20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第21回   佐伯と神園純子


「佐伯っ、何とか、無事に過ごせたぞ!」
 月曜日、学校に行き、佐伯が席に座っているのを見つけるなり声をかけた。
 俺は最近、この風変わりな奴、佐伯と仲がいい。サッカー部の奴にも「あんな変わったのとよく話ができるなあ」と言われる。
「芦田くん、無事・・って何の話?」
 佐伯はメガネの縁をくいくいと上げきょとんとしている。
「例の女の子のことだ」
 俺は佐伯の隣の空いている机に腰をかけ話をした。
「駄菓子屋の悠子ちゃんだっけ?」
「違うっ、佐伯!・・おまえ、大きな勘違いをしているぞ!・・言っただろ、俺の家に外人の女の子が泊まりに来てるって」
「たしか、混血の子だったよね?」
「ちゃんと覚えているやないか!」
「で・・土曜、日曜と、いい思い出はできたんだね?」
 ああ、できた・・みたいだ。
「最近、お二人とも、仲がいいのね」
 女の子の声に振り返ると、いつのまにか神園が俺たちの近くにいた。
 紺色の制服の胸の膨らみが目に飛び込む。
「別にそんなことはあらへん。ただ、佐伯とちょっと話してただけで」
 神園の言うことにそのまま応えてしまうのも癪なので俺は佐伯に、
「なあ、佐伯、そうだよな、俺たちはそんなに・・あれ?」
 俺が同意を求めてようと声をかけると佐伯は俯いたまま何も言わない。
 顔が真っ赤で、その目は真正面の黒板を見ている。
 そうだ、こいつ、女の子と向き合うと顔が赤くなって話せなくなるんだった。
「ほら、見ての通り、こいつはこんな風だし・・」
 俺は適当に誤魔化した。
 それに、佐伯は神園が好きだ、と。
 ―みんなが彼女を好きだって言っているのを聞いたから好きになったんだよ。
 本当にそれだけなのか?
 もしそうだとしても、確かに好きになったきっかけはそうだったとしても、理由としては十分じゃないのか?
 そう思っていると佐伯は黒板を見据えたまま、
「かっ、神園さんは・・そ、その・・休みの日、無事に過ごせた?」と言った。
 何のことかわからないぞ。
 あっ・・俺がさっき休みを『無事に過ごせた』と言ったからか?
 佐伯は神園と何か話したい、と思っている。
 けれど、何も思い浮かばない・・それで・・
 きっと、神園も驚いただろう。
 でも勘弁してやれよ。こいつはこいつで色々あるんだ。
 ところが神園は「いいえ、無事でもなかったわ、散々な気分よ」と俺の横でそう言った。
「そ、そう・・」
 佐伯も佐伯で返事が返ってくるとは予想していなかったのか、今度は俯いた。
 全く、俺には色々面白い話をするくせに情けない。
「神園、何かあったんか?」
 俺が場を繋ぐ。
「クリスマスまでに下関から両親が帰ってくるのよ」
 ああ、下関の別宅にいる神園の父と継母か・・おそらく、継母の娘、義理の妹も。
 お父さんは本当の父親だが、気分的に三人ひっくるめて会いたくないのだろうか?
 それまで黒板を見たり俯いたりしていた佐伯が神園を見据えた。
「神園さん、それが、どうして無事ではない、という話になるんだい?」
 佐伯はメガネの縁をくいと上げた。おっ、佐伯、調子が出てきたのか?
「あのなあ、佐伯よ、こいつの家、色々あるんだ」と俺が適当に言うと、
「ちょっと、芦田くん、私のこと、『こいつ』って何よ!」と神園は剣幕顔だ。
「芦田くん、神園さんのこと、よく知ってるんだね」
 佐伯は普通顔で淡々と冷やかす。
「なっ・・」
 佐伯の言葉に神園は言葉を詰まらせ「佐伯くん、べ、別に、そ、そんなことないわよ。芦田くんとそんなに話す仲じゃないし」と手を振って否定する。
「でも、おかしいな・・」
 佐伯はそう呟いた。
「佐伯くん、別におかしくなんて・・私、芦田くんとは・・」
「神園さん、おかしいというのは、そのことじゃないよ」
 佐伯は神園の声を遮りそう言った。
 神園の方を見るとなぜか顔が真っ赤になっている。
 佐伯はさっきとは打って変わり、いたって冷静な顔だ。
「佐伯くん、じゃ、何がおかしいのよ?」
 神園は落ち着きを取り戻し佐伯に訊ねる。
「だって、おかしいじゃないか。ご両親がどうして今、下関にいるのかは僕は知らないけれど、家に帰ってくるっていうのに、それが『無事じゃない・・散々な気分』って、どう考えてもおかしいに決ってるじゃないか」
 神園は戸惑っている。
「佐伯くん・・」
 神園にしたら、何となく言ったつもりの言葉がこうも佐伯に話にされるとは思いもよらなかったのに違いない。
「なあ、佐伯、神園も色々、あるんや、そうポンポン言わんでも」俺は佐伯を抑える。
「だろうね・・おそらく・・誰だって色々ある・・」
 そう言うと佐伯は一呼吸置き話し始めた。
「神園さんはさっき『両親』と言ったよね?」
「え、ええ・・確かに言ったわよ」
 神園が佐伯のペースに巻き込まれだした。
「『両親』というのは自分を生んだ親以外に、義理の父母も差すのは知ってるよね?・・」
「ええ」神園は頷く。完全に巻き込まれているな・・
 それにしても、お前、本当にいつも通りになったな。
 もう女の子、平気なんじゃないか?
「僕は神園さんの家族構成を全く知らない・・けどね、血が繋がっていようがいまいが、親は子供に対して大きな『扶養義務』を負うんだ。同じ場所に住んでいなくてもね・・当たり前のようなことに思えるけど、ちゃんと子供を扶養している親は・・それはすごいことなんだ」
 佐伯、えらくおかたい話を始めたな。他の奴ら、こっちを見てるぞ。
「わ、わかっているわよ、それくらい」
 神園はちょっと膨れっ面になった。
「だからね・・親が帰ってくることで『散々な気分』なんて言っちゃダメなんだよ」
 佐伯、まるで親父の説教みたいになってるぞ。
「だって・・だって・・佐伯くんには関係ない話じゃないっ!」
 神園はそう言ったかと思うと制服のスカートを翻し踵を返すように去った。
「どうやら、神園さんを怒らせてしまったみたいだ」
 佐伯は神園の後姿を見送りながらポツリと呟いた。
「あいつの家の事情、結構複雑なんだ。わかってやれよ」
「わからないよ・・知りたくもない・・」と強く言い「僕の父親なんて、もう帰ってくることないんだから」と続けた。
 佐伯の父親は何年も前に他の女の人と家を出て行った。
 収入を失った佐伯の家は母親が職を見つけて何とか収入を得ているが、食うのが精一杯らしい。
 そして、去年、父親が群馬の方で亡くなっていたという知らせが入った。
 今は中学生なのでアルバイトは禁止されて出来ないが、高校に入ればできる。
 佐伯の悩みは高校を定時制に行くか、どうかを悩んでいるらしい。
 神園にしろ佐伯にしろ、俺は芦田堂の息子に生まれてきて本当によかった。
 妹も可愛いし。
 佐伯や神園には悪いが。俺は恵まれすぎている。
「でもなあ、神園の奴、かなり機嫌を悪くしたみたいだけど、俺、知らねえぞ」
「別にいいよ。芦田くん、僕は嫌われ役に回っただけだから」
 嫌われ役?
「それ、どういう意味だよ。お前、神園のこと好きなんじゃねえのか?」
 佐伯は口に人差し指を当て「しーっ」と言った。
「きっと、神園さんは、自分の家の話を芦田くんに聞いて欲しかったんだよ。僕にはそれがわかった」
「そ、そうなのか?」
 神園が何で俺に聞いて欲しいんだ?
「神園さんは、芦田くんのことが好きなんだ、と思うよ」
「えっ・・」
 神園が俺のことを?
「でも、当のご本人さんは、小学生の女の子に夢中ときてるから救いがないよ」
 佐伯はからかうように笑った。



 クリスマスが近づいている。
 俺の中ではクリスマスというよりも芦田堂のチラシの撮影日が近づいている。
 長田家の家政婦さんである遠野さんがチラシの印刷や配布、新聞折込の手配をしてくれている。
 智子が「遠野さんって、何でもできるんだよお」と何度も言っている。
 写真のモデルには長田恭子、妹の智子。
 あと、三人ほど小学生の女の子が来る予定なのだと智子がはしゃいでいる。
 それに村上という長田恭子のクラスメイトが写真撮影のために店に来るらしい。そいつは妹と同じただの小学生だ。だが、なぜか妙な嫉妬が沸く。俺もカメラの勉強くらいしていればよかったと悔やまれる。
 遠野さんが何でもできるんだったら、撮影もしてくればいいのに。遠野さんだったら嫉妬心も沸かないのに。
「お兄ちゃん、楽しみでしょっ」
 智子は一人で嬉しそうにしている。
 モデルが年下の女の子ばかりだからか?
 智子の奴、俺が年下好きだって、見破っているんじゃないだろうな。
「なんでや、俺は部屋に引っ込んでるから、全然関係あらへん」
 それより、写真のモデルはもっと上の女の子・・せめて高校生とかにしないのかよ。
 和菓子屋に来るのは中学生や高校生の方が多いぞ。お金も使うし。
 だったら、神園とかにも声をかけれたのに・・あいつだったら、結構、絵になるぞ。

 神園か・・神園と長田恭子が繋がっているなんて・・
 長田恭子の実の母親の再婚した旦那の連れ子が神園純子とはな・・
 智子に「お兄ちゃん、中学に神園さんって女の人、いる?」と聞かれて、俺が「どういう関係なんや?」と訊ねると、智子は教えてくれた。
 長田恭子は神園の存在は知っているが顔は知らないし、当然、会ったこともないそうだ。
 神園の方はどうなのかは知らない。そんなこと訊く予定もない。
 これ以上、神園に関わるつもりもない。
 佐伯に「神園さんは、芦田くんのことが好きなんだよ」と言われたが、俺の頭の中には長田恭子のことの方が占める割合は大きい・・と思う。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1151