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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第13回   友也、長田恭子ととデート


「お兄ちゃん、恭子ちゃんのボディガードみたいだよお」
 土曜日、学校から帰ると、母ちゃんに近くの商店街への買出しを頼まれた。
 土曜の夕方なので智子もお店の手伝いで忙しい。
 買出しでは夕飯の食材やお店の方の諸々の材料などを買いに行く。
 毎度のことなのだが、今日は特別だ。
 俺が長田恭子と一緒に行くことになった。
 彼女は「私も何かお手伝いを・・」と言っていたが、智子は店の手伝いをさせるより「土曜はお店がてんてこまいだから、お兄ちゃんと一緒に買い出しに行ってきて」と言った。
 買出しなんて手伝いは不要だが、それを言ってしまっては長田恭子が可哀そうだ。
 長田恭子は俺の横・・少し、後を澄ました顔でついてくる。
 本来、ボディガードの方が少し後を歩く、と思うけどな・・
 俺が歩幅を少し大きくとると、彼女も急ぎ足になる。
「商店街、智子と行ったことあるんやろ」
「ええ、お兄さま」
「商店街の中、暗くて怖くないか?」
「ええ、でも一人で行くわけではないので、怖くはありません。いつも智子と一緒ですし、今日はお兄さまがついて下さいますし・・」
 やはり俺はボディガードだな。
 通行人が珍しいものでも見るかのように俺たちに視線を絡めてくる。
 心の中で「おい、そんなに見るなよ、彼女が可哀そうだろ」と言いながら、視線を跳ね返す。
 でも、見る方の気持ちもわかるよなあ・・彼女の髪、目、白い肌、清楚な雰囲気、どれをとっても人の興味を引く要素を全部持ってるもんなあ・・
 長田恭子の方から「くすっ」と笑いを零したような声が聞こえた。
「な、何か、可笑しいのか?」
「い、いえ、何でもありませんわ」
 お互いに会話がぎこちない。
「今、笑わなかったか?」
 彼女は俺の真横に並び「ごめんなさい。私、笑いました」と謝り「お兄さまがすごく無理をされているような感じが伝わってきたので・・つい・・」と続けて言った。
 これは、見破られているな・・何とかしないと・・
「そんなことあらへん・・何でそう思うたんかわからへんけど」
「わかりますわ」
「な、何でや?」
「そ、その・・お兄さまは、一度も、私のことを、お呼びにならないので・・」
 長田恭子のことを俺以外はみんな何らかの呼び方をしている。
 智子は「恭子ちゃん」だし、親父は「長田さんのお嬢ちゃん」、母ちゃんは「恭子ちゃん」と言ったり「長田さん」と言ったり、その状況で変わる。
 俺は彼女のことを一度も何らかの呼びかけで話しかけたことがない。
「智子と一緒で、『恭子ちゃん』・・でかまへんか?」
 そう言った瞬間、心臓が脈打つのがわかった。部活で全力疾走した時の感じとはまた違う脈打ち方だった。
「ええ」
 彼女が答えた時、洞窟のような商店街の入り口が見えた。
 芦田堂から僅かな距離、5分もないが、すごく長く感じられた。まず薬局に入り、切れていた腹痛の薬を買い求め、惣菜屋で調味料の切れているものを買った。
「お兄さま、次はお肉屋さんです」
 買出しのメモは長田恭子が持っている。
「そうやな、恭子ちゃん、行こか」
 肉屋に入ると、
「友也くん、えらい別嬪さんを連れて、いったいどないしたんや?」
 肉家の親父がからかう。長田の家のお嬢さんやと知ってくるくせに、きっとワザとやな。
「あの・・バラ肉を500g・・牛のヒレ肉を・・」
 長田恭子が肉屋に母ちゃんに頼まれたメモの通りに肉屋に注文を入れる。
 長田家とわかっているので気を使って肉屋も丁重に受け答えをする。
 肉屋の態度が俺が一人で買いに来る時と全然違うので少し胸糞悪くなる。
 次に八百屋に入ると「こんなに色んな種類のお野菜を見たの、私、初めてだわ」と長田恭子は感嘆の声を漏らした。
 確かに種類は多いかもしれない。駅前のスーパーよりもここの方が種類だけは多い、と近所の主婦は言っている。但し、量は少ない。
 そんなことより長田恭子が、ただの八百屋の野菜の陳列を見て驚く方に驚きを覚える。
 肉の入った袋と野菜の袋を俺が持ち、他の小さな袋を長田恭子が持つ。
「ここのお店、何度か智子と来たことがあります」
 八百屋を出ると駄菓子屋がある。幼馴染の小川悠子が店番をしている店だ。
「智子ちゃんのお兄ちゃんっ、それに、長田さん!」
 案の定、駄菓子屋の中から小川悠子に声をかけられた。
「小川さん、こんばんは・・私、ここに来るの、これで何回目になるかしら?」
 店の中からちょこちょこ出てきた小川悠子に長田恭子は一礼する。
 クラスメイトに何てご丁寧なことだ。
「長田さん、何回、来てもらってもかまへんよ」
 小川悠子はニコニコ顔だ。この洞窟のような商店街、床がヌメヌメと光るような場所で一輪の花がポツリと咲く・・まさしくそれが小川悠子の存在だな。
「悠子ちゃんは恭子ちゃんと同じクラスやったよな」
「うん、そうよ・・長田さんは委員長さん・・そやけど、ほんまに、お二人、珍しい取り合わせやわあ」
 俺だってそう思う。
「今、ちょっと訳があって、彼女、家に泊まりに来てるんや」
「彼女?」
「恭子ちゃん、や」
 すぐに言い直す・・ちょっと変な言い方だったかな?
「ふーん。智子ちゃんのお兄ちゃんは長田さんのことを『恭子ちゃん』って呼んでいるんやねえ」
「私、今、お兄さまの家にお世話になっているの」
「恭子ちゃん・・智子の家やろ?」
 俺の家、と言うと少し変な感じがする。
「え、ええ、智子の家よ・・小川さん、私、間違ってしまったわ」
 間違いではないが、長田恭子まで少し恥ずかしそうにしだした。
「やっぱり、二人、何か、おかしいわあ」
 小川悠子が面白そうに俺たちを見比べている。
「悠子ちゃん、新しく出た風船ガム、入ってる?・・あのコマーシャルでやってたやつや、大きく膨らむガム・・」
「入ってるよ」そう答え小川悠子は店の陳列棚に向った。
 入ってるのかよ・・てっきり入ってないとばかり・・話を反らすための話題作りのつもりだったのに。
 俺は「恭子ちゃん、ちょっとここで待っててや」と言ってレジに行きガムの支払いを済ませて戻ると、
「ガム・・ですか?」と訊かれた。
 まるでガムなんて知らない、という表情だ。
「そうや・・この風船ガム、よう膨らむらしいんや」
 俺がそう言うと「風船ガム!」と彼女の目が好奇心にパッと輝いた。
「お兄さま、・・して見せてください・・」
 小川悠子は「長田さん、また学校でね」と言って店の奥に入って行った。小川悠子の後姿を見送る長田恭子はご丁寧にまた一礼をした。
 一礼のあと、長田恭子は俺の方を向き直った。
 その顔が「ガムを膨らませて見せてください」と言っている。
 俺は辺りを見回した。ガムを膨らませることくらい、簡単なことだが、手がふさがっているし、どこで見せたらいいんだ?
 そんな場所もないのがこの商店街の情けない所だ。
「恭子ちゃん、うちの店の前に、公園があるやろ、知ってるか?」
 ふいに俺の頭に家の近所の高台の公園が浮かんだ。
 彼女は「ええ」と頷いた。
 知らない所に連れていくのはちょっと勇気がいるが、行ったことがあるということで弾みがついた。ぶらりと立ち寄る感じで声をかければいいんだ。
「ちょっと、そこに行かへんか?」
「はい、お兄さま・・お供します」
 俺たちは一度店に戻って荷物を置いてくることをせずに直接、高台の公園に向った。
 風呂屋の向かいにある文房具屋の横の道を奥に進むと高台に上がる階段がある。
 高台には高級住宅街が並んでいるが、そこを抜けると町の南側を見渡せる公園がある。
「恭子ちゃん、荷物、ここに置き」俺は長田恭子に買い物袋をベンチに置かせ腰掛るように促した。
 俺も荷物を脇に置くと彼女の横に並んで座った。
 いいのかな、ご令嬢をこんな所に座らせて・・
「恭子ちゃん、この公園、来たことあるんか?」
「一度、クラスの男の子・・村上くんと・・」
 そうか・・それならかまへんか。
 俺はポケットからさっき買ったガムを取り出し包みを開け口の中に放り込んだ。
「恭子ちゃん、見てみ」
 俺はガムを何度か噛むと丁寧に口の中でガムを袋状に形づくった。
 長田恭子は風船を作る前から俺の口をじっと見ている。
 俺は自分の口を隠すように、ふーっと息を静かにガムの袋の中に注ぎ込んだ。
 長田恭子の俺を見る目が見えなくなるほどの大きな風船を作った。
 彼女がどんな表情をしているのかわからない。ただ「わあっ」と小さな驚きの声が上がったのがわかった。
 風船が膨らみの限界までいったらしく「ぷすっ」と寂しい音がして萎んだ。
 風船が目の前になくなると長田恭子の目と俺の目がぶつかり合った。
「面白かったわ」
「そ、そうか」
 普段、クラスの男連中とガムの膨らませ合いで競っても何の面白みもないのに、どうしてこんなに新鮮なんだ?ただの風船ガムだぞ。
「お兄さま、もう一度、見せてください」
 俺は「風船くらい、何度でも膨らませたる!」と心の中で言い、彼女のリクエストに何度も答えた。
 その度に彼女は手をたたいて喜ぶ顔を見せた。
「恭子ちゃんもやってみるか?」
 俺はガムの包みを一枚渡した。
「できるかしら?」
 不安げな彼女はガムを口の中に入れた。俺は言葉足らずの手解きをしながら長田恭子を見ていた。
 静かな時間が流れたあと、「ぷすっ」と音がしてガムは膨らまず口元に戻った。
「お兄さま、膨らみませんでした・・」
 何度か努力をしてみたもののガムの風船が彼女の口から出てくることはなかった。
 しょげ返る彼女に残りのガムを渡して「家に帰ったら、智子に教えてもらったらええ」と慰めた。
 智子が俺より大きく膨らませたら癪だな・・
「駄菓子屋の悠子ちゃんもできるぞ・・悠子ちゃんの方が上手いんじゃないかな・・」
 長田恭子は口元に手を当て「うふっ」と可笑しそうに笑った。
「お兄さまは、小川さんのことも『ちゃん』付けなのですね」
 何か、まずいこと言ったかな?
「何でそんなことを訊くんや?」
「私、嬉しいんです」
 長田恭子は微笑みを浮かべた。
「嬉しい?」
「お兄さまが、私を小川さんと同じように扱ってくれたのが・・」
 そんなことで・・
 俺に笑顔を見せたあと、長田恭子は眼下に広がる町の風景に視線を移し静かに言った。
「お兄さま、私、この町が好き・・」
 そして「この町の人たちも好きです」と言い、続けて「もちろん、芦田家の家族の皆さんも大好きです・・」と言った。
 彼女は少し何かを考えている風だったが、しばらくして、
「この町の景色や、町に住む人たちを見せてあげたい・・」とポツリと呟いた。
「誰にや?」
「お母さまに・・」
「お母さん?・・って」
 どっちだ。彼女を生んだ母親のことか?それともほとんど家にいないと智子が言っていた継母のことか?
「お母さまです・・」
 だからどっちの?・・どう訊けばいい?
「今、東京にいます」
 継母の方だな。
 どっちにしたって俺は会ったこともないのでイメージが今ひとつ沸かない。
 だが、俺が次に言うことは決っていた。
「連れて来いよ」
「えっ?」
 長田恭子が俺の顔を見た。青い瞳が眩しい。
「恭子ちゃんのお母さんを、ここに連れてきたらええんや」
 俺も彼女の顔を見る。
「ここに?」
「ここじゃなくてもええ・・俺たちの家や、店の中や、あの薄暗い商店街や、そや、一緒にこの町をお母さんと歩いたらいい」
 こくりこくりと頷きながら長田恭子は俺の声を聞いている。
「でも・・」
 おい、そんなに俺の顔をまじまじと見ないでくれよ。
「恭子ちゃんのお母さんやろ?」
 長田恭子はまたこくりと頷いた。
 智子から彼女の家の事情は一通り聞いているが、実母とか継母とか関係ない。
「お母さんに遠慮なんかすることない」
 現在、彼女の母親は、その東京にいるとかいう継母だ。
「恭子ちゃんがお母さんをこの町に呼ぶのがイヤやったら・・俺が・・」
 長田恭子の顔がどんどん近づいてくる気がしたので「・・俺も力になれると思うけど・・そや、智子に相談したらええ」と言った。
「あいつ、兄貴の俺が言うのも何やけど、ええ奴やぞ」
 智子、今頃、くしゃみしてるやろな。
「お兄さまも、いい人です・・」
 透き通るような青い瞳と目が合った。
「ちょっ・・」変な声が俺の口から漏れた。
 これ以上聞かされたら、俺の繊細すぎるほどに繊細な心が持ちそうにない。
 丁度いい具合に日が沈みかけている。幕引きの時間だ。
「恭子ちゃん、暗くなる前に帰ろか」と長田恭子を促した。
「はい、お兄さま」
 彼女はそう答えると手荷物を携え立ち上がった。背中で金色の髪がふわりと揺れた。
 ・・本当はもう少しここにいたかった。


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