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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第7回   そして、今、
 夏休みが終わり秋になると長田さんという外人みたいなお嬢さんが転校してきた。
 長田さんは女の子に押し花を配って、取り巻きの子を作っていると噂に聞いた。
 けれど、貧乏な子には渡していないそうだ。
 だったら私には関係ない。取り巻きにもなるつもりはない。
 けれど、廊下で長田さんと初めて出会った時、彼女は立ち止まってポケットから何かを取り出し私の方に差し出した。
「水野さん、これ、あなたにあげる」
 それはスミレの押し花だった。
「えっ?」私は思わずメガネの縁を押し上げて押し花を確認した。
 私のような貧乏な人には渡さないんじゃなかったの?
「これを受け取ったら、あなたは今日から私の配下だから。花言葉知ってるわよね?」
 花言葉なんて知らないわ。後で調べてみよう。
 よくわからないまま、押し花は返さずに受け取ることにした。

 春が来て五年生になると橋本さんは二組、私は一組になった。
 もうこれで終りだ。心の区切りがついてよかったと思った。
 私は図書委員を希望し図書室に入り浸るようになり本ばかり読むようになった。
 誰にも邪魔をされることがない。私の唯一の癒しの場だ。
 私の勉強の成績はクラスの三番くらいには必ず入るようになった。
 クラスでの私のイメージはきっと勉強ばかりしている面白くも何ともない女の子だ。
 私は次第に心が歪んでいくのを感じていた。

 運動会が近づくと吉水川の土手を同じクラスの村上くんが走っているのが見えた。次の日も明くる日も走っている。運動会の練習をしているのだろうか?
 そういえば小さかった頃、この辺りで大勢で遊んだっけ、村上くんもその中にいたのを憶えている。

 二学期の最初の学力テストは順位が下がってしまった。理由はわかっている。私が下がったのではなく他の子が上がったのだ。
 それは私の勉強方法が教科書と学校の授業だけだからだ。
 私は他の子みたいに塾に行ってもなければ手元に参考書や問題集もない。おのずからすぐに勉強の限界が来てしまう。
 せめて参考書が欲しい。特に算数は参考書がないとダメだ。すぐに疑問点ができて壁にぶち当たってしまう。
 私はお金のない家を恨んだ。
 幼い頃、借金を残してどこかに消えた父を恨んだ。
 おかしな宗教にのめり込んでいった母を恨んだ。
 家から私を追い出そうとする町の人たちを恨んだ。
 母が家に連れてくる宗教にはまる何人かの人たちのことも恨んだ。この世に神様なんていないのに・・神様なんていらない。私がいて欲しいのは本当の友達だけだった。
 私は「本当の幸い」を探しに本当の友達と・・妙ちゃんと銀河鉄道に乗りたかっただけだったのに。
 この世界は私を拒んでいるのだ、と思い始めた。

 私はいつかの駅前の本屋に入った。店の人はもう私の顔は覚えていないだろう。あの時と違ってメガネもかけてるし髪も伸ばしている。そんなことを考えて店に入ったけど前の店員さんはもういなかった。他の店員さんがいた。
 立ち読みでもいい。算数の解き方の部分を探して暗記しよう。今日、暗記できなければ明日もまたここに来よう。お金があればこんなことはしないですむのに、本当に情けない。
 家にお金があれば参考書なんてお小遣いとかで買える範囲内なのに。

 その時だった。同じクラスの山中くんがカバンの中に本を忍び込ませるのを見たのは・・



 加奈ちゃん、お元気ですか?
 加奈ちゃんにたくさん話したいことがあってまたお手紙を書きました。
 まず加奈ちゃんからもらったお手紙の返事から書くよ。
 ピアノのレッスン、新しい曲に挑戦し始めたと書いてあったので、羨ましいなあと思っています。
 というのは私には挑戦するものがありません。
 こう書くと「勉強の方を頑張りなよ!」と加奈ちゃんに怒られそうだね。
 あと「ドジなのも直したら?」とも言われそう。
 加奈ちゃんはまだ新しいクラスには慣れないそうですね。新しい町で、その上、周りの人も新しかったら、私なら耐えれそうにもないよ。
 でも加奈ちゃんならどこでもやっていけると信じているよ。
 新しいピアノの先生、怖い顔の先生だそうですね。
「長いつき合いになりそうだから、怖い顔にも慣れないといけない」と加奈ちゃんが書いていたので少し可笑しかったよ。
 怖い顔でも本当はいい人もいるしなあ・・優しい顔をしていても心の怖い人も世の中には大勢いるから大変だよ!
 今、書いたことは「芦田堂」に来るお客さんにピッタリ当てはまるんだよ!
 人って本当に十人十色だよ!
 加奈ちゃんのお父さんは前より帰ってくるのが遅くなったんだね。
 寂しいと書いてたけど、うちのお父さんみたいにずっとお店にいるのもうっとうしいよ!

 次に恭子ちゃんのことを書くよ。(恭子ちゃんには承諾済みだよ!)
 私が思うに恭子ちゃんって結構、鋭いところがあるんだよ。
 見てるところはちゃんと見てるって感じかな?
 私はおしゃべりで何にも考えてないけど、恭子ちゃんはちゃんと見てるんだってわかった。
 どうしてそう思ったのかは例の押し花のことで思ったの。
 これを書くことは村上くんの間違いを訂正することにもなるけど、機会があったら村上くんにも話すつもりだよ。
 村上くんの話だったら、恭子ちゃんが押し花を渡したのは友達のいない子、他の人に押し花をもらったことを伝えない子には渡さなかったと加奈ちゃんは言っていたよね。
 だから小川さんや井口さんには渡していなかったって。
 私、最初から村上くんの言うこと、そこだけおかしいと思ってたんだよ。
 恭子ちゃんが本当に友達を作りたいのなら、他に友達のいない人の方がいいものね。
 最初は二人だけの方が絶対にいいもん!

 それでこの前、恭子ちゃんに押し花のことを訊いたの。
 恭子ちゃんはいろいろ話してくれた。
(「芦田堂」のどら焼きを食べながらだよ!)
 恭子ちゃんが押し花を渡していなかったのは、家が裕福ではない人・・
 貧乏な人だったんだよ。
 確か村上くんは誰が裕福でないのか外見ではわからないから、押し花を渡さなかった相手は友達のいない人だって考えたんだよね。
 けれど恭子ちゃんにはそれがわかるんだって!
 たぶん、小さい時から、いろんな人を見てきたり、そんな教育もされてきたんだと思うの。それを聞いて、なんか恭子ちゃんの気持ちが少しわかった気がした。
(恭子ちゃん、どら焼きを喉に詰まらせて、慌ててお茶を飲んでた)
 恭子ちゃんの名誉のために言うと、恭子ちゃんは決して貧乏な人がイヤなんかじゃなくて、そんな人が恭子ちゃんと友達になったらその人が傷つくことがあると思っていたんだ。
 自分があまりにも大金持ちだからだと思うの。
 自分と友達になることで相手に辛い思いをさせたくなかったんだよ。
 私の家もそんなに裕福な方じゃないから、時々、すごく差を感じてしまうこともあるくらい。
 けれど私、あとで思ったの。恭子ちゃんはそんな簡単に人を二つに分けて押し花を渡していたのかなって。
 だって、恭子ちゃんも私と同じ五年生のまだ子供みたいなもんだよ。人をきっちり二つに分けるのなんて絶対に無理だよ!
 恭子ちゃんが本当に友達が欲しいのなら、相手を見て金持ちかそうでないかは二の次なんじゃないかなあって思った。
 恭子ちゃんは自分でも気づかずに自分の友達になってくれそうな人に渡してしまっていたんじゃないかって。
 それに私、最近、こう考えるの。
 そんな家の違いなんてハードル、本当の友達同士だったら乗り越えられるんじゃないかなって思うの。
 私、少し偉そうなこと言ってるね。
 恭子ちゃんの話を聞いたついでに花言葉の間違い(考え方の違い)も教えてあげたよ。
 恭子ちゃんはすごく考え込んだあと「智子、ありがとう」って言ってた。
 相変わらず口数が少ない恭子ちゃんです。
 では、このへんで。またお返事待ってます。

 追伸、私は恭子ちゃんに「智子」と呼んでもらっています。加奈ちゃんと同じだね。
                      加奈ちゃんの大親友、智子でした。



「達也さん、もうすぐクリスマスだけど、プレゼントに何か欲しいものはある?」
 朝食の時、お母さんは僕にそう訊ねたあとすぐに「ご、ごめんなさい。達也さん、もしかしてサンタさんがいると思ってなかったわよね?」とまた訊ねた。
 少し慌てているのかハンカチで口元を拭くと紅茶の入ったティーカップに手を伸ばした。
「サンタなんているわけないよ」
 僕がパンを噛みながら答えるとお母さんは少しホッとしたように見えた。
「だったらいいわ、お母さん、無神経に訊いちゃったから」
 お母さんは僕がサンタがいると思っていた場合、プレゼントは何がいい?と親が訊ねたのを無神経な質問をしたと思って少し慌てたのだった。
 サンタの存在を信じていたのなんて僕が幼稚園に通っていた頃のことだ。
 でも、お母さんの慌てっぷりが少しおかしかった。
 今年のクリスマスはお母さんが変わってからの初めてのクリスマスだ。
 別にどうってことはないけれど何か欲しいものは?と訊かれたので考えなくちゃならない。
「達也さんの好みとか、あんまりわからないの、漫画とかそれくらいしか」
 漫画の言葉で水野さんに貸した千円のことを思い出してしまった。
 万引きした本はまだ読んでいない。読む気がしないし、読んでも面白くも何ともないだろう。
「考えとくよ」僕はそう言いながら牛乳を飲んだ。
「ええ、何でも欲しいものがあったら遠慮しないで言っていいのよ」
「うん」
 リビングの壁にはまた新しい絵画が掛けられている。カゴにいくつかの果物が載せられている油絵だ。
 この絵は美術の教科書で見たことがある。誰の絵だったかな?
 お父さんには絵の趣味なんて絶対にないから、お母さんの好みで絵を選んでいるのだろう。
 お母さんの好みは何だろう?
 絵・・書いてみようかな。
 本当のお母さんの絵を幼稚園の頃よく書いた。無茶苦茶へたくそだったけど家に持って帰るとお母さんは喜んでくれた。
 でも、今のお母さんは綺麗だから僕のへたくそな絵で書くとブスになってしまう。
「どうしたの?達也さん」
 僕がそんなことを考えていると急にお母さんに声をかけられた。
「えっ、なんでもないよ。どうして?」
「なんかぼーっとして考え事でもしているようだったから」
 お母さんはそう言って紅茶を啜った。
「何か、悩み事があったら、お母さんに相談していいのよ」
 悩み事?別にそんなことは考えていないけど。何かあるとしたら水野さんに貸した千円のことくらいだ。
「別に悩みなんてないよ」
「ひょっとしてお小遣い、少なかったかしら?」
「な、なんで?」
「だって、足りてなかったんでしょう?」
 そうだけど、あのお金は、水野さんに・・いや、違う!足りてなかったんだ。だから、家に取りに帰ろうとしていたんだ。
「来月から増やした方がいいかしら?」
「べ、別にいいよ。今のままで」
 他の事を考えたいのにお金のことばかり心にひっかかってくる。
 クリスマスプレゼントは何が欲しいか考えないといけないのに、考えると水野さんに貸した千円のことを考えてしまう。
 やっぱりあのお金は水野さんに早く返してもらわないといけない。


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