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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第6回   神園純子と佐伯


「ちょっと、芦田くん、聞いてるのっ?」
 教室の机で頬杖をついてボーっとしていると、委員長の神園の大きな声が耳に入ってきた。
「なんや・・神園か・・」がくっと肘を崩し前を見ると神園の胸の辺りが見えた。
 見上げると「『なんや』はないでしょ!・・せっかく起してあげたのに」と剣幕顔で立っている。
「俺、寝てへん、寝てへんっ、ちょっと考え事してたんや」
「何の考え事か知らないけど、他のみんなは講堂に行ったわよ」
 気がつくと周りの奴らはほとんどいなくなっていた。
 そういえば講堂で校長先生の長々したお説教のようなお言葉があるんだっけな。
 俺、何の考え事してたんだっけ?
 妹のことか? あの西洋人の女の子のこと?
「ほら、佐伯くんも、はやく講堂に!」
 神園が顔の向きを変えたその先、窓際の席ではメガネのガリ勉君の佐伯が文庫本を読んでいた。
 まだ残っている奴もいたのか、それにしてもずいぶんとのんびりした奴だな。
「神園さん、あとで行くよ」
 ふーっと溜息をついて佐伯は本を閉じた。
 こいつ、いつでも本を読んでいるな・・
「私、先に講堂に行くわよ、はやく来るのよ」と言って神園はスカートを揺らしながら教室を出ていった。
 俺が隣の佐伯に「佐伯! 一緒に講堂に行こか?」と声をかけると佐伯は頷き立ち上がった。
 講堂に向って二人で廊下を歩く。こいつと並んで歩くのは初めてだな・・
「芦田くん、サッカー疲れ?」
 佐伯がメガネの縁をくいと持ち上げながら笑った。何となくしゃべり方も仕草も気持ち悪いな・・というか、俺とは合わないタイプだな。
「ちゃうちゃう、そんなに練習はきつうない」
 俺は制服の詰め襟をいつも留めず第一ボタンを開けてているが、佐伯はきっちり留めている。制服のボタンの校章も全部上を向いている。これにはおそれいる。
 俺が毎日サッカーの練習に明け暮れているのにこいつは本ばかり読んでいる。そのくせ成績もいい。家ではどれくらい勉強をしているんだろう?
「神園さん、いつもカリカリしてるよね」
 委員長の神園には怒られてばかりだ。
「佐伯もそう思うか?」
「思う、思う」繰り返しながら佐伯はメガネを揺らしながら笑った。
 まあ、こうやって話していると意外といい奴かもしれないな。

 この日の校長先生の演説は中学校全生徒が聞くもので下級生の一年生、上級生の三年生と僕たち二年生本山中学の全員が集まっている。
 三年生は来年3月卒業だ。サッカー部でもお別れ会が催される。
 校長先生の話を半分寝ながら聞き終え講堂から出る時、一年生の女子が俺の方を指してなにやらこそこそ言っている気がする。
 一年生は年下だから、やはり気になる。

 昼休み、校庭の階段でまた文庫本を読んでいる佐伯に声をかけた。
「佐伯、ちょっといいかあ?」と言いながら横に座らせてもらう。
 小石が尻に当たって痛い。こいつ、こんな所に座ってよく平気で本を読んでいるな。
「俺さあ、一年生に見られているような気がするんだけどなあ・・」
 俺が独り言のように言うと佐伯は文庫本に栞を挟んで閉じた。
「芦田くんは僕に訊きたいことがあるの?」
「違うっ!・・何となく言っただけだ」
 俺が向きになって大きな声を出すと、
「芦田くんは女子に人気があるんだよ。たぶん二年生にも見られてるよ」と即答された。
「俺が人気?」
「たぶん、その子たち、サッカーの試合とか見に行っている子たちだと思う」
 ああ、あいつらだったのか・・三年生の先輩たちを見に来ているのではなかったのか。
「お前、試合、見に来てたのか?」
 こいつ、スポーツなんて全く興味なさそうだぞ。
「見に行ってない・・ただの僕の推測だよ」
 平然と言う。
 すごいな、お前。ただの推測が本当みたいに聞こえる!
「芦田くん、この前の試合、シュートを見事に決めたらしいね?」
「ああ、あれはまぐれだ」
「ふーん。そうだったんだ」
 淡々とした顔だ。
「ちょっと、待て!何でそのことを試合を見に行っていないお前が知っている?」
「クラスの女の子が話してるのを聞いたんだ」
 女の子はそんな事を教室で話してるのか。
 佐伯は「ふっ」と笑いをこぼしたあと、突然わけの分からないことを言いだした。
「神園さんにも試合を見に来てもらったらいいんだよ」
 何のことかわからない。どうしてこの話の流れで神園が出てくるんだ?
 けど佐伯は真顔だ。冗談を言っているのではない顔だ。
「は?・・佐伯、お前、何を言ってるんだ?」
 佐伯のメガネの奥の目がじっと俺を見る。
「芦田くんも?」
 おい、目を合わしてくるなよ、気持ち悪いから。
「芦田くんも?って、・・何が俺もなんだよ」
「芦田くんも神園さんが好きなんじゃないかと思って訊いたんだ」
「はあっ?」
 何をどうしてひっくり返ったら俺がクソ生意気な委員長の神園を好きになるっていうんだ。そう思っていると佐伯がポツリと言った。
「僕はね、実は、神園さんが好きなんだ」
 は?・・そうなのか?・・でも俺の目を見るなよ。
 それにしてもなあ、よくもまあ、そんなことを平気で言うなあ。
「何だかんだ言いながら、僕以外にも神園さんを好きな奴は多いよ」
 それは知らなかった。佐伯以外にもそんな奴がいるのか。
 まあ、神園は美人だと思うし、頭もいいし、
 でもあいつ、少し小うるさくないか?
 そんなことより、何で今日、佐伯に声をかけたのか、だ。
「あのなあ、佐伯、俺は神園なんかよりも年下の女の子ばかり気になるんや」
 俺は話題を最初に戻す。
「年下?」
 佐伯はきょとんとした顔で俺を見る。
「芦田くんは誰か、年下の女の子に恋をしてるの?」
 恋?
 ああ、恋か・・今の感情にピッタリ・・
 いや、佐伯、ちょっと待て!
「こ、恋をしてるわけじゃない、気になるというか・・妹のことが心配というか・・」
「妹さん?・・芦田くんには妹がいるの?」
「ああ・・今、小学五年生だ」
 そう答えると佐伯は「じゃあ、芦田くん、これ読む?」とさっきまで読んでいた文庫本を差し出した。
「じゃあ」って、本が年下の女の子や恋の話と何の関係があるんだ?
「何の本だ?」
 カバーがかかっているのでわからない。あまり知りたくもない。
「川端康成の『伊豆の踊り子』だよ」
 題名は知ってるけど興味がないから読んでない。というか本は読まない。
「悪い、俺、本は読まないんだ」
「なんだ、芦田くんは、つまらない奴だな・・」
 佐伯はぶつぶつ言いながら面白くなさそうに本を手元に戻した。
「つまらない奴」とは失敬な奴だな・・そう思っていると佐伯は、
「じゃあ、ちょっと内容だけ話すよ」と言った。
「それもいい、話さなくていい」
 俺は内容も聞きたくない。面倒臭い。短い昼休みが終わってしまう。
 なのに佐伯の奴、「まあ聞けよ」と言って勝手に「伊豆の踊り子」の話を始めだした。
 だが短編小説のようで佐伯の話が予想より早く終わったのでホッとした。
 ストーリーは学生である主人公が伊豆の天城峠で踊り子の集団に出遭って、その中の一人の少女に恋をする話だが、結末はあっけなくお別れになってしまう。
「それだけのことか?」
 俺が馬鹿にしたように言うと佐伯は少し優越感を抱いた表情になる。
「物語というのはね、読み手によって変わるものなんだよ」
「はあ・・」
「短い小説でも読み手の経験によっては長く感じる。それに読み手側に恋愛経験がないと全く面白くない・・逆もあり・・」
 話を続けようとする佐伯を俺は遮った。
「すまん、何のことかわからない」と言った後、さすがに佐伯に悪いと思い「まあ、何となくはわかるけど」と訂正した。
「芦田くんなら、きっとわかると思うよ」
 いや、佐伯、悪いと思うけど、俺にはわからない。
「僕がどうして神園さんを好きになったかわかる?」
 知らねえ、知りたくもない。
 だが、一応「どうして好きになったんだ?」と訊いてみる。
「みんなが彼女を好きだって言っているのを聞いたからだよ」
「はあっ?」
 今日は驚きの連続だ。
 まあいい。こいつと話すのがだんだん面白くなってきた。もっと早い時期に話すべきだったかもしれない。
 ただ、あと10分ほどで昼休みは終りだ。授業に遅れたら、またあのこわい神園に怒られる。
「みんなが好き、って言っていたら、どうしてお前まで神園のことを好きになるんだ?」
「芦田くんはそんな経験はない?」
「ないっ!」
 即答だ、あるわけがない。
「クラスの鈴木くんはあるアイドルのことを『みんなが好きだって言っているから、好きになった』と言っていたよ」
「それ何ていう名前のアイドルや?」
 話をずらしているのは分かっているが訊いてみる。
「御堂純子だよ・・神園純子の純子と同じだよ・・芦田くん、知ってるの?」
 知らねえ。元々アイドルなんて興味ないし。神園とそのアイドルも関係ない。
「そのアイドル、花を持って笑ってないか?」
 妹の智子が勝手に貼っていったポスターを思い出した。
「芦田くん、それだけでは誰のことかわからないよ。それに、芦田くん、話がずれてる」
「おまえもずれてる気がするぞ」
「いや、僕はずれてない」
 佐伯はそう言うと話を自分の言いたい方向に軌道修正し始めた。
「僕はね、こう思うんだ・・『伊豆の踊り子』の主人公は踊り子の少女と都会で出会っていたら恋をしなかったじゃないかって」
「・・」
「伊豆の峠で娘に出会ったから、恋に落ちたんだと思う」
「つまり、都会で見たらブスだったって、よくある話か?」
「ちょっと違うな」と言って少し笑い「けれど、まあ、一緒か」と言った。
 佐伯は頷きながら自分を納得させている風だ。
「この主人公にとっては、たまたま天城峠を越える時の心理状態が恋愛モードに入っていたんだ。そこに上手い具合に恋愛対象になれるような少女が現れた」
「それが一致したんだな?」
「こういうのをね、『恋の結晶作用』って言うんだ」
 佐伯は意味不明のことを言い出した。
「恋のケッショウ作用?」
「雪の結晶のケッショウだよ」
 わかった。
「きっかけは色んな場合があるけど、人が恋に落ちる時っていうのはそんなものなんだ」
「結晶の意味がわからないぞ。誰がそんなわけのわからないことを言ってるんだ。佐伯の言葉か?」
「スタンダールの言葉だよ」
「スタンダール?・・誰だよ、それ・・医者か?」
「名作『赤と黒』を書いたフランスの大文豪だよ」
 よくわからないが、わかるのは普段サッカー部の連中と話すくだらない話とは全く違う、ということだ。
「人が人を好きになるのはそんなに大した理由はないんだ」
 でもドラマとか見てると違うような気もするぞ。
「恋は全くの勘違いから始まって、やがて結晶化する・・」
 勘違いが結晶するのか・・よくわからないけれど、佐伯、やっぱり、お前、すごいな。
「それでその後、どうなるんだ?」
 佐伯はそう言うと文庫本を丸めると制服の内ポケットに突っ込み「もう教室に戻らないと」と言って立ち上がった。
 なんだよ、それ。終りか・・終りかと思ったら佐伯は俺の顔に向き直った。
「それとさ、人を好きになると、その子の周りにあるもの、たとえば、相手の友達や、その子の好きなもの、たえば、色や・・」
「食べ物とかか?」
「そうそう、その子の周囲にあるものが気になるようになる。その子がいつも使う通学バスとか、乗っていた自転車のメーカーまで気になったり、いつも読んでいる本なら当たり前だけど、その子がたまたま手にした本まで、ちょっと気になるようになるよ」
 すげえな。
「これまで気にも留めていなかったものが光り輝いて見えるようになるんだ」
 俺も立ち上がり、
「おまえ、神園のことが好きなら、もっと話せばいいのに、いくらでも機会はあるだろ?」
 そう言うと、
「僕、ダメなんだ。女の子と向き合うと顔が赤くなって話せなくなるんだ」
 思わず吹き出しそうになった。さっきまでの話は何だったんだ。
 これだけ色んな話ができるのに勿体無い話だ。全く。
 俺なんか全然平気だぞ。神園とは・・
 けれど、智子の友達の長田恭子とは話すどころか、店で会った時は心がどこかに飛んでしまったようだった。
 これって、恋なのか?
 ただ、わかっていることは、こんな気持ちは妹の智子には絶対に知られてはいけないということだけだ。
 兄貴の威厳が損なわれてしまう。


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