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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第12回   荒らされる家


「雪が降ったら、山には登られへんようになるなあ」
 父が汗を拭いながら言った。
 寒い季節でも山の上まで一気に登れば汗をかく。しかし、すぐに冷えるので、体についた汗が体を冷やしてしまうこともあるから大変だ。
 日曜日の朝、僕と父は吉水川沿いを歩いて山の頂上まで来た。
 日曜の父と過ごす日課のようなものだ。
 普段、父と話せないようなことも山の上だと自然に話せたりする。
 食事中は気難しい父も口数が増えたりする。それも山という自然の力のなせる技なのだろうか?

「ヘルマン屋敷」の尖塔の十字架が山の麓の方に見える。
 更にその下には僕の住む町と隣の町の景色が川を挟んで大きく広がっている。
 ここから見ると「ヘルマン屋敷」は山の頂上と町を繋ぐ中継地点のように見える。
 まるでロープウェーの中間の駅のようだ。
 駅?
 その瞬間、女の子の声が聞こえた。
『ほら、ここってまるで、駅みたいでしょ』
『駅?』
『空に飛び立つ列車の駅よ』
 その子はそう言った。遠い日に出会った女の子の顔が目の前に浮かんだ。



 山中くんは学校を二日続けて休んでいた。風邪をひいたらしい。
 本当なら昨日、千円を持ってきてくれるはずだった。
 このままでは参考書が買えない。二学期最後のテスト勉強もわからない所だらけなのに。
 自分勝手だとわかっているけど、参考書が早く欲しい。

「お嬢ちゃん、おまえの母ちゃん、どこや!」
 学校から帰ると数人の男たちが家に現れた。目つきが悪い。
 みんな知らない人たちだ。でも何をしに来たのか、すぐにわかった。
 おそらく母に高額な商品を買わされた人たちだ。商品の文句を言いに来たんだ。前にも同じような人たちが母に文句を言いに来た。
「母は仕事に行ってます」お留守番をしている私はちゃんと答える。
「何が仕事や!」私が答えるとすぐに怒鳴り返された。
 すごい剣幕だ。子供に対する優しさなど微塵も感じられない顔だ。
「まあ、まあタナカさん、そんなにかりかりせんでも」
 もう一人の男がタナカと言われた男をなだめる。
「お嬢ちゃん、母ちゃん、いつ戻ってくるんや?」
「もうすぐだと思います」
 本当は母が帰ってくるのは六時頃だ。今は四時だ、まだ二時間もある。
「ヨシダはん、そしたら、水野のおばはんが返ってくるまでここで待たしてもらうんか?」
「おらんのやったら、しゃあないなあ」
 ヨシダと言われた男が考え込む。早く帰って欲しい。
「ごちゃごちゃ言っとらんと金目のもんでもあさろうや」
 別の男が二人の間に入った。
 金目の物って、家に入られたら、どうしよう・・
「お嬢ちゃん、家ん中、入らしてもらうでえ」
一人の男が入り口のドアノブを持った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、知らない人に家に入られたら、お母さんに叱られます!」
 私はドアノブを掴んだ男の手を持って言った。
「何が叱られるや!こっちは騙されて何の意味もないものをようさん買わされたんや」
「そんなの知りません!騙されて買う方が悪いんです!」
 よけいなことを言ってしまった。男たちの憎悪の感情に火を点けた。
「なんやと!」
「この娘も母親と同じ血をひいてるんや。きっと悪魔の子や」
 母にも同じことを言われた。もう慣れっこだ。
「そこを退かんかあっ」
 男が私を突き飛ばした。私は家の中に転がり込んだ。背中を強く打った。
「や、やめてくださいっ、本当にお母さんに叱られるんです!」
 私は立ち上がると大きな声でそう言った。背中が痛い。
 私の言っていることには耳を貸さず続いて二人の男が家に入り込んだ。
「ここに数珠や他の商品もあるやないか」
「これを全部売り飛ばして、わしらの損害を取り戻そうや」
 家の中の母が売っている商品を見て男たちは言った。
 憎むべき商品のはずがなぜか、愛おしい物に見えてくる。それをこの男たちはこの家から奪おうとしている。
「け、警察を呼びますよ」
 私は声を震わせながら、やっとの思いで言った。
 私は母の商売道具のたくさんの商品を一人で守らなければならない。
「呼んだらええやないか、どうせこに家には電話もないんやろ、それに、お嬢ちゃん、こういうことはなあ。民事不介入って言うんや。警察は関われへんのや。よう覚えときいな」
 何のことかわからない。
 でもこの人たちが今しようとしていることは泥棒と同じことだ。
「出て行ってくださいっ・・お、大声を出しますよ」
 大きな声が出そうにない。けれどそう言わないといけない。
 家にある商品を持っていかれたら、母がお終いになる気がした。
 また昔の、生きる気力を失った母に戻ってしまう。
「出したらええやんか」
 男はそう言うと商品の入った大きな箱に手を伸ばした。
 私の方が早かった。私は箱の上に覆いかぶさるようにして乗っかり男の手を阻んだ。
「お嬢ちゃん、悪いが箱はなんぼでもあるんや。一つを守ったかて、しゃあないでえ」
 男は別の箱に手を出す。
「お願いっ、持っていかないでくださいっ」
 私は手を伸ばした箱にも覆いかぶさって男の手を阻む。
「邪魔やなあ!」
 別の男が私の体を抱え込み箱から引き離す。
「うっとうしいガキや」男がそう言いながら私の体をドンと押すと、私の体は一回転して床にそのまま倒れた。倒れた所には食卓用の机があった。
「きゃっ!」
 メガネが飛んだ。
 私の肩が机の端にぶつかると、机の反対側がぐぐっと持ち上がった。
 机の上にあった細々としたものが倒れ込んだ私の上に落ちてきた。
 醤油指しが零れて髪にかかって、右の頬にハサミの先が当たる。
 他にもコップや鉛筆が降りかかった。
 口の中の血の匂いがしたのは机にぶつかった時に口の中を歯で噛んでしまったせいだろう。もう泣いてしまいそうだ。
 お母さん!
 けれど必死の思いで泣くのを堪える。泣いたって仕方がない。誰も助けてくれない。
 箱が二つ、家の外に持ち出されようとしている。
 男たちがお互いに笑っている。
 あいつらこそ悪魔だ、と思った。
 私はよろよろとしながらも立ち上がった。台所を見た。包丁がある。
 今の私の力ではこの男たちから商品を守ることはできない。
 でも、あの包丁でなら。
 そう思った瞬間、私の体は台所に向かって走り出していた。


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