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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第30回   撮影会の日


 雪が降り始めたクリスマス・イブの昼は芦田堂は大騒動だった。雪が降っているのに暖かく感じる、そんな日だった。
 親父が店の陳列棚の位置を「ああでもない、こうでもない」と動かしてみたり、母ちゃんはガラス戸を朝からせっせと磨き続けている。
 中学の終業式から帰るなり母ちゃんに「友也、暇やったら、外の掃除をしとって」と言われ店の外のごみ拾いをしたり、店内の掃き掃除を手伝ったりしている。
 昼からは町のケーキ家さんが小型のスポットライトを持ってきてくれ喫茶コーナーを照らす準備もOKだ。
 智子と長田恭子は二人仲良くテーブルを拭きながら誰かが来るのを待っている。
 そう、今日は我が店「芦田堂」の宣伝チラシを作るための写真撮影の日なのだ。
 商品棚や壁の飾りつけは遠野さんが親父と母ちゃんと相談しながらしてくれた。遠野さんはチラシの校正から印刷所との商談、打ち合わせも全てしてくれている。印刷所は長田グループ系列だから、安くしてもらえるそうだ。
 それだったら、長田グループのカメラマンだっているだろう、と俺が一人そう思ってもそうはいかない。
 カメラマンはご令嬢ご指定の村上という小学生だ。
「おい、小学生だぞ、大丈夫なのか?」とこれも俺が思っても、不安がる人なんて誰一人いやしない。
 智子も「村上くん、約束だよお」と嬉しそうに昨晩電話をかけていたし、遠野さんの話にもよく「村上さま」と出てくる。隣の銭湯の親父まで「ヨウイチくんはまだかいな」と呼んでもいないのに喫茶コーナーでさっきからだべっている。
 村上って、一体、何者なんだ?
 撮影は3時に開始の予定だ。丁度、お客さんがまばらになる時間だ。その二時間前には撮影のためのセットがされる。あいにくと商品のレイアウトには俺は混ぜてもらえない。
 母ちゃんが「お父さんのセンスより遠野さんの方がいいわ」と自分が考えるのが面倒くさいのか、次第に遠野さんにまかせっぱなしになりだした。
 遠野さんも遠野さんで自分の考えたレイアウト、飾りつけに自信がないのか「恭子さま」とか「智子さま」とか言ってご意見を伺っている。
 少しは俺の意見も、と思っていたら「お兄さま、このお茶碗、どっちの柄の方がいいかしら?」と掃除をしている俺に二つの茶碗を持っている長田恭子が訊ねた。
 予想外の問いかけに考える余裕もなく「こ、こっちかな?」とあやふやに答える。
 すると智子が「恭子ちゃん、私はこっちの方がいいよお」と俺の選んだのと違う方を指した。けれどご令嬢は「智子、お兄さまはこっちだと言っているわ」と俺の方を強く推してくれた。結局、俺の選んだ茶碗がテーブルに載せられた。
 本当はどっちでもよかったのだが・・智子、すまん。
 そうこうしているうちに村上という妹と同じ小学五年の男子が店に姿を現した。
 特別、何か印象のある男子ではない、背も高くはないし、上等な服を着ているわけでもない。むしろ、全てがその逆だ。
 どっちかというと、俺のような体育会系ではなく、メガネはかけてはいないが、佐伯のような文科系だな。少し品があるようだし、繊細な感じがする。悔しいが・・
 村上が姿を現すと、まず智子が最初に気づき「村上くん!」と大きな声をだし、その声に遠野さんが「村上さま、お待ちしてました」と言った。小学五年の奴に「さま」付けだぞ。村上陽一というのが彼のフルネームらしい。
 銭湯の親父が「陽一くん、遅かったやないかあ」と言うと「ごめんなさい。ちょっと遠くまで行ってたもんやから」と答えた。
 ただ、その場にいた誰よりも嬉しそうな笑みを浮かべて「村上くん」と言ったのが長田恭子だった。その場の誰よりも小さな声が俺の耳には一番大きく聞こえた。
 村上は二台のカメラで撮るらしく、ショルダーバックに自分のカメラを入れて持ってきている。もう一台はご令嬢のライカというお高そうなカメラだ。
 智子が「ミズノさんたちは?」と訊ねると「うん、ミズノさんたちも、もうすぐ来るはずや」と答えた。智子の不安そうな表情を見ると村上は「絶対に来るよ」と自信ありげに笑った。
「智子、村上くんが言っているのだから、ミズノさんたちは必ずは来るわ」と長田恭子が確信しているように言った。
 あと3人の女の子が来る予定だ。全員年下の小学五年生だ。にぎやかなクリスマスだ。

 30分程経つと「遅くなってすみません」と村上が絶対に来ると保証していた女の子たちが店に入ってきた。
 智子が3人を紹介する。メガネをかけた文学少女のような髪の長い女の子は水野明美。
 おっとりとした感じの髪の短い子は橋本妙子。
 三つ編みのしっかりした感じのする子は伊藤早苗。伊藤さんが二人の付き添いのように見える。
 3人は揃って店内を眺めている。橋本さんと伊藤さんは何度か芦田堂に来ているらしく「うわあ、店の中、クリスマスらしくなってるっ」「このテーブルの配置が変わったのね、品数も増えているわ」と言っている。
 水野さんの方はどうも初めてらしく隅々まで観察するように見て「どれもおいしそう」と目を輝かせている。そんな彼女に長田恭子が「水野さんは必ず来ると思っていたわ」と声をかけると水野さんは「村上くんに頼まれたら、断れないわよ」と笑って返した。
 よくわからないが女の子の中には女の子にしかわからない話があるようだ。
 来たばかりの3人に長田恭子がまるでウエイトレスのように抹茶を出した。「智子の煎れたお茶、おいしいのよ」と言葉を付け足した。
 3人は友達同士なのだと、智子はそう俺に紹介した。
 橋本さんと伊藤さんが智子と同じクラスで、水野明美がご令嬢と同じクラスということだ。
 時折、常連のお客さんが饅頭を買いに来て「今日はずいぶん、賑やかねえ、何かあるの?」と母ちゃんに訊ね、すぐに「そういえば今日、クリスマスイブだったわね」と思い出したように笑った。
 5人の女の子全員が喫茶コーナーに置いた丸テーブルに座ると親父が「こうして見ると智子の言ったとおり、絵になるなあ、千客万来間違いなしだ」とでかい声で言った。確かに近所のおばちゃんたちが並んでいるよりはお客は来るだろう。
 村上が三脚を設置して、カメラの露出調整やピントの調整をした。更に外から差す太陽の角度とスポットライトの光を見て、カメラの角度決めを行った。
「長田さんはもうちょっとテーブルに顔を寄せて」とか「水野さんはもっと笑って」とか指示している、かと思っていたら、突然、俺の方を見て「お兄さん、どう思いますか?」と村上が訊いてきた。「どうって?」と俺が訊ねると「レンズを覗いて見てください」と村上はライカのレンズを指した。
 こんな高そうなレンズを・・と思いながら俺はレンズを覗いた。
 5人の女の子全員が俺の方を見て微笑んでいた・・当然、その中には長田恭子もいる。
 もうすっかり見慣れた顔のはずだったが、レンズを通すと、また更に可愛く見える。
 妹の顔もこうして改めて見ると・・可愛く見えるから不思議だ。つい最近まで「ブス」と言っていた自分が恥ずかしくなった。
 おい、佐伯よ・・俺、やっぱり、年下の女の子が好きだ。
 同時に村上という小学五年生の男子が羨ましくなった。こいつ、こんな風景をしょっちゅう見てるのか?
 でもなあ、佐伯、この風景は俺の落ち着くべき場所じゃない気がするよ。

 村上が滞りなく撮影を終えると、母ちゃんが5人のモデルたちと村上に親父特製の和菓子を振舞った。村上の左右には智子と長田恭子が座っていて、智子もご令嬢もいつにもまして楽しそうに見える。
 水野さんたちは、3人で積もる話があるようで、和菓子を食べながらしきりに話し込んでいる。
 そのうち、長田恭子がカメラの操作を教えて欲しいと言ったのか、村上がライカの操作ボタンをいじりながら説明している。彼女はうんうんと頷き村上の言葉に耳を傾けている。
 智子はそんな二人が微笑ましいらしくジュースを飲みながら微笑んでいる。やはり村上が羨ましい。
 遠野さんは別のテーブルで親父と母ちゃんに印刷の行程の説明をしている。
 さすがに俺はお菓子を食べているモデルたちを涎を垂らしながら眺めるわけにもいかないので茶の間に引っ込んだ。
 テレビをつけると歌謡番組をやっていて、背の高い男性歌手の後に御堂純子が歌い始めた。「歌のランキング、御堂純子が一位だってよ」と誰かに言おうとしたが茶の間には俺一人きりだ。
 卓袱台の湯飲みにお茶を入れると、茶棚から煎餅を取り出してぽりぽりと齧りながら御堂純子の歌を聞いた。
 突然、「お兄さま、ごめんなさい、お相手できなくて」と俺の背後で声が聞こえた。
 びっくりして危うくテレビ画面の御堂純子に煎餅を吹き出してしまうところだった。
 ご令嬢は村上にカメラを教えてもらっていたんじゃなかったのか?
 あたふたしながら「ああ、恭子ちゃん、楽しそうやな」と村上に対する嫉妬丸出しのようなセリフを言ってしまった。
「ええ、とても楽しいわ」と言いながら長田恭子は同じように卓袱台の座布団に座った。俺の斜め向かいだ。
 こうやって二人きりになるのは、一緒に商店街に行き公園でガムの膨らせ方を教えた時以来だ。
 それにしても、あっちの賑やかな席をほっぽり出して、むさ苦しい茶の間に来るなんて。
「恭子ちゃん、みんなの所におったらええのに」
 嬉しいはずなのに心にもないことを言ってしまう。
 長田恭子は「またみんなのところに戻ります」と言って「この人、誰ですか?」と細い指でテレビの画面を指した。そこにはマイクを持った短いスカートの御堂純子がいる。今、歌の二番の歌詞を唄っている。
「御堂純子・・って言っても恭子ちゃんは知らへんやろうな」
 本当は俺だって知らなかった。智子が教えてくれたから、たまたま知っただけだ。
 俺は恥ずかしくなった。何で俺はこの番組を見てたんだ。こういうのが好きだと思われてしまう。
「お兄さまはこういう女の人が好きなのですか?」
 やっぱり。
「こ、この子は智子が好きなんとちゃうかな?」俺は話を誤魔化す。
「智子はこういうの、好きじゃないと思うわ」と長田恭子は強く断定する。
 智子よ、えらくご令嬢に思われてるな。
 そりゃあ、こんなに清楚でブルーの瞳のブロンドの女の子と一緒にいれば、大衆に媚を売るような短いスカートの女の子には興味を示さなくもなるよな。
「実はこのアイドルのポスターが俺の部屋に貼ってあってな・・」
 俺は智子が前の親友、石谷加奈子の転校を知り落ち込み部屋から出てこなかったこと、やがて智子が御堂純子のポスターを持って俺の部屋に現れたことなどを話した。
 そして「恭子ちゃん、ありがとな」と俺が言うと「どうして私に?」と彼女が訊いた。
「たぶん、あの時、智子が元気になったんは恭子ちゃんと友達になったからなんやろ?」
 御堂純子が唄い終えて客席に挨拶をした。新たな拍手があがると次にまた女性アイドルが唄いはじめた。似たような女の子だ。俺の親父が見たら「どれも似ていて区別がつかへん」と文句を言うだろう。
 そんなどの女の子たちよりも清純そうな女の子が目の前にいる。
「私は・・」
 どこか言い淀んだような声だ。
「私は誰かに感謝されるようなことはしていません」きっぱりと言うその表情はどこか悲しげだ。
「あのなあ、恭子ちゃん、感謝っていうのはな、してもらおうと思ってするもんやないで。それに俺は智子がいつもの智子らしくなったんは恭子ちゃんと仲良くなったからやと思ってるしな」
 真面目な俺の話をぶち壊すかのような下手くそな歌が耳に入る。テレビからの歌声だ。御堂純子の次に唄っている奴で名前は知らないが、滅茶苦茶下手だ。
 そんな歌が耳に入っていはいないのか長田恭子が話を続けた。
「でも、私の場合はずるいんです」
「ずるい?」
「私の場合は、智子の大事なお友達、石谷さんが転校することになって、石谷さんから・・」
「その石谷さんから譲り受けた・・つまり、その石谷さんの代わりって・・そう思ってるわけか?」
 長田恭子は俺の言葉を否定せずにこくりと頷いた。
「何がどうなって、こうなったんかは、俺は詳しくは知らへんけど、それって、『紹介』っていうんとちゃうか?」
「紹介?」
「『友達を紹介する』ということや、恭子ちゃんは石谷さんに智子という友達を紹介されたんや」
 長田恭子は俺の言葉を受け、しばらく考えているようだ。
「そやから、恭子ちゃんは自信を持ってええと思うぞ」
 ブルーの瞳が俺を顔を刺すように見る。俺の言葉を自分の頭に刻みつけようとしているようだ。
 テレビの下手くそな歌が終わり、男性歌手のバラードに変わった。今度は唄はうまいが恥ずかしい内容の恋愛歌詞だ。テレビを消してしまいたいが、この部屋に音がなくなるとよけいに恥ずかしくなりそうだ。
 長田恭子はしばらくして「そうでしょうか?・・」と言った。
 俺は「そうや、それに智子も、きっとそう思うてるはずや」と念を押してブルーの瞳を見返すと、
「お兄さまは、やっぱり、智子のお兄さまらしい人ですね」と言ってご令嬢は安心したように微笑み、
「お兄さま、明日、お母さまがここに来るの」と言って少し嬉しそうな表情をした。
「そうらしいな。智子に聞いた。母ちゃんにも『友也、汗臭くないように新しいシャツ着ときや!』とやかましく言われてるんや」
 しまった! 余計なことを言ってしまった。そんなことを言うたらまるで俺がいつも汗臭いみたいや。それに今は部活もないし、冬やからそんなに汗もかいてへんのに。
 だが長田恭子は何も気にしていないのか、少し笑って、
「お兄さまに言われたから・・私が来て欲しいって頼んだの」と言った。
「俺、そんなこと言ったか?」
「はい」と頷き、続けて「お兄さまは私に色々言ってくださっています」と言った。
 たしか東京からだったよな、来ても、また帰るのか?
「お母さま、ずっと、この先もいてくれるみたいなの」と更に嬉しそうな表情を見せた。
 そっか・・だったら、
「もうちょっとお節介なことを言わせてもらうと・・」
 その「お母さま」っていう呼び方はちょっと・・と俺は話を続けた。


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