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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第24回   芦田堂のチラシ



 翌年、叔母さんが自分の家に帰っていった頃、和菓子屋「芦田堂」のチラシが完成した。
 写真撮影のお礼に「芦田堂」から三千円分の商品券をもらったので母は大喜びで機嫌がいい。「陽一、プロのカメラマンみたいやわ」と父と一緒に笑っている。
 芦田さんのお父さんとお母さん、そして芦田さん自身も毎日のように町中にチラシを撒いている。
 銭湯の中にもチラシは山ほど置かれ銭湯の主人もその息子の藤田くんもチラシを銭湯の客に渡したりしている。
「村上、この写真、おまえが撮ったんやってな。上手いやんか。こんな趣味持っとるなんて、ちょっと格好ええぞ」
 ぶっきらぼうな藤田くんが僕の目の前にチラシを掲げて少し笑っている。

 長田さんも教室でチラシを生徒に渡していて先生に「長田さん、教室でそんなもの撒いてはいけません!」と怒られている。
 長田さんは先生を少しキッと見たあと「先生もよかったら大福を買いに来て」とチラシを渡した。先生はチラシを見て「あら、可愛いわねえ。長田さん、こんな顔もするのねえ」と微笑んだ。
 長田さんは先生にそう言われ頬を少し染めながら他の生徒にまたチラシを配りだした。
 長田さんの取り巻きだった女の子たちも「私にもチラシ、もっとちょうだい。近所の人に渡すから」と長田さんに寄っていってチラシを受け取っている。
 薬局の文哉くんや電気屋の松下くんが「今年は出始めて『芦田堂』の一人儲けやな」と言っていた。
「それはチラシのモデルの女の子たちがいいから、そしてカメラマンの腕がよかったからだ」と言いそうになったけれどそれは言わない。

 その「芦田堂」のチラシの写真の中には丸いテーブルを挟んで、
左側に長田さんがちょこんと座っている。
 金色の髪の端整な顔の涼しげな青い瞳がこちらを向いて微笑みを見せている。
 元々は長田さん一人だけだけがモデルとして写る予定だったらしい。
 そして右には「芦田堂」の看板娘、芦田智子さんがこちらを見て笑っている。
 芦田さんは看板娘らしく親しみやすい丸い顔をしている。
 テーブルには「芦田堂」名物の大福や羊羹、どら焼きなどが並べ置かれている。
 そしてテーブルの後方には三人の女の子が見える。
 真ん中にはメガネをかけたちょっと知性的な長い髪の女の子、図書委員の水野明美さんだ。
 右には少しおっとりした大人しそうな女の子、二組の橋本さん。
 左には橋本さんと同じ二組の三つ編みが似合うしっかりものの伊藤さんがいる。
 この一枚を撮るために何度ライカのシャッターを押したことか。
 ライカは僕の父から譲り受けたカメラより数段優れた働きを見せてくれた。

 水野さんは「銀河鉄道の夜」のジョバンニのように親友カムパネルラと旅をして「本当の幸い」を見つけたかったのだろう。
 しかし、「本当の幸い」は銀河鉄道に乗らなくても身近にあるものだと色んな人が僕に教えてくれた。
 おそらく水野さんもそのことに気づいたのではないだろうか?
 作者の宮沢賢治は「銀河鉄道の夜」の世界を描くことで「本当の幸い」というものは銀河という遥か彼方にあるものではなく、もっと近い場所にあるものだと言いたかったという。

 長田さんのお手伝いさんの遠野さんは展望台で僕に言った。
「人は時の流れを止めることはできない。けれど、時の流れを止めようとする」と。
 遠野さんの言う通りこの写真の中では時は完全に止まっている。
 けれど水野さん自身はここから動き出すのだと思う。
 水野さんは時を止めようとはしないだろう。
 その後、水野さんが橋本さん、伊藤さんと友達になったのかどうなのかはわからない。
 今、水野さんはお母さんに買ってもらった新しいメガネをかけて学校に来ている。



 智子へ
 素敵なプレゼントが届いたよ。
「芦田堂」のチラシ、それも何枚も!
 美味しそうな和菓子がたくさん、並んでるね。今、食べられないのがとても残念。
 チラシの裏には「芦田堂」の全メニューと春のオススメ商品が載ってるのね。
 私、まだ水羊羹は食べてなかったわ。それに雷おこしも。
 ねえ、智子、聞いて!
 お正月は無理だったけど、春休みには智子のお店に遊びにいけるようになったよ。
 お父さんが会社の用でそっち方面に行くから私も一緒について行くの。
 またその日が近づいたら連絡するね。
 そうそう、さっき書いた素敵なプレゼントって、和菓子のことばかりじゃないよ。
 私、そんなに卑しくないから。
 チラシの写真のことだよ。
 智子、ついにやったんだね。
 私、智子だったら、必ずそうするって思ってた。
 恭子ちゃんや村上くんも力を貸してくれたんだってね。
 私も以前、手紙に書いていた家に帰る方向が同じ女の子とやっと話すようになったよ。
 まだ仲良くとまではいかないけれど、私もこちらで頑張るよ。
 でももうすぐ六年生、クラス替えで離れちゃうかもね。
 でもまあ、その時はその時。私も智子みたいに頑張るよ!
 はやく食べたいなあ「芦田堂」の和菓子・・

 追伸、でも私ね、少し気になっていることがあるの。
 村上くんって一体何者?
                          智子の大親友、加奈子より


◆◇

「達也さん、今日、水野さんがお金を返しに来たわよ。ちゃんと『ありがとう』って言ってたわ。水野さんってきっちりしたいい子だわ・・」
「ああ、お母さんはあの事件の証人になったもんな」
「あら、そっちの方のお礼だったのかしら?」
「お母さんさえよければ、あの千円はもうどうでもよかったんやけどな」
「あら、どうして?」
「水野さんの家、貧乏みたいやから」
「でもこういうことはきっちりしておかないといけないと思うわ」
「そやけど、すごい貧乏なんや。ああ、お母さん、水野さんの家に言ったから知ってるよな」
「達也さん、人を貧乏だとか、金持ちだとかで見るのはよくないわよ」
「・・」
「あら、達也さん、何をにやにや笑っているの?お母さん、何かおかしなこと言った?」
「お母さんが僕にそんなこと言うの初めてやな」
「えっ、どんなことを?」
「僕に反対意見を言うなんて」
「そ、そうだったかしら?」
「確かはじめてや」
「そんなことないわよ!万引きの時、お母さん、達也さんにすごく怒ったわよ。今でも憶えているわ」
「・・」
「あの時、お母さん、すごく悲しかったのよ・・」
「お母さん、ごめん。あの時、お母さんを泣かしてしもうた」
「達也さん、『ごめんなさい』は一度きりでいいのよ」
「・・お母さん、でも怒るのと反対の意見とは別や。反対の意見は初めてや」
「当たりまえよ、達也、お母さんだって、間違っていることは間違っているって言うわよ」
「・・」
「達也、何? またそんな顔で笑って?」
「お母さん、僕、あの住所を書いた紙、捨ててしもうたで」
「あら、お母さん、達也に何か渡してたかしら?」
「もう、ええ」


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