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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第25回   神園邸から長田邸を望む
「ねえ、二人とも、ここを片付けて、ちょっと、二階に上がらない?」
 俺たちの空になったジュースや去った女の子の飲み残したジュースを見て神園はそう言った。
 それから俺たちは部屋の片づけをした。途中で家政婦のユキさんも加わった。
 二階に上がって案内されたのは畳の大広間だった。畳五十畳はある。気持ちのいいくらいに畳が広がっている。
 所々に間仕切りのためのレールがあるが、それを除けば畳の海に見える。
 そして、南東には大きな格子のガラス窓が連なり、北西にも間に廊下を挟んで同じく格子窓が連なっている。
「広いなあ」
「旅館の大広間みたいだ」佐伯は顔を四方に動かしながら観察している。
「私、気分が滅入ると、ここでよくゴロンと寝転がって大の字になっているの」
 想像すると少しおかしい。
 神園は北西向きの窓の辺りに折りたたみの丸テーブルを置き、その周りに座布団を3枚敷いた。そこに俺たちを座らせた。南側の窓から差し込む陽のせいでさほど寒くはない。むしろ気持ちがいい。
「声もよく響くでしょ」
 神園の言う通り、天井も高いせいか、ホールの中みたいに広間の端から端まで神園の声が届いている気がする。
「さっきの彼女たちが妬むのもわかる気がするね」
 佐伯がそう呟くと「私の望んだことじゃないけどね。でも、そう言われても仕方ないわ」と神園は苦笑した。
「それでや、神園、あんな奴ら、何で呼んだんや?・・あいつら、かなり口が悪いぞ」
 俺がそう言うと佐伯が「芦田くん、それを言うと、僕たちが呼ばれた理由もよくわからないよ」と笑った。
「本当のことを言うとね、友達を家に大勢呼んで、両親を安心させたかったの」
 神園はそう話を切り出した。
「美和子といずみは、先月、クラスで同じ班になった時、話す機会が多かったから、呼んだだけ・・ただ、それだけよ」
 何か寂しいな・・友達、他にいないのかよ。
「私、こんなにたくさんの友達がいるから、両親に『帰って来なくても大丈夫だよ』って
言いたかっただけ。でも、本当に帰って来なかったから、何の意味もなかったけどね」
 神園はそう言うと言葉を詰まらせ「芦田くんや佐伯くんには巻き添えをさせてしまう結果になって悪かったと思ってるわ」と言った。
「なんも、神園が悪いなんて思うてへんで」
「神園さん、意味がないなんて思わないけどね」
「佐伯くん、どうして?」
「だって、僕は結構楽しめたよ。僕は女の子主催のパーティーなんて生まれてこの方、参加したことなんてなかったし、何より芦田くんや、神園さんの一面を知ることができ、挙句の果ては、他の二人のことまで知ることができた」
「佐伯、おまえ、『本を読むより面白い』とか思うてるんとちゃうやろな?」
「そうかもしれない」
 神園は俺たちを見て「やっぱり、おかしい」と言ってくすりと笑った。
「ねえ、二人とも、知ってた? 私、小学校の高学年から中学二年の今まで、ずっと委員長をしてるのよ」
「それもすごい話だね。たぶん、ずっと立候補なんだよね?」
「当たりよ、佐伯くん」
「私、お父さんがこの家、神園の家に養子に入ってからは、ずっと優等生でいなければいけなくなったの。他に習い事もたくさんしてるわ」
 この家の厳かな格式だったら、そう言われても頷ける。
「だから、クラスの子と遊ぶ機会や時間もあまり持てなかったから、友達もできなかったのかもしれないわね」
 やっぱり、友達がいないのか・・
 俺が「友達になってやる」と格好よく言おうとしたが、
「神園さん、芦田くんがいるじゃないか・・それに・・ぼ、僕だって・・」と佐伯が言葉を詰まらせながら言った。
 佐伯、大事なことを言う時、ちゃんと目を見てるだろうな?
「佐伯くん・・」
 神園は感激しているぞ。
「神園、佐伯は女の子が苦手なんや。いっつも女の子の顔をまともに見られなくて」
「そうかしら? 佐伯くん、さっきからちゃんと私の目を見てしゃべっているわよ・・ねっ!」
 神園が「ねっ!」と言うと、佐伯の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。
「神園、本当のことを言って、相手を追い詰めることもあるんやで」
「えっ・・そ、そうなの?」神園は何のことかわからないようだ。
 しばらくすると、ユキさんと呼ばれた家政婦さんがお茶を運んできた。
 ユキさんが「みんさん、ここ、気持ちのいい部屋でしょう?」と言うと佐伯が「お部屋のお掃除、大変ですね」と返した。
 神園が「ユキさん、忙しいの?」と訊ねるとユキさんは「ご夕飯の仕度がありますので」と丁寧に断り一礼をして退出した。
「神園、ずっと気になってるんやけどなあ、何で両親を追いかけて行かなかったんや? 母親はともかく、お父さんは、ほんまのお父さんやろ?」
「訊かれると思ってた・・」と神園は言い北西の窓を見つめた後、続けて、
「私がここにいる理由なんてないものね」と神園は言った。
 ここにいる理由・・人がどこかにいることに理由がいるのだろうか?
 一体それは誰が決める?
 神園は事情を知らない佐伯にここには義理の母の祖父母がいるだけで、山口県の下関に両親は転居したことを説明した。
 実の父親はこの神園家に養子としてきたことや、自分の以前の苗字は「北原」だということ。
「でもね、私がお父さんについていく理由もない気がしたの」
 神戸にいる理由も、下関に行く理由もない・・
「最初は子供が親についていくのは当たり前だと思っていたのよ。私なりにどうしようかと考えていたら・・ある日、お父さんに訊かれたのよ」
「神園さん、どう訊かれたんだい?」
「『純子はどうする?』って・・」
「てっきり、私はお父さんに『純子も一緒に来い』って言われると思っていたの・・でも、『どうする?』なんて言い方されたら、私がついていったりしたら、お邪魔で、何か悪いかなって考えちゃうじゃない」
 少女の微妙な心理なのか・・
「でも、ここにいるのも寂しいから、やっぱり両親についていこうかな・・って考えながら、この部屋で横になっている時だった」
 神園は北西向きの大きな窓を眺めながらこう言った。
「私、彼女を見ちゃったのよ・・」
「彼女?」
 佐伯が訳が分からない、という顔をした。
 そして、神園の口から俺のよく知っている名前が出た。
「長田恭子・・それが彼女の名前よ」
「神園さん、もしかして、ナガタって、あの長田グループの長田かい?」
「そう、その『長田』よ・・この町の人ならたいてい知ってるわよね」
 俺たちは揃って頷く。
 まさか、あのご令嬢の名前がこんな場所で出るとは思わなかった。
 長田恭子の家はここからすぐの場所にある・・天井川の向こう岸の北。
「ドイツ人の実業家、長田ヒルトマンと、私の父が再婚した相手、私の義理の母の由希子さんのと間の娘さん・・その娘が長田恭子よ」
 ややこしいな。佐伯、わかるか?
 佐伯が俺の顔を見て「もしかして、あの子のこと?」と訊ねるような顔をしていたが声には出さなかった。出さない代わりに「そのハーフの子って、神園さんとはどんな関係になるんだい?」と訊ねた。
 神園は首を振って「全く血の繋がらない妹みたいなものかしら?」と言った。
 そして、神園は北西向きの大きな窓を指差した。
「二人とも、見て」
 神園が差す方向、綺麗に磨かれたガラスの向こうに樹木に囲まれた長田邸が見えた。
「あれが、長田邸よ」
 長田邸の庭の生い茂る樹木から洋式建築が突き出ているのが見える。
 ここから見えるということは、向こうからも見えるのだろう。
「ここからだと、長田邸の三階の部分だけ見えるでしょう」
 樹木に隠れて二階までは見えないが三階部分はよくは見える。
「別れた夫が、元妻の家の前に大邸宅を建てたって言うことなんだね?」
 佐伯が訊ねると神園は「そうよ」と答えた。
「長田グループのトップのヒルトマンは前妻の由希子さんを追いかけて、わざわざ、あんなに近く、私たちから見える位置に大豪邸を建てたのよ・・信じられる?・・独身なら話も頷けるわ。でも彼はとっくに再婚しているのよ」
「未練たらしいな」と俺が言うと佐伯が「小説みたいで面白い」と呟いた。
 だが、この家の人たちにとっては面白くはない。
「私は義理の母の由希子さんのこと、最初は受け入れることができなかったの」
「誰だってそうだよ」
 佐伯がそう言うと神園は少し笑い、
「この家のお手伝いさんの『ユキさん』は降る雪の『雪』って言う名前なんだけど、『雪さん!』って呼ぶと、母の由希子さんが振り向いたりして、ややこしかったのよ」と説明した。
「でも今はもう私の母だと思っているわ。遠くに住んでいる本当の母ほどまではいかなくても、ちゃんと認めているのよ・・でも、そこへあんな家が建ったりしたら、私も、私の祖父母も、お父さんだってたまらないわよ。離婚してから五年も経っているんだから」
「でも、その長田という男はあそこに住むようになる前に死んだんだよな?」
 俺は妹の智子から話を聞いているので先回りして言うと神園は訝しげな表情をした。
「ええ、そうよ・・だから、何の問題も起こらなかったんだけどね・・でも、本人が亡くなった後も家はあそこに変わらず、依然としてあるのよ」
 この家の人たちは亡くなった後も意識せざるをえない、ということなのか。
「そして、あの邸宅の中には、一人娘の長田恭子と、その継母がいるだけって聞いたわ」
 家政婦の遠野さんがいるけどな。
「その継母も仕事の関係で東京に住んでいるそうじゃない・・だったら、あの子、あんなに大きな家に一人きりでいるのよ・・親代わりの人とか、家政婦さんくらいはいるかもしれないけど」
「家政婦さんが一人いるぞ」
 俺が先回りして言うと神園は「そうなの?」とまた訝しげな表情をした。
「神園さんは、長田恭子という女の子に自分自身を重ねたのかい?」
「重ねないわよ、重ねることなんてできない・・私とは全く違うじゃない」
 全くと言わないまでも、少なくとも俺みたいな恵まれた人間たちよりは似かよった部分がある。
「あそこ・・三階の部屋の一番南向きの部屋に小さな窓があるでしょう?」
 神園の言う一番端の部屋の窓は他の部屋のと比べて一番小さい。洋風の建物らしい小さな格子のガラス窓だ。「いつもはずーっと閉まっていたのだけど、ある日ね、あの窓が開いたの。この部屋でいつものようにごろーんと寝転がっていた時よ」
「神園、おまえ、そんなにいつもここでごろごろしているのか?」と俺が言うと佐伯が「そんなの神園さんの勝手だよ」と佐伯が怒ったように俺に言い、神園の方に向き直った。
 神園はそんな俺たちを見て微笑むと、
「あの子ね、あの三階の部屋の開いた窓から、こちらを見ていたのよ」
 俺は想像した。長田恭子があの窓際に立っているところを。寂しい風景だ。
「もちろん、遠くて、その子が長田恭子自身なのか断定はできないわ・・私が知っているのは長田恭子が金髪っていうことくらい」
 でもそんな場所にいる子は長田恭子しかいない。
「金髪だったんだね?」と佐伯が訊ねた。
「それもどうか、断定はできないけど・・でも、私には彼女以外に考えられなかった」
 長田恭子がその時、何を思っていたのかは俺にはわからない。
「あの子が何を思って、こちらを眺めていたのか分からない・・でも」
 理由は一つしかない気がする。
「あの子にとって、この家はあの子の本当のお母さんがいる場所なの」
 そして、そんな場所さえ・・
「そう考えたら、長田恭子の姿がはっきりとは確認できなくても、彼女の思いがどっと私の中に入り込んできた気がしたの」
 佐伯は何度も頷きながら真剣に耳を傾けている。
「だから、私、あの子に言いたかったの・・『あなたのお母さんはもうすぐ、遠くに行っちゃうのよ』って」
 神園・・いい奴だな・・
「そして、私、思ったのよ・・私、こんなに恵まれているのに・・私だけ、素知らぬ顔ををしてお父さんについていっていいのかな、って」
 神園が恵まれている?
「神園、意外と、あのご令嬢は、もうふっきっているかもしれんぞ」
 俺は感じたことをそのまま言った。
「さっきから思ってたけど、芦田くん、なんか、あの家のことをよく知ってるわよね?」
「芦田くん、もう神園さんに言ったらどうだい?」
 佐伯がメガネの縁を上げ俺を促した。
「神園、実はな、俺、長田恭子と知り合いなんや・・というか、俺の妹の友達なんや」
 神園の驚きは言うまでもない。少し口をぽかんと開けたあと、
「何よ、それ・・知っていたんなら、もっと早く言ってよ」
 神園はちょっと怒った表情を見せた。そんな表情も、今は可愛いと思えるから不思議だ。
「佐伯くんも知っていたの?」
 佐伯は訊ねられると「僕は会ったこともないし、話を聞いていても、最初、その子のことだとはわからなかった。話を聞いていて、少しづつ、そうだと確信しただけだよ」と答えた。
 俺は特に隠しておく理由も見つからなかったので、智子から聞いた話や長田恭子が俺の家に泊まりに来た話をした。
 話を聞いているうちに神園の表情は次第に和らいでいき「やっぱり、ここに残ってよかった」と呟いた。
「なあ、神園、ここでお前がやっているようにごろんと大の字になっていいか?」
 さっきからそうしたくてしょうがなかった。
「僕もしてみたい」と佐伯が同調する。
「ええ、いいわ」と神園が了承する。
 俺と佐伯はそのまま体を倒し大の字になった。天井が高く見え、顔を横にすると畳の海が広がっているのを感じた。
「私も」と神園が普段しているように横になった。両手を伸ばせば佐伯とも神園とも手が届きそうだった。そんなことは照れ臭くてしないが、二人とも俺と同じように思ってくれていることを願った。
 そして、神園は言った。
「今日、楽しかったわ、色々あったけど、私、芦田くんや佐伯くんの友達になれてよかった」
 おい、佐伯、「友達」だってよ・・俺は佐伯に心の中でそう言った。
 案の定、佐伯をの方を見ると顔がかあっとのぼせたように赤くなっていた。
 そして、神園は一呼吸置くとこう言った。
「私、あの子に会いたい・・」
 その時、俺は思った。
 神園は長田恭子に会うために一人でここに残ったのではないだろうか、と。



 神園が「そこまで送っていくわ」と言ってくれたが俺たちは丁重に断った。
 それでも神園は玄関を出て藤棚をくぐり門まで一緒についてきた。横には家政婦の雪さんがいる。外はもう陽が暮れていた。
「本当にありがとう」神園は何度も繰り返しそう言った。
 何度か神園邸の方を振り返ったが神園はいつまでも手を振っていた。雪さんはその横で頭を下げている。
 こんなクリスマスパーティーがあってもいい、そう思った。
 二人で天井川を下った。水の流れる音が心地よく聞こえる。
「芦田くんには感謝するよ。君と友達になっていなかったら、僕は神園さんの家に来ることなんてなかった」嬉しそうな顔で佐伯はそう言った。
「俺は佐伯に感謝されるようなことは何もしてへんぞ」
 神園が勝手に誘ってきて、俺たちがのっただけだ。
「でも、これで諦めがついたよ」と佐伯は小さく言った。
「諦め?」
「僕と神園さんとでは育った環境が違いすぎる」
 佐伯が何を諦めようとしているのか、どんな環境のことを言っているのか知らないが、何かを決めつけてしまうには、まだ早すぎるぞ。
「いや、俺はけっこう見込みがあると思うけどな」
「そうかな?」と佐伯は呟き小さな笑みを浮かべた。
 俺の言葉でそんな嬉しそうな顔を見せるくらいだ。本当に見込みはある。


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