20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第5回   長田多香子2
 ねえ、あなた、知ってる?
 あなたとお見合いすることになった時、私のことをみんなすごく羨ましがったのよ。
 企業の政略的な結婚だとは私も周囲の人もわかってはいるけれど、お目出度いことには変わりはないものよ。
 同じ世代の女の中ではどちらかというとお嫁に行き遅れていた私をみんな羨望の目で見ていたのよ。
 まず、西洋人というのが、みんなの心にグッときたみたいね。
 それに長田グループの社長なんて、私の家はともかく他のみんなから見たら雲の上の存在だったのよ。
 私、ちょっと浮かれてお見合い直前まで鏡を見て上手に微笑む練習をしたり、礼儀作法も習い直したわ。
 でも父と母が私以上に浮かれていたのにはちょっと参ったけど。
 父と母はこの時のために私を生んで育ててきた、って感じの喜びようだった。
 結婚が決まった時は友達から次々に電話がかかってきたわ。えっ、この人、誰だっけ?と思うような人からも電話があったわ。たぶん私の家の事業も長田家と一緒になることで大きくなることがわかっていたのね。
 でも、結婚生活は5年もなかったわね。
 その歳月・・長いようで短い歳月を思い返すと大きな後悔ばかりが襲う。
 あの人がこんなに早く死ぬとわかっていたら、
 こんなに早くあなたと別れてしまうのだったら、
 仕事をせずに、ずっとあなたと一緒にいるのだった。
 ずっとあなたの看病していればよかった。
 愛されなくても、あなたが由希子さんのことをずっと思っているのだとわかっていても、一緒に同じ時間を過ごすことはできたはずなのに。
 意地を張っていないで「これからは私はずっとあなたのそばにいます」と言えばよかった。
 それなのに私は・・
 気がつくと私はお弁当を食べながらはらはらと泣いていた。
 ここが公園でよかった。会社なら誰かに見られたかもしれない。
 隣のベンチのサラリーマンが煙草を何本か吸い終わり立ち去ると、今度は赤ちゃんを抱いた女の人が「よいしょっ」と言いながら座った。
 ふーっと大きな息を吐いた後、哺乳瓶を取り出しミルクを飲ませ始めた。
 ミルクを飲む赤ちゃんも懸命だが母親も無心で飲ませている。私にはよくわからないが彼女の表情は母親そのものだ。
 私は子供を産んだことがないから母親といものを理解することはできない。
 おそらく私は死ぬまで母親の気持ちをわかることはないだろう。
 母親は赤ちゃんに声をかけている。微笑ましい一コマの風景だ。
 私もあんな風に・・
 ・・私はあんな母子のような姿に憧れていた。
 私はずっと前から家族が欲しかった・・平凡でもいいから、暖かい家庭が欲しかった。
 家には幼い子供がいて私は食事を作りながら夫の帰りを待っている。
 自分でそんな家庭を築きあげたかった。
 小学校の頃、「将来の夢」という題目の作文を書いた。
 先生が配った紙に「大人になったら綺麗なお嫁さんになる・・子供・・女の子が欲しい」と書いた。
 娘には綺麗なお洋服を着させてピアノを習わせピアノコンクールに出場させる。
 幼く平凡な少女の儚い夢だ。
 ある意味、それらの夢の全てはかなっている。他人から見れば羨ましがられるかもしれない。
 結婚はして娘もいるし、その娘はピアノを習っていて去年コンクールで審査員特別賞を受賞した。
 けれどピアノのレッスンはヒルトマンと先妻の希望によるもの。そこに子供だった頃の私の夢は入る余地はない。
 私の他愛もない夢とヒルトマン夫妻に娘が生まれた時に二人が恭子に託した夢とは全く異なる。
 子供の頃に抱いた夢には今のような私はいない。

 隣のベンチで赤ちゃんにミルクを上げていた母親がまた「よいしょっ」と言って立ち上がり赤ちゃんをおぶり直した。赤ちゃんに何か話しかけている。
 母親はこれからどこに行くのだろう?
 この世の「不幸」とは無縁のような母子の姿を見送りながら私は思った。
 私はここで一体何をしているのだろう?
 お弁当を食べ終わると「ごちそうさま」と両手を合わせ普段とは違う昼食を静かに終えた。工藤さんの言う通り外の空気は十分吸った。
 だが、もうここは私のいる場所ではない。
 私はこれからどこに行けばいいのだろう?
 気分転換に外に行こうと思って公園に来たのだけれど、昔のことばかり思い出す結果になってしまった。
 先日、遠野さんから電話があった。
 遠野さん・・神戸の邸宅の家政婦、そして恭子の専属家庭教師。
 ヒルトマンが以前退職した家政婦の代わりに雇った人だ。年齢は私の一回り下だ。
 彼女からの連絡事項は恭子に友達ができたということ。町の和菓子屋の娘さんだということだ。
 何か家で変わったことがあったら電話するようにと言ってあるから時々そのような電話がある。
 あの子に友達が出来た、というのが変わったことなのかどうかはわからない。
 けれど私はそのことよりも、あの子に今まで友達がいなかったことに驚き、そのことさえ今まで知らなかった自分自身に驚いた。
 私は恭子のことを何も知らなかった。
 全く私ったら・・「母親失格」ね。
 私はあの子のことをを避けて生き続けている・・今もそれは変わらない。
 血は繋がっていなくても娘であることに変わりはないのに。
 私が今朝、公園に行ってみようと思ったのはその電話のせいかもしれなかった。
 何かを考えるために気分転換がしたかった。
 長い間、私は何かに囚われ続けているのかもしれない。

 そういえば、遠野さんに七月のあの子の誕生会には神戸に帰ってきてと言われていたわね。私はいつものように仕事が忙しいと言って行かなかった。
 恭子の母親の代わりを遠野さんにお願いした。
 私の顔なんて恭子のクラスメイトは誰も知らないだろうから何の問題もない。
 私が行ったところで大差ないのでは、と思う。
 遠野さんは恭子のお気に入りのようだし恭子の方も私が出席するよりいいだろう。
 遠野さんが優秀で恭子の方もが遠野さんだけを必要としているのなら、私の入る隙など、どこにもないではないか・・
 遠野さんが優秀な家政婦、家庭教師だとはわかっている。
 わかってはいるけれど、ヒルトマンの前妻、由希子さんが私より綺麗だったことを思い出すと嫉妬の念にかられるのと同じように遠野さんのことを認めなくないという気持ちが私の心のどこかにあるのだろう。
 遠野さんには悪いけれど、私は恭子と同様、遠野さんにも辛く当たっていまう。
 まるで姑みたいに重箱の隅をつつくように細かいことを指摘しては文句を言う。
 会社でのストレスを発散しているように思われても仕方ない。
 みっともないことはわかっている。恭子や遠野さんに嫌われても当然だ。
 そんな私は全く救いようのない女だ。

 母子の去ったあとのベンチにはもう誰も来ないようだ。辺りの人の数も減っている。
 腕時計を見るとお昼を過ぎているのに気づいた。目の前の噴水だけが時間に関係なく水を噴き上げている。
 そうそう・・誕生日といえばもうすぐクリスマスだわ。
 何かプレゼントを用意しておかないと。
 私は思い立つと公園から出て近くのデパートに向った。会社には二時頃までに戻ればいい。
 子供服売り場に私が現れると店員が丁重に応対する。店員の誰もが私が長田商事の役員だと知っている。
「娘さんのですか?」
「ええ」
 店員の出してくる色んなタイプの子供服を見ながら、そういえばあの子、何色が好きなのだろう?
 小学五年生といえば育ち盛りだから私の覚えているサイズでは合わないかもしれない。
 出直して神戸の遠野さんに電話して恭子のサイズを訊いてみよう。
 それにもう子供服ではおかしいかもしれない。恭子は同じ年齢の女の子の中では大きい方だし。
「ごめんなさい、またにするわ・・」
 私は子供服売り場をあとにすると、ネックレスの留め金が外れそうになっているのが前から気になっていたので宝飾品売り場に向った。
 宝飾店の販売員はネックレスを見た後「お預かりすることになりますが、よろしいでしょうか?」と申し訳なさそうに言った。
「仕方ないわ、どれくらいかかりそう?」
「業者の方に見てもらって、それからのお見積りと納期のお知らせになるかと思います」
 店員は再び申し訳なさそうに言った。
 少々面倒だけれど、このネックレスは直しておかないと・・


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1151