに人権を脅かすものだとまずいでしょうが、なかなか難しいところですよね」 香月はそう言って、神妙な顔になっていた。 「香月さんは、どうしてジャーナリストになろうと思ったんですか?」 最初の印象があまりよくなかっただけに、香月のことをいいイメージで見ていなかったあすなは、今まで香月に対して一定の距離を保っていたことに気が付いた。今話をしている相手に対してではなく、相手が自分に対して危険な存在であるという意識を持っていたことで、ひたすら避けていたのだ。 しかし、その警戒心が次第に解けてくると、最初に考えるのは、 ――相手のことを知りたい―― という思いだった。 ――自分の抱いていたイメージが間違いだったかも知れない―― と思ったことで、 ――誤解を解くには、相手のことを知ることだわ―― という基本的なことに気づいたのだ。 香月もそのことを理解したのだろう。最初の頃から比べれば、随分と表情が柔らかくなったものだ。疑念だらけの表情にしか見えなかったのは、自分も疑念でしか相手を見ていなかったからだということに気づくと、香月の表情に、懐かしいものを感じたのだ。 「ジャーナリストになりたいと思ったというよりも、本当はジャーナリストという言葉、僕は大嫌いなんだ。ジャーナリストというと、政治的なイメージが強いし、自分が知りえた情報を記事にするのに、読者が興味を引くような内容ばかりを優先してしまうのがジャーナリストだって思っていたんだ。確かに、社会に対して敢然と立ち向かう記者もいるけど、ほとんどが潰されてしまう。そのうちに自分がやっていることは、会社の利益のために、事実を捻じ曲げてでも、読者に対して面白おかしく感じる記事を書くことに専念してしまっているって気づいたんだ。いつの間にか、感覚がマヒしていたんだね」 「分かるような気がします」 「プロパガンダという言葉を聞いたことがあるかい?」 「ええ、政治的な宣伝という意味に聞こえるんですけど」 「そうだよね。かつてはこの国もそんな時代があったんだ。きっと世界の先進国のほとんどは、今までに一度は通り抜けなければいけない壁のようなものだったって思うんだけど、そのプロパガンダが強すぎると、独裁になってしまう。でも、今のように民主的な世の中と言っても、プロパガンダってなくならないんだよ。むしろ、いかに国民に洗脳されているという意識を持たせずに思想をその人に植え付けるかというのが、ある意味大事になってくる。だけど、面白おかしく記事を書いている会社の存在というのは、決してプロパガンダのように、一つの考えに凝り固まっているわけではない。逆にプロパガンダからすれば、敵になるんだよ」 「まるで必要悪ですね」 「そうなんだ。だから、僕は今の面白おかしく記事を書いていることに疑念を感じてはいるんだけど、プロパガンダの敵という意味で、今の社会体制に絶対に不可欠なこの会社での仕事を辞める気はないんだよね。最初は僕だって、もっと理想に燃えていたさ。でも、その理想を一直線に追及すると、どうしても一つの考えに凝り固まってしまう。本当はそれでもいいんだろうけど、ジャーナリストはそういうわけにはいかないんだ。だから僕はジャーナリストと名乗りながらでも、本来の意味のジャーナリストを自分の中から捨てて、自分個人の新しいジャーナリストを探したいって思うようになったんだ」 香月の話は、自分がジャーナリストの中でも異端児で、何とかその異端児な自分を正当化させたいという風に言っているようにも思えた。 だか、それは香月という人間を第一印象だけで見ていた時に感じることだったであろう。いろいろ話をしているうちに、誤解も解けた気持ちになった上で聞いた彼の話には、十分な信憑性が感じられ、あすなにも納得できる内容であったのだ。 ――この人なら、正樹さんの気持ちが分かるかも知れない―― あすなは、正樹の気持ちが分かるのは自分しかいないと思っていたが、果たしてそうなのだろうか? 香月の話を聞いていて、彼が自分の持っていた信念、あるいはプライドを捨ててまで、今の仕事に情熱を燃やしているのは、ただ面白おかしい話を書くだけのためではないことは分かった。 ――では、この人の本当に目指している何なんだろう? と思って、香月を見つめていたが、彼が考えている心の奥までは覗くことができなかった。 これまでも、すべて彼の言葉から発せられたことに信憑性を感じ、信じようと思ったあすなだった。それを思うと、正樹に対して感じていたことに対して、ハッとしないわけにはいかなかった。 ――私は、正樹さんの何を見てきたというのだろう? 正樹と話をしていて正樹に感じたことは、すべて正樹の口から発せられたものだった。 あすなはそのことを思うと、急に顔が真っ赤になってくるのを感じた。 ――いつも相手から話してくれたことばかりを信じてきた自分なのに、気持ちとしては、相手の気持ちを読み込んだ思いを抱いていた自分が恥ずかしい―― と感じていたのだ。 香月はその表情を見ながら、優しそうな笑みを浮かべた。 「あすなさんは、自分が相手の心を読めないことを恥ずかしいと思っていますよね?」 またしても、あすなはビックリさせられた。 「どうして分かるんですか?」 「そこがあすなさんのいいところなんですよ。あなたは気づいていないんでしょうけどね。でも、考えてみると、その人のいいところというのは、案外と本人は自覚していないものだったりしませんか?」 香月のいう通りだった。 あすなは、自分がよく話をする相手に対して、その人のいいところを理解しているつもりだった。何しろ、あすなは人と仲良くなる時、まずはその人の長所を見つけようとするからだった。 そのことに関しては、あすなには自信があった。 相手の気持ちを分かると思っていたのも、相手の長所を見つけたことで、、相手の気持ちを分かったような気がしたからだった。相手の長所と考えていることが必ずしも同じであるということはないが、錯覚してしまうのも無理のないことであった。 「長所と短所は紙一重」 と言われる。 あすなはそれも分かっているつもりだった。実際に最初に相手の長所を見つけると、一緒に短所まで見えてくることも稀ではなかったからだ。 ――本当は長所だけ見えればよかったのに―― と学生の頃は考えていた。 まずは相手と仲良くなることが先決だと思っていたあすなは、学生の頃は大人しい性格で、人と話をすることも珍しかったくらいだ。特に高校生の頃まではその性格は序実であり、その頃は人から話しかけられても、何も答えることができないほど、閉鎖的な女の子だったのだ。 大学に入ってから、人の長所を見つけることを最優先に考えるようになると、自然とまわりから人も寄ってくるようになった。話も少しずつできるようになり、会話だけで、相手の長所が見えてくるようになった。
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