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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第19回   取り立て、そして、沢井


「お客さん、切符を拝見します」
 銀河鉄道の中で駅長さんに言われ、私はカバンから切符を出そうとするけれど切符は見つからない。焦って汗が体中から噴き出てくる。
 そんな時、向かいの席のカムパネルラが微笑みながら私の方に切符を差し出してくれる。
 カムパネルラはなんて優しそうな表情をしているのだろう?
 カムパネルラの顔は・・
 えっ?カムパネルラじゃない?
 妙ちゃん?・・
 そこで一旦目が覚める。
 これが毎晩のように見る私の夢だ。
 そして、その後も夢は続く。
 寝ていると私の布団が風で吹き飛ばされ、体全体に冷たい風が当たってずっと震えている夢だ。ただ寒いだけの何の意味もない夢だ。
 目が覚めるともっと寒いことに気づく。
 それは私の家が隙間だらけで色んな所から冬の冷たい風が入ってくるせいだ。
 毎晩、私は薄っぺらい布団の中で体を丸めて縮こまり少しでも体を温めようとする。
 母は私がそうしているのを見つけるとすぐに自分の布団を私の方にかけてくれる。
 私が小さかった頃から母はそうしてくれた。それは今も変わらない。
 私のことを悪魔と呼んだりしている今もそれは変わらない。
 だから私は冬の夜のこんな時間が好きだった。
 薄い布団の上にずんと布団が上に載せられる瞬間、どんな寒さも我慢できる気がする。
 けれど自分の布団を私にかけるのを毎晩繰り返しているうちに母は風邪をひいてしまう。
「お母さん、大丈夫?」
 深い咳を何度も繰り返す母に問いかける。
 風邪をひいても保険などには入っていないからお医者さんにかかることすらできない。
 母は一言「あっち!」と言って指を自分がいる方と反対側を指す。
 風邪がうつるから自分に近づくなと言いたいのだ。
 けれどこんな狭い部屋ではどこにいても母の風邪はうつる。
 私が働くようになったらここを引っ越して母に楽をさせてあげよう。

「中におるのんは、わかっとるんや」
 ドンドンドアを叩く音が響いた。
「お母さん、誰か来てるよ」
 私は母を起しながらメガネを探す。
「ドアを開けたらあかん!」
 母が小さな声で私を制する。
 そうか、わかった。母の商品を買った人たちが文句を言いに来ているのだ。母は昼間はいないからこんな時間を狙って来ている。
 布団の中でしばらく身を潜めていると、男たちは諦めて帰っていった。
 朝が来ても部屋の中が暗かった。
 その理由は外に出てみるとすぐにわかった。ドアや窓中に「詐欺師」「ペテン」と汚く書かれた紙が何枚も貼られていて日光を遮っていたからだ。
 母と私は一緒に貼り紙を丁寧に剥がした。
「明美は家の中に入っとり」母はそう言って私に家の中に入るように言ったけれど私は首を振って紙を剥がし続けた。
 剥がす行為をしていないとこの家が無くなりそうな、そんな気がするからだ。
 こんなボロボロの家でも母と過ごせる唯一の場所だ、なくなってしまっては生きていけない。



「水野さん、ちょっとええか?」
 休み時間、山中くんが私の席の前にどんと勢いよく来た。後ろの席の井口さんがびっくりしたような顔をしている。
「山中くん、な、何?」
 思わず警戒してしまう。
「そんなに警戒せんでもええやんか、ちょっと話があるんや」
 きっと千円の催促だわ。
「山中くん、ごめんなさい、まだ返すことができないの」
 てっきり山中くんが借りている千円の催促に現れたのだと思った。
「えっ、ああ、その話か・・水野さん、そんな話、教室でしたらあかんやないか」
 少し思い出したように言ったあと、山中くんはそう私をたしなめた。
「それより、僕のお父さんが言ってたぞ。商品を盗られたんは民事不介入とちゃうらしい」
 山中くんは家に来た男たちが持っていった箱のことを言っているのだ。
 男たちは盗っていった時に民事不介入だから警察に言っても無駄だと言っていた。
「そ、そうなの?」
 私は小さな希望を持ち始めた。
「箱を勝手に持って行った奴は泥棒と同じらしい」
「あ、あの人たち、泥棒なの?」
 私はあの人たちに騙されていたの?
「当たり前や、例えばやで、よく聞きや・・店でリンゴを買って、そのリンゴが腐ってたからや言うて、お店のリンゴを勝手に持っていったりしたら、それ間違いなく泥棒やろ」
 そう言われて見れば確かにそうだ。
「ただ、問題は、その商品がどこまで詐欺に近かったものかやな、とお父さんは言ってたぞ。でも勝手に持ち出したりしたらあかんのや」
 そうなんだ!・・はやく母に言わないといけない。
「今からでも遅くない。警察に言うんや」
「わ、わかったわ」私は力強く頷いた。
「山中くん、ありがとう。私、山中くんにひどいことしたのに」
「そやから、ここは教室やって言ってるやないか」
 山中くん、ひどいよ、私を泣かせたくなくて教室の中でこんな話をするなんて。
「ごめんなさい。山中くん、千円、必ず返すから・・」
 私は俯いて両膝の上のスカートの裾を掴み泣くのを堪えた。
「しつこい、ここは教室や!」
 そのあと山中くんは小さな声で「お母さんが千円返すのんは慌てんでええから、って水野さんに言っといてって伝言や」と耳元で言った。



「お母さん、私も警察に行くよ!」
 私は山中くんから聞いた話を母に話した。
 母は私の言葉を疑っているような表情をしていたので「嘘だと思うんだったら、山中くんに訊いてみてよ」と続けて言った。
「明美は盗った男たちの顔を見てるんだね」
 母の反応は予想外だ。商品を取られた直後とは違って積極的に私の話に乗ってきた気がした。
「私だけじゃないよ、山中くんのお母さんも見てるよ。証人になってもかまわないって言ってくれてる」
 山中くんのお母さんは本当のお母さんじゃないらしいけど、いいお母さんだ。
「私は一体何をしているんだろう・・」
 母はそう小さく呟いた。

 母と私は警察に行き、事情を説明した。
 大変だったのはその後だ。母の売っていた商品について色々と調べられることになり盗んだ男たちについてよりも商品の調査の方に時間が割かれた。
 怖い顔の人が応対してまるでこちら側が犯罪者のような気分になる。
 商品の販売元の人も呼ばれ事情を聴取されることになって大事になってしまった。
 私の横で「えらいことになってしもうた」と顔色を変えて母は呟いている。
 母は私の言葉に慌てて警察に駆け込んでしまったのでここまで商品について捜査されるとは思ってもみなかったのだ。
 最初は商品を取り戻せるのでは、と張り切っていた母も疲れきったようだった。
 しかし、販売元の人が現れると商品の調査は終りを告げたらしく今度は盗んだ男たちのした行為について訊かれることになった。
 母は私から訊いた「タナカ」や「ヨシダ」という男たちの名前や住所を書いたりした。
 他にも何人か男がいた。私は名前は聞いていないけれど母にはわかるらしい。

 憑き物が落ちた、というのはこういうことを言うのだろうか?
 あとで商品の販売元に母が何を言われたのかは私は知らないけれど、母は力尽きたようになって「早く家に帰りたい」とぽつりと言った。
 母に「商品が戻ってきたら、また売れるね」と励ますように言うと「もうええ、あんなもん」と返された。
 だったら、これからどうするんだろう?

 しばらくして商品はもう戻ってくることはないということがわかった。
 男たちのしたことについて母は何度も警察に訊かれたりした上に、警察の人に「商品の性質上、人に恨まれても仕方ないな」というようなことも言われたらしい。
 男たちはこの件に関してはたいした罪に問われることはないそうだけど、その男たちは別の事件について捜査されていることがわかった。
 会社に上手い話を持ちかけて別の金融会社にお金を借りさせたあとその会社を倒産させて借金の肩代わりにその会社の商品を奪っていくという詐欺事件だ。
 すでに数件の会社が詐欺に引っかかりこの男たちによって潰されているそうだ。
 男たちはこのやり方で何百万円も儲けているらしかった。
 母の場合は犯人の男たちは母に騙されて商品を買うふりをして後で家に来て商品を大量に持って帰りどこかで売りさばいていたということだ。
 母は詐欺のような商法で商品を売っていたので警察に駆け込むこともないと男たちは踏んでいたのだ。
 だから母の商品はもう戻ってくることはない。
 上手い話を持ちかける会社と金融会社が繋がってグルになっているという証拠が掴めなかったところに母の商品の窃盗事件が上がってきたので警察は捜査を進め易くなったらしい。
 なぜなら私の見た男たちの中に詐欺のグルの男たちの両方がいたからだ。
 そして詐欺に関わった男たちの名前の中に私のよく知っている名前があった。
 その名前は「沢井」。
 絶対に忘れたりしない。私に万引きをさせた女の子。
 あの沢井さんの父親の名前だ。


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