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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第3回   万引き


 気がついたら、もう十二月になっていた。もうじきお父さんが再婚して半年になる。同時に新しいお母さんが来て半年経った。
「お母さん、駅前の本屋さんに行ってくる」
 僕はカバンを肩に掛け玄関まで出てからキッチンにいるお母さんに言った。
「達也さん、気をつけていってらっしゃい」
 お母さんがエプロン姿で玄関口まで出て来た。僕の本当のお母さんはエプロンなどではなく上っ張りを着ていた。
 香水の匂いがぷんと鼻をつく。
 香水の匂いは嫌いだった。ご飯を食べている時もよく匂ってきている。特に朝から嗅ぐのはイヤだった。食欲がなくなる。
 だから香水の匂いを嗅ぎながら「たくさん食べてちょうだい」と言われるのはもっとイヤだった。
「なるべく早く帰ってくるのよ。外は寒いから。ジャンパー着なくていいの?」
「着ない」ジャンパーも冬になってお母さんが買ってくれたものだ。まだ一度も着ていない。
 今のお母さんはほっそりした体つきで洋服もよく似合うけど本当のお母さんはぽっちゃりした体型だった。
 何から何まで違う。比べても仕方のないことなのについつい考えてしまう。
 お母さんは髪を金色に染めていて誰かが「外人の女優さんみたいだ」と言ったけれど、僕の家に外国の女優なんていらない。

 以前にお父さんが営んでいた八百屋のある商店街の脇を通り、天井川を越えて駅前の本屋まで来た。
 今日もすごく寒い。やっぱりジャンパーを着てくればよかった。
 お母さんの言ったとおり、本を買ったらすぐに帰ろう。
 駅前の本屋はこの町の中では一番大きい。最近、僕はここで漫画本をよく買う。
 その本の全てを今のお母さんからもらったお小遣いで買っている。
 お小遣いが増えたから買える本の数も増えた。
 本屋に入ると中にはお客さんが数十人いる。ほとんどの人が雑誌コーナーにかたまっている。レジは入り口付近にあって何人かが並んでいる。
 外の寒さと比べてここは天国だ。すごく温かい。
 奥の書棚に読みたい漫画本がたくさん並べられてある。僕は読み終わった続きの十二巻を手に取った。ぺらぺらと頁を繰る。面白そうだ。買って早く読みたい。
 レジに持って行こうと思って財布を開けるといつの間か中身は空っぽになっていたことに気づいた。数十円の小銭しか残ってない。五百円はあると勝手に思っていた。
 もうそんなに使ってしまっていたのか。
 信じられない。あんなにお小遣いをもらったのに。
 でも、早く続きが読みたい。
 お母さんにお小遣いをねだればきっと理由を訊かれるだろう。
 理由を言うのも面倒臭い。
 今のお母さんなら、理由を言えばすぐに漫画本代くらいすぐにくれるに違いない。
 いや、理由も訊かれないかもしれない。僕にとっては都合のいいお母さんだ。
 何の問題もないはずだ。
 家に帰ってお母さんにお小遣いをもらおう。いったん店を出て家に帰ろう。
 しかし、次の瞬間には僕の体は違う動きをしていた。
 小さな漫画本だ。これくらいならカバンに入れても見つからない。たかだか三百円くらいの漫画本だ。
 今なら誰も僕の方を見ていない。
 仮に見つかったとしても、困るのはお父さんとお母さんだけだ。
 ひょっとしたら二人とも困らないんじゃないか?
 特にお母さんなんて赤の他人だ。
 僕は持ってきたカバンの中に漫画本をスッと忍び込ませた。

「山中くん?」
 しまった! 誰かに見られたのか? 確認したはずなのに。
 僕は声のした方を恐る恐る静かに振り返った。
「今、カバンの中に本を入れなかった?」
 そう言ったのはメガネをかけた長い髪の女の子、クラスの図書委員の水野さんだった。
 よりによってクラス一真面目な奴に見られるなんて。
 水野さんの向こうにレジが見える。
 僕は首を振らずに頷いてしまった。
「私、言わないわ・・」
 水野さんは周りに聞こえないように小さな声で言った。
「違うんだ。僕、家に帰ればお金はたくさんあるんだ」
 僕は何を誤魔化して言っているのだろう? カバンに入れたことには違いないのに。
 お金はたくさんある、といってもお母さんにねだればもらえるという話だ。
 でも、そんなことをあったばかりの水野さんに言えない。
「山中くん、外に出ようよ・・そんな大きな声、他の人に聞こえるわよ」
 僕の心臓はドクンドクンと高鳴っているのに、水野さんはすごく落ち着いた様子だ。
 水野さんは何があっても動じないのではないだろうか。
 水野さんはさっさと出口に向かっていく。
 僕は水野さんの後を追うように入り口にあるレジの前を通り過ぎ店を出た。
 店を出ると一気に寒さが体を襲った。
 僕たちは通りを下って本屋から離れた。先を歩く水野さんは僕の保護者のようだ。
 けれど水野さんは保護者なんかではない。僕は万引きを見つけられ補導され引率されているのだ。
 僕は水野さんの背中を見た時、初めて僕が「万引き」をしたことに気づいた。
 学校で先生が休み前に指導しているあの「万引き」だ。
 生徒同士で映画館、ゲームセンター、喫茶店に行ったりしないこと。いじめをしないこと。そして万引きをしないこと。万引きは犯罪だ。
 このままだと、僕はどこか遠いところに連れていかれる。
「水野さん、本当に誰にも言わないの?」
 後ろから声をかけると水野さんは振り返った。
 体が震えだした。寒さのせいばかりではない。
「言わないわ」
 その言葉にホッとした。水野さんは案外いい子なのかもしれない。
 お母さんにばれずにすんだ。
 えっ、僕はお母さんにばれることを恐れていたのか。
 どうしてだ? さっき赤の他人だって思ってたじゃないか。
 そんなことを考えていると、水野さんは涼しげな顔でこう続けた。
「誰にも言わないけれど・・そのかわり・・」
 そのかわり・・何?
 水野さんの長い黒髪がふわりと冬の冷たい風に揺れた。
 わずかだが水野さんの方から香水の匂いが流れてきた気がした。お母さんと同じような匂いだ。
「そのかわり、お金を貸してくれる?」
 風に揺れだした髪を手で押えながら言った。
「少しでいいの」
 えっ? お金って・・水野さんはいったい何を言っているんだ?
 お金を僕が貸すって、どういうことだ?
 お父さんは八百屋をやっていた時、銀行に頼んでお金を借りていた。利息が高いとか文句を言っていたけど。でも僕は銀行ではないし。
「水野さん、僕、財布の中、空っぽなんや」
 僕はポケットから財布を出して水野さんに見せた。
 そうすると水野さんはふーっと深い溜息をついた。こんな深い溜息を見たのは前のお母さんが八百屋の赤字が続いた時に出した溜息以来だ。
「誰も今だと言っていないわ」
 水野さんはメガネの縁を指でくいと上げて言った。
「僕、今月のお小遣い、全部使ってしもうたんや」
 来月分を貰うまではまだ十日もある。
「山中くん、さっき、家に帰ったらたくさんあるって言ったわ。嘘だったの?」
 たくさんあるって、それは僕のお父さん、いや、お母さんがたくさん持っているということなのに。そんな事を僕は軽々しく言ってしまっていたのだ。
「嘘じゃないよ・・あ、あるよ。家に帰ったら・・」
 そう言った時、今のお母さんの顔が浮かんだ。
 お母さんと夏祭りに一緒に行ったことを思い出した。一緒に歩いているとクラスのみんながお母さんを見ているので得意気になった。サイダーを二本もらって、一本はお父さんに持って帰ると言って、もう一本のサイダーを二人でかわるがわる飲んだりした。
 運動会ではお母さんの作ってくれたお弁当を三人で食べた。
 お弁当の中身はサンドイッチだとばかり思っていたけれど大きなおにぎりがたくさん入っていた。
 おにぎりの味は本当のお母さんの方が数段おいしかったけれど、今のお母さんの作る味に僕はいつ間にか慣れ始めていることに気づいた。
 お母さんに迷惑はかけられない・・
「お金、たくさんあるのね」
 僕の夢想を打ち破るように水野さんは僕にそう確認した。
 貸すのは少しでいいんだよな。
 僕はその時になってようやく気づいた。
 僕は水野さんに脅かされている・・と。
 風が冷たく凍えるくらいに寒かった。体の震えが止まりそうになかった。はやくこの場を離れて家に帰りストーブに当たりたかった。
 僕はもうとっくに漫画の本など読む気は失せていた。



 本の続きが気になる。
 図書室で夏目漱石の遺作となった「明暗」を借りて読んだのだけれど、最後の頁で「未完」と書かれ、そこで話が切れていた。
 夏目漱石が執筆中に持病の胃潰瘍が悪化して亡くなってしまったからだ。
 分厚い「明暗」は漢字が多く読むのは大変だったけれど、他の「我輩は猫である」や「草枕」なんかよりは数段読みやすかったので最後まで一気に読んだ。
 内容は主人公の男が結婚して奥さんがいるのにも関わらず、結婚する前に好きだった女の人を忘れられないという話だった。
 そして、最後の方では主人公がついにその女の人に会いに行く?・・という一番肝心なところで終わっている。
 見識者の間で漱石なら、これ以降の話はこう書くだろう、と色々な憶測が立てられている。
「女の人に会いに行くが、奥さんの方が大事なので結局、元の鞘に納まる」という推測。
「女の人を忘れられず会いに行き、女の人と結ばれる」という憶測。
 漱石は自分の死後、そんな憶測を立てられ気分がいいのか、悪くしたのかはわからないけれど、それはきっと読者が考えることなのだろう。
 そう、僕ならどうするか?
 だが、僕は未だ子供なので奥さんなどいるはずもないので身の周りの違う人に置き換えて想像してみる。けれど、誰を想像していいかわからない。
 結論はこういう本を借りて読んでしまったら余計な事を考えなくてはならない、ということだ。
 僕はこの本を読むことによって余計な考え事を背負い込んだことになる。
 今度からこんな「未完」の本はもう借りないでおこう。
 そう思いながらまた図書室の書架の前にいた。
 家に帰るのが遅くなって叔母さんが寂しがるかもしれないけれど、今度はちゃんとした本を借りよう。
 今度は西洋文学の前に来た。
 モーパッサンの「女の一生」を手にとり、最後の頁を見て「未完」になっていないかチェックする・・大丈夫そうだ。
 でも「女の一生」・・母の一生、叔母さんの一生・・また余計なことを考えてしまいそうなので本を閉じ書架に戻す。
 そうだ! 叔母さんだったら「明暗」の続きはどう推測するだろう? 今度、訊いてみよう。
 結局、何も借りずに書架を離れた。閲覧コーナーのテーブルには水野さんが本を読んでいた。
 彼女は図書委員で貸し出しコーナーに交替で座っている。交替制だから、そんなに毎日いる必要はない。たまには早く家に帰ってあげればいいのに。
 家には帰ってくるのを楽しみにして待っている人がいるものだ。
 僕の叔母さんのように。



 悪い夢を見ているようだった。
 あの時、本屋から家に戻ってお母さんに本代をもらっていたら何の問題も起こらずに済んだのに。今更考えてもしょうがないけれど考えてしまう。
「そんなには貸せないよ」
 僕と水野さんは校舎の裏にいた。
 目立たない場所で会いましょう、と水野さんはここを指定したけれど、校舎の裏は人が少ないけれど男女でいればかえって目立つ気がする。低学年の女子たちがまるでアベックでも見るような目で通り過ぎていく。
「だから、私、少しって、言ったわよね」
 メガネの奥の目が少しきつくなった。そんな目をするほどのことを僕は言ったのか?
 僕は水野さんはこんな話をする前は勉強ばかりしてお金とかには興味を示さない真面目な子だと思っていた。
 真面目な女の子のお手本のように思っていたのに。
「千円くらいなら・・」僕は小さな声で言った。
 千円が限度だ。お母さんに言って今月分に上積みしてもらえるのは。
「私、五百円くらいでよかったんだけど」
 水野さんは涼しげな目をして言う。まるでからかわれているみたいだ。
「だったら、五百円だけ貸す」
 僕は慌ててそう言い直した。
「千円の方がいいわ。たくさん、あった方がいいもの」
 千円と言ってしまったことを後悔した。僕はずっと後悔ばかりだ!
「お、お母さんに言ってみるよ」
 僕の言動は水野さんに出会った時から軽率すぎる。
 そして水野さんは冷静すぎる。
「今日は持ってきていないの?」
 水野さんは少し怒ったように問う。
「いくらいるんか、わからへんかったから」
「山中くんも子供なんだから、私だって、そんなには言わないわよ」
 水野さんは言葉を巧みに操っているようだ。これが同じ小学五年生なのか?まるで人の心を読めるみたいだ。
 それに比べて僕はただの子供だ。
 こんな子供は本当のお母さんに会いたいと言う資格も、新しいお母さんにお小遣いをもらう資格もない。
「水野さん、お金を何に使うんや?」
 それを訊く権利は僕にだってあるはずだ。
「本よ」
「本?」
「私、この前に山中くんに会った時、お金を持ってなくて本を買えなかったの」
 僕と同じっていうことなのか?
「お小遣いは?」
「使っちゃったのよ」
 それも僕と同じか。水野さんの場合は何に使ったのだろう?
「明日、持って来る」
 訊くだけ訊くと早くこの場を立ち去りたかった。水野さんも同じだったらしく「明日、ここで待ってるわ」と言い残して先に去って行った。



「達也さん、それで、いくらいるの?」
 お母さんは財布を取り出しながら訊ねた。大きく綺麗な色の財布だ。僕にはわからないけれどブランド物だろう。
 お母さんから水野さんから流れてきたのと同じ香水の匂いかがした。
 まだ同じ場所にずっといるような感覚に陥った。
「せ、千円・・」
 水野さんに渡すそのままの金額だ。もう漫画本を買うどころではない。本当はあの日、家に戻って漫画本代をねだるはずだった。
「それだけでいいのね」
 お母さんの言葉に頷くと今までの疲れがどっと取れた気がした。大きな仕事をやり遂げたような感じだ。
 僕がもっとねだればもっとお金をくれるのだろうか?
 きっと大人から見れば千円などたいした金額ではないのだろう。
「それで、お金、何に使うの?」
 どきっとした。
「ま、漫画の本を買う・・」僕は慌てて答えた。
 お母さんに初めて嘘をついた。
 お母さんが僕の目をじっと見ているのが感じられた。
 嘘、ばれてないよな。
 僕は万引きという犯罪をする子供で、お母さんに嘘をつく子供だ。
 お母さんにそう見られても仕方のない子供だ。
 やっぱりお金をもらうのはよそう。
 万引きした本は返せばいい。
 明日、水野さんに土下座してても謝ろう。正直に貰えなかったと言おう。
「お、お母さん、・・やっぱり・・」
 僕がそう言ったのと同時に目の前に千円札が差し出されていた。
 気がつくと僕は千円札にもう手を伸ばしていた。



「水野さん、変な匂いがしない?」
 体育の授業前、体操着に着替えていると後ろの席の井口さんに訊かれた。
 最低限、匂いには気をつけていたはずだったのに。
「そ、そうかしら?私、わからないけど」
 私は匂いを第三者に指摘されて、少し、しどろもどろになった。
私は両腕を鼻に近づけて匂う真似をした。
「水野さんのことを言ったんじゃないわよ。どこかで物が腐ってるんじゃないかって思ったの」
井口さんは私が臭ってるって言ったのではなかった。
私はほっと胸を撫で下ろして「誰かの給食の残りがどこかで腐ってるんじゃないのかしら?」と答えた。
「うーん。そんな匂いじゃないわね」
井口さんは何か考えている風だった。
これ以上、考えさせてはいけない。井口さんは結構、何事にも敏感な子だ。
「井口さん、私、先に運動場に行ってるわね」私はそう言い残して教室を出た。
しまった!
私がいなくなって匂いがしなくなれば匂いの元が私だとわかってしまう。
井口さんは頭のいい鋭い子だと知っていたのに。
今から戻るのも変に思われる。



「お金、返してくれるんだよな?」
 千円札を渡すと水野さんはすぐに巾着袋の中にしまい込んだ。
 次の日僕たちはまた校舎の裏にいた。はやく用事を済ませてしまおう。もうここには来たくない。
「もちろんよ」
 水野さんは笑顔も見せずにそう返した。大事なお金を貸すのだからちゃんとお礼くらい言って欲しい。
「いつ?」
 訊いておかないとちゃんと戻ってくるかどうか不安だ。
「お金ができたら、ちゃんと返すわ」
 水野さんは僕の方を見てメガネの縁を指でくいと上げた。
「親にお小遣いをもらってからか?」
「ええ」
 僕の質問はおかしいだろうか?全部普通の質問だ。おかしいところなんて何一つない。
 けれど、水野さんと話をしていたら、こっちが悪者みたいな気がしてくる。
 きっと何度も水野さんに問いかけているからだ。
「いくら?」「返してくれるのか?」「いつ?」そして「お小遣いをもらってからか?」だ。
 不安なのだ。そして自分に自信がないのだ。
 もし水野さんがお金を返してくれなかったらどうしよう、そんな時の手立ても僕は考えていない。
 頭にあるのはお金を返してくれなかったら、お母さんに相談しようとか、男として情けない考えばかりだ。



 加奈ちゃん、お元気ですか?
 こちらはいたって元気です。風邪もひいていません。よく考えたら私の取り得は元気だけだということに今更ながら気づきました。
 時間が経つのは早いもので加奈ちゃんがいなくなってからもう一ヶ月もたっちゃいました。
 すっかり寒くなって、店の中も暖房してるんだけど、足元が冷えるのでレジの下に電気ストーブを置いて暖まっています。
 でも加奈ちゃんのいる仙台の方がもっと寒いんだよね。
 こちらはまだ雪は降っていません。
 雪が降って積もったら雪だるまを作りたいです。本当は加奈ちゃんと作りたかったけど・・もし雪だるま作ったら、写真を送ります。加奈ちゃんも作ったら写真送ってくださいね。

 近況報告です。
 学校の帰りは恭子ちゃん(長田さんのことをそう呼ぶことにしました)と一緒に帰っています。
 違うクラスなので校門前で待ち合わせです。
 以前は恭子ちゃんは自動車でのお迎えが来ていたそうです。
 今は「芦田堂」まで一緒に歩いて、そこから十分ほど歩いて帰っています。
 そうそう、恭子ちゃんのピアノ、「別れの曲」を聴かせてもらったよ。
 二人の出会いなのに、また「別れの曲」だったよ。加奈ちゃんと友達になった時も同じ曲だったね。
 もう私は別れはこりごりです。
 別れはこりごりだけど、いつまた恭子ちゃんとも別れの日が来るかもしれないので、今のうちに恭子ちゃんともたくさん思い出を作っておくことにしました。
 今日は恭子ちゃんと近くの商店街に行きました。
 何にもないところだけど、唯一、子供相手の駄菓子屋さんがあります。
 私はたまに行くんだけど、恭子ちゃんは初めてだったらしく、物珍しそうにお店の中を隅々まで見ていました。
 恭子ちゃんはたくさんお菓子を買おうとしてましたけど、私は止めました。
 あんなに食べたら、恭子ちゃんのスラリとした体があっという間に太っちゃうよ。
 恭子ちゃんは私に言われた通りに少しだけ買うことになったんだけど、まだ残念そうな顔をしていました。
 恭子ちゃんは財布を出してお代金を出すと言い出したんだけど「友達同士は割り勘なんだよ」と言ってちゃんとはんぶんこにしました。
 お菓子はお店の中で食べさせてもらうことになりました。
 お店には店番で悠子ちゃんがいたので奥の部屋に上がらせてもらって三人で食べました。
 悠子ちゃんのことは知ってるでしょう?私の幼馴染の小川悠子ちゃんです。
 驚いたことに恭子ちゃんは駄菓子を食べたことがなかったの!
 おやつはクッキーやケーキに果物、それにチョコレートくらいしか食べたことないんだって。せめてお煎餅くらい食べていて欲しかったよ!
 たぶんチョコレートも私が食べてるようなのではないんだろうなあ。
 加奈ちゃん、それに聞いてちょうだい!
 恭子ちゃんはラムネも飲んだことなかったんだよ!
 何回ラムネの飲み方を教えても恭子ちゃん、また訊くんだよ!
 恭子ちゃんのお家では紅茶や果物のジュースばかりなんだって。
 でも私の友達になったからにはちゃんとラムネの飲み方くらい覚えてもらうの。
 なんだかんだと言っても、恭子ちゃんはお菓子を食べながら「変わった味がするけど美味しい」と言ってくれたよ。
 それに「またここに来たい」と言ってくれたよ。
(恭子ちゃんは私と違って本当に口数が少ないです)
 とても楽しかったけど、加奈ちゃんと駄菓子屋さんにも来ておけばよかったと、今、大変後悔しています。
 ではまたお手紙を書きます。
 追伸、加奈ちゃん、もうお友達はできましたか?
                        加奈ちゃんの大親友、智子より


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