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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第25回   ヘルマン邸の思い出


 ずっとこんな時間が続けばいいと思っていた。
 それは私が小学二年生だった頃の話だ。

 アツシくんが「ヘルマン屋敷」の二階から落ちて大怪我をしてからはここで遊ぶ子供の数は次第に減っていくばかりだ。
 ある子は親に「あそこで遊ぶのは危ないから」と戒められたり、またある子はここで遊ぶのに飽きてしまったりして来なくなった。
 子供は減ったとは言っても数人はまだ来ていて所々で遊んでいた。
 女の子は私一人だけだった。
 ヨウイチくんは私といつまでも遊んでくれた。
 私にはそれが理解できなかった。
 どうしてヨウイチくんがまだここで遊んでいるのか、それも女の子の私と。
 遊びと言っても大人数で遊ぶ遊びはできないから、ここで色んな話をしたり、影踏みをしたり、ビー玉で遊んだりするだけ。
 私は楽しかったけれど、ヨウイチくんは物足りなかったと思う。
 いつかヨウイチくんもここに来なくなるのだろうか?
 ある日、私は「銀河鉄道の夜」に出てくる「銀河ステーション」のことをヨウイチくんに話した。
「ヨウイチくん、ここって、まるで駅みたいでしょ」
 もう学校の図書室で借りて何度も読んでいる本だから暗記しているくらいだ。
「駅って?」
「空に飛び立つ列車の駅よ」
「ヘルマン屋敷」の尖塔の十字架が空から見える目印だ。
 広く長い庭園が吉水川に向って伸びているので私にはそう見えた。
 私の心の中には空に飛び立つためのレールが庭園の先に見える。
「列車の駅って?」
「銀河ステーションよ。知らない?・・宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の話」
「知らへんなあ。今度、図書室で借りて読んでみる」
「漢字が多くて難しいよ。高学年用の本だから」
 私にそう言われるとヨウイチくんは少しムッとしたような表情をした。
「大丈夫や。わからんかったら。お姉ちゃんに訊くから」
 ふーん。村上くんにはお姉さんがいるのか。
「その本に出てくる銀河ステーションから銀河鉄道が発車するのよ」
「アケミちゃんって、想像力あんねんなあ」
 何か初めて人に誉められた気分だ。
「けど、ここって駅に見えるかなあ?」
 ヨウイチくんはぶつぶつ呟いている。上手く想像ができないみたい。そんな想像ができる私は少し誇らしかった。
「それで、その列車って誰でも乗れるんか?」
 ヨウイチくんは何だかワクワクしているみたい。想像上の列車なのに。
「友達同士だったら乗れるのよ」
 カムパネルラみたいな友達が欲しいな。
「それやったら、僕ら、二人、列車に乗れるやんか」
「えっ?」
 ヨウイチくんと私が友達?
「だって、僕ら、もう友達やんか。今日だって一緒に遊んでいるし」
「本当?」
 私はその場で飛び上がりそうなほど喜んだ。
 でもヨウイチくんは男の子だからそんな嬉しそうな顔も見せられないことが残念だ。
 けれど同時に私は怖くなった。ヨウイチくんがここに来なくなる日が来るのが。
 学校でクラスは違うけれど、探せばどこかにいるかもしれないけれど、やっぱりこの場所で会うのがいい。
 ここでなら私は本来の自分でいられる気がする。
 そしてとうとう、ここで遊んでいるのは私とヨウイチくんの二人だけになってしまった。
 それは二学期の終業式が終わった日の午後、クリスマスの前日だった。
「ねえ、ヨウイチくん、明日も来る?」
 明日、ここに来て一人だったらどうしよう。
 あまりも不安で初めてそんな問いかけをした。今までそんなことを誰かに聞いたことがない。
「来るよ、何でそんなこと訊くん?」
 ヨウイチくんは私のそんな不安をよそに何でもない風に答えた。
「ほ、本当?」
何度も念を押さないと不安だ。
「ほんまや」
 そう言ってにこりと笑った。
 ―何でそんなこと気にするんや、と言いたげな表情だ。
「約束だよ!」
 また念を押した。
「かまへん、約束しても」
 それは初めて私が誰かとした約束だった。

 次の日、学校が冬休みになったので私は朝早くから「ヘルマン屋敷」に急ぎ足で向った。
 今日はクリスマスだ。
 けれど、私の家はそんなものとは無縁だった。
 父はいないし、母はクリスマスなんて世間の行事とは関係なく毎日仕事に出かけている。

 まだ早すぎたのか、ヨウイチくんは来ていない。
 ここに隠れていようかな。
 私は瓦礫の陰に身を潜めた。
 薄着で寒かったので瓦礫の中で膝を抱え俯いて座った。小さな石がお尻に当たって痛い。顔を膝の中に埋める。頬が暖かくなる。
 ヨウイチくん、やっぱり来ないのかな?
 まだ寝ているのかな?ヨウイチくんのクラスは宿題が多かったのかな? それともお母さんに止められているのかな?
 いろんなことを考えていると砂利をざくざくと踏む音が聞こえてきた。
 来た、ヨウイチくんだ、来てくれた!
 ちゃんと私との約束を守ってくれたんだ!
 あれ?でも少し砂利の音が少し大きい。
 膝の間からゆっくり顔を上げた。
 朝の光が眩しい。冬の太陽ってこんなに眩しかったかな?

 そこにはセーラー服姿の一人の女子高生がいた。
「遅なってしもうたわ!」
 その人は「ヘルマン屋敷」の瓦礫の中で朝の太陽を背に立っていた。
 私の憧れの女子高生だ。けれど、この町では見たことのない制服だ。
 女の人が私を見つけて近づいてくる。
 誰なの?
 私は両手で抱えた膝の中にまた顔を入れた。
 このままここに隠れていよう。
「こんなに遠い所やと思わへんかった・・」
 ここまで走ってきたのだろうか? 女の人がハアハアと息を吐いているのが聞こえる。
 一人でしゃべっているのが少しおかしい。
「もしかして、そこに隠れてるの?」
 隠れている私をあっけなく見つけて訊ねた。
「あなたがアケミちゃん?」
 私は「うん」と小さく頷いた。
「お顔、見せてくれる?」
 私は顔を上げた。
 私の悪くなりかけた目に優しそうな顔が映った。
「私ね、陽ちゃんに頼まれて来たの」
 ヨウちゃん?ヨウイチくんのこと?
「ヨウイチくんは?」
 ヨウイチくんは来ないの?
「ごめんね。陽ちゃんは来れへんようになってん」
 女の人は目の前で両手を合わせて謝る。
「陽ちゃんは風邪ひいてしもうて。昨日の晩から熱だして、朝からうんうんうなってるの」
 女の人が頭の後ろに手をやって掻くと長い髪が空の中に流れた。
「陽ちゃん、うなりながら、ここに行ってくれって、何度も言うんやもの」
 朝の優しい光の中に黒く長い髪が空の色と対照的に映る。
「陽ちゃん、お薬飲んだから、今頃きっと寝てるわ」
 私もあんな風にきれいに髪を伸ばしたい。
「あの、それであなたはどなたですか?」
 ヨウイチくんが風邪をひいたのなら仕方ないけど、この人は誰?どんな関係?
「ああ、私? 陽ちゃんの叔母さん・・と言っても、あの子のお姉ちゃんみたいなもんやけどね」
 女の人は自分の顔を指差してそう説明した。
 ヨウイチくんが「お姉ちゃんがいる」って言ってたのを思い出した。
「だったら、お姉さんですね」
 そんな風に見える。
 けど、全然似ていない。
「その服・・」
 私はセーラー服を指した。
「ああ、これね。実は昨日、終業式が終わってそのまま急いで来たもんやから」
 女の人は紺色のセーラー服の裾を弄りながら説明した。
「でも今日の朝は私、サンタさんやったんよ」
「え?」
「毎年、陽ちゃんのお母さん、つまり、私のねえちゃんに頼まれてるねん。陽ちゃんはサンタさんが本当にいるかどうか疑ってるから私にサンタさんの格好でプレゼントしてって」
 ヨウイチくん、そんなのまだ信じてたんだ。私よりずっと子供だ。
 私はこの人がサンタさんの格好をしている所を想像した。似合いすぎ。
 この人にプレゼントを持ってきてもらってるヨウイチくんが少し羨ましい。
「ふーっ、ここまで走ってくるのに、息が切れてしもうた」
 女の人はまだ深い息をしながらそう言うと私の近くまで来て横に座った。
 あっ、セーラー服が汚れる!
「ここ、汚いですよ」
 さっきから小石がお尻に刺さるようで痛い。
「そやかて、もうしんどいわ」
 女の人も私と同じようにスカートを両手で抱えて体育座りをした。
「私、走るのは速いんやけど、ここまでの全速力はきついわ」
 ヨウイチくんの家からここまで走ってきたのならきついかもしれない。
 けど全速力って、すごい。町の人たちが驚いて見てたんじゃないだろうか?
 それもセーラー服で・・
「そこにベンチがありますけど・・」
 私は中庭のベンチを指した。
 壊れた噴水を中心にいくつかの花壇があって、外側にベンチが二つ並んでいる。
 ここにヨウイチくんとよく一緒に座った。
「いいのがあるやないの」そう言いながら女の人は私の手をすっと曳いてベンチに向かった。
 自然な動きだ。それになんて暖かい手。
「こっちのベンチの方がきれいです。これも汚いですけど」
 私はまだ綺麗な方のベンチを指した。
「ほんまやね」
 ここも汚いけれど瓦礫に直接座るよりはいい。それにここならセーラー服のスカートもそんなには汚れない。
 私が先に腰掛けると「やっと、落ち着いたあ」と言いながら女の人は勢いよく私の真横に座った。
 ちょっと近すぎ!
 セーラー服のプリーツスカートの先が私のワンピースに触れている。女の人の首筋が汗ばんでいるのが見える。
「あ、あの・・」
「何? アケミちゃん」
「私、臭いですよ・・そ、その・・ゴミの匂いとかするから」
「ふーん。そうかなあ。私、鼻が悪いからわからへんわ」
 ヨウイチくんと同じことを言った。
 この人もヨウイチくんと同じように。私の服についているゴミの匂いを気にしていないのかな。いや、たぶんわかっていて・・
 私は空を見上げた。今日はとても雪なんて降りそうにない。
 私はどうしてここにいるのだろう?
「陽ちゃんと友達になってくれたんやってね」
「『友達』って、私、そんなこと」
「そやかて陽ちゃん、アケミちゃんのこと『僕の友達』って言ってたよ」
 ヨウイチくん、そんなことをお姉さんに言ったんだ。
 嬉しい・・
「アケミちゃん、陽ちゃんと何を約束してたの?」
「約束?」
「だって、陽ちゃん、アケミちゃんと大事な約束したからって言ってたよ」
 ああ、それは「明日もここに来て」っていう口約束だ。
 でも私は違う答え方をした。
「ヨウイチくんと一緒に銀河鉄道に乗るっていう約束をしたんです」
「ふーん。あの宮沢賢治の小説のことやね」
 この人、「銀河鉄道の夜」を読んでいるのかな?
「銀河鉄道は夜に現れるんでしょ。私も読んだことあるから知ってるよ」
「本当ですか!」
 同じ本を読んでいる人に初めて出会った喜びで私の心は一杯になる。
 この人、名前は何て言うんだろう?
 この人の事をもっと知りたい!
「お星さんが出てくるまでここで待ってたら銀河鉄道は現れるわよ・・あ、そんなに遅くまで家を空けてたらお母さんに怒られるわよね」
 少し残念そうに言ってるけど、夜までここにいても銀河鉄道は現れたりないことは子供でもわかる。
「かまいません、遅くなってもお母さんは心配しませんから」
「でも、夜までこんな所におったら、二人とも凍えてしまうわ」
「あの・・それより銀河鉄道、本当にここに現れたりするんですか?」
 女の人は少し微笑んだあと話を続けた。
「ねえ、アケミちゃん、アケミちゃんにはここの花壇に花が咲いていないように見える?」
 ベンチの前には水の出ることのない噴水を囲んで大きな花壇がいくつもある。
 手入れする人もいないので雑草が伸び放題だ。花も少しあるけれど名も知らない花ばかり。けれどここが以前立派な花壇だったことは十分にわかる。
「私には花なんて見えません」
「そっかなあ。そんな本読んでいるんやから、アケミちゃには見えると思うんやけどなあ」
 想像しなさい、って言うこと?
「ほら、アケミちゃん、目を瞑ってみて」
「はい」頷きながら私は目を瞑った。
「目の前の花壇にたくさんの花が咲いている所を想像してみて」
 目を瞑れば言われた通り想像できる。
 中心にある噴水はどんな風に水を噴き出していたのだろう? 花壇に全体に水がかかるようになっていたのかな?
 花壇の花にはちゃんと花の名前が書かれてある。ここを手入れした人が付けていたのだろうか?
 このベンチには昔、誰が座っていたのだろう?手入れしてた人、それとも「ヘルマン屋敷」のご主人? ご家族?
 このベンチに腰掛けてどんな話をしていたのだろう?
 いつも殺風景だった中庭の景色がこの人の言葉で一瞬で変わった。
 そっか・・
 女の人が言いたかったのは銀河鉄道は夜になれば私の心の中に現れるということなんだ。
「目を瞑っていてもアケミちゃんの横には私がいるのがわかるでしょ。その向こうには陽ちゃんがいるのが見えへん?」
 女の人の言うことをしっかりと聞く。
 女の人の温もりが伝わる。だから、そばにいるのがわかる。
 なぜかこの人の言うことをすごく信用している自分がいる。
「うーん。いるような気もします」
 ヨウイチくんの顔を浮かべると「ぷっ」と吹き出しそうになる。
「そのいるような、いないような男の子がアケミちゃんのことを考えているのがわからない?」
 ヨウイチくん、考えていてくれてるのかな?
「友達って、その場にいなくても、ずっとアケミちゃんのことを考えていてくれてるものよ」
 少し私は笑いを堪えている。
 私の頭の中では女の人の真面目な話とヨウイチくんの顔が交錯している。
「今頃、陽ちゃんは熱にうなされながらアケミちゃんのことを考えているわよ」
 そうだったら嬉しいな。
「アケミちゃん、ちょっとここで話でもしょっか?」
 私は「はい」と答えた。家に帰ってもすることなんてない。
 それからしばらく私たちは他愛もない会話を楽しんだ。
「そうそう、陽ちゃんったらね。去年、私にカーネーションをくれたのよ」
「カーネーションって、母の日の?」
「母の日はあっても、お姉ちゃん、ああ、私のことやけどね。『お姉ちゃんの日』がないからって言って、カーネーションをくれたのよ」
 ヨウイチくんらしいな。
「あの時、私、嬉しかったな・・」
 この人、本当に嬉しそうな顔のできる人だ。
「けど、私は他の花の方がよかった。だって、そう思わない? カーネーションだったら、私、陽ちゃんのお母さんみたいやわ。カーネーションをもらったんはええけど、私、急に老け込んだ気がしたわ」
 楽しい語らいの時間が過ぎていく。
「アケミちゃん。あとで家まで送っていってあげる」
 えっ、もうこの人とお別れなの?
「私の家、汚くて見られたら恥ずかしいから、結構です」
「ふーん。自分の家が恥ずかしいの?」
「はい」
「でも、人って、住んでる所ではその人の価値なんて全然わからへんものよ」
 そう言われてもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。けれど女の人が私に「家のことなんて気にしないで」と言っているのが伝わってくる。
 女の人は「ヘルマン屋敷」を改めて眺め始めた。一通り眺め終わると私の方を向いた。
「この屋敷って、昔、すごく金持ちの人が住んでいたんやって。お金をたくさん持っているのに『もっと欲しい、もっと欲しい』って思って、結局、悪いことをして捕まって、家族は崩壊したって聞いたわ」
 この人は何を言いたいのだろうか?
「幸せって、すごく近いところにあるのにね。その人は気づかなかったみたい」
「私には難しくてよくわかりません」
 いつか私にもわかる日がくるのかな?
「私ね、今はこの町には住んでないの。私のねえちゃん、つまり陽ちゃんのお母さんの家に遊びに来てるのよ。三学期になる前にまた帰るの」
 またこの人と話がしたい。
「あの、また会えますか?」
「何年、先になるかわからへんけど、きっとアケミちゃんのいる場所にまた戻ってくるよ」
 女の人はそう言うとベンチから立ち上がった。
「そうそう、アケミちゃんに私の名前、まだ言ってなかったわね」
 立ち上がるなり私の方を振り返りそう言った。
 私は頷いた。教えて欲しい。絶対に覚えておく!
「私の名前、ユミコ、っていうの」
 その人の声が廃墟の中に響き渡った気がした。
 私に言うのではなくこの廃墟に向って叫んでいるように聞こえた。
「ナミノユミコ、海の波に野原の野、優しく美しい子って書くのよ」
 不意に風が吹いてセーラー服のスカートがふわりと風に翻った。
「私、来年、高校を卒業するの」
 セーラー服の赤いスカーフが揺れている。
「わ、私は水野明美です。海の水に野原の野、明るく美しいって書きます」
 私は優美子さんの姿を見上げながら大きな声で言った。
「『水』に『波』って、これも何かの縁やね」
 優美子さんはそう言って微笑んだ。
「あの、ヨウイチくんの名前は?」
 すごく知りたい。だって私のことを初めて「友達」と言ってくれた人の名前だ。
「陽ちゃんは村上陽一、町と村の村に上下の上、太陽の陽に、かけっこ一番の一よ!」
「村上、陽一・・」その名前を絶対に忘れないでおこう。
「私、もう帰ります!・・一人で」
 私もベンチから勢いよく立ち上がる。
「優美子さん、今日は来てくれてありがとうございました!」
 頭を下げる私に優美子さんは嬉しそうに笑うと次のことを言った。
「たぶん、陽ちゃんは風邪が治っても、もうここには来ないって思う」
 そ、そうなんだ・・
 寂しいけれど、優美子さんが言うのだから何か理由があるのだろう。
「陽ちゃんにしたら、ここに来ること・・明美ちゃんとの約束はすごく大事なことやったんやって思うの。だから一度、約束を破ってしもうたら、もう陽ちゃんはここに来ることはできへん気がするの」
 優美子さんにはそんなことまでわかるんだ。
「でもね、それは今の陽ちゃんだからよ」
 優美子さんは言葉を続ける。
「え?」
 どういうこと?
「陽ちゃんがこの先大きくなって、もっとしっかりしてきたら、その時は陽ちゃんはきっと明美ちゃんの前に現れるから」
 よくわからない。
 けれどその時の優美子さんの言葉を私は信じれる気がした。
「明美ちゃん、いつかまた会えるといいわね」
「はい」
「その時は私、サンタさんになって明美ちゃんにクリスマスプレゼント持ってきてあげる」

 私の机の上には一冊の参考書が置いてある。
 参考書を見ながら私は小学二年生の時のことを思い出していた。
 二年生のクリスマスの日、ヨウイチくんは素敵な人を連れてきてくれた。
 そして今年の冬、この参考書を買ってくれたのは、村上くんのお姉さん、優美子さんだ。
 優美子さんはちゃんと約束を守ってくれた。
 村上くんも形は違ったけれど『ヘルマン屋敷』に来てくれた。
 優美子さんとは本屋さんで偶然再会したけれど、もしあの時、会わなくても別の時間、別の場所でいずれ会う運命だった気がする。
 私はいろんな人に助けられて生きている。
 同級生の山中くん、山中くんの優しいお母さん。
 友達の妙ちゃん、そして伊藤さん。
 そして、私のお母さん。
 私は「ヘルマン屋敷」で優美子さんが言っていた言葉を思い出していた。
 ―幸せはすぐ近くにある。それに気づかない人には幸せは見えない。
「銀河鉄道の夜」の作者の宮沢賢治もあの話を通じて、そう言いたかったのではないだろうか?
 私は明日が来るのが楽しみになっていた。
 高校生になったら優美子さんみたいな素敵な女子高生になろう。


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