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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第14回   芦田智子


「えへへ、私、偉そうなことを言ったけど、大丈夫かな?」
「智子、どうして?」
「芦田堂」のテーブルで恭子ちゃんが首をかしげる。
「よけいなお世話かなって思って」
 私は水野明美さんという友達を失った橋本妙子さんのことを考えていた。

 そして、恭子ちゃんには押し花を水野さんに返してもらうように言ったのだ。
 水野さんは押し花をもう持っていないことはわかっていはいたけれど、本当の目的は別のところにあった。
 水野さんに橋本さんと友達だった日々のことを思い出して欲しかった。
 そして、水野さんのことを橋本さんがいつまでも憶えていることを知って欲しかったのだ。

「智子に頼まれた通り、私、水野さんに言ったわ」
 私はタオルでテーブルを拭きながら恭子ちゃんと話している。
 恭子ちゃんは裕福ではない人には押し花を渡さなかった。
 相手が自分の家とのあまりの違いに傷づくかもしれないと思ったからだった。
「でも、水野さんにはどうしてか押し花を渡したんだよね」
「そう・・あの子は特別」
 恭子ちゃんは私には分からないものを感じ取ることができるのだろう。
 長い間、一人きりだった恭子ちゃんの寂しさが生んだ才能のようなものなのだろうか?

「あの子が友達を欲しがっているのが一目見て分かったから、私は水野さんに押し花を渡したのよ」
「水野さん・・今でもそうなのかなあ?」
「ええ、まだ友達を欲しがっているわ・・私が訊いた時、水野さんの表情を見てわかったわ」
 恭子ちゃんの言葉はとても短いけれど何故か信用できる。
「私は誰かと別れるのはイヤなんだよ」
「加奈子さんのこと?」
「うん。加奈ちゃんは引越しだから仕方ないけれど、お互いが近くにいるのに離れているのって黙ってみてられないよ」
 そんな寂しいことってない。橋本さんの悲しい表情が忘れられない。
 橋本さんは水野さんとまた友達になりたいと思っている。
 伊藤さんはそんな橋本さんを見て辛い思いをしている。
 簡単なことだ。また友達になればいい。三人で仲良くなればいいだけのことだ。
 親のことなんて関係ない。
「智子はとても優しい・・」
 恭子ちゃんはそう言うと抹茶を啜った。

 恭子ちゃんの金色の髪と抹茶の純和風の色との組み合わせがなんともいい感じを出している。
「芦田堂」のお食事コーナーに座る恭子ちゃんはすごく絵になる。
 席は店の外からもよく見えるので店内のイメージもよくなってお客さんも自然とよく入る。お父さんが「長田さんが店に座っているとお客さんがよく入ってくれるので、毎日でも来て欲しい」と言っている。
 お父さんの話は大きくなって、今度「芦田堂」の宣伝に恭子ちゃんを使わせてくれと言い出した。
 恭子ちゃんをモデルとして写真撮影を頼んで「芦田堂」のチラシを作るのだそうだ。
 恭子ちゃんは別にかまわない、と言ってくれている。
 もうプロのカメラマンにも頼んだのだそうだ。お父さんはいっつも気が早い。
「私ではダメなのおっ?私、『芦田堂』の娘だよお」とお父さんに言ったら「そう言えばそうや。智子のことは全然考えてなかった」とひどいセリフを平気で返される。

「よっ、智ちゃん」
 藤田のおじさんがお店に入ってきた。藤田さんは隣の銭湯のご主人だ。
 うちの大福をよく食べているせいでかなり太っている。お腹も思いっきり出ていて、たぷたぷと揺れている。
「聞いたで、長田さんのお嬢さんをモデルにして店の宣伝をするんやって?」
「もう噂が広まってるんですね」
「長田さんを使うんやったら、香山のお嬢さんも使わなあかんぞ!それでダブルお嬢さんになるぞ」
「それ、すごいですよ。お父さんに言っておきます」
「ちょっと待てよ、香山のお嬢さんを出したら、小川悠子ちゃんも出さんとあかんなあ」
「そうですよね。悠子ちゃんも美人だし」
 あの二人だったら納得だ。
「そうやろ、そうやろ」藤田さんは小川さんの話をする時はいつも嬉しそうだ。
「ちょっと待ってっ!おじさん、どうして私の名前が出てこないのっ?」
 恭子ちゃん、香山さん、小川さんと三人の女の子の名前が出てきて私の名前が一度も出てきていない。私は「芦田堂」の娘だよ!
「すまん!忘れとった」
 ひどい!藤田さんはお父さんと一緒だ。
「どうせ私がブスだからでしょ!」
「そういうわけやないんやけどなあ。つい」
 藤田さんは頭を掻きながら笑い誤魔化している。

「智子はブスじゃないわ」
 恭子ちゃんが二人の会話に割って口を開く。
 それは初めて聞いた恭子ちゃんの言葉だ。
 初めて恭子ちゃんと友達になった時に訊こうと思っていた。
「私、ブスだけど、恭子ちゃんの友達になってかまわないのかな?」って初めて友達になった時に訊こうと思っていた。
 恭子ちゃんも加奈ちゃんと同じことを言ってくれた。
「智子は可愛い・・」続けて恭子ちゃんはそう言った。
「待ってっ、恭子ちゃん、もういいよっ!」
 もうその先は言わなくていいよ。藤田さんがいるし、私、恥ずかしいよ。
「智子は照れ屋さんなの?」
 恭子ちゃんが涼しげな顔で微笑む。

「そや、智ちゃんは『可愛い』んやって、美人やないけど」
 藤田さんが慌てて訂正する。
「藤田さん、今頃、もう遅いですよ」
 私はほっぺをぷくっと膨らせて拗ねる。
「それにあとから美人やないって付け加えるなんて、もう知らないっ」
 そう言いながら私はレジに戻る。
「藤田さん、はやくご注文をどうぞ!」
「智ちゃん、勘弁してえな」
 藤田さんは困ったような顔をしている。
「大福、何個にします?」
「どら焼き一個やったらあかんか?」
 藤田さんは財布の中身を見てしょんぼりとしながら言った。

「智子も私と一緒に写真に写った方がいい」
 そんな藤田さんを恭子ちゃんが助けるように口を挟む。
「そや、それやで。やっぱり看板娘がおらんと絵にならんで」
 藤田さんが恭子ちゃんに同調するように言う。
「その話やけどな」私たちの話を聞いていたのか、奥からお父さんが出てきた。
「カメラマンを雇ったら、すごく高いんや。あんなに高いとは思わんかった。どないしょう・・」
「お父さん、インスタントカメラでもいいじゃない」
「それは何ぼなんでもあかん。お客さんに失礼や」
 ふーん。チラシの写真ってそんなに大事なものなんだ。
「私のカメラを使って」
 恭子ちゃんがお父さんに提案した。
「そうそう、お父さん、恭子ちゃん、すごい一眼レフのカメラ、持ってるんだよ」
「ほんまか? 長田のお嬢さん」
 お父さんの顔が一変に明るくなる。
「でも私、写すのがヘタ」
 恭子ちゃんは申し訳なさそうな顔をする。
「そりゃあ、一眼レフなんてもん、誰も使いこなせへんて」
 ふーん。そんなに難しいんだ。
「村上くんがいるわ」
 恭子ちゃんが思い出しだように言う。
「えっ、恭子ちゃん、村上くんがどうしたの?」
「村上くんなら、大丈夫」
 恭子ちゃんは一人で納得したように言った。
「私にカメラを教えてくれたのは村上くんなの」
 そうだったんだ。
 私はお父さんと顔を見合わせた。
「ああ、あの子か」
 藤田さんも納得したように頷いた。



「村上、僕、万引きしたことをお母さんに怒られた」
 山中くんがそう僕に打ち明けたのは少し暖かい日の休み時間だった。
「あのことをお母さんに言うたんか?」
 どこまでお母さんに話したのだろう?
「ああ、本当は言うつもりやなかったんやけどな。この前、風邪引いて学校を休んだ時があったやろ。あの時や、熱だして、頭がぼーっとして、いろいろしゃべってもうたんや」
「なんか、情けない話やな」
「ああ、けどな、村上、熱だすと、なんか、無性に誰かに甘えてしまいたくなるんや」
 少しその気持ちもわかるような気がする。
 自分の苦しい状況を相手にわかって欲しくなるのだろうか?
「お母さん、驚いてもうてなあ」
「当たり前や」
「あれから、お母さんと二人で本屋に行って、店の人に二人して頭下げて謝った。お母さんに悪くて、悪くてしょうがない」
 当然だろう。僕が万引きをしても僕の母もきっと同じようにすると思う。
「漫画本は一旦、家に持って帰ってしもうてるから、返してもしょうがないと言って漫画本の代金をだした」
 山中くんは続けて話す。
「お母さんはそれだけでは、気持ちがすまへんって言うて、その本屋で本をようさん買って、これからもよろしくお願いしますって言うて、また深く頭を下げて」
 山中くんは少し涙ぐんでいるようだった。
「心の中では『お母さん、それ以上、頭を下げるんはやめてくれ!』って叫んでた」
 どうして自分のためにそこまでするのか、山中くんはそう思ったのだろう。
「お母さんが謝っている時、いろいろ考えたんや。なんでお母さんは悪くないのに謝っているんかって」
 僕は山中くんのお母さんが本屋さんに相手に何度も頭を下げているところを想像した。
 何度か見かけたことのある綺麗なお母さんが頭を下げているところは痛々しいものがあった。
「お母さんは僕に万引きのこと怒った以上に、相手に謝ってた」
「子供が悪いことをしたら親が謝って当然とちゃうんか?」
「村上、それは当然やないと思うで。謝らん親も世の中にはおると思う」
 山中くんは語りだす。
「きっと親は子供の分身なんやな。そやから自分のことのように謝ることができるんや」
 山中くんがそう言うとそんな気がしてくるから不思議だ。
 僕が同じこと言っても説得力がない気がする。

 それから山中くんは小さな紙切れを僕に見せた。
「お母さんはこれを僕にくれた」
 住所が書いてある。
「この住所、本当のお母さんが今、住んでるところの住所なんや。もう再婚して、相手の子供も一緒にいるって言ってた。僕と同い年の息子らしい」
「住所、知らんかったんか?」
「お父さんに教えられんって言われてたんや・・そういう約束やって」
 親子でそんな約束もあるのか・・
「僕が熱出して『お母さん!』って呼んだ時も『それ、私のこと?』って訊かれたんや。お母さん、ずっと気にしてたみたいや。」
 山中くんは紙切れを持った手をぎゅっと握り締めた。
「お母さんは『達也が会いたいのならここに行ってきなさい』って言ってこれをくれたんや。同時に僕のことを『達也さん』じゃなくて『達也』って呼んだ」

「それで、山中はお母さんの所に行くんか?」
 僕は山中くんに問うた。
「本当のお母さんも、その息子も、たぶん僕とお母さんと同じように頑張ってるんや。邪魔したらあかんわ」
 山中くんはそう言うと紙切れを二つに引き裂いた。
 同時に山中くんと本当のお母さんの縁が引き裂かれた気がした。おそらく山中くんもそう思ってしたのだろう。
「これで、もうサヨナラや!」
 くちゃくちゃに丸めた紙くずを山中くんは近くのゴミ箱に投げ入れた。

 僕はその時、夏目漱石の未完小説「明暗」を思い出していた。
 今の奥さんを捨て昔好きだった人の所に行くか。
 前に好きだった人のことは忘れて今の奥さんと今まで通りに過ごすか。
 そこには「我慢」というものがある、と叔母さんは言っていた。
 たしかに、山中くんの選んだ決断は誰にも迷惑はかけない。
 山中くんが我慢すればそれで済む。
 山中くんが今のお母さんのことを好きにならなければ悲しむ人も多くなる。
 けれど夏目漱石の話と山中くんの話には圧倒的な差がある。
 それは「血のつながり」だ。
 お母さんと会うことを「我慢する」というのも並大抵のものではないだろう。
 きっとこれからも山中くんは自分の気持ちと戦い続けるのだろう。
 だがそれは山中くんの課題で僕とは関係がない。

「脅かされてることもしゃべったんか?」
 僕にとってはこれが一番訊きたかった話だ。
「えっ」少し戸惑ったような表情を見せる。
「一番、大事なことやろ、息子が誰かに脅かされてるなんて話は」
「それも言った」
「それ、水野さんのことか?」
 一か八かで訊いてみた。
「なんで知ってるんや?」
 やっぱりだ。山中くんが目を丸くしている。
「この前、校舎の裏で山中と水野さんが深刻な顔して話してるのを見たからや」
 山中くんは諦めたような顔をした。すごくさっぱりしたような顔だ。
「しゃあないなあ。やっぱり学校の中で話したらすぐにわかってしまうわなあ」
 山中はすぐに白状する嘘のつくことのできないええ奴なんやな。
「お母さんから聞いたんやけど、水野さん、というか、水野さんの家、大変らしいぞ」
 山中くんの長い話が始まった。
 水野さんの家が吉水川沿いの集落だということ。水や電気もない不便な家だということ。
 おかしな宗教に入信しているお母さんの話。
 参考書が欲しくて山中くんを脅迫した話。
 山中くんは水野さんに参考書を買ってあげてとお母さんにお願いしたけれど、
 水野さんのお母さんを差し置いて参考書を買ってあげるわけにはいかないということ。
 家から商品を誰かに盗まれた話。
 そして水野さんが過去に友達に裏切られたという話。

 おそらく、それは僕が過去に水野さんに対して犯した許されることのない罪だ。
 僕は全て思い出した。
 そして、僕の罪を丁寧に拭ってくれたのは僕の叔母さんだった。
 僕はまだ水野さんに謝っていない。

「僕が悪いんや。僕が万引きなんてせんかったら、水野さんは脅迫なんてことせんかったと思うし」
 果たしてそうだろうか?
 ひょっとしたら山中くんが万引きをしたことによって水野さんは脅迫だけで済んだのではなかったのだろうか?
 水野さんは山中くんの万引きを見つけなければ、参考書を欲しくて水野さん自身が万引きをしたのではないだろうか?
 気になるのは水野さんはまだ参考書を買っていないのではないかということだ。


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