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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第4回   明暗


 叔母さんだったら夏目漱石の未完作「明暗」の続きをどう推測するかを訊く前に叔母さんは自分の家に帰ってしまっていた。
「優美子叔母さん、クリスマス前にはまた来るって言っていたわよ」
 台所で母がそう声をかけた。
 叔母さんはサンタクロースなのか?
 そう言えば昔・・
「お母さん、叔母さんって、昔、サンタクロースやったんとちゃうかった?」
「陽一、よう覚えてるなあ」母が昔を思い出したような顔をする。
「そりゃ、覚えてるよ」
 僕がもっと子供の頃、サンタクロースを信じていた頃の話だ。
 クラスの友達に「サンタクロースなんているわけない、あれはお父さんなんや」と言われ家に帰って母に「サンタクロースなんていないって、みんな、言うてる!」と怒った。 騙されたと思っていた。
 それでもサンタクロースは絶対いると信じ込ませようとする父と母に「それならイブの夜、一緒に寝とって!ほんまにサンタクロースがプレゼントを持ってくるんやったら、一緒に寝てもかまへんやろ」と言った。
「ああ、かまわんぞ。サンタクロースはほんまにおるんやから」
 父は自信があるようだった。
 イブの夜、父と母、そして僕が寝ている所にサンタクロースはやってきた。
 何かの音で目を覚まし目を薄っすらと開けると暗がりの中でサンタの足だけがぼんやりと見えた。
 イラストや絵本でよく見る赤い大きな長靴だ。
 布団の隣を見ても父と母はいびきをかきながら寝ている。
 サンタクロースが僕の枕元に何か置いている。きっとクリスマスプレゼントだ。欲しかったボーリングのゲームに違いない!
 サンタクロースは本当にいたんだ!明日、友達に言おう!
 あれ、この匂い?どこかで・・
 そんな事を考えつつもサンタクロースを見た興奮を抑える気持ちとサンタクロースに僕が目を覚ましていることがばれないように嘘のいびきをかくことで僕は必死だった。
 朝、起きると父と母に謝った。
「ごめん。父ちゃん、サンタのおじさん、ほんまにおった」
 謝りつつも何で僕の欲しかった玩具がわかったのだろう、と考えていた。
 心ではサンタにお願いはしていても、実際にボーリングゲームが欲しいと言った相手は父だったからだ。
 そして、居間には叔母さんがいつのまにか家に来ていて朝食を食べているところだった。
 その頃の叔母さんは田舎の祖父母の家に住んでいた。たまに家に来ては何日か長居していた。
 小さい頃から叔母さんは僕の話し相手であり姉のような存在だった。
「お姉ちゃん!いつ来とったん?」
 叔母さんが来るとサンタのプレゼントよりも嬉しい気がした。
「陽ちゃん、おはよう、叔母さん、今、来たところよ」
 にこにこ微笑んでいる叔母さんの脇には大きな袋があった。

 次の日、友達にサンタを見た話をすると「それは父ちゃんとかがサンタのふりをしとるんや」と言われバカにされた。
 次の年のイブの夜、今度はサンタの正体を見届けるんだ、と僕は張り切ってずっと寝たふりをして起きていた。
 スーッと襖が開いて誰かが入ってきた。襖が開きっぱなしなのでよく見える。
 僕の枕元に近づいてくる。息遣いが聞こえた。
 匂いがした。去年と同じ匂いだ。
「やっぱり、お姉ちゃんや!」僕はがばっと布団をはねのけ大きな声で言った。
「ばれてしもうたあ!」
 叔母さんは驚いてひっくり返りそうになっていた。
 叔母さんはサンタクロースの格好をしていた。
 どこで買ったのだろうか?髭こそ付けていないけれど赤いサンタの服を着ている。
 母が叔母さんにサンタクロースの役をお願いしていたのだった。
 寝ている間に来るんだから何もそんな格好までしなくてもいいのにと思ったけれど、そこは叔母さんのすることだ。何事でも徹底してしないと気がすまなかったのだろう。
「はい、これ、陽ちゃんがサンタさんにお願いしたものが入ってるよ」
 叔母さんが両手で大きな箱を差し出した。
 にっこり笑う叔母さんの姿は襖の向こうから漏れてくる灯りに照らされ本当のサンタクロースに見えた。
 その時、僕は思っていた。この世にサンタなんていなくても別にかまわない。
 プレゼントを買ってくれる優しい父と母がいて、サンタの格好をしてまで僕を喜ばせてくれる叔母さんがいるだけで僕は幸せだった。



 僕は図書室の日本文学の書架の前にいた。
 家に帰っても叔母さんもいないから、ここで読んで帰ろうと思っていた。

 図書室の本の中には同じ本が二冊あるものがある。
 それにはちゃんと理由がある。一つは人気があって最初から同時に二冊仕入れている本、もう一つは生徒の返却の延滞が続いて再仕入れをした後に延滞の生徒が返却しに来て二冊になった本などがある。
 一つ目の理由の本は同じ時期に仕入れているのでぼろぼろになる早さも同じだ。
 それぞれの図書カードを見ても同じ位の頻度で借りられているのがわかる。
 二つ目の理由の本も見た目は再仕入れをした方が若干きれいなせいもあって、図書カードを見れば借りられる頻度は最初からあった本は汚れているせいなのか頻度が少なく、再仕入れの本はやっぱりよく借りられている。誰だって汚れている本には触りたくない。
 それは僕も同じだ。

 ただ、この二冊の本は不思議だ。
 仕入れ年月を見ると同じ日に仕入れているのにも関わらず、一冊が極端にぼろぼろになっている背表紙も捲れ上がっている。
 もう一冊は普通に歳月の流れで汚れている程度だ。
 図書カードを見てみるとまだきれいな本の方は普通の頻度で借りられている。僕の読んだ川端康成の「伊豆の踊り子」程度の頻度で読まれている。
 しかし、もう一方のぼろぼろの本は二週間おきに必ずと言っていいほど借りられている。
 たとえば返却日が十二月一日だとすると、次に借りられるのも同じ日の十二月一日だ。
 おそらくは同じ人が返してはまた同じ日に借りているのだろう。
 つまりこの本はずっと同じ人の手元にあったことになる。そして、本がぼろぼろになっていても気にしない人だ。
 この本を借りていた生徒はそれだけこの本に愛着を持って読んでいたことになる。
 それが去年、突然途切れている。
 そこからは誰にも借りられいていない。きっとぼろぼろになっているからだろう。
 誰だって綺麗な方の本を手に取る。
 借りられるのが途切れているからここにあって、それを僕が手にとって見ているということだ。
 その本は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」だ。
 五年生の教科書にもその一部が抜粋され使われていたほどの名作だ。


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