20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第21回   ぶちまける



「おお、村上か、入れや」
 二組の教室でまず出迎えたのは銭湯の主人の藤田さんの息子、藤田洋くんだ。
 お風呂に長く浸かっていられることで有名だ。秋の運動会では100m走で彼に負けてしまった。
「ところで、誰に用なんや?」
 ぶっきらぼうな物言いだ。でも僕の苗字を覚えてくれている。
「橋本さんと伊藤さん・・」
 僕の行動、絶対、怪しいよな。二組のみんな僕のこと見てるし。
 昼休みの給食が終わってすぐなので生徒たちのほとんどが教室にいるようだ。
「あっ、村上くんだ!」
 遠くから芦田さんが僕を見つけてわざとらしく大きな声を出す。
「村上くん、二人に会いに来てくれたんだよね?」
 くりくりとした瞳の丸い顔がトコトコと近づいてくる。
 僕が頷くと芦田さんは藤田くんを押し退けるようにして僕の手をとり二人の女の子の席に引っ張っていく。
 二組の生徒全員が興味津々顔で見ている。
 この生徒たちの中に芦田さんをいじめていた子もいるのか?そして、沢井さんという子も。
「こっちが橋本さんで、その隣は伊藤さんだよ!」
 ちょっと前までいじめられていたことなどおくびにもださない芦田さんは手際よく二人を指しながら紹介する。
 二人はそれまで一緒に給食を食べていたらしく机を互いに引っつけて向かい合って座っていた。
 橋本さんは髪が短く、おっとりした感じの女の子で何となく暗く見える。
 伊藤さんは三つ編みの子でしっかりした感じがする。
 橋本さんの方がが以前水野さんと友達だった子で、
 伊藤さんはその後に橋本さんと友達になったんだったな。
「な、何?」
 橋本さんが少し驚いた顔をして僕を見上げている。
「芦田さん、この人、誰なの?」
 伊藤さんはいぶかしげに芦田さんに訊ねる。
「この人、村上くん、一組の男の子。そして私の友達だよ」
 えっ、僕は芦田さんの友達でもあったのか?
 まあ、この際だ。そういうことにしておこう。
「そして恭子ちゃん、長田さんの友達っ!」
 芦田さんの頭の中では僕は長田さんの友達でもあるらしい。
 けれど、この芦田さんの発言が与えた力の方が大きかったようだ。
 特に数人の女の子が僕を好奇な目で見た。
 そうか、この中には長田さんから押し花をもらった人が多くいるからだろう。
「僕、村上陽一、一組の・・」
 何で僕は二組の教室で自己紹介をしているんだろう?
 それにしても困った。何から話せばいいんだ?
 芦田さんは僕の横でにこにこしながら立っている。
(頑張って!村上くん)と心で言っているような顔だ。
 けれど僕はこんなことを安易に引き受けたのが間違いだったことに気づいた。
 何てしゃべりだしたらいいのか全くわからない。
 だいたい僕は女の子と話すのは苦手なんだ。
 最初、僕は二人に水野さんに「芦田堂に一緒に行こう」と誘ってもらおうと思っていた。
 そんな話は二人には突拍子も無いことなんだと気づいた。
 目の前の橋本さんも水野さんのことなんかとっくの昔に忘れているかもしれないし、覚えていたとしても心の中ではもうどうでもいいことになっているかもしれない。

「でも、どうして一組の男の子、長田さんの友達が、ここに?」
 こっちこそ訊きたい、思わずそう言ってしまいそうになる。
 周囲の子もどうしてのか訳を知りたがっているのか聞き耳を立てている。
「何でやろな、僕にもようわからへん」
 汗が首筋を伝う。
 本当によくわからなくなってきた。
「僕はただ水野さんに償いたかっただけで」
「水野さん」という言葉が僕の口から出た途端、橋本さんは目を大きくした。
 それは伊藤さんも同じだ。
「あ、明美ちゃんの知り合いなの?」
 橋本さんの表情に一瞬光が射したように見えたのは気のせいだろうか?
 僕が頷くと橋本さんがいきなり立ち上がった。机がガタンと揺れる。
「橋本さん・・」
 横で橋本さんを見守るような伊藤さんが小さな声を出した。
 けれど橋本さんが立ち上がるのと同時に近くにいた一人の女の子が教室中に聞こえるような大きな声を出した。
「やだあ、あの男の子、万引きの水野さんの知り合いみたいよお」
 どことなく狐に似たような顔の子だ。
「へえ、あの万引き常習犯のお?」
 橋本さんは立ち上がって僕に何かを言おうとしたのだけれど周囲の「水野さん」という名前の反応に遮られた。
「沢井さあん、水野さんって前に言ってた子?」別の子が沢井さんと呼ばれた子に訊く。
 ああ、あの女の子が沢井さんか。予め井口さんから聞いて知っていた。
 あいつが水野さんに無理やりに万引きをさせた子だ。
 三年生の時のことをみんながいる所で蒸し返すように言うなんて、やっぱりひどい子だ。
「私、その子に前に会ったよ」もう一人の子は沢井さんと仲がいいみたいでみんなに知ってもらおうとするかのように大きな声で話し始めた。
「駅前の本屋の近くで沢井さんと一緒に歩いていたら、その水野さんっていう子に会ったのよ、本屋さんの近くだったから、また万引きをしてたんじゃないのお」
 沢井さんの友達らしいその子の顔まで意地悪な狐に見えてきた。

「な、何の話よ、それ・・」
 それまで黙って沢井さんたちの会話を聞いていた橋本さんが呟く。
「あ、明美ちゃんは・・そんなことしないわ・・」
 橋本さんの声はすごく小さかったけれど怒りに震えているのがわかる。
「そ、そうよっ、水野さんっていう子は橋本さんの友達なんだもの、そんなことするわけがないじゃない!」
 伊藤さんが橋本さんの声を補うように声を出した。
「伊藤さん・・」
 少し涙ぐむ橋本さんが嬉しそうな顔で伊藤さんの方を見る。
 水野さんのことを一緒になってかばってくれる伊藤さんが頼もしく思える。
 こういうのが女の子の友達同士って言うんだな。
 水野さんがずっと夢に描くはずだ。
 そして、ここで黙ってたら僕は男やない!
 誰かが僕の背中をどんと強く押した気がした。
 誰だろう?
「うちのクラスの水野さんはなあ・・」
 大きく息を吸い込んで吐いた。
 クラス全員が僕の方を見ている。
「そこにいる沢井さんという子に無理やりに万引きをさせられたんや!」
 僕の指は沢井さんを指していた。
「三年生の時、沢井さんと同じクラスの子やったら知ってるはずや」
 僕は井口さんから聞いていた話を元に言った。
 間違っていないはずだ。井口さんの話を僕は信用している。
 今度はクラス全員が沢井さんの方を見た。
「ちょっと、何よ、他のクラスの男の子が何にも知らないくせに!」
 みんなの視線を浴びた沢井さんがうろたえながら言ったけれど逆効果だ。
「沢井さん、その話、本当なの?」
「前に聞いていた話とずいぶん違うわよ」
「それって、ひどい話だよね?」
 沢井さんは問い詰められても何も言い返さないでいる。
「私、沢井さんが他の子にも万引きをさせていたって前に聞いたことがあるわ」
 一人の子が思い出したように大きな声で言った。
「私も聞いたことある!」
「今でも、気の弱そうな子を見つけたら同じことしてるんだって」
「そんなことするなんて、ひどい!」
 散らばっていた情報が一度に集まったようだ。
「ち、違うのよ、本当に水野さんは・・」
 ついさっきまで威勢のよかった沢井さんが追い込まれ始めた。

 沢井さんはクラスの女の子たちに追い込まれ焦りの表情を見せている。
 水野さんは夢に見ていたのだ。
 この沢井さんと銀河鉄道に一緒に乗ることを。
 そして、その残酷な結末を僕は目の当たりにしている。

「でも沢井さんなら、そんなことをしそうじゃない?」
 奥から意地の悪そうな二人の女の子が出てきた。
 他の女の子たちのざわつきが静まった。
 以前芦田さんをいじめていたのはこの二人なのだろうか?いかにもそんな感じのする女の子たちだ。
 沢井さんが狐ならこの二人は狼なのかもしれない。
 狼にとっては狐は獲物なのだろうか?
 狼たちのご登場で急に狐の沢井さんは怯えた表情になった。
 しかし、こんな事態を招いたのは沢井さん自身だ。
「沢井さん、あなた、人のことを言っていて大丈夫なの?」
 大柄な女の子の方がまず最初に口を開く。
「川田さん、ど、どういうこと・・」
 沢井さんの狐みたいな顔が歪んで見える。
「あら、私たちが知らないとでも思っているの?」
 もう一人の意地の悪そうな子が「私は全部知ってるわよ」というような顔をしている。
「赤坂さん・・」
「沢井さんのお父さん、警察に呼ばれてるんだってえ?」
 沢井さんの狐みたいな顔が一瞬で引き攣った。
「そ、それは・・」
 沢井さんはもう何も言い返せない。
 赤坂さんという女の子の発言で教室中がざわつき始めた。
「川田、赤坂、もうそのへんにしとけや!」
 藤田くんの大きな声でざわついた教室が落ち着きを取り戻した。

 後ろで僕のズボンをくいくいと引っ張る手を感じた。
「あの、村上くん・・」
 芦田さんの丸い顔の問いかけに僕はここに来た本来の目的に引き戻された。
「ごめん、芦田さん、なんかようわからへん状況になってきた」
 僕は沢井さんを追い込むためにここに来たのではない。僕は橋本さんたちと話をしにここに来たのだ。
「えへへ、そうだね。私も水野さんがそんなことされてたなんて知らなかったし」
 芦田さんがすまなさそうにしている。
「おまえ、何しに来たんや」
 藤田くんがぶすっとした顔で声をかけてきた。女の子たちのごちゃごちゃした話は鬱陶しいみたいだ。
「クラスの中をかき回すつもりはなかったんやけどな。もう自分の教室に戻るわ」
 僕は藤田くんの不機嫌な顔をなだめるように言った。
「ごめん、橋本さん、こんなことのために会いに来たんやないんや」
 今度は僕は橋本さんと伊藤さんの方を向いた。
「え、ええ・・」
 橋本さんの頭の中も混乱しているようだ。
 僕が現れた上に、以前、親友だった水野さんの過去の話を初めて聞かされることになったのだから。
「橋本さん、ま、また別の機会に話をさせてくれ」
 僕は急いで教室を出た。
 こんなん、格好悪いだけやんか。
 廊下に出ると橋本さんが小走りで追いかけてくるのがわかった。
「ちょ、ちょっと・・」



 私は村上くんという一組の男の子を追って教室を飛び出していた。
「ちょ、ちょっと待ってっ!」
 私にはわからいことだらけだ。
 けれど、この男の子はおそらく全てを知っている。
 私は知りたい、明美ちゃんのことを。
 明美ちゃんが今どうしているのか、
 明美ちゃんには今、友達がいるのか、
 男の子が振り向いた。
「む、村上くんって言ったわよね?」
 男の子が静かに頷く。
 今日はじめて会ったばかりの男の子と話すのは緊張する。
 この男の子がいい人だとは限らない。
 でも芦田さんが「私の友達」って言ってたから安心していいのかな?
 それに村上くんってすごくあったかそうな顔をしている。
「村上くん、み、水野さんは元気にしてるの?」
 やっと出てきた言葉はそれだけだった。
 他にも聞きたいことはたくさんあったはずなのに。
「水野さん、今日は風邪をひいてたみたいや。授業中、咳をずっとしてた」
 ああ、そんなことを私は聞きたいんじゃないの。
 私が知りたいのは・・
 教室と違って廊下は冷える。冷たい風がすうすうと抜けていく。
「橋本さん、水野さんと一度だけ会ってみないか?」
 村上くんの言葉が私の中で何度も響いた。
 明美ちゃんと会う?
 この村上くんが会わせてくれるの?
 それも一度だけ?

 村上くんは芦田さんの家がやっているお店「芦田堂」のチラシ作りのためにカメラマンとして写真を撮ることを頼まれたということだ。
 芦田さんの願いで私と伊藤さん、そして明美ちゃんをお客さんとして撮りたいそうだ。
 村上くんは写真を撮ることを頼まれた以外にも私たち三人を連れてきて欲しいと頼まれたと困った顔をしていた。
「水野さんの方は橋本さんと伊藤さんが『芦田堂』に連れてきてくれ」と最後に言った。
 私と伊藤さんが明美ちゃんを連れてくる・・それが村上くんが今日私たちの教室に来た理由だった。

「村上くん、・・そ、その・・ありがとう・・」
 男の子にお礼を言うのはこれが初めてじゃないかな?
「僕、お礼を言われることはしてへん」
 村上くんは少し照れくさそうにしている。
「違うの、水野さんが万引きなんて、そんなひどい目に合ってたなんて、私、知らなかった。明美ちゃんのことを何にも知らなかった。私、知ってあげなかったの・・」
 言葉が次から次へと溢れてくる。
 私はずっとこの日を待っていたような気がしていた。
「村上くん、教えてくれて、ありがとう」
 私の言葉が終わらないうちに村上くんは「はよ、教室に戻らんと次の時間、体育やから着替えなあかん」と言いながら一組の教室に戻っていった。
「私、伊藤さんに言ってくる!」
 私は村上くんの姿が消えるまでに大きな声で追うように言った。

 教室に戻ると私は村上くんから聞いた話を伊藤さんにした。さっきの騒動が治まっていないのか。教室中が沢井さんの話で持ち切りだ。
 沢井さんは一人きりで自分の席で俯き座っている。誰も話しかけようとはしない。
 けれど、周囲の子が話しているのは沢井さんの話ばかりだ。
 このことを明美ちゃんは知ることになるのだろうか?

 伊藤さんは村上くんから聞いた私の話を聞いてずっと考えている。
 けれど私はもう決めていた。
 芦田さん、村上くんが私に勇気をくれた。
 伊藤さんの答がどうであろうと私は絶対に明美ちゃんの家に行く!
 けれど伊藤さんは?
「橋本さん!」
 伊藤さんが勢いよく椅子から立ち上がった。
「橋本さん、一緒に水野さんの家に行こうよ!」
 周囲の子たちまでが伊藤さんの大きな声に驚いている。
「伊藤さん・・い、いいの?」
 伊藤さんの返事がすごく嬉しかった。嬉しさのあまり戸惑ってしまう。
「だって、水野さんがいれば、橋本さん、もっと笑顔になれるんでしょ!」
 ああ、やっぱり伊藤さんは明美ちゃんと同じように私の大親友だ。
 けれど私には次の問題があった。
 それは私の家の・・
「橋本さんのお父さんには、私から言ってあげるよ!」
 伊藤さんは私がお父さんのことを言うことをまるで予想していたかのようだった。
 友達だから相手の考えていることはわかる。私は今、そう思う。
 でもお父さんには・・



「妙子、水野さんっていう子には今でも会うことはあるのか?」
 お父さんが夕飯を食べ終わると煙草に火を点け話をそう切り出した。
 この後はいつも通りにビールを飲むのだろう。
「会ってないわよ」私はぶすっと答えて箸を置いた。
 以前、お父さんが会うな、って言ったんじゃないの。
「実はな、今日、警察から連絡があった」
 警察?どういうこと?
 お父さんの言葉で今日、沢井さんのお父さんが警察に呼ばれた話を思い出した。
 それと関係あるのかな?
「あの子には悪いことをしたな・・」
 お母さんがお父さんの前に灰皿を出してお茶を淹れかえる。

 お父さんの会社を倒産させた詐欺グループの人たちがようやく逮捕されたのだ。
 そのきっかけになったのは詐欺グループの盗難の被害に合った水野さんの家の娘の証言からだそうだ。
 明美ちゃんだ!

「お金はもう戻ってくることはないけど、お父さんは無念を晴らせた。だから、あの子には感謝してる」
 一人で納得したようにしゃべっている。
 何よ、それ?
「そんなのお父さんの勝手だよ!」
 私は思わす大きな声で叫んでいた。怒りで体が震える。
「お父さんは自分が何を言っているのか、わかっているの?」
 あの時は四年生だったけど、今は五年生だ。お父さんにずっと言えなくて溜まっていたものが体の奥から噴き出してくる。
「妙子、ど、どういう意味だ?」
 お父さんは私の声に慌てて煙草の灰を落としかけたので火を灰皿で潰した。
「お父さん、今頃になってそんな事を言って、あれからどれだけ時間が経ったと思っているのよ」
 明美ちゃんと初めて言葉を交わしたのは遠足のバスの中だった。
「しかし、あの時はお父さんも会社が倒産してだな・・」
 私はお父さんの言葉が終わらないうちに話を続ける。
「その前の話よ、私が言っているのは。明美ちゃんに私と会うなって言ったんでしょ!」
 明美ちゃんは遠足の小川を渡る時、怖がる私の手をしっかりと掴んでいてくれた。
 大仏さんの真似が下手だった。だから私は笑って、そして教えてあげた。
「明美ちゃんがどんな気持ちで過ごしていたと思っているのっ?」
 私はあの時、もう決めていたんだ。
 明美ちゃんとずっと友達でいよう、って。
 だからお揃いのキーホルダーも買った。
 明美ちゃん、鹿のマスコットのキーホルダー、まだ持っているかな?
「お父さんの話も少しは聞いてくれ。あの子のお母さんは怪しい物を売っていて」
 知らないよ、そんなの。そんな話をしたりする前に会えなくなったんだもの。
「それが明美ちゃんと何か関係があるの?」
「直接は関係ない・・」
 いつものお父さんらしくない。お母さんから前に聞いたけど今の仕事も上手くいっていない。今日はビールを飲まないみたいだ。
「妙子、お父さんに向ってそんな風に言うものじゃないわ」
 母がお父さんとの間に割ってはいる。
「お母さんは黙っててよっ、私はずっと我慢してたの、言いたくても言わなかったの」
 二人が私の大きな声に驚いているみたいだけどかまわない。
 今、言わないと、もうこんな機会は二度とない。
「あの子と会うのは妙子のためによくないと思ってだな」
「違うでしょ。私の為じゃないでしょ。縁起担ぎでしょ!」
 お父さんの気持ちもわかるけど、仕事が上手くいくように祈る気持ちもわかるけど、今日は私の言いたいことを言わせてちょうだい。
「お父さんは仕事のことで縁起とか、そんなことばかり気にして、私の気持ちなんて考えてくれなかったじゃないの」
「しかし、仕事上、縁起は担いでおかないと・・」
 お父さんは口ごもる。
 そうだ!
 私はあの日、明美ちゃんと隣町に遊びに行こうって約束をしてまだ一緒に行っていない。
「明美ちゃんはね。お父さんに言われて、お父さんとの約束を守って、私がどんなに話しかけても、絶対に返事してくれなかった。すごく強い子だったんだよ!」
 そんな強い明美ちゃんだから、私は好きだった。けれど、そんな強い明美ちゃんだからお父さんの言うことを守った。
 明美ちゃんも辛かったけれど、私も辛かった。
「そんな明美ちゃんと私をお父さんは引き離したんだよ!」
 お父さんに怒鳴っていてようやく気づいた。
 明美ちゃんは自分と会うと私がお父さんに怒られると思って、それを気遣って私と口をきかないようにしたんだ。
 ただ単にお父さんの命令を聞いたのではない。私のためを思ってくれてたんだ。
「明美ちゃんがお父さんに何か悪いことをした?」
 目の奥が熱くなってこれ以上言葉を続けられそうにない。
 もうこれ以上は言えない。お父さんも黙っている。
「情けないよ、お父さんは・・」
 もうお父さんを責めたくない。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 497