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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第20回   遊園地


「友也さまっ、はじめまして、遠野静子です。恭子さまがいつもお世話になっています」
 両手を前に揃えて深く一礼する人は長田恭子の家政婦の遠野さんだ。
 親父や母ちゃんは何度も会っているが、俺は何度か遠くから見かけたものの、こうやって正式に対面するのは初めてだ。
 夕刻、お姫さまを大きな車で迎えに来たのだ。
 黒のパンツスーツを見事に着こなし、背が高く、長い髪が印象的で、その顔の品の良さは、俺が今まで一度も会ったことのない人種に見える。
 少なくともこの通りの店のおばちゃんたちとは全くの異種性を感じてしまうほどだ。
 俺は頭を掻き「どういたしまして」と言うばかりだ。
 遠野さんは奥から出てきた親父と母ちゃんに何度も礼を言いお辞儀を繰り返す。この人、大変だな。
「遠野さん、せっかくだから、お茶でも飲んでいってよお」
 智子が喫茶コーナーに座るよう促し「それでは、お言葉に甘えて」と言って遠野さんが腰掛ける。その横に長田恭子が座る。
「ほら、お兄ちゃんも」と智子は俺の腕を引っ張り無理やり座らせる。
 俺は「こら、引っ張ったら、セーターが伸びてまう!」と言いながら智子の横に座った。
 俺の前にはまるで女優のような遠野さん、年齢は俺の一回り上ちょいだろうか?
 そして、その横には金髪でブルーの瞳を持つ品のいいお嬢さま。
 遠野さんは座るなり「想像していた通りの人で、安心しました」と笑顔を見せた。
 どう想像していたんだ?
「恭子さまが『お優しそうな方』と言われていたものですから」
 俺にはわからん。俺ってどう見えるんだろう?
「おい、智子! 俺って、どう見えるんだ?」と胸の中で智子に訊いたが「お兄ちゃん、照れてるよお」と智子に茶々をいれられた。
 どう返していいか、わからない。
 母ちゃんが「本当に、無愛想な息子ですけど」と言いながらお茶を出す。
「静子さん、お兄さまに、遊園地に連れて行って頂いたのよ」
 お上品なご令嬢が湯呑みに手をつけた遠野さんに言う。
「遊園地っ!」
 遠野さんの体の動きに合わせて湯呑みが上下する。見かけと合わない動きをする人だ。
「遠野さん、そんなに驚かないでよお・・ただのデパートの屋上だよ」
「そうですか・・友也さま、お世話をおかけしました」
 ちょっと力を落としたような表情で礼を言い、湯呑みに口をつけた。
 遠野さんは見かけより子供っぽい人なのかな?
「静子さん、ひょっとして、遊園地に行きたかったの?」ご令嬢が淡々と訊ねる。
 これはお嬢さま特有の冷かし方なのか?
 遠野さんは頷き「恭子さま、やはり、わかりますか」と言い、「私、実は、デパートの屋上以外の遊園地に行ったことがないのです」と言った。
「遠野さん、それ、本当なんですか?」
 智子が目を丸くする。
 遠野さんはうなだれたように俯き「はい、智子さま」と答えた。
「幼い頃、両親にデパートの屋上の遊園地には連れて行ってもらったことはあるのですが、本格的な遊園地は・・」
「遠野さん、デートとかで行かなかったの?」
 無邪気な智子の質問が入る。
「ええ、以前おつき合いしていた人とは、映画とかに行くことはあっても、遊園地は・・」
 ということは遠野さんはジェットコースターに乗ったことがないんだな。
「智子、私だって、静子さんのことは言えないわ。だから、今日、お兄さまにデパートの屋上に連れていっていただいて、すごく嬉しかったの」
 長田恭子はそう言うと俺の顔を見る。むろん、その瞳はブルーだ。
 ブルーの透き通るような瞳で感謝されている。俺は彼女をまともに見返すことができない。
 何を言うべきなのか?
「そんなん、たいしたことあらへん」と俺がそう言うと智子が「そうだよ、たいしたことないよお」と横で言う。
「デパートの遊園地は、智子と二人だけでよく行ったことがあるんや。智子が『あれ、乗りたい、これも乗りたい』って言うて、中々帰してもらわれへんかった」
「お兄ちゃん、それじゃ、私だけが悪いみたいだよ。それに、私がそんなこと言ってたの小学二年の頃だよお」
「今も同じようなもんやないか」
「もうっ!」智子が頬をぷくっと膨らませる。
「お二人、本当に仲がよろしいのですね」と遠野さん。
「遠野さん、そんなことないよ、お兄ちゃんねえ、私のこと、いつも『ブス、ブス』って言うんだよ」
「友也さま、そのようなことを智子さまに言われているのですか?」
 遠野さんは少し剣幕顔になり「智子さまは可愛いではありませんか」と俺に同意を求める。智子がぽっと頬を染める。
 俺の立場上「その通り」って言えないだろ。
「遠野さん、それ以上は言わなくていいよお」
 智子の奴、柄でもなく照れてるぞ。
「最近は言うてへんぞ」と俺が剥きになって言うと、
 ご令嬢がぷっと吹き出したように笑い「お兄さま、面白いわ」と言った。
 俺は迂闊にも彼女の顔を可愛いと思った。
 そして俺が「恭子ちゃん、そやから・・遊園地ぐらいやったら・・」と言いかけると、
二人が声を揃えて「・・遊園地ぐらいやったら?」と俺の顔を正面から見据えて訊いた。
 その二人に、「今度、もっと、でっかい遊園地に連れてったる」と息巻いた。
 母ちゃんが向こうで見てるぞ。「何言ってねん、このどら息子」と言う風な顔だ。
 だが俺の言葉に一番反応したのは長田恭子ではなく、遠野さんの方だった。
「友也さま、本当ですか?」
 遠野さんがぐっと期待を寄せるような目で俺を見る。
 ご令嬢の方は今日、デパートの屋上に連れていってもらったから、もういいのか、澄ました顔でお茶を啜っている。
「お兄ちゃん、私も連れてってよお」智子がまた袖をくいくいと引く。
「友也と智子は、お父さんにエキスポランドに連れていってもらったでしょ」
 母ちゃんは仕事をしながらしっかり話を聞いていたみたいだ。
 そやっ、そやぞ、それに智子は転校していった友達、石谷加奈子とも宝塚の遊園地に行っていたぞ。
「ええっ、お母さん、エキスポランドって、だいぶ前だよお」
 そんな智子や母ちゃんのやり取りを聞きながら思った。
 俺の家・・俺も智子も恵まれている。
 二人ともいい両親のおかげで何不自由なく育った。俺はこれまで寂しい思いなどしたことはない。欲しいものもよく買ってもらった。野球のグローブ、サッカーボール。
 いや、よく買ってもらったというよりも、欲しい物を親に言えたのだ。
 文句も言えたし我がままもそれなりに言った。
 何でも言える家の環境がそこにはあった。その環境を作ったのは親であり、俺たち子供だ。俺は親父や母ちゃんによくねだったし、両親は文句をいいながらも、それに応えるように買ってくれた。
 親は子供にねだられるのを待っている。
 そして、目の前には世の中の色んな楽しみから、隔たりの壁を自ら作ってしまっている人がいる。
 それと、他にもう一人・・
 長田恭子にはちゃんと遊園地などに連れて行くべき唯一無二の存在の母親がいる。
 長田恭子がどう思っているのかは俺は知らない・・が、それを言っていいのか?
 俺は胸の中で目の前の人に言った。
「恭子ちゃん、ごめん、やっぱり・・」
 俺の呟きのようなその声に目の前の二人は俺の次の声を待っている。
「俺、恭子ちゃんを遊園地に連れて行くんは無理や」
 目の前の青い瞳は俺の次の言葉を待っている。
「それ・・俺の役目とちゃうから・・」
 青い瞳の奥深さに俺は吸い込まれるように感じ、言葉の勢いを失くす。
「お兄さま・・役目って?」
 長田恭子の表情が止まる。
「お兄ちゃん・・」
 智子が俺の言っている意味にいち早く気づいたようだ。
 ひょっとすると、俺に何か言わせようとしているのは智子ではないだろうか?
「恭子ちゃん、今のお母さんにまだ・・」
「お母さん」という言葉がそれまで禁句であったかのように二人の表情が変わる。
「恭子ちゃん、お母さんに甘えたことがないんとちゃうか?」
 しまった、間違えた!
「遊園地に連れて行くのはお母さんの役目や」という言葉が出ずに、他のことを言ってしまった。
「お兄さま・・」とお嬢さま。
「友也さま・・」と微笑む家政婦さん。
 智子が満足そうにお茶を飲んでいる。
 それほど間違ってもなかったか・・


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