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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第33回   邂逅


「芦田くん、今は冬休みだよ」
 俺は芦田堂を出ると佐伯の住む団地に向かった。長田恭子の母親と遠野さんが店に入るのと入れ違いだ。こんな機会、二度とない気がした。とにかく今日は長田恭子の母親はこの町にいる。
 呼び鈴を押すと明らかに迷惑そうな顔の佐伯が出てきた。また本を読んでいたのか?
「佐伯、力を貸してくれ」
 佐伯はメガネの縁をくいと上げると「あいにく、僕は力がないんだ」と澄ました顔で言った。佐伯の口調は相変わらずだ。
「その力じゃねえっ」
 とぼけてるのか、こいつ。誰も文学青年に腕っ節を求めてねえぞ。
「クリスマスパーティーの時、神園が言ってたやろ?・・お前の好きな神園の願いやぞ」
 今しか、その機会はない、と思った。
「神園さんが、あの長田家のお嬢さんに会いたい・・という話の続きかい?」
 ちゃんと覚えていたんだな。「お前の好きな神園」の言葉は無視か?
「優一、お友達なんでしょ、家に上がってもらいなさいよ」奥から佐伯の母親の声が聞こえた。佐伯は家の中に向かって「お母さん、ちょっと友達と出てくるよ」と言うと靴を履き直した。
 佐伯は団地の階段を降りながら「それにしてもどうして今日なんだい?」と訊ねる。
「今日、長田恭子の母親がいるんだよ」
「母親?」
「ああ、芦田堂に挨拶に来ていてな・・まだ店にいると思う・・いなかったらあのでかい家に戻るはずだ」
「どうして母親に僕たちが会わないといけないんだい?・・本人、恭子さんだっけ・・その子に会えばいいんじゃないか?」
 俺の言いたいことはだな。
「親の許しも得ず、俺たちが勝手に二人を会わせるなんてできないだろ? 相手は大豪邸の令嬢だぞ」
「ふーん、芦田くんも、色々考えているんだね」
 佐伯、おまえ、俺のことをちょっと馬鹿にしてるだろ。
「でも何で僕が行かないといけないんだい?」
 佐伯、俺の言いたいことは・・
「お前、俺の友達だろ?・・そして、神園も・・」

 団地を出て天井川の橋を渡り、神園邸の玄関についた。呼び鈴を押すと家政婦の雪さんが出てきた。今日はジーンズを履いている。テニスとかやっていそうな健康的なイメージだ。遠野さんの秘書スタイルとは全く異なる家政婦さんだ。
「お嬢さまのお友達ですね、お嬢さまは、今、お花・・習い事なんですけど、もうすぐ終わります」
 学校では茶道部、家ではお花か・・他にも色々やっているんだろうな。
「どうぞ、こちらの部屋でお待ちください」
 俺たちは応接室に通され、神園を待つことになった。
 しばらくすると雪さんがお茶を運んできた。
 テーブルに湯呑みが置かれるのを待って佐伯が「あの・・雪さん?」と声をかける。
「はい、雪です」名前を覚えてもらっていて嬉しいらしく「佐伯さんは私の名前、ご存知でしたね?」と微笑んだ。
「僕も覚えていますよ」すかさず俺が後を追うように言った。
「はい、芦田さんもご存知ですね、ありがとうございます」と雪さんが笑う。
「雪さん、神園さんは毎日、忙しいんですね?」
 佐伯が世間話のように部屋を去ろうとする雪さんに声をかける。
 おまえ、年下だけじゃなく、年上の女性も平気みたいだな、
 俺の知っている限り、お前が緊張しているのを見たの、神園だけだぞ、
 やっぱり、佐伯は神園のことを・・
「ですけど、お嬢さまはお忙しいのがお好きのようです」
 引き止められた雪さんはトレイを小脇に挟んだまま答える。部屋を出るタイミングを失ったようだ。
「お正月、お父さんのおられる下関には行かないのですか?」
「ええ、お正月は茶道部のお友達と初詣に行く約束もされているそうですし・・それにお嬢さまは、この町がお好きなようです」
「おい、佐伯、あんまり、人のことを詮索せん方がええぞ」
 俺の言葉に雪さんは笑顔を浮かべ「かまいませんよ。お嬢さまも、色々言って頂いた方がお喜びになると思いますよ。そんなこと、訊いてくる人も他におりませんし」と言った。
 訊いてくる人がいない・・か。
「雪さん、家のことを色々訊いて大変失礼しました」佐伯は改めてそう言って湯呑みに手を伸ばした。佐伯は神園のことを知りたいだけだのだ。
「お嬢さまはクリスマスパーティーの日の夜、お二人の話をしきりに私にされてました。あんなに楽しそうなお嬢さま、久しぶりに見ました」
 雪さんは続けて「お二人とも大事な私のお友達だとおっしゃられていましたよ」と言った。
「そ、そうですか」佐伯が声を詰まらせながら答える。おそらく喜んでるんだろう。
 その時、
「芦田くん、佐伯くん・・二人揃って、どうしたの?」
 応接室の入り口につっ立っている神園がいた。だがどう見てもさっきまでお花を習っていたという格好ではない。どう見てもラフな服装だ。ベージュのワンピースに紫色のカーディガンを羽織っている。髪を後ろで結っている。
「神園、お花、とちゃうかったんか?」
 俺が訊くと雪さんが慌てて「芦田さん、ごめんなさい、私が言い間違えました。お花は夕方で、今は英語でした」と謝った。
 ずいぶんと過密スケジュールだな。これでは同級生と遊ぶのは無理かもしれない。
「芦田くん、それで、一体何の騒ぎなの?」
 俺の答えの代わりに佐伯が「神園さん、あの家のご令嬢のことだよ」と言った。
「ご令嬢って?」
「芦田くんの大好きな・・」と佐伯が言いかけると俺は佐伯の脇腹を小突いた。
 俺に小突かれ佐伯は「うっ」と大げさに呻き声をあげた。
「芦田くん、好きな女の子がいたの?」
「ちゃうっ!」俺は声を張り上げ、「佐伯、ええ加減なこと言うな」と言って更に佐伯の頭を後ろからぴたんと叩いた。
「芦田くん、そうじゃなかったのかな?」佐伯はずれたメガネを直しながら言った。
 神園が微笑み、雪さんまで口を押さえて笑っている。俺は顔が熱くなった。
 佐伯は特に嘘や冗談は言っていない。俺は佐伯に長田恭子のことを何度か話し「気になる」とも言った。恋愛の話もした。実際に気になるし、好きなのかもしれない。
 だが、今はそのことよりも神園の願いを叶えるのが先だ。
 神園は俺たちの前のソファーに腰掛けると雪さんに「知らない間柄じゃないし、雪さんも座って」と言って雪さんを自分の横に座らせた。目の前に神園と雪さんが並んで座っているのを見ると姉妹のようにも見えるが、全くの他人同士だ。そこには上下関係まで存在している。
「あんまり時間もないんや」と俺は前置きし「神園、この前、言うとったやろ。『あの子に会いたい』って」と言った。
 神園は「ええっ、芦田くん、そんなこと覚えていたの?」と大げさに驚く顔をした。
「つい、この前やんか」
「だけど、私の一方的で、勝手な話だし・・そ、その、私の感情的な・・」
 神園はさっきまでの明るさとは打って変わって言い淀む。
「今日、長田恭子の母親がこの町にいる。俺の家の店に来てるんや」
 神園の表情がぴんと張り詰めたようになって「あの子のお母さんが・・」と呟いた。
「母親に会わんと・・」
 ご令嬢はこれからも家にいてくれる、と言っていたが、俺の勢いがある今しかないと思った。
「でも、急に押しかけていっても・・」
 ずいぶんとこの前より消極的な感じだな。いざ、会うとなると気が引けるものなのか。
「お嬢さま、長田さんの家のことですか?」
 雪さんが身を乗り出し神園に小さな声で訊ねた。
 神園がこくりと頷くと雪さんは「お二人にあの家の話をされたのですね」と呟いた。
「噂ではあの家には家庭をかえりみない鬼のような後妻さんがいるらしいね」
「鬼!」佐伯の発言に神園も雪さんも注目する。
「佐伯、その話、誰から聞いたんだ?」
「聞いたことがあるんだよ。近所の人に・・」
「あくまでも噂やろ?」
「そう、噂だよ。概して、噂は正反対のことが多い・・」佐伯は哲学でも語るように言った。
「何かの本に書いてあったんか?」俺が訊くと「僕の言葉だよ」と佐伯は自信ありげに答える。なんか、おまえだけ格好いいな。
「あのお・・」雪さんが何か言いたそうだ。
 神園が「雪さん、どうしたの?」と訊くと、
「私、長田さんの家の家政婦さん・・遠野さんには何度かお会いしたことがありますよ」「あの政治家の秘書みたいな」と俺。
「そうそう・・そんな感じの方ですね」雪さんが相槌を打つ。
 そして、「すごく感じのいい方です」と言い「私なんかとは比べようもなくしっかりした感じがして、その上、とてもお綺麗な方です」と言った。
 おそらくそれは「タイプが違う」ということだ。雪さんもそれなりに・・
「家政婦さんがいい人だったとしても後妻さんとは関係ないんじゃないかな?」佐伯が間に入る。
「でも私にはわかるんです。あんな素敵な方が仕えているご主人さまが噂のような人であるはずがありません」と雪さんはきっぱりと断言する。
「芦田くんはその母親に会ったのよね?」
「さっき、店で挨拶を交わしたばかりや」
 長田恭子の母親はまだ芦田堂にいるだろうか?
「その時、何かわかったんじゃないの?」
「そんなん無理や、すぐにその人の性格なんてわからへん」
 本当は一目見て長田恭子の母親として、繋がっている親子として、俺の目には映った。だが神園に上手く説明できない。
「神園の、その自分の目で、確かめたらええんや」
 おそらく神園は自分の置かれている境遇と長田恭子の立場を重ね合わせている。
 長田恭子も今の母親とは血が繋がっていないし、神園も下関にいる母親とは繋がりがない。
 いくら、親として認めていると言ったところで、心のどこかにしこりが澱んでいるのだろう。そうでなければ長田恭子に会いたいと思うはずがない。ましてそんな個人的なことを俺たちに話すはずがない。
 そして、長田恭子と母親がそれらしくやっていれば、神園も親のいる下関に行こう、とでも考えているに違いない。
 だが、それは・・神園がいなくなる、ということだ。
 そう考えた時、俺の中にある一つの感情が生まれかけていることに気づいた。
 しかし、その感情は佐伯にとっては・・
「お嬢さま、お二人とご一緒に行かれたらどうでしょうか?」
 雪さんは膝の上に丸いトレイを立て「お二人とも、いい人のようですし」と言ってにこりと微笑んだ。
「わかったわ、私、行くわ」
 神園はそう言うと「行くけど、二人ともどうして、そこまで私をあの子・・そして、母親に会わせたいの?」と俺たちの顔を見た。
 神園の疑問に佐伯が「会えば、これから自分の進むべき方向が見えてくるからじゃないかな?」と得意のメガネの中心をくいと押さえる仕草をした。
 神園は「ふーん」と言い「佐伯くんの言っていること、よくわからないわ」と続けて言った。俺もわからない。
「わかんないけど、なんか嬉しい」
 俺もだ。やっぱり佐伯を連れてきてよかった。
「急だけど、雪さん、ちょっと出かけてくるわ・・お花の時間にまでは戻ってくるから」
「はい、お嬢さま、いってらっしゃいませ」
 神園は雪さんと同じように髪を後ろで束ね赤色のカーディガンをふわりと羽織った。
 神園は部屋の姿見を見て「こんな格好でいいのかな? 失礼じゃないかな・・」と言った。そう言われると俺と佐伯も改めて神園を見てしまい、ちょっと恥ずかしくなった。
 俺たちは雪さんに見送られ神園邸を後にした。とりあえず芦田堂に向かうことにした。
「私、芦田くんの家・・その和菓子屋さんに行くの初めてよ」と神園。
「僕も初めてだよ」とメガネの佐伯。
 だが芦田堂に二人とも行くまでもなかった。
 天井川の橋を渡りかけると前方に遠野さん・・そして長田恭子の母親が歩いてくるのが見えた。ご令嬢の姿はなかった。まだ店で智子といるのだろうか?
「友也さま?」
 遠野さんが呼びかけ、その声にご令嬢の母親が気づき俺たちを確かめるように見た。
 遠野さんが「友也さまのお友達・・の方ですか?」と神園と佐伯のことを訊ねると「僕の友達です」と答えた。
 ずいぶんと回り道だった気がしたが、俺たち3人は友達になっていた。他の二人もそう思ってくれているだろう。
 俺たち3人と遠野さんたちは丁度、橋を渡った所で合流した。
「遠野さん、恭子ちゃんのお母さんにお願いがあるんです」
「えっ、私?」長田恭子の母親は少し驚いた表情を見せた。
「奥さまにですか?」遠野さんも何だろう、という気持ちが顔に出ている。
「こいつ」と俺が神園を指すと「ちょっと芦田くん、『こいつ』って何よ」と怒るので「ええやんか、この際・・」と言ってなだめながら、改めて神園のことを「彼女」と言い直し、
「彼女、そこの家の・・」と神園邸を指し「神園の家の長女なんです」と遠野さんと長田恭子の母親に紹介した。
 俺の言葉でその場の空気が変わったのを感じた。
「神園・・」長田恭子の母親が呟いた。
 空気が変わり、その後、一番最初にに声を出したのは長田恭子の母親だった。
「みんな、うちに来なさい」
 大きく綺麗な声だった。天井川のせせらぎに消えてしまわない声だ。
 その声を合図に遠野さんが俺たちに「友也さま、みなさんもご一緒に私どもの家にご案内します」と言った。


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