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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第26回   前妻の部屋


 ドアを開けると大勢の男女が踊っている絵画「ムーラン・ド・ギャレットの舞踏場」が私を出迎える。
 フランスの印象派の画家、ルノワールの描いた有名な絵だ。
 私は時々清掃のためにこうして定期的にこの部屋に入る。ここはかつてヒルトマンさまの前妻、由希子さまの部屋だった場所だ。
 以前、奥さまは「この家には亡霊が住んでいるのよ」と言っていたことがある。
 ヒルトマンさまが離婚した後、再婚されたのは恭子さまが幼稚園の年長組の時だ。
 それは今から6年ほど前・・その時点から神戸に移るまでの5年間、多香子さまとご結婚されてからもこの部屋は残され、神戸に越した際にもそのまま移された。
 奥さまにとっては前妻の部屋がそのまま邸宅の中にあることは腹立たしく、かつ許せないことだった違いない。
 大きな部屋だが、邸宅の広さからすれば邪魔でも何でもない。
 この部屋には大きな書架とその中に収まった何百冊もの本がある。
 去年までは本以外に、由希子さまが使っていたと思われる家具調度類、宝飾品、壁紙の模様までがそのままあった。
 由希子さまの衣服類は、奥さまがご結婚された際に全て自ら処分したと聞いている。その際に他の物も処分すればよかったのに、と思う。
 書籍や絵画はともかく宝飾品などは前妻の存在が色濃く出てしまう。
 それは恭子さまにとって、母親の存在がいつまでも残るということだ。
 けれど去年、恭子さまは本や絵画は残して他の宝飾品等は全て処分した。由希子さまのクローゼットや三面鏡など大きな家具もあったが業者に売り払った。
 つまり恭子さまの実の母親の記憶に残るようなものはこの部屋から全て姿を消した。
 もうここは由希子さまの部屋ではなくなり、長田家の図書館的存在になっている。
 このことについて多香子さまは何も言われていないし、この部屋について何かを言うことはなくなった。
 このことはヒルトマンさまの望むところなのだろうか?
 ここでもう一度私は考えてみる。
 私には思い当たることが一つある。
 それは私が受けた長田家の家政婦の採用試験の時のヒルトマンさまの言葉だ。
 ヒルトマンさまは確かこう言っていたはずだ。
「家の中にまだ前の妻の部屋があるんだ・・娘はあの通り、まだ子供だ、まだ母親を忘れられないらしくてね・・それで、よく一人で部屋にこもって、母親の書棚を眺めているんだよ」
 ひょっとして、この部屋は幼い恭子さまのご成長のための部屋だったのではないだろうか・・まだ幼かった恭子さまの心を和らげるために母親の部屋をそのまま残した。
 やがて恭子さまがご成長され、大人への第一歩を踏み出す時に自らの手で壊してしまうことを望んでいたのではないだろうか?
 ヒルトマンさまが意図した通りなのかは定かではないが、去年、前妻の由希子さまが下関に移られた際、恭子さまは何かを決意したらしく、この部屋の片付けをされた。
 ヒルトマンさまは恭子さまがいつかそうされることをご承知だったのではないだろうか?
 しかし、もし仮にそうだとしても、それではあまりにも奥さまがお可哀そうだ。
 そんなヒルトマンさまの意図など、恭子さまも奥さまも知ることなどできないし、亡くなった今となっては尚更わからない。
 とりあえず、掃除をしてしまおうと窓を開ける。
 光と風が同時に部屋の中に入り込み、カーテンがパタパタと揺れる。
 風が冷たいっ・・改めて外の空気が冷たいことを知る。早めに掃除を終え窓を閉めよう。
 さっきまで閉ざされていた部屋の壁や絨毯が新しい空気に触れ、喜びだしたようだ。ハタキで本棚の隙間や戸棚、絵画の額縁の上部の埃を払う。
 掃除機のスイッチを入れ部屋の隅々まで時間をかけ掃除機をかけ、カーペット用の消毒剤を撒いた後、時間をあけ再び掃除機をかける。
 掃除機をかけながらまた壁の絵画を見る。
 部屋の壁に掛けられたルノワールの代表作「ムーラン・ド・ギャレットの舞踏場」は、木漏れ日の溢れるカフェの広いダンスホールで踊る数人の男女、手前のカフェで語らう人たちが描かれている。
 数十名の人の群れに共通しているのはその表情がみな幸せに溢れているということだ。
 現実は不幸な出来事ばかりなのだから、せめて絵の中ぐらいは幸福を描きたい、というルノワールの願いがそれぞれの絵の中に込められているという。
 それ故、ルノワールは「幸福の画家」とも呼ばれている。
 それはそれでよい・・だが、
 この絵が前妻の部屋に当初から掛けらていたのなら、すごく不自然な話だ。
 さぞ、この場所に似つかわしくなかったに違いない。
 今では何の違和感もなくこの部屋に掛けられているが、由希子さまの調度類があった頃の部屋だとひどく不自然に思える。
 ヒルトマンさまがこの部屋を由希子さまの部屋として用意していたのなら、おかしな絵の選択だ。
 この絵は一人の女性にあてがわれた部屋には賑やかすぎる。
 仕事で不在の多かったヒルトマンさまが由希子さまの孤独を紛らわすために置いたものだとしても、納得はできない。
 同じルノワールの作品でも「麦藁帽子の少女」や女性が頬杖をついて微笑んでいる「ジャンヌ・サマリーの肖像」や「イレーヌの肖像」等の一人の女性を描いた作品の方がこの部屋に相応しかった気がする。
 ただ、片づけをした今では問題なく、この部屋におさまっている。
 それもヒルトマンさまが意図したことなのだろうか?
 そもそも、この絵はいつ、ここに掛けられたのだろうか?
 私が家政婦として採用され東京の邸宅に入ったときには既にこの部屋にこの絵はあった。

 物音がしたので掃除機を止めた。
 静かになった部屋に声が聞こえた。
「遠野さん、いつも掃除をしてくれているのね」
 振り返るとショートカットの奥さまがいた。


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