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作品名:「水をすくう〜少女の闇と光」 作者:小原ききょう

第11回   長田恭子


「この店ね、明美ちゃんとも来たかった場所なの・・」
「橋本さん、またその話?」
「ごめん、私、明美ちゃんのことをすぐに思い出してしまって」
「私は別にかまわないけど」
 二人の女の子はお店に入るなりそう話しだした。

 私は「芦田堂」のレジ横の椅子に腰掛けていた。お母さんは奥で休んでいる。
 店に入ってきたのは同じ二組の女の子だった。
 橋本妙子さんに伊藤早苗さんだ。
 そう言えば加奈ちゃんの手紙に私に対するイジメがきっかけで仲良しさんになったって書いてあった。
 橋本さんはスープにウサギの餌を入れられて、その時、伊藤さんは私と給食の当番だった。
 伊藤さんは私のランドセルから川田さんが宿題のプリントを抜き取るのを目撃していたんだ。
 宿題を忘れたことで橋本さんと一緒に廊下に立たされた時、私にそのことを教えようとしてくれたのに私はあまり聞いてなかった。
 私が聞いてなかったので二人で相談して加奈ちゃんに言うことにした。
 そうこうしているうちに仲良くなった二人だ。
 そして、私とはすごく縁のある二人だ。
 私はこの二人に感謝しなければならない。今の私がいるのもこの二人のおかげだ。

「あれ、芦田さん、お店でレジもしてるんだ?」
 伊藤さんが奥の私を見つけて声をかけた。
「うん。時々ね、でもお母さんよりはしっかりしてるよ」
 お母さんは最近、忙しくなると、お金の計算をよく間違える。
「感心するわあ。店番なんて、私はできそうもないよ」
 二人を見比べると伊藤さんがしっかりものさんで、橋本さんはおっとりさんな感じがする。
「芦田さん、このどら焼きおいしいの?」
 伊藤さんが出来上がったばかりのどら焼きを指して訊ねる。
「うん。それ、さっきお母さんが作った出来立てだよ。すごくおいしいよ。私、毎日食べてるよお。あと当店名物の大福が一番美味しいの」
「そんなに食べたら太るわよ」
 伊藤さんが笑った。
「大丈夫、大丈夫。うちのはいくら食べても太らないから。なんなら、そこの席で食べていっていいよ」
 私は二人にお食事用の席を指した。
「じゃ、どら焼き二つに、大福を一つちょうだい。橋本さんもそれでいい?」
 橋本さんはこくりと頷く。
「大福一つでいいの?」
 二人に確認する。
「うん、二人で分けて食べるから」
 二人で割り勘で精算を済ませるとお食事コーナーの席に座った。
「うん!おいしい」
 伊藤さんが一口食べてそう言った。
 そうでしょ、そうでしょ!・・私は心の中で頷く。
「ほんとだ、おいしい」
 橋本さんも同じようにそう言って食べている。
「芦田さんの言ったとおりだよ!大福、おいしいっ、どら焼きも」
 伊藤さんが大きな声で褒めてくれる。

「ねえ、橋本さん、さっき言ってた明美ちゃんって、誰のこと?」
 二人の会話で出ていた名前が気になって橋本さんに聞いてみる。
「あっ、ごめん。さっきの話、聞こえてた?」
 橋本さんが答えずに伊藤さんが替わりに口を開く。
「ようく聞こえてたよ」私はにんまりと微笑みを浮かべる。
「橋本さんったら、いっつも、水野さんっていう子の話をするのよ。四年生の時にね、ちょっとの間、水野さんと仲良くしてたらしいの」
 伊藤さんの解説が始まった。
「ふーん。その水野さんって何組の子?」
 一度も同じクラスになったことがないから知らない子だ。
「水野さんは今は一組にいるわ」
 一組は恭子ちゃんと村上くんがいるクラスだ。

「でも、私、明美ちゃん、水野さんに嫌われちゃったの」
 橋本さんがようやく口を開いた。
「どうして水野さんに嫌われたの?」
「私、お父さんに『もう水野さんとは会うな』って言われて・・」
「お父さんに言われて?」
 親がそんなことを口に出すものなの?
 本当にそうだとしたらそれは間違っている。
「それもあるけど、次の日から明美ちゃんに声をかけても返事してくれないようになって」
橋本さんはその時のことを思い出したのか、悲しそうな表情を見せた。
「ふーん」
 水野さんって子、そのお父さんに何か言われたんじゃないかな?
「私はもう済んだことだから気にしなくていいんじゃないのって言ってるんだけどね」
 伊藤さんはそう言ってるけど伊藤さん自身も辛いだろう。
 私も友達がそんな思いをして毎日を過ごしていたらやっぱり辛い。

「私、一組に仲のいい子がいるの、長田さん・・私は恭子ちゃんって呼んでるけど」
 その時、どうして恭子ちゃんのことを言ったのだろうか、今でもはっきりとわからない。
「そうだったわね。長田さんが教室に入ってきたとき、私たち、びっくりしたわよ。二人で顔を見合わせたもの」
「えへへ。そんなに驚かせちゃったかなあ」
「でも、芦田さん、あんな金持ちのお嬢さんとよく話ができるわよね」
 伊藤さんが言った。
「友達になりたい、って思ったら、そんなこと関係ないんじゃないんかな」
 本当は恭子ちゃんと友達になったのは加奈ちゃんからのお願いが始まりだったんだけど、今はもうそんなことは関係ない。
「芦田さん、本当にそう思う?」
 橋本さんがじっと私の顔を真顔で見た。
 私、何か変なこと言ったかな?
「私ね、加奈ちゃん・・ああ、転校した石谷さんのことだよ。加奈ちゃんにも手紙で書いたの。家の違いなんてものは本当の友達同士だったら乗り越えられるんじゃないかなって」
 私は恭子ちゃんが押し花を渡す相手を裕福ではない人には気をつかって渡さなかったことについて加奈ちゃん宛てに書いた手紙のことを言った。

「でも、私はそんなに簡単じゃないと思う」
 橋本さんは遠い目をして言った。
「そっかなあ。意外と簡単だと私は思うよ。家は家、二人は二人だよ」
 私がそう言うと橋本さんと伊藤さんは顔を見合わせた。
「うふふっ、芦田さんが言うと、なんだか本当にそうだって思えるから不思議だね」
 橋本さんは私の方を見てにこりと笑った。
「ねえ、橋本さん、水野さんとまた話したい?・・そして、また友達になりたいってまだ思ってる?」
 橋本さんには一番それを確かめておきたい。
「そして、もしそうだったら、伊藤さんは橋本さんの気持ちを許せる?」
 私は続けて伊藤さんにも訊ねた。
 二人は私にこんな問いかけをされて戸惑っている風に見えた。
 こんなことを訊くのは私が誰かさんのおかげで今、幸せだからだ。
 二人の返事は聞かなくてもわかる気がした。



 智子へ
 もうすぐクリスマスだね。智子は何か買ってもらうの?
 もしかしてサンタさんが持ってきてくれるって思ってた?
 だったら、ごめん。
 そんなわけないか。もう五年生だものね。

 橋本さんの話、わかったよ。
 そして、智子の気持ちもわかった。
 水野明美さんっていう子、私の知ってる水野さんだったら、あの吉水川の集落に住んでる子だよ。たしか三年生の時かな?一緒のクラスにいたよ。
 吉水川の集落は智子も知ってるわよね?
 町から立ち退きの勧告を受けてるってお父さんが前に言っていたわ。
 違法な商売もしている人たちもいるんだって。
 もし、そのことを気にして橋本さんのご両親があの辺りの家に住む子とはつき合うなと言っていたのなら話もわかるわね。
 でも、ただそれだけで自分の娘につき合うなと言うかな?他にも理由があるかもしれないわね。

 でも、難しいなあ。他の人のことだものね。智子が何とかしてあげたいっていう気持ちも痛いほどわかるけど。
 あの一組の村上くんだったら、他の人のことに首を突っ込みそうだけどね。
                          智子の大親友、加奈子より



「ねえ、水野さん、小学生が香水なんかつけていいと思っているの」
 休み時間、クラスの清田さんと八木さんが水野さんに詰め寄っていた。
 清田さんと八木さんは長田さんの取り巻きということになっている。
「そんなものつけていないわ」
 水野さんはメガネの縁を手で押し上げて答えた。
「そんなこと言っても、わかるわよ。匂ってるもの」
 清田さんは水野さんの体の周りをくんくんとまるで犬のように嗅ぐ真似をした。
「あら、ゴミの匂いまでするわ」
「やだあ。これ、家の台所のゴミ箱の匂いよ」
 まるで教室にいる全員に聞こえるように言っているようだ。
 ゴミの匂いってひどい言い方だ。水野さんは女の子だぞ。
「ちょっと、村上くん、副委員長でしょ!香水は校則違反よね?」
 清田さんが僕の方を見た。
「そうだけど」
 僕は不機嫌な顔で答える。
「『そうだけど』じゃないわよ。水野さんにちゃんと言いなさいよ!」
「そうよ、おんなじ委員でしょ!」
 二人が声を揃えて言う。
 しょがないな、と僕は立ち上がって水野さんの方へ向かった。
 水野さんが身構える。
 女の子なのでそんなに近づくわけにも行かない。
「村上くん・・」
 水野さんの表情が今にも崩れそうだ。
「水野さん、ちょっとの間、我慢してくれ」
 一応、その辺りの匂いを嗅ぐ真似をする。
「なんも匂わへんで。ついでに言うと、ゴミの匂いなんて全然せえへん」
 清田さんの方を見て大きな声で言う。
「村上くん、ちゃんと嗅いでるのっ」
「しつこいなあ。清田さんも」
 だんだん腹が立ってきた。僕は犬やあらへんぞ!
「僕、鼻が悪いんや」
「ちょっと、それで副委員長としていいの?」
 今度は八木さんが責め立てる。
「だから、鼻が・・」
 その時、僕の背後で小さな声が聞こえた。
「村上くん、『鼻が悪い』って・・お、憶えているの?」
 水野さんの声だ。
「えっ?」
 何のことだ?
 振り返って見た水野さんの顔は、泣き笑いって言う表現がピッタリの表情をしていた。
 そして、ひどく懐かしい気がした。

「ちょっと、村上くん、聞いているのっ!」
 水野さんの顔を見たあと清田さんの声に現実に振り戻される。
「香山さん、どうしたらええんや?」
 僕は同じ副委員長の香山さんに向かって問いかけた。黙ってないで助けてくれよ。
 香山さんは「一人で頑張りなさい」って言う顔で僕を見ている。

「村上くん、私にまかせてくれる?」
 その時、僕の前にスッと姿を出したのは香山さんではなく委員長の長田さんだった。
 金色の綺麗な髪がふわりと動いた。
 一変に教室に厳粛なムードが漂う。
 みんな、長田さんが何を言い出すのか耳を澄ませているようだ。
「水野さん、ちょっといいかしら?」
 長田さんは水野さんに声をかけた。
 清田さんたちが黙り込む。この二人は僕に好きなことを言っても長田さんには何も言えないんだ。



「水野さん、ちょっといいかしら?」
 長田さんが声をかけてきた。
 金色の綺麗な髪がふわりと動く。
 私は長田さんに廊下に出るように言われた。
 長田さんは廊下の大きな窓の下に私を呼び寄せ、両腕を組んだ。
「香水はもっとわからないようにしてくれると助かるわ」
 青い瞳が私を見つめる。
「え、ええ」
 私は頷く。
「やっぱり、つけてるのね」
 しまった。つい頷いてしまった。
「それと・・水野さんに少しお話があるの」
 委員長が図書委員の私に何の用事があるのだろう?

「いつか、あなたに押し花を渡したわね?・・四年生の時だったかしら?」
 覚えているわよ。でも今頃、そんな話、どうしてするの?
 まさか、返せなんて言わないわよね?
「水野さん、あの時の押し花、返してちょうだい」
「えっ」予想通りの言葉だ。
 押し花なんてもうどこかにいってしまっているわ。
「もう持ってないわ。捨てたかもしれないわ」
 長田さんは目を瞑り少し俯く。
「そう、残念だわ」
 そんなもの大事に持ってるはずがないわ。
「どうして一度あげたものを返して欲しいなんて言うの?」
 すごく迷惑な話だ。
「水野さんには必要ないって思ったからよ」
 必要ないって・・それはそうかもしれない。私は清田さんたちみたいに長田さんの取り巻きになったりしないから必要ないけど。ひょっとして私が取り巻きになってくれないから返せって言っているの?
「どうして、私に押し花をくれたりなんかしたの?」
 取り巻きの女の子を増やしたかったからなんでしょ?

「水野さん、すごく友達が欲しそうな顔をしていたから」
 長田さんはそう言うと顔にかかった髪をかき上げた。
「えっ・・」
 そんなっ、私の顔、そんな気持ちが出てたっていうの?
 そんなにもの欲しそうな、友達が欲しそうな顔をしていたの?
「長田さん、私、そんな顔をしてたの?」
 長田さんには見抜かれていたんだ。
「私も友達が欲しかったの・・だから、わかったの」
 長田さんが友達が欲しかった?・・何で?
 周りに取り巻きの子も大勢いるし、家も裕福だし、どうして友達が欲しかったのよ。

「私も友達が欲しくて、あなたに押し花を渡したのよ」
 どういうこと?
 長田さんは押し花を渡していたのは友達が欲しかったからだっていうの?
 私たちは友達が欲しかった者同士だったって言うの?
「けれど・・」
 そう言うと長田さんはすーっと息を深く吸い、長い息を吐いた。
「智子に言われたの、水野さんと友達になるのは、私じゃないって」
「智子って?」
 知らない名前だ。
「芦田智子、二組の女の子・・私の友達・・」
 長田さんって言葉がすごく短い。けれどすごく的確にものを言う。


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