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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第23回   おせっかい


 僕がカメラを構えていると水野さんがハアハアと息を切らしながら「ヘルマン屋敷」の敷地に入ってきた。
 水野さんは瓦礫に躓いてこけそうになった。けれど、こけずにいつものようにメガネの縁をくいと上げ僕の姿を確認するように目を凝らした。
「村上くん、ど、どうして、こんなところに?」
 水野さんの目を丸くして驚いている表情がおかしい。
「ヘルマン屋敷」は数年ぶりの客人を迎え入れ喜んでいるかのような音を出していた。
 それは二人分の瓦礫やガラス、砂利を踏みしだく音だった。
「ここ、解体されるんやで、知ってたか?」
「そ、そうなの? 知らなかったわ」
 水野さんはメガネの縁を上げながら改めて「ヘルマン屋敷」を見渡している。
 さっきまで泣いていたのだろうか、目が赤く見える。
「それまでにここの写真、撮っておこうと思って」
「ヘルマン屋敷」は屋敷といっても壁は崩れ、屋根も崩壊しかけているので、どこが元の屋敷なのか、庭園なのかもわからないような状態になっている。
 ただどことなく過去の威厳を保っているように見えるのから不思議だ。
「でも、こんな所で会うなんて偶然過ぎるわよ」
 偶然じゃない。僕にはなぜか水野さんはここに来る気がしていた。
「時間つぶしや、橋本さんたちが水野さんを誘ってる間の」
 ふーっと息を吐きながら水野さんは納得したような表情を見せた。
「その話、さっき、聞いたわ。でもどうして私なの?」
「だいたい、わかったんとちゃんうんか?」
「わからないわよ」
 こんなに水野さんと話すのは何年ぶりだろう。
「いろんな人のおせっかいや」
「おせっかい?」
 そう、全ておせっかいなのかもしれない。
 芦田さんが三人を引き合わせようと言い出したことも、長田さんが同じような気持ちだったのも、井口さんが沢井さんのことを教えてくれたことも。
「喧嘩別れをした友達同士の仲の取り持ちや」
「べ、別に私、誰とも喧嘩なんてしてないわよ」
 向きになって少しむくれたような顔をする。少し可愛い。少なくとも図書室で見るすました顔よりは。
 ずっとこんな顔をしていれば何かがもっと変わっていたのかもしれない。
「喧嘩やなかったら、何や?」
 僕の質問に水野さんは答を窮したようだ。
「そ、そうね、なんだろう?」
 僕の質問には答えずに「なんだか、村上くんの顔を見たら、力が抜けちゃった」と笑って遠くを眺めた。
「ここで、小さい頃、よく遊んだわね」
 水野さんと「ヘルマン屋敷」の瓦礫の中にいると昔ここで遊んでいたことをまるで昨日のことのように思い出す。
「私、あの頃のヨウイチくんともっと遊びたかったな」
 水野さんは昔呼んでいた僕の名前を言った。
「あの頃に戻りたい・・」昔を懐かしむようにそう呟いた。
「僕は早く大人になりたかった」
 僕は水野さんと反対のことを言った。
「そっか、村上くんにはあのお姉さんがいたものね」
 お姉さんって、叔母さんのことか?
「それと大人になるのとどう関係あるんや?」
「そうね、関係ないわね」
 水野さんはそう言って首を横に振った。水野さんは変なことを言う。
「そうそう、この前、村上くんのお姉さんに会ったよ」
「うん。叔母さんから聞いた」
「昔と変わらなかったわ。すごく綺麗になってた」
 叔母さんが聞いたら喜ぶだろろうな。
「水野さん、二年生の時のクリスマスの日、約束してたのに、ここに来れなくて、ごめん」
 僕は少し抑揚を上げて謝った。ずっと水野さんに謝りたかった。
「村上くん、一体、いつの話をしてるのよ」
 水野さんは少し呆れ顔になる。さっきここに着いた時よりはずいぶんと気持ちが落ち着いたように見える。
「今さら謝ってもしゃあないねんけどな。僕、本当に水野さんに悪いことしたと思ってる」
 少し陽が翳ってきた。
「村上くん、それは違うよ」
 水野さんの長い黒髪が冷たい風に流れ出した。
「私、あの時、村上くんに出会えてよかったって思ってる」
 真面目な顔でそう言われると少し照れくさい。
「そ、そうなんか?」
「それに村上くんがあの日、来なかったことも何とも思ってない」
 僕はずっと思っていた。僕の罪だと。
「私ね。あの頃、すごく友達が欲しかったの。けれど全然できなかった。私の家のせいもあったんだけど」
 僕が色んな人から聞いた話以外にも水野さんは想像もできないくらい多くの辛いことがあったんだろう。
「今もやろ・・友達が欲しいのは・・変わってへんのやろ?」
 水野さんは今でも橋本さんと元の友達同士になりたいと思っているはずだ。
「やっぱりわかるのよね、村上くんには・・」
 少し俯いたあと水野さんは顔を上げ微笑みを見せた。
「私ね、二年生の時、村上くんと出会えたから、何度も友達を作ろうと思った」
 水野さんの黒いメガネの下に涙が伝っているのが見えた。
「何度も、何度もだよ!」
 廃墟の中に水野さんの声が響く。それは何年分か溜まった心の叫びのように聞こえた。
「できなくても、私は諦めなかった。あの時、小学二年生のヨウイチくんが私に言ってくれたからだよ!」
 僕は小学二年生の時、水野さんに何を言ったのだろう?
「でもね。結局できなかった」
 水野さんは静かに笑って諦めの表情を見せた。
「そんなことはないと思う!」
 水野さんはまだ間に合う。
「だめ・・」
 水野さんは首を横に強く振った。
「私には友達なんて作る資格なんてないの」
「なんでや?」
「私ね、許されないことをしたの」
「許されないこと?」
「同じクラスの山中くんを脅かしたのよ。脅迫よ。許されることじゃないわ」
 その話か。
「聞いたで、その話、でもそんな話を僕にするくらいやから、もう十分に反省してるんやろ?」
 水野さんは「うん」と深く頷いた。

 僕は叔母さんが言っていたことを思い出していた。
「孤独」が長い時間をかけて水野さんを次第に変えてしまったのではないか、と。
 僕にはわかった。
 水野さんは今、すごく「臆病」になっている。
 友達ができることが怖いのだ。
 友達がいない時間があまりにも長過ぎたせいだろう。

「ここに来たっていうことは、橋本さんから逃げてきたんやろ?」
 水野さんはこくりと頷いた。
「私、怖いの・・」
 それは当たり前だ。そんな簡単に友達なんてできるはずがない。
「僕も怖かったんや。昔、水野さんとの約束を破ってしまって『ヘルマン屋敷』には怖くて行かれへんかった」
「だから、それは気にしていないんだって・・」
 僕は水野さんの言葉を途中で思いっきり遮った。
「水野さんはまだ間に合うやないかっ!」
 僕の大きな声に水野さんの体がびくんと震えた。
 ―一度は行ってみる。
 そうしないと見えてこないものがある。
 行かなかったら何も始まらない。

「それ、すごく高そうなカメラ・・」
 水野さんは僕の持っているカメラを指して話をそらした。これは僕のカメラではない。
 今日の撮影のために長田さんから借りているカメラだ。
「そうやろ、このカメラ、ライカって言うんや。委員長の長田さんの物なんや。このカメラで『芦田堂』のチラシの写真を撮るんやで」
「ふーん。村上くんって、友達、多いのね」
 友達? 僕には誰が友達なのかよくわからなくなってきた。
 よくわからないけれど、目の前の女の子にはまだ友達がいない。
「水野さん、一緒に行こう!」
 僕は心の中で水野さんに手を差し伸べた。
「う、うん」
 おそらく水野さんは僕の手を取ってくれたのだろうと思う。
 僕たちは吉水川を土手伝いに水野さんの家に向った。

「水野さん、あの二人が来たみたいや!」
 僕が指す方向にはこちらに向ってくる二人の少女がいた。
 橋本さんと伊藤さんだ。
 水野さんが逃げ出しても二人は来た。
 二人の少女が水野さんを見つけたみたいだ。二人揃って手を振っている。
「村上くん、私、一人で先に行ってくる!」
 水野さんは二人を見つけると駆け出した。水野さんは一度だけ僕の方を振り返り「村上くん、ありがとう」と言った。
 僕は「芦田堂」で待ってる。
 きっと水野さんは来る!



 私と妙ちゃんたちは集落の手前の吉水川の橋の辺りでぶつかった。
「明美ちゃん・・」
 妙ちゃんが震えるような声を出した。
「水野さんが急に走り出すからびっくりしたわ」
 伊藤さんが落ち着いた感じで笑っている。
「明美ちゃん、どこに行ってたのよ」
 妙ちゃん、ごめん、私に行く所なんてなかった。
「橋本さん、私、戻ってきちゃった」
 私の声が和らいでいることに気づく。
 おそらくそれは村上くんに会ったからだ。でもそれは言わないでおこう。
「明美ちゃん、一緒に『芦田堂』に行こ・・」
 一緒に・・
「うん・・」
 私が返事をすると妙ちゃんはポケットに手を入れごそごそとし始めた。
「明美ちゃん、私ね、これ、まだ持ってるんだよ」
 妙ちゃんは鹿のマスコットが付いたキーホルダーをポケットから出して見せた。
 それは春の遠足で二人で入った土産物屋で買ったものだった。
 私と妙ちゃんのお揃いのキーホルダーだ。
 それは私にはまるで銀河鉄道に乗るための切符に見えた。
「わ、私も・・」
 私も慌てて家の鍵に付けてあるキーホルダーをポケットから取り出して見せた。
「こ、これ・・まだ持ってる・・」
 小さな家の鍵が錆びていて恥ずかしい。
 鹿さんが薄汚れてしまっている。これ、綺麗になるかな?
「私ね、明美ちゃんなら絶対にまだ持ってるって思ってたの」
 目の前で妙ちゃんはキーホルダーを揺らしながら微笑んでいる。
 私は銀河鉄道の切符を持っていた。ずっと前から。
 いや、違う!
 これは銀河鉄道の切符なんかではない。
 私はもう銀河鉄道に乗らなくていいんだ。
「本当の幸い」はここに・・この場所にある!
 鹿さんのキーホルダーが、妙ちゃんがそう言ってくれている。
 私は今まで一体何から逃げていたのだろう?
「水野さん、今から一緒に『芦田堂』にいかない?」
 伊藤さんが誘いかける。
 さっきから何度も「一緒に」という言葉を聞いた。
 長らく聞いていなかった言葉が今日、妙ちゃん、村上くん、伊藤さんから聞いた。
「一緒に」って何て素敵な言葉だろう。
「村上くんにね・・『明美ちゃんと一度だけ会ってみないか』って言われたの」
 村上くん、そんなことを妙ちゃんに言ってたんだ。それも一度だけ・・
「でもね、明美ちゃん、私は『ずっと』がいい。『一度だけ』なんてイヤ!」
 私も!
「私も本の話を聞きたいな。『ずっと』でないと水野さんから本の話を聞けないものね」
 伊藤さんに私が本の話?
 そんなの無理よ。
「明美ちゃん、私も本の話、聞きたい。『銀河鉄道の夜』の話」
 妙ちゃんまで同じことを言った。
「橋本さん・・」
 誰かに本の話をするなんて思ってもみなかった。どこから話せはいいのだろう?
 少し悩む。
 悩むけれど、それはなんて贅沢な悩みなんだろう。
「水野さんが橋本さんのことを『妙ちゃん』って呼ぶの、まだ時間がかかりそうだね」
 伊藤さんがからかうように笑う。
 本当は早く「妙ちゃん」って呼びたい。もうそこまで出かかっている。
「あら、明美ちゃんは走っていく前に『妙ちゃん』って呼んでくれたわよ」
 そうだった。すごく恥ずかしい。
「私、お母さんにちょっと出てくるって言ってくる」
 私が家に向うと二人も後からついてくる。
 三人で歩いている・・まだ実感がわかない。
「明美、どこに行ってたの?」
 家の前に母がいた。家の前の物干しで洗濯物を取り入れている所だった。
 ずらりと並んだ物干し台は近所の人たちと共同で使っている。
「アケミのおねえちゃんが帰ってきた!」
 近所の子供が声を揃えて笑ってる。
 風が冷たいけれど集落の子供たちには全く関係が無いようだ。
 追いかけっこをする子ども、長縄跳びで遊ぶ子、普段よく見ていた光景がどうしようもなく素敵に見えるのはどうしてだろう?
 母は取り込んだ洗濯物を腕で抱えた。
「誰なの、その子たちは?」
 母は私の後ろに立っている妙ちゃんと伊藤さんを訝しげに見ながら訊いた。
 二人が母にきちんと名前を言って挨拶をする。
「お母さん・・私の友達・・」
 私の言葉に母もそして後ろの二人も驚いていたと思う。
「友達って?・・明美・・」
 母は私に「友達なんて作らなくていい。お父さんは友達だと思っていた人に裏切られたの。だから今はこんな目に合っているのよ」とよく話していた。
 おそらく母にはちゃんと話さないと理解してもらえない。
「明美・・友達ができたんじゃない」
 母はそう小さく呟いた。
「お母さん、あのね、私、今から、和菓子屋さんにみんなと一緒に行くの」
 母の予想外の言葉に私は勢いよく言葉を続けた。
「和菓子屋さん?・・」
 母は何のことかわからないようだ。
「『芦田堂』・・そこでチラシの写真の撮影があって・・その、それで・・」
 言葉を詰まらせていると母は「ちょっと待ち!」と言った。
「明美、これ、小遣い、持っていきな」
 母は巾着袋から百円玉を五枚取り出した。いつも見る母の薄汚れた巾着袋が素敵な物に見えるのは気のせいだろうか。
「自分の分だけでも出さないとみんなの前で恥をかくよ」
 母は私に五百円分のお小遣いを握らせた。
「お母さん・・」
 嬉しくてみんなの前で泣きそうになる。でも泣いたりしたら妙ちゃんに笑われる。
「明美ちゃん、今日は『芦田堂』の方でご馳走してくれるから、お金はいらないよ」
 そっか!・・だったら。
「お母さん、あと五百円、来月分のお小遣いとして私に貸してちょうだいっ、帰りに寄りたい所があるの!」
 帰りに山中くんの家に寄ろう。
 そしてちゃんと謝ろう。山中くんのお母さんにも「ありがとう」を言おう。

 私は昨日まで「芦田堂」でそんな写真撮影があるなんて夢にも思っていなかった。
 これはみんなが用意してくれていた私へのクリスマスプレゼントなのかもしれない。
 暗い空から雪が降ってくるのが見えた。
 優美子さんが参考書をくれたあの日と同じ色の空だ。
 優美子さんは空を見上げて「もうすぐ雪が降るかも」と言っていた。
 今、私の目の前で、二人の友達が手のひらを雪の降る空にかざしている。


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