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作品名:二重構造 作者:森本晃次

第10回   香月の正体−1

               香月の正体

 真っ暗な部屋の中で、あすなは目を覚ました。
「ここはどこなのかしら?」
 自分が縛られているのを感じた。
 しかし、それほどきつく縛られているわけではなく、ある程度軽くなら動かすことができる。それでも、縄を解くことは不可能で、なまじ緩く結ばれていることに、ぬか喜びさせられた自分が情けなかった。
「目が覚めたかい?」
 ギーっという重たい金属の扉が開く音がして、四角い光が飛び込んできた。
 そこにはシルエットで人の姿が映し出されていて、その声の主が香月であることはすぐに分かった。
「香月さん、これはどういうことなの?」
「あすなさんには悪いと思ったんだけど、少しの間、僕とここで一緒にいてもらいたいんだ。悪いようにはしない。これも君を守るための一つの行動だと思ってほしい」
 あすなは、その言葉に疑念を覚えた。
――一つの行動? ということは、私を守るためには、他にも行動を取らないといけないということ?
 何か、大きな陰謀に巻き込まれてしまっていることに、あすなは気づいた。
「どういうことなの? 私が何をしたの?」
 そこまで分かっているので、あすなは、なるべく自分が何も知らないふりをしなければいけなかった。
 だから、その言葉には、
――こんな状況に陥って、パニックになっています――
 という意識を相手に植え付けなければいけない。
 相手はあくまで落ち着いている。あすなの考えていることなんか、お見通しなのかも知れないが、策を弄しないよりも弄した方がいいように思った。とりあえず様子を見てみるしかないだろう。
 その時のあすなには、恐怖というものは不思議となかった。まるで自分には誰かがついていてくれて、最後にはその人が助けてくれるという妄想が頭の中にあった。それが誰なのか分からないが、あすなには、予知能力のようなものがあったのだ。
 香月は話始める。
「あすなさん、実はあなたが学説を発表するというプレス発表をさせてもらった」
 あすなはビックリして、
「えっ、どういうことなの?」
「君が学説を完成させていることは分かっている。それを発表しようという準備を今していることもね。でも、今その発表をされると困るんだ。それは僕が困るだけではなく、あすなさんの身にも危険が及ぶことになる。それで不本意だけど君をここに監禁し、プレス発表をしたんだが、君が行方不明になったので、発表は中止ということにしたいんだ。一度中止にしてしまうと、君も知っていると思うけど、しばらくの間、発表する機会を持つことができないだろう? それが狙いなんだ」
「まったく意味が分からない。分かるように説明して」
「申し訳ないが、それはできない。いずれはすべてを話すことができると思うんだが、今はできないんだ。こうやって君を監禁し、君を守っていることで、本当なら僕にも危険が背中合わせになってしまっている。とても辛い選択だったんだけど、僕にはこの方法しかなかったんだ。僕には、特殊能力が備わっているわけではないからね」
 あすなは、香月のことを本当に悪い人だとは、この期に及んでもどうしても思うことができなかった。香月の顔を見ると、最初だけは、
「何て、図々しい男なんだ」
 と感じさせるほどの上から目線に見えていたが、今では、辛い顔しか自分の前で見せることはなかった。
 香月はあすなの前で自分の辛さを隠さないのは、それだけ自分があすなに対し、哀れみを感じていて、
――俺のような男でいいんだろうか?
 という思いが見え隠れしているからだ。
 あすなには予知能力はあるが、相手の心を読むという、優香や綾のような力はない。そのことが、香月に辛い顔をさせるのだった。
 香月は優香や綾のことも知っている。知っていて、あすなに近づいたのだ。
 もちろん、正樹のことが気になっているのももちろんのことだが、本当の目的は、あすなを取り巻く危険から救うためのものだった。
 あすなを取り巻く環境に中で、一番状況を分かっていないのはあすなだった。
――優香には綾がいる。あすなには正樹がいたが、今はいない――
 それが、香月の感じているあすなを取り巻く環境だった。
――俺が、正樹さんの代わりになれればいいんだが――
 という思いを抱いているのも事実だ。
 しかし、その感情が、次第にあすなに対しての恋愛感情になってきたことを、香月は感じていた。
――俺が、女性を好きになるなんて――
 今までに、自分が接触した女性で好きになった相手はいなかったと思っている香月だった。
 確かに、優香や綾というのは魅力的な女性で、普通なら、どちらかの女性に恋心を抱いても不思議ではなかったはずなのに、香月は二人に対してそんな感情を抱かなかった。
――俺は、女性を好きになれないのかな?
 と感じていたが、それが優香と綾の女性同士の恋愛感情に阻まれていたことを香月は気づいていなかった。
 もちろん、二人の関係を怪しいとは思っていたが、
――まさか、そんな――
 と思っていた。
 しかも、今度は自分が近づいたあすなに対して、哀れみを感じてしまったことで、自分の中に辛さが真っ先に生まれてきたことに違和感があったのだ。
――こんな思い、初めてだ――
 それが、あすなの心の中にある、正樹への思いだと知った時、
――正樹という男の存在を、あすなさんから消さないと俺の本当の気持ちは自分で納得ができない――
 という思いに至ったことで、香月は、正樹の行方を追うことを決意した。
 あすなに近づいたのは、綾に頼まれたからだ。
「ミイラ取りがミイラになった」
 ということわざがあるが、香月はまさに、そのミイラ取りなのかも知れない。
 あすなは、そんな香月の気持ちを分かっていない。あくまでも、香月が自分の口から喋った言葉を信じているだけだ。
 香月は、あすながそんな素直な女性であることを分かっていた。分かっているから辛く感じるのであって、その辛さが自分にも同じように伝染し、
――これが人を好きになることなんだ――
 と、自分の気持ちを納得させたのだろう。
 あすなが、研究を完成させたことは香月も分かっていた。完成したのが優香とどちらが早かったのか分からなかったが、二人の研究の発表を、少しでも遅らせたいという意識が香月にはあったのだ。
 二人の研究の内容を両方とも知っているのは、香月だけだった。もちろん香月は専門家ではないので、そんなに詳しいことが分かるわけではないが、二人の研究が同じ発想から始まって、違った結論を導き出したことだけは分かっている。それは、それぞれに説得力があり、どちらが最初に発表されたにしろ、最初に発表した場合と後から発表した場合とでは、結果は同じであることを、香月には分かっていた。
 ただ、その結果がどういうものであるかということは分からない。香月には、あすなにも優香にも、どちらにも傷ついてほしくはなかったのだ。
 香月は優香が病に侵されていることを知っていた。それは綾が知るよりも前からのことで、医者以外で優香が病気だと知っていたのは、香月だけだった。
 香月は、優香とは高校時代の友達だった。
 優香が学者を目指すと言った時、
「おいおい、女性のお前にそんな研究者のようなことができるのか? 一体どんな研究をしようって言うんだ?」
 と聞いてみると、
「タイムマシンやSF的なことを研究したいって思っているのよ。女だてらにと言われるかも知れないけど、私以外にも同じように研究者になろうとしている女性がいるらしいんだけど、その人がどんな人なのか、少し見てみたいわ」
 それがあすなのことだった。
 その頃のあすなは、幼馴染の正樹が研究者になりたいと言っていたのを聞いて、
「私もなりたいわ」
 と言い出すようになっていた。
 そんなあすなを見に行った優香だったが、その時はあすなの決意がそれほどのものではないと気が付いて、一旦は研究者になるのをやめようと思ったのだが、結局は研究者になった。
 その心境の変化については、香月にしか分からなかった。そして、その時の心境の変化を見た香月は、
――俺が優香を好きになるということはないかも知れないな――
 と感じた。
 要するに、ついていく自信がなかったのだ。
 その頃には、優香に相手の心を見抜くという特殊能力があることを見抜いていた。
――俺の心も見抜かれているんだろうな――
 と感じたことが、ついていけないと感じた一番の理由だった。
 それでも、優香から離れられなくなった自分を香月は感じていた。
 それは、優香を好きになるよりも結びつきという意味では深いものではないかと感じていた。
――恋愛感情よりも深い気持ちが存在するなんて――
 と、香月はビックリしていた。
 もっとも、香月はそれまでに女性を好きになったこともなければ、付き合ったこともない。女性を好きになるという感情がどのようなものか、具体的には分かっていなかったのだ。
 そのせいもあってか、優香と一緒にいる間、他の女性を好きになることなどないと思うようになっていた。実際に三十後半に近づいてきた今までに、誰かに恋愛感情を抱いたという意識はなかったのだ。
 本当は、香月は優香の掌の上で踊らされていたのだ。
「マインドコントロール」
 つまり、洗脳されていたと言ってもいい。
 ただ、優香には香月を洗脳していたという意識はない。彼の「好意」に甘えていたというのが本音だった。お互いに相手の気持ちが分かっていると思っていたのだが、少しずつすれ違っていたことで、本当の気持ちを見失っていたのかも知れない。
 香月はいいとして、優香の方は、相手の気持ちが分かるという力を有しているという自覚があるだけに、絶対に分かるはずのない思いだった。分かるはずがないというよりも、自分で納得できないことだからである。
 香月は知らなかったが、一時期、優香が好きになった男性がいた。その男性の存在は、香月はおろか、綾も知らなかった。後からその人の存在自体は知ることになるのだが、まさか優香に恋愛感情を持たせた相手だということに誰も気づくはずはなかった。
 逆にその人の存在があったから、優香には今まで誰に対しても恋愛感情を持ったことがないという錯覚を与えたのかも知れない。優香がその人のことをあきらめた瞬間から、優香の中で、その人の存在はおろか、その時に感じた感情を、自分の中に永久に封印し、
「これは墓場まで持っていく」
 と、決意させたものだった。
 優香に、恋愛感情を持たせたその人というのは、実は高梨正樹だった。
 彼は、研究所は違ったが、同じ研究をする人として、上官から紹介されたことがあった。研究所が違うので、本当は交流を持ってはいけないのかも知れないが、ちょうどその頃、二人が所属するそれぞれの研究所で、共同研究のプロジェクトが持ち上がっていたこともあって、比較的、交流は自由だった。
 その時に、二人はお互いの考えを話し合ったことがあった。
 もちろん、研究の核心に迫るようなものではなく、世間一般的な話だった。
 しかし、二人の考え方は結構違っていた。それだけに、話始めると、なかなか終わることはない。話が佳境に入ってくると、声を荒げることも少なくはなく、まわりからは一触即発に見えたかも知れない。
 それでも、当の本人たちは、結構楽しんでいた。同じ考えの人と話している時には感じられない新鮮さが、二人の間にはあったのだ。
「高梨さんのお話は勉強になります」
「いえいえ、優香さんのお話こそ楽しかったですよ。お互いにいい研究を続けていきましょうね」
 と、いつも最後は笑顔だった。
 しかし、そんな楽しい時期はあまり長くは続かなかった。
 それまで続けられていた共同研究が途中でポシャってしまったのだ。理由はどちらかが妥協しなければ進まない案件があり、どちらも譲歩しなかったことが原因だった。
「元々、無理だったんだよ」
 と、研究所のプライドはぶつかった時のことをまったく考えていなかった上層部の愚かさが、研究所内でも言われるようになった。
「営利にばかり囚われると、本来見えているものが見えなくなるんだろうね」
 結局、また研究所は外界とは一線を画した場所になってしまった。セキュリティも万全になり、息苦しい場所に変わってしまった。
 そうなると、正樹と優香の関係もそこで終わってしまった。お互いに未練はあっただろうが、しょうがないことだ。お互いに恋愛感情がなかったのが、唯一の救いだと思っていたが、本当にそうなのだろうか?
 優香の方は、アッサリとその現実を受け止めていたが、正樹の方は少々未練があったようだ。
 未練があっても、どうしようもないので、表面上は変わりなく研究を続けていたが、心の中にできてしまった暗い影は、どうしても取り除くことができなかった。
 そんな時に現れたのがあすなだった。
 今から六年前になるのだから、あすなが大学を卒業して大学院に進んだ時、研究所に研修に来た時、初めて二人は知り合った。
 正樹は、あすなのあどけなさに新鮮さを感じただけではなく、あすなの中に、優香を見た気がした。
 どこに感じたというわけではなく、話をしていて、食い下がってくるところは、まさに優香だった。
――俺は、この娘に恋をしたのかな?
 頭の中から優香がまだいる間のことだった。そのために、ハッキリと恋をしたという意識はなかったが、しばらくすると、頭の中にいた優香が消えたその時、完全にあすなに恋をしたと感じたのだ。
 しかも、それは遡及的なものだった。
――あすなを最初に見た時から、ずっと好きだったという感覚が残ってしまった――
 最初は、優香がいたはずなのに、その優香がいなくなったとたん、優香の位置に最初からあすながいた気持ちになっていたのだ。
――優香に悪い――
 という罪悪感はなかった。
 本当に最初からあすなが好きだったという感覚しかないのだ。
 しかし、正樹は別の意識も持っていた。
――あすなが現れたことから、自分が優香に恋愛感情を持っていたことに初めて気づいたのではないだろうか?
 という思いである。
 あすなは、自分が正樹に恋愛感情を抱いているとは、最後まで感じたわけではなかった。そのことに気づいたのは、正樹が死んでからで、彼の死は、自殺だったのだ。
 遺書があったわけではない。しかし、現状の状況から、自殺であることは明らかだった。しかも、自殺の原因に関しては、公にされなかったが、教授たちが原因についての心当たりがあるということで、自殺と断定された。
 ただ、彼が自殺であるということは、一部の人間しか知らない。大学でも知っている人は少ないだろう。あすなも彼の死は、心臓麻痺だと警察から教えられ、それを忠実に信じていた。
 あすなは、彼の死に疑問を持っていた。
 さらに後から現れた香月から、彼の死について疑問があると言われた時、胡散臭いと思いながらも、彼を遠ざけることをしなかったのは、正樹の死についての謎を解いてくれるなら、香月しかいないだろうという思いだった。
 最初は、香月が怖かった。あすなには、香月のようなタイプの男性に免疫があるわけではない。一度恐怖を感じると、なかなかそれを拭うことはできなかった。
 しかし、なぜか、彼に対しては自分から遠ざかるという気持ちはなかった。どこかに懐かしさを感じたからで、以前、自分の知っている人に似ているとすれば、それが誰だったのかということを考えさせられた。そのことを考えているうちに、次第にあすなは、香月の術中に嵌っていってしまった。
 ただ、香月の方とすれば、あすなを何かに利用しようという意識はなかった。最初に話があったように、純粋に高梨正樹の死についての疑問を解決したかったのだ。
 投書の話もウソではなかった。香月はなぜそれほどまでに正樹の死についてこだわっているのだろう? あすなには分からなかった。
 そんなことを考えているうちに、あすなは香月に監禁される羽目になってしまった。せっかく心を許せるかも知れないと思っていた相手に監禁されて、
――これから何をされるのだろう?
 と思うと、恐怖しか感じない。
 その恐怖は、最初にあすなの前に現れた時とは微妙に違っていた。それは、香月の態度の違いがそのほとんどで、最初に現れた時は憎らしいほどの余裕を見せていたのに対して、監禁された時に感じた香月は、余裕などまったくなく、ただひたすらあすなに詫びを入れていたのだった。
――この人は、私を監禁しながら、ずっと謝っている。本当はこんなことをしたくはないと思っているのに、それでもしてしまっているということは、それだけ切羽詰まっているということなのよね――
 と感じた。
 しかし、この思いはさらなる恐怖を呼んだ。
――本当はしたくないことをしなければいけない精神状態というのは、頭が回っていないはずで、気持ちにも余裕などあるわけではない。そんな状態で、冷静な判断が果たしてできるだろうか? 理性とは裏腹な行動を取ってしまうのではないか――
 と思うと、それはもはや恐怖以外の何物でもないことを表していた。
 しかも自分は縛られているので、自由が利かない身である。香月がそばにいればいいのだが、
――もし自分だけをそのままにしてどこかに行ってしまったら――
 と思うと、さらに恐怖を煽られる。
 いつの間にか自分が眠らされていて、ここで監禁されている。いつまでここでこうしていなければいけないのか分からないのは怖かったが、香月の様子をしばらく見ていると、――この人が自分に何かするということはないような気がする――
 という思いに駆られた。
 もちろん、信憑性も根拠もないものだが、あすなの予知能力がそう言っている。
――私が予知能力だと思っているのは、相手の気持ちが見ているものが一緒に見えていることなのかも知れない――
 これは、相手の考えていることが分かる優香や綾の能力とは違っている。あくまでも相手の気持ちを分かっているという意識があるわけではなく、相手が見ているものが見えていることで、先が読める気がしているのだ。
 したがって、あすなが予知能力を発揮できるのは、相手があってのことに限られるのである。
――本当は、俺はあすなの前にもっと後になって現れるはずだったんだよな――
 と、香月は考えていた。
 今回、あすなの前に現れたのは、完全に香月の意志だったのだが、本当であれば、
「決められた手順」
 というものが存在していた。
 そこには香月の「立ち位置」も計算されていて、その計算には、香月があすなの前に現れるのは、もっと後になってのことのはずだった。「決められた手順」に、香月が風穴を開けたのである。
 あすなが、「拉致監禁」されてから、かなりの時間が経ったのだとは思うが、意識を取り戻してから、今までどれくらいの時間が経ったのか、見当がつかなかった。
 そこは、四方を壁に囲まれていて、窓はない。開放されてから、どこに閉じ込められていたのかをハッキリさせないためであることは明白で、それくらいのことはあすなにも分かった。
 それでも、空腹感が襲ってきて、香月はきちんと食事を与えてくれるので、大体の時間経過は見当がついた。
 ただ、睡眠に関しては、昼と夜の感覚がないからなのか、眠くなっては寝るという程度で、眠っていた時間もどれほどのものなのか、時計もないのでよく分からない。ただ、眠っている時に夢を見ていたような気がする。もっとも、ここに閉じ込められていること自体がまるで夢のような出来事なので、どこまでが夢だったのか、よく分からない。
 その時に見た夢の中で、さらに眠ってしまい、その中で夢を見たような気がする。だから、夢の中の夢を見たことになるのだが、なぜか、目が覚めたという感覚は一度しかなかった。
 夢から覚めた感覚が一度だけだというのは、どちらの夢が覚めた時だというのだろう?
 起きている時に見た夢なのか、それとも夢の中で見た夢なのか、定かではない。しかし、その不思議な感覚が頭の中にある間、あすなは、
――何か新しい発想が生まれるかも知れない――
 と感じた。
 あすなは気づいていなかったが、今回、ここで監禁されている間に眠ってしまった時、見た夢の中に、優香が発想した学説があったのだ。
 そのことを、香月に話してみた。誰かに話さないと、気が済まない心境だったのだ。
「香月さん、聞いてくださる?」
「どうしたんだい?」
 香月は、あすながさっきまで眠っていたのを知っていた。香月もあすなを拉致監禁してはいるが、それをいつまで続けなければいけないのか、実は自分でもよく分かっていなかったのだ。
 誰かに頼まれて始めた行動ではないが、自分にも先が見えない。かといって、思い付きで始めたわけでもなく、目的は確かにあったのだ。
 それでも、いくら決意が固いとはいえ、人を拉致監禁し、いつ果てるとも知れない時間だけを浪費しているというのは、まるで寿命を削っているかのようだった。
「私ね。今、学会に発表しようと思っていることと違う発想が思いついたの。聞いてくださる?」
 香月はビックリした。
「どうしたんだい? そんなことジャーナリストの俺に教えていいのかい?」
「ええ、いいのよ。あなたがジャーナリストだろうが違おうが、私には関係ないの。あなただから話をしたいのよ」
 香月は、しばらくあすなを見つめていたが、
「よし、分かった」
 と言って、軽く頭を下げた。
「私が思いついた発想の原点はタイムマシンの発想なんだけど、これは私が今度学会で発表を考えている発想と同じところから始まっているのよね。それは、タイムマシンに乗って自分が今の世界から飛び出した時、私はその世界に存在しているかということなのよね」
「それはもう一人の自分ということかい?」
「ええ、私が以前提唱した発想では、『存在する』というものだったの。普通なら、存在しないと考えるべきなんでしょうけど、私は存在することで、歴史を変えないようにするためだって考えたのよね。でも、今考えたのは、存在しないという発想。普通の発想なんだけど、ここからが少し違う。それは、私がいなくなった世界のその先には、ずっと私はいなかったということになるのよね。でも、自分が未来に飛び出せばどうなるか? その時に初めて自分がこの世界に戻ってくるわけなんだけど、過去から自分が繋がっていない世界なので、それを辻褄を合わせようとすると、自分が戻ってきた世界も、最初から存在していたということになる。それは、自分が飛び立った瞬間から(その瞬間だけとは限らないが)果てしなく広がる可能性であるパラレルワールドの一つが選択されるのではないかと思うのよ。もし、それができないのであれば、タイムマシンなんかできっこない。それこそがタイムパラドックスであり、タイムマシンなんてありえないという発想に行き着くの。理論上は可能なのかも知れないけど、同じ人間が同じ次元の同じ時間に存在しえないとすれば、過去に行くことはできない。そう思うと未来しかないんだけど、未来に行くのも、自分がこの世界から飛び出した瞬間に、果てしなく広がる世界のどこに着地するか、誰かが決めなければいけない。そんな全知全能の神でも存在しない限り、タイムマシンなんかありえないのよ。だから、私は、今までやってきた研究が一体何だったのかって思うし、急に身体の力が抜けてしまったような気がするの」


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