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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第17回   デパート


 日曜日、
「お兄ちゃん、せっかくだから、恭子ちゃんと三人でどっかに遊びに行こうよお」
 朝から智子の大きな声が耳に届く。
 和菓子屋の日曜日はとても忙しい。そんな日にどこかに行こうなどと言うのは、けしからん・・と、俺が言ったところでどうとなるものではない。
 母ちゃんは「友也も、一緒にどっか遊びに遊びに行ってきなさい」と急かしたてている。
 今日の夕方、長田恭子の家政婦さんが迎えに来る。
 つまり芦田家で彼女が過ごす最後の日でもある。
 仕方なく、俺は妹とお姫さまを連れて三宮のデパートまで行くことにした。
「恭子ちゃん、三宮のデパート、行ったことあるの?」
「静子さんとお洋服を買いに行く時だけ」
 お姫さまが答える。
 じゃ、食堂や屋上の遊園地はないんだな。頭の中で本日の計画を立てる。
 着替えをするのに部屋に戻ると壁のアイドル御堂純子が微笑んでいた。名前の字は小さいが、彼女の持っている花の横には大きく「あなたに、私のエール、とどけ!」と書いてある。
 今まで気にも留めなかった言葉が大きく意味を持ち始める。
 洋服タンスを開け、出かけるのに相応しい服を選ぶ。
 そうこうしているうちに、気の乗らなかった外出にうきうきしている自分に気づく。

 彼女は電車にもあまり乗ったことがないようだ。
 本山駅で切符を買う俺をじっと横で見ていた。
 電車の中はあいにくと満員で吊り革を持ち三人揃って外を眺めた。
 椅子に座っているおっさんやらおばちゃんが青い瞳の彼女を珍しいものでも見るかのように揃って見上げている。
 ご令嬢の方はそんなことには慣れているのだろう、澄ました顔で窓の外を見ている。
 三宮駅を降りると街の雰囲気は早々とクリスマスムード一色になっている。
 人が多いので智子は長田恭子の手を引いて歩いている。俺はその前を颯爽と歩く。
 駅の前にでんと構えるデパートに入る。
 1階の化粧品売り場を飛ばし、2階の紳士服売り場を飛ばし、日用品売り場も飛ばし、5階の女性用の服飾品店を二人は渡り歩き始めた。
 智子の方はきゃっきゃっとはしゃいで、長田恭子はおしとやかに智子に付いて回る、という具合だ。
 フロアーには俺が興味を惹かれる物は何一つない。女性物ばかりだ。
 俺は退屈で時折そこら辺のベンチに座って休憩する。
「恭子ちゃん、似合ってるよお」という智子の声が聞こえるので、そちらを見ると、
 大きな白い帽子を被って智子の前でくるりと回る長田恭子がいた。
 正直、彼女は絵になる・・というのが俺の感想だ。
 そばの女性店員も二人を見て何やら言っている。おそらく「お似合いですよ」とでも言っているのだろう。
 俺がぼーっと眺めていると智子がこっち、こっちと言わんばかりに手を振っている。
 仕方なく女性物ばかりある陳列棚をすり抜け智子たちの所にたどり着く。
「ねえ、お兄ちゃん、恭子ちゃん、この帽子、似合ってるでしょう?」
 智子の横で彼女は帽子の大きなツバを両手で持って俺の方を見ている。
「お、おう・・そうだな」
「お兄ちゃん、『おう』って何よ・・牛じゃないんだから!」
「牛」って何だよ。牛は「モウ」だぞ。
「お兄さまが似合っているって言われるのなら、買おうかしら?」
 長田恭子はポツリと言った。
 ドキっとした。俺が似合ってると言ったことになったのか?
 頭の中で財布を開く。いくら入ってたっけ? というか、札が何枚あった?
 俺の思考よりも早く、智子が「えへへ」といつものように言い俺を見ている。
 その顔が「お兄ちゃん、恭子ちゃんに買ってあげて」と言っているのがわかる。
 帽子はそんなに高いものではなく俺のお小遣いでも十分に買える値段なのだが、お金はこの後も使う予定だ。
 ・・と、俺の思考の先回りをするかのように長田恭子は「今度、静子さんにおねだりしてみるわ」と言った。
 俺がほっと胸を撫で下ろしていると、「恭子ちゃん、7階のおもちゃ売り場に行こうよ」と智子が言って3人でエレベーターに乗った。
 お決まりのように家族連れで賑わうおもちゃ売り場はクリスマス前ということもあって更に客の入りに拍車をかけていた。
 小学生以来、おもちゃ売り場は足が遠のいている。
 だが、目の前の二人は遠のくわけがなく、特に智子は目を輝かせながら見歩いている。
 クリスマスプレゼントに相応し玩具がずらりと並んでいる。小学生の頃、貰った野球盤やスロットマシンやボーリングゲームが目につく。
 だが二人のお目当てはそれらとは違うようだ。
 人形やぬいぐるみ売り場を見つけると智子の足が早くなり「恭子ちゃん、あそこにあるよ!」と言って長田恭子の手を引いた。
 そこにはディズニー系のキャラクターのぬいぐるみや、テレビで放映中のアニメ関連のグッズが並べられ、同じような顔をした女の子の人形がズラリとお行儀よく並んでいる。
 智子は小さ目のぬいぐるみを手にしたり、ソフビでできたカエルのお腹を押して変な音を出してみたりして遊んでいる。
 一方、長田恭子はそんな智子を見て嬉しそうにしているかと思えば、高い場所にある大きな熊のぬいぐるみを見たりしている。
 気がつくともう12時前だ。
 俺は「おい、智子、食堂に行くぞ」と声をかけ、エスカレーターで8階にあがった。
 うっかり俺は先に食堂の中に入ってしまったが、残りの二人はまだ入り口のメニュー棚を見ていた。
 外に戻ると「お兄ちゃん、気が早いよ」と言って智子はぷりぷりしている。
「悪い、俺、よくここに来るから、頼むもの、決ってて・・」
 俺がそう言うと、
「お兄さまは、何を頼まれるのですか?」と長田恭子は至極真面目な顔で俺の顔を見る。
「チャーシュー麺とご飯のセットや」
 まさか、同じものは頼まないだろう。
 ところが長田恭子は「私もそれにするわ」と言った。
「それじゃ、私もそれにするよお」と智子も合わせた。
 やっぱりダメだ。せっかくの食事だ。何か・・こう・・もっと。
「ちょっと、待て、二人とも!」
 俺の声に二人とも合わせて俺を見る。
「二人は・・その・・そや、ここにあるレディスセットとか、ええんとちゃうか?」
 俺は下段にある小さめのハンバーグや、ポテトフライにエビフライの乗った定食を指した。
「これもおいしそうだね」と智子。
「ええ・・でも」と長田恭子。
 長田恭子の心はやはりラーメンにあるようだ。
 結局、智子がレディースセットを推して長田恭子はそれに合わせる形となった。
 その選択は正しく、運ばれてきた俺のラーメンとご飯を見て長田恭子は「私には無理だわ」と言った。
 そう、ここのラーメンは量が多い・・お上品なお嬢さまには向かない。
 食べ終わると小学生の頃のお決まりのコースだった屋上の遊園地に向った。
 幸い、天気もよく、昼がまわったところなのでそんなに混雑もしていなかった。
 だが、愕然とした。
 俺がここによく来ていたのは小学生の頃のことだ。
 今、来てみると、遊べるものがない。
 遊園地と言えば大阪万博が終わった後のエキスポランドのような大きな施設のイメージがあった。
 改めて百貨店の屋上の遊園地に来て見ると貧相この上ない。
 ましてや小学高学年の女の子が興味を惹くものなど何一つない・・
 それにこの風・・寒い。雪でも降るんじゃないか?
 だが、当の智子や長田恭子はそうでもないようだ。
 智子はコーヒーカップに乗りたいとか、メリーゴーランドがあるよ、と言ってはしゃいでいる。
「私、一度、ここに来たことがあるわ」
 辺りを見回していた長田恭子がポツリとそう呟いた。
「初めてやないんやな?」
「ええ・・いつ来たのだったかしら?」
 思い出せないくらいだったらかなり前なんだろう。
 彼女が思い起そうとしていると智子が「恭子ちゃん、あれに乗ろうよお!」とスカイリフトと書かれた遊具を指した。
 さっきまでの俺の心配をよそに三人で、智子のリクエストのスカイリフト・・空高くブランコが持ち上がりぐるぐる回る乗り物に乗ったり、智子の希望通り、メリーゴーランドに乗ったりした。ただし、メリーゴーランドは俺は見学に回らせてもらった。
 風船を持った親子連れが俺の周りに大勢いて、少々恥ずかしい。
「恭子ちゃんのお家、ここから見えるんじゃないかなあ」
 望遠鏡に小銭を入れて北東の方に向け目を当てた。
「あれ、恭子ちゃんの家じゃないかなあ・・」
 智子が望遠鏡に顔をあてがったまま言った。
 ここから見える家って、でかすぎだぞ。
「智子、私が見てみるわ」
 智子からお嬢さまに望遠鏡がバトンタッチされた。
「恭子ちゃん、家、見えるか」と俺が訊くと、
「家の三階が見えるわ」と答えた。
 青い瞳は望遠鏡に当てられているので見えないが、その口元は自分の家が見えたことで嬉しそうにしているのがわかった。
「お兄ちゃん、いつのまにか『恭子ちゃん』って呼ぶようになっていたんだね・・」
「お、おう・・そうや」
「えへへ、お兄ちゃん、いつから?」
「うるさい! いつでもかまへんやろ」
 からかう妹に一喝する。
「私、あれに乗りたい・・」
 俺たち兄妹のやり取りをよそに、長田恭子がリクエストしたのは回るコーヒーカップだ。
 エキスポランドよりは小ぶりな作りだが小学生の女の子なら十分に楽しめそうだ。
「俺は、また見学しとくからな」と言って代金を智子に渡そうとすると、
「お兄さまも、一緒に乗ってください」
 と青い瞳の長田恭子が俺を促す。
「と、恭子ちゃんが言ってるよお。お兄ちゃんっ!」
 と智子がちゃらけて言う。
 乗らなければならなくなった俺はコーヒーカップのドアが開くと最初に乗り込み、後の二人の手を引いてエスコートする。
 智子は妹だから当然で・・
 そして、長田恭子はお嬢さまだから、当然で・・と思いながら、
 俺はお嬢さま、長田恭子の手を引いた。
 初めて触れたその手は智子よりも柔らかく感じた。
 と、思っていると、
「お兄ちゃん、カッコいい」と先にカップに入った智子が冷やかした。
 長田恭子はまるで生まれて初めての体験をしたかのように顔を赤らめながらカップの中にちょこんと座った。
 やがてカップはぐるぐる回りだし、体が右に左にと揺れる。
 智子は三人の中で一番楽しそうにしているが、俺は何だか気恥ずかしいばかりだ。
 お嬢さまの方を見ると、最初、不安げな表情をしていた彼女だったが、しばらくするとその顔に笑顔が浮かび始めた。
 金色の髪がふわふわとカップの中を漂ったり青い空に浮かんだりした。
 だが笑顔が浮かんだ頃にはカップは回ることを次第に止めてしまった。
 カップから降りる時も、俺は名残惜しそうな二人をちゃんとエスコートした。
 もう智子は冷やかすことはなかったが、長田恭子がまたポツリと何かを思い出したように言った。
「私、これに乗ったことがあるわ」
 智子はまだまだ他の遊具に乗りたそうにしているが、そろそろ、帰らないと。
 遠野さんが夕方には迎えに来るし・・
 だが、帰る、その前に、
 ちゃんと言っておかないと・・
 さっきから記憶の底ばかり覗き込もうとしているご令嬢に一言、言っておかなければならない。
「決ってるやないか」
 俺は遊園地の喧騒に掻き消えないよう大きな声を出した。
「お兄ちゃん、どうしたの?」と智子。
「お兄さま?」と長田恭子。
「恭子ちゃん、そんな人はな・・」俺は続けて長田恭子に向って大きな声を出した。
「子供を遊園地に連れて行く人なんて、恭子ちゃんの、お母さん以外おらへんやないか」
 俺にはどっちの母親なのかわからない。
 わかるはずがない。
 俺は長田恭子とは赤の他人だから。
 だが、長田恭子の方は違う。わかるはずだ。
 俺は長田恭子が記憶を手繰り寄せるための手助けをするために言っただけだ。
 この先は、お嬢さま本人が考えることだ。
 俺の眼に映る長田恭子の顔は、俺が言ったことを理解したことを示していた。
「お兄ちゃん、見て!・・雪、振ってきたよ!」
 彼女の向こうで智子が手のひらを空にかざしていた。


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