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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第31回   長田多香子、神戸の町を歩く


 そして、その人が来たのはクリスマス・イブ明けの日だった。同時に冬休みの初日だ。
 その日、芦田堂は朝から浮ついていた。
「だって長田グループの大社長でしょう?」母ちゃんが興奮している。
「社長じゃないよ。専務さんだよお」智子が母ちゃんの興奮を抑える。
「噂では別嬪さんらしいぞ」親父も別の意味で興奮している。
「お父さん、顔がにやけてるよお」智子が指摘すると、親父は頭を掻き、母ちゃんが不機嫌顔になる。親父は気にせず安物のポマードをなでつけながら鏡を見ている。
 当の俺も長田恭子の母親の顔をちょっと見てやろうと朝から勉強部屋と店と居間とを行ったり来たり、更には店の外の通りにまで出たりしている。雪も降っておらず空が明るい。
 通りから店に入り、居間に行こうとした時に外で声がした。
 智子が出迎えている。慌てて母ちゃんが手を拭きながら店の奥から出てきた。
「あのお、今日もお邪魔してしまいました」現れるなり遠野さんがばつの悪そうな顔で言った。
 遠野さんの声のあと、続いて「失礼します」と別の声が聞こえた。
 遠野さんの少し斜め後ろにその人は立っていたが、すぐに遠野さんの横にすっと立った。
 背が高く髪の長い遠野さんはいつものように黒のパンツスーツ。
 一方、長田恭子の母親はショートカットで、体のラインが綺麗に出たグレーのタイトスカートのスーツにハイヒール、そして、手に黒のバッグ。
 どうしても遠野さんが秘書、又は付き添いに見える。
 いずれにしても二人とも俺の母ちゃんや通りのおばちゃんたちとは一線を画した別世界の人間たちだ。こうして二人が並んだところと比べると圧倒的な品格の差があるのがわかる。
 親父と母ちゃんが店の入り口まで出て仲良く並び頭を下げた。
 長田恭子の母親も深く頭を下げ、すぐに顔を上げた。
 そして、その横には娘の恭子。
 いつも薄着のご令嬢は今日は暖かそうなセーターを着ている。
「芦田さん、はじめまして、長田です・・恭子の母です」
 紛れもない、長田恭子の母親だ。母親の顔をしている、そう思った。
「恭子が、こちらにお泊りになって、何かとお世話になったそうですね・・ありがとうございます」
「そんなっ、こっちは何もできませんで」親父がぺこぺこと頭を何度も下げる。親父は根っからの商売人なんだな、上姿勢になることがない。一応俺もそれなりの挨拶をする。
「本当は昨日、撮影の日にお邪魔しようかとも思ったのですけど、私のような者がいてはかえってお邪魔になってしまうのでは、と思ったものですから」
「まあまあ、立ち話もなんですから、中でお茶でもどうぞ」と親父が促すと「そうですね、せっかくですから」と言って三人は店内に入った。
「長田さん、こんなせせこましい所で申し訳ありません」
 母ちゃんが言うと、その人は首を振って辺りを見回し「素敵なお店ですね」と言った。
 智子が三人を喫茶コーナーに促した。
 その時点で関係のない俺は店を出て天井川に向かった。



 お店の喫茶コーナーで壁側に遠野さん、恭子ちゃん、そして、恭子ちゃんのお母さんが並び、通路側にお父さん、お母さん、私の三人が並んだ。
 すぐにお暇します、と恭子ちゃんのお母さんは言っていたが、お父さんがまあまあと言って引き止めた。お兄ちゃんはいつのまにか消えている。お兄ちゃんは格好いいけど照れ屋さんだ。けど、今回、消えたのには何か理由がありそう。
 お母さんがお茶を六つ並べ終わるとささやかな談笑が始まった。
 恭子ちゃんのお母さんは来年からは神戸の会社で働くことになったらしい。
 働く、といってもお父さんやお母さんのような仕事ではないだろうから、何をするのか私には想像もつかない。恭子ちゃんのお母さんは「毎日、ハンコをついたり、人のあら探しばかりしています」と冗談とも本気ともわからない説明をしているのだけれど、お父さんは何度も感心したように相槌を打ってはうんうんと頷いている。
 お母さんまで真剣な表情で話を聞いているので、恭子ちゃんのお母さんって、何だか格好いい!と思った。すごく憧れるよお。
 これからは恭子ちゃんの家に遊びに行けば「私がおまけでいるわよ」と恭子ちゃんのお母さんは笑った。
 そして「智子ちゃん、いつも恭子と仲良くしてくれて、ありがとう」と言われた。
 その横で恭子ちゃんは何だかとても嬉しそう。
「これ、お母さまから頂いたのよ」
 恭子ちゃんはクリスマスプレゼントにお母さんからセーターと新しいマフラーを貰ったのだそうだ。いつも薄着だった恭子ちゃんは今日はふわっとしたベージュ色のセーターで更にお嬢様っぽく仕上がっている。さっきから袖を汚さないようにずっと気を使っている。
 一挙一動が上品な恭子ちゃんのお母さんは湯呑みの手を添え方も上品だ。
「あら、昨日の夜、遠野さんに炒れてもらったお茶だわ」と恭子ちゃんのお母さん。
「奥さま、こちらで頂いているお茶です」と遠野さんが教える。
 恭子ちゃんのお母さんの薬指には結婚指輪がはめられている。
 そんな恭子ちゃんとお母さんを見ていると私には不思議に思う。
 誰から見ても母親らしく、本当のお母さんではないとはいえ、恭子ちゃんの方も慕っているように見える母娘がどうして今まで離れて暮らしていたのだろう?
 でも、それは私が考えることではなく、二人の胸の中にあるのだ、と私は勝手に思った。



「みんな、いい人たちね」私は横を歩く遠野さんに言った。
 芦田家の訪問には車は使わずに歩いて来た。当然、帰りも徒歩だ。行きは恭子もいて3人だったが、帰りは遠野さんと二人だ。恭子はまだ芦田堂に残っている。
 時折、町の人が私たちを見ていくのがわかる。私たちのような出で立ちの者は人目を引く。中には私や遠野さんの顔を知っている人もいるだろう。
「まさか、あの子から、誕生日プレゼントをもらうなんてね」
 私の胸には恭子から貰ったブローチがある。
 12月27日が私の誕生日、クリスマスの後なのでよくクリスマスと誕生プレゼントを一緒にされたものだ。
 今朝、ブローチをもらった時、恭子に「まだ誕生日には少し早いわよ」と言うと「クリスマスの後だと、忘れそうだから・・それに、お母さま、ネックレスがなくて寂しそう」と言われた。
「恭子さま、クリスマスプレゼントのセーター、とても喜んでおられましたね」
「私、あの子が友達の前でプレゼントを見せているのを初めて見たわ」
 あの子には今まであのような友達がいなかった。そして、私はそんなことさえ知らなかった。
「奥さま、あのネックレス、直るといいですね」
 私は「そうね・・だといいけど・・」と相槌を打ち「遠野さん、あのネックレスはね、私の誕生日を忘れないためのもなの」
 私がそう言うと遠野さんは微笑み「奥さま自身が・・ですか?」と訊いた。
「私?」と予想を外した遠野さんの返事にちょっと当てがはずれて、
「ほら、クリスマスの後だと、うっかり忘れることがあるでしょう?」と言い直した。
 私のためではない・・
「それも、そうかもしれませんね」
 少し間を置いて遠野さんは私の言わんとすることを理解したのか、微笑んだ。
 誕生日を忘れないため・・誰がそう言ったのかを察してくれたのだろう。

 芦田堂を出て、通りを歩き始めると、めがね屋と散髪屋が両脇にあり、十字路の角に大衆食堂があり、その斜め向かいには小さな商店街の入り口がある。入り口にある薬局はのぼりを出している。商店街の脇を抜け、しばらく歩くと天井川が見えてくる。
 今日は昨日ほど寒くもなく、歩くのに丁度いい気温だ。
 コツコツとハイヒールの音が軽快に響く。東京の喧騒の中を歩く時とはまた違った響きだ。ここでは郷愁というものを感じる。
「こんな町だったのね・・」
 車の移動ばかりで歩くこともなかったから、気づかなかったけれど、いい町だと思った。
 都会のようにごみごみしていなく、かといって下町のような独特の風情があるわけでもない。シンプルで上品な町だ。
「私、この町のこと、もっと知りたくなってきたわ」
「私も、この町、好きですよ」
 遠野さんは何度もこの町を歩いている。私とはまた違った見方をしているのだろう。
 そして、遠野さんは私の知らない恭子も見たりしているはずだ。
「一度でいいから、この町を主人と歩きたかったわね」
 独り言のつもりだったが遠野さんが「すみません。私なんかと」と申し訳なさそうな顔で言った。
「恭子さまは、奥さまとご一緒に歩けて嬉しそうでしたね」
「そう・・だったかしら?」
 少しでも母親の役割りができただろうか?
「遠野さん、私ね、いつか恭子に謝らなければならないと思っているのよ」
「謝る?」
「謝っても、すまないかもしれないわ・・」
「でも、母娘でそんなこと、あるのでしょうか?」
「あるのよ」
 私はそう答えた。


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